その13 彼女とは呼べぬ仲 ─ 信彦

いままで告白なんて何回しただろう。とりあえず理由が聞けた今からしてみれば、あの頃はよくやっていられたなと思う。告白の回数なんて数えたこともないけれど、とにかく多かったことには変わりない。元々古くから家族ぐるみで関わりがあったから、加恵とは幼馴染みで幼少時代すら知っている。夏休みやゴールデンウィークには双方の家族と一緒に出かけることもしばしばあった。それから暇さえあれば毎日のように会って、一緒に遊んでいた記憶もある。小学校に入ってからも、クラスこそ別々になったりもしたが毎日のように話していた。ただそこにそうしていることが当然であって、加恵のいない世界なんてものは空想の中にすら存在しなかった。
中学一年生の夏。
最初の真っ当な告白は多分このときだったと思う。いままでは一緒にいることが当然であって、それ以外の可能性というものを考えていなかった。このまま時が進めば、大した理由もなく一つのゴールラインに行きつくものだとそう思っていた。
でも現実はそんなものではなかった。思春期というのだろうか、この頃辺りから無性に異性のことを気になる人が多くなる。僕もその例外ではなくて、周囲の女性が目に映るようになった。もちろん、一途なことには変わりないけれども。
一方、加恵の方は社交的でそれなりに人脈を広げていた。周囲の目はそんな加恵にも向けられていて、しょっちゅう一緒にいる僕は加恵に好意を寄せる人から、目の敵にされていた。本人に直接聞いたわけではないが、時々流れてくる風の便りによるとどうやら加恵は告白なんてものは率直に断っているらしい。加恵自身は恋愛なんてものには興味もなさそうで、何が起ころうと周囲には普段と同じように接していた。もちろん僕もその中に含まれている。
いつもと同じように話して、いつもと同じように一緒に帰って、いつもと同じように宿題の答えや解き方を教えあったりしていた。それでも風の便りは止むことなく、またあいつがふられただとかそういう噂は日に日に増えるばかりだった。
もちろん元々加恵のことが好きだった僕は、その状況に危機感を感じていた。あの人が加恵にOKされたとか、そういう噂が舞いこんでくることに恐怖心を抱いていた。
そこで僕は他の誰かが加恵にOKされないうちに、意を決して告白することにした。もちろん断られることに対しての恐れがなかったと言えばそれは嘘になる。仮に断られたとして、その後もまたいままでと同じように加恵に接する自信があったといえばそれもまた嘘になる。
しかし、ただ一世一代の思いで告白したことは確かだ。それが一度で済まないとは知らずに。
夏休みまであと一ヶ月ほどとなった日。この日もいつもと同じように加恵と一緒に家を目指して歩いていた。
「それよりこの間の学年集会、面白かったよね」
まあこんな他愛のない話をしていた。
「うん……」
僕はタイミングとやらを計っていたので、こんな調子だ。
「まさか先生があんな格好して出てくるとは思わなかったよ」
加恵はこの頃からすでにこんな調子で、あの創英君に負けず劣らずハイテンションだった。それを良く言うと物凄く明るく、悪く言うとその相手をするのが少々疲れるという感じだ。
まあ僕はこれには慣れている。
「うん……」
「……信彦、どうかした? さっきから“うん”としか言ってないよ?」
もう何回“うん”と言っただろうか。あまりよく覚えていない。
「いや……あのさ、僕たちって普通の友達?」
「何、やぶから棒に。そんなこと、聞くまでもないじゃない」
聞くまでもないでは、答えになってないじゃないかと思う。
「じゃあ別に付き合ってるとかそういうわけじゃないの?」
「えっ、それは……」
「こうして一緒にいることは多いでしょ?」
「それはそうだけど。だからと言ってそれは付き合っていることとは違うんじゃない?」
一応、付き合っているわけではないらしい。
「それなら……、付き合わない?」
「……。信彦までそんなこと言うの? そんな余計な心配なんてしなくていいって」
やはり風の便りは噂ではなく真実らしい。
「私はもう決めてるから。それは何も今更言うようなことじゃないよ」
なんとも曖昧な返事だ。
「と、言うと?」
「なんだか私に告白してくる人が多いけど、私はもう相手を決めてるから。ただ、今付き合おうと思わないだけ。そんなに急ぐ必要もなさそうだし」
相手の気持ちが変わるだとかそういう心配はしてないってこと?
ならその“相手”とやらにはそれなりの確信があるってこと?
相手の気持ちが揺るがないっていうそういう確信……?
「もう。信彦、少しくらい私に期待してくれてもいいでしょ」
「期待って何を?」
それを聞いた加恵は大きな溜息をついたのだった。
このときはなんだかよく分からなかったけれども。ようするに相手というのは僕であって、期待というのはその相手が僕じゃないのかということだ。自惚れた期待をしていてもよかったってことなんだろうけれども、僕はただ心配ばかりしていたからそんな余裕なんてなかった。心配しなくていいっていうのも相手が僕だという意味なのに、僕は察しが悪くこの心配は高校くらいまで引きずっていた。中学生の自分は、なんだか無駄が多いなと思う。
高校のときには僕もある程度このときの言葉の意味が分かって、加恵とは付き合いはしなかったけれどもお互いにより近づくことにはなった。
一方、大学になると……。
夏休みに入って間もない頃。
僕と加恵は相変わらずで、前々から予定の決まっていたサイクリングに出かけた。たしかに付き合ってはいないものの、これは俗にいうデートというやつだろう。僕たちは、僕たちの住む街の近くにある海岸に臨む道路を二人で走っていた。
その道路の途中にあった休憩所でのこと。近くに自転車を停め、海の見えるベンチに二人で座っていた。
「あのさ……」
「なに?」
そんなに刺々しい返事ではなかったと思う。
でも“な〜に?”とは違ったような。
「そろそろ、付き合ってくれてもよくない?」
明らかにお互いの気持ちはわかっているのに何故付き合うことをしないのか、僕はそれがもどかしくて仕方なかった。
「そんなこと言われても……」
「あっ、もしかして加恵?」
後ろから突然そんな声がして、振り向いてみるとそこには美由ちゃんと創英君がいた。
「やっぱり。ねぇ、信彦とデート?」
「えっ、そ、そんなんじゃないってば。ただ信彦がサイクリング行きたいっていうから、一緒に来ただけだよ」
「よく言うよ。行きたいって言ったのは加……」
口を塞がれたし……。
「信彦の言ってることはただの照れ隠しだって」
照れ隠しなんてしてるのは加恵の方なのに……。
「そうなの?」
信じちゃってるし……。
「まあいいけどさ。それにしてもこんなところで逢うなんて奇遇だね」
「そうだね。美由たちもサイクリング?」
「うん。創英君が行きたいって言うから」
あの創英君が自分から行きたいなんて言うんだろうか。なんだか今の言葉聞いて若干むすっとしてるけど。美由ちゃんはそれに気付かぬふりしてるし、多分誘ったのは美由ちゃんだろうと思う。
「へぇ。お互い大変だね」
それは僕と創英君に言う言葉でしょ……。
結局、この数日後に創英君は入院する羽目になるわけで真相は記憶が戻るまで聞くことは出来そうにない。そんなことより、僕の思う“付き合い”と、加恵の思う“付き合い”は、若干くい違っているんじゃないだろうか。僕の思う付き合いだと、もう十分付き合っているといえるのに加恵はそうじゃないという。じゃあ加恵の言う付き合いって何……?

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