その12 私の入る隙間もなし ─ 知美

彼とは別に、大して仲が良かっただとか、古くからの付き合いがあるというわけではなかった。ただの顔見知りだったということだけ。場合によっては、私の存在さえも彼は忘れているかもしれない。それでも……、私は未だに彼に恋して止まない。何故だろう、一体彼の何処にそんな魅力があったというのだろうか。
彼とは中学二年生のときに同じクラスで、同じ班になった。私の記憶の中には、この時以前に彼を見たこともなかったので、恐らく干渉することのないただの同級生だったのだろう。しかし、この年はそれとは違ってクラスメイトという関係で、しかも同じ班の班員でもある。
二年生が始まって間もない頃、ホームルームがあった。このホームルームによって班が決まることになっていて、そのときに彼と同じ班になった。この班には、一年生のときにも同じクラスでこの中学校に初めて来たときに最初に決まった班で同じ班だった、美由ちゃんもいた。そしてこのときに決まった班で、その班のリーダーを決めることになったのだが、彼は間髪入れず名乗りを上げた。彼はこの頃、何かというと自分からそういう役柄に回ろうとしていたのだが、あとあと美由ちゃんから聞いたところによると、これは彼女に見栄を張っていいところを見せようとしていたらしい。でも私はそんなこととは知らずに、そういう役を自分から負ってみんなを引っ張ってくれようとする彼に憧れていた。
一方彼は自分のいいところを美由ちゃんに見せようとひたすらアプローチに励んでいた。しかし、それは彼女のみならず同じ班の人やクラスの人にも同じような好印象を与えていたので、クラスの中での彼の評判は上々だった。私は一年生のときの彼のことは知らないが、友達から聞いたところによると決して目立つような存在ではなかったらしい。それが二年生になって突然このような存在に変わってしまったので、その陰には何かあると噂されていた。言うまでもないことだが、その陰にあるものとは彼女の存在であった。これも翌々はバレるのだけども。
二学期が始まり、また新しい班が再編されることになった。このとき、私は彼と再び同じ班となったが、何時の間にか彼は違う班になった美由ちゃんと付き合っているようだった。結局、この時点で私は片思いに終止符を打たざるを得ない状況になってしまった。
私は班としての活動においては彼と行動を共にすることになり、いくら失恋したとはいえ彼のもとからは離れることもできなかったので、なんとも居心地の悪い状態であった。それに、美由ちゃんには私が彼のことを好きだなどと言うことは一度も話していなかったので、考慮してくれるわけもなく今まで通りの付き合いを余儀なくされた。
二学期の末頃、三年生は受験勉強に勤しむため生徒会を降りることになっている。そこで二年生がその三年生に打って変わって、学校のリーダーとなりこの学校を引っ張っていくことになる。
彼はその選考の場で自ら生徒会の副会長に立候補した。多分美由ちゃんに良いところを見せようという魂胆なんだろうとみんなは言っていたが、私はそうは思っていなかった。たとえそうだとしても、私はそれを彼の美由ちゃんに対する誠意だと思っていた。彼の真意がどうであれ、私には彼がステージで演説する姿が眩しすぎて見ることができなかった。いくら美由ちゃんのために意地を張っていたのだとしても、ああしてステージに立って学校をまとめていくにはそれなりの決心が必要だと思う。そんな決心は私にとっては憧れで、そんな決心をした彼も私にとっては憧れだった。
それから私たちは三年生になり、ますます勉強も忙しくなってきた。私と彼は同じクラスだったが、班は同じになることはなかった。美由ちゃんは隣のクラスで休み時間になるとよくこの教室へ遊びにきていた。もちろん、目的は彼である。しばしば彼女は私のところへも来て色々と話してくれたが、彼女にしてみれば彼との仲も彼女の生活の一部なので、私はその話にも付き合うことになった。もちろん私はそれを平気で聞いていたわけではない。ただきりきりと痛む胸のうちを、誰にも明かさず一人で仕舞い込んでいたがために、その苦痛は大きくなるばかりだった。
そして卒業式の日。
どうやら彼は泣いていたらしい。理由はあとあと美由ちゃんから聞いたことによって推測できた。でも私には泣いている彼をどうすることもできかった。そしてその理由を知らない私はもう彼とは同窓会以外会うこともないだろうと、恋なんてものは諦めていた。
高校生活が始まってしばらくした頃、私のもとに一本の電話がかかってきた。その電話の相手は美由ちゃんで、彼女も彼と同じように泣いていた。彼女が泣いていた理由は、想像と現実の差による自分の誤解が招いたことに対してだった。
それはどういうことかというと……
美由ちゃんは中学生のとき高校生活というものを熟知しておらず、忙しいものだとばかり思い込んでいたらしい。だから、別の高校へ行った彼とは付き合うような余裕はないと思っていた。彼女は彼を気遣って、逢えない寂しさを感じさせるくらいなら別れた方が彼のためだろうと思い、彼と別れたらしい。
しかし現実はそうではなくてそれほど忙しくもなく、それなりに自分の時間を持てる余裕のあるものだった。彼女としては想像していた高校生活とかけ離れていて彼と付き合う余裕もあるので、できればもう一度付き合い直したい。でも彼とは別れたときに連絡を絶つまでしたのに、今更彼ともう一度付き合うなんてことはとてもではないけど言えはしない。
……と、こんな感じのことだった。
そのことで、彼女は自分の想いのやり場のなさと、自らの思い込みによる過ちが辛くて泣いたらしい。結局この電話では彼女からその一部始終を訊くまでに終わった。しかし私にとって、このことは友の悲劇であると同時に諦めかけていた恋に僅かながらの可能性を見出すきっかけになった。たしかに彼の連絡先は分からないものの、同窓会ならまた近いうちにあるだろうとそう思っていたからだった。しかし、予想に反して高校・大学と進んだけれどもその間に一度も同窓会は無かったのだった。
ちなみに美由ちゃんは、このあとで同じ高校の人と付き合うことになり、このショックからはなんとか抜け出したらしい。

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