その10 切っ掛けは彼女より ─ 美由

数日前まで、私たちがそうであったのも、全て彼女のおかげであったと言っても過言ではない。何故なら二人がそうなるようにしてくれたのは彼女なのだから。たしかにその後ろに彼もいたけれど、どうやら創英君の目に彼は映っていなかったらしい。クラスメイトであったのに、創英君は彼のことを深く干渉していなかったらしく、その存在くらいしか知っていなかった。私は若干、それがショックだった。
高校一年生の春。
私は悲しみに暮れていた。その原因を作ったのは私自身なのに、そういう気がしなくてひたすら悲しみばかりが込み上げて来ていた。
その理由は一つしかない。元から好きだった人に告白されて、それをあたかもそうではなかったかのように振舞い、付き合い始めた彼を諸々の事情を理由にふってしまったからだ。
たしかにあのときは、高校生活は忙しいものだとばかり思いこんでいた。でも現実はそうではなくて、ある程度余裕があるものであった。だから、本当は彼をふってしまうような理由なんて何処にもなかった。それをこうして高校に入ってから気づいてしまったのはただただ悔やむしかない。
でも彼とは絶縁状態で連絡をとろうにもとることはできなかった。もう一度なんて、私から言うような勇気なんて持ち据えてはいなかった。だから今はただその悲しみに浸ることくらいしかできなかった。
そんな私に転機が訪れたのは高校二年生の春だった。学年が替わるということでクラス替えがあり、そこで彼らと同じクラスになった。最初のホームルームで班を決めることとなり、そこで加恵と同じ班になった。彼女は比較的長身で、明るく、面倒見のいい人だった。
私自身は自分から友達を作って回りへと広げていくようなタイプでなかったので、私から彼女と友達になろうとは思っていなかった。しかし彼女のほうは積極的で私はそれに巻かれてしまい、結局そのときのクラスで最も心を許せる人となった。
そんな彼女には信彦という彼氏らしき人がいて、よく三人で話をしていた。私はときたま加恵に、信彦は加恵の彼氏かどうか尋ねてみたが、どうやら本人はそのつもりではないらしい。でも信彦のほうは加恵にぞっこんらしく、私と加恵が話しているところへよく来ていた。そのことは加恵自身も満更ではないらしく、彼と楽しそうに話していた。あとあと知ったことだが、彼らは幼馴染みで幼稚園以前からずっと仲がいいらしい。それでもって家も近いらしく、それなりに近所付き合いとしてお互いの家族同士も仲がいいらしい。
一方私はもうすっかり悲しみから開放されていて、それなりにスクールライフを満喫していた。このとき私には、クラスの中に再び好きな人ができていて、また叶わないだろうと思いながらも授業中ぼんやりと彼を眺めていた。
そんな私に気付いた加恵は、私がその仲を取りもとうかなんて言い出した。私は最初、それを断ったのだが是非ともやらせて欲しいという彼女の熱意に負けてしまい、結局彼女に頼むことになった。
それから数日の間、私はよく加恵に連れられて彼のもとへ行き、二人の話に付き合わされることが多くなった。私自身はその場ですっかり緊張していて、会話は加恵と彼との間でだけ弾んでいた。時折、加恵が私にも話をふってくることがあったが、それは曖昧なままに過ぎていった。一方彼は、ずっと加恵の方ばかり見ていて、私の視線に気付くと慌てて加恵のほうに向き直っていた。
一週間ほどした頃、この日もまた同じように加恵と彼は話していて、私はその付き添いのような感じだった。いつもと同じようにしていると、しばらくしてその場へ信彦がやってきて、加恵は私に上手くやるよう耳打ちして、信彦とどこかへ行ってしまった。その場に取り残された私と彼は何とも重い空気に包まれ、会話はまるで片言で話すかのような感じで終わってしまった。
その翌日、この日も私は加恵に連れられて、彼のもとへ行くことになった。
「今日も来たよ」
「また? よくも飽きずにそう毎日来れるな」
「そう言わないでさ。私だって創英のためを思ってこうして来てるんだよ?」
「俺のため? 何で?」
「だって毎日退屈そうにしてるじゃない。男友達が寄ってきたって面倒くさそうに相手してるでしょ? だから私がこうして来てるんだって」
「そういうのを余計なお世話って言うんじゃないのか?」
「まあそう言わずにさ。別に悪い気はしないでしょ? こうして美由も連れてきているんだからさ」
何故私がこうしてここにいることが悪い気がしない理由になるのだろうか?
「ま、まあ悪い気はしないけどよ……」
「もう創英ったら無理しちゃって。美由の目は誤魔化せても、私の目はそうはいかないからね」
「な、何が?」
私もそう思う。
「創英、あれでしょ? 実は今、好きな人いるんでしょ? しかも目の前に」
加恵は一体何を言っているんだろうか。まさか、彼は加恵のことが好きだとかそんなことを言わせようとしているんじゃないだろうか。そうだとしたら、彼女が引きうけてくれたのは一体何だったのだろう。
「えっ、お、俺に好きな人がいるんじゃないかって? まっ、まさか」
彼は語尾だけを若干笑いながらそう言った。すると加恵がすかさずこう言う。
「よく言うよ。昨日だって信彦にああしてもらうように頼んで、わざわざ二人っきりにしてあげたのに。この恩知らず」
二人っきり……って私と!?
じゃあ目の前にいるって言うのは私のこと!?
と、いうことは加恵が言う彼の好きな人って……私? まさか、そんなことはないでしょ……。
「俺はそんなこと頼んでもいねーよ」
「創英に頼まれたんじゃなくて、美由に頼まれたの」
「えっ、私?」
「ほんとう……か?」
彼はさっき笑ったときとは打って変わって急に真面目な顔をして加恵にそう訊いた。
「私が嘘なんて言ったことあった? 何なら本人に直接訊けばいいじゃない」
「……。そう……なのか?」
彼は私の目を凝視して離さない。こうなれば私は蛇に睨まれた蛙のように、その場から逃げることなど許されない。
「う、うん……」
まあ、頼んだというか……、言ってしまえばそうなんだけども……。
「そうか……」
「ね、これで分かったでしょ。何も創英だけが好きだったってわけじゃなかったの」
「……」
「……」
二人分の沈黙が間を空ける。言うまでもなく、私はこの上なく恥ずかしい思いをしているわけで、頬が燃えるように熱い。
「さ、私は邪魔だろうから信彦のところにでも行ってくるよ。ここ数日相手してなかったし」
そう言って加恵は信彦のところへ駆けて行った。それでも私はまだ蛙のままだ。
「……俺のこと、好きなのか?」
彼が確かめるように訊く。
「えっ……、それは……」
もうこれ以上赤くなっても仕方ないと思うのに、頬は益々熱くなる。
「……まあ、そんなことはいいか。それより明日は一人で来いよ。あいつがいると何も話せそうにないからよ」
「う、うん」
こうして私たち二人はお互いの気持ちを知り、なんとか二人だけで話せるまでになった。

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