その9 初恋の相手 ─ 義直

これで、よかったのだろうか。
中学校の卒業式、色んな意味で泣いて暮れた一日だったけれども、俺はそんなことを四六時中考えていた。学力の差というのだろうか、目指すものの違いというのだろうか。そんなこんなで俺は美由さんと違う高校へ進むことになった。もともと俺と美由さんの家はそれほど遠いというわけではない。距離は二キロメートル程度で、自転車なら五分とかからないくらいだ。だけど、高校へ行くとそれなりに忙しくなって、部活も夜遅くまでするから、会う機会が減るだろう。そういうことで、俺は卒業式の前日に美由さんと別れることになってしまった。
その日──卒業式の前日──は休日で、突然俺の家に美由さんから電話があった。
「もしもし、須木流ですが」
「義直? 私だけど」
「美由?」
当時は美由さんのことを生意気にも“美由”なんて呼び捨てで呼んでいた。まあ、気軽にそういう風に呼べるような関係であったのだが、今はとてもそんな風には呼べない。あれから三年以上も経って、その間美由さんとは一切連絡も取っていなかったのだから、いつの間にかそういう存在ではなくなっていた。
「うん。今から会えない? うちで」
「いいけど……。何の用?」
「いいから。とりあえずうちに来て」
「う、うん……」
数分後。
俺は美由さんの部屋にいた。もちろん今まで何度か遊びに来ていたけれども、今日は部屋に流れる空気が重い気がする。
「あのさ、明日卒業式でしょ?」
「そうだけど。それがどうかした?」
「それでね、高校も別々のところへ行くでしょ? そうなると会える機会、今までよりぐんと少なくなるでしょ?」
「まあ、それはそうだけど……」
「だから……、別れない? 私たち」
別れない? なんて、そんなことを美由さんはあまりにも素っ気なく言う。
「えっ……。そんなこと、急に言われても……」
「別に嫌なら嫌でもいいよ? でもその代わり、今までみたいにゆっくりデートなんてできそうにはないけど」
「う〜ん……。美由は別れたいのか?」
「私は……、高校で部活とか勉強に専念したいって思うんだ。だから寂しい思いをさせるくらいなら別れたほうがいいかな……って」
「そうか……。まあ、俺は美由が別れたいって言うならそれでもいいけど……」
実際のところ、これは強がりだった。本当は別れるなんてとんでもないと思っていたが、そんなことは言えずにいた。なんせ、告白したのは俺のほうだし、美由さんはそれに付き合ってくれたというような感じだったから、引きとめるなんてことは出来なかったのだ。
「そう? 義直がそう言うならそうしたいんだけど……」
「もう、いいよ別に。どうせ俺から告白したんだし、美由さんがそうしたいって言うのに俺が駄々をこねてそれに付き合わせるわけにはいかないから」
真意は駄々でもこねて、別れるなんてことにならないようにしたい。でも……、それでは俺があんまりな人になる。
「じゃあ……、そうさせてもらうね。ごめんね、急にこんなこと言って。私の我侭だって分かってるんだけどさ」
「いや、いいよ」
「……で、これからどうする?」
「どうするって何を?」
「その、友達でいるとか、そういうこと」
別れたのに友達でいるというのはなんだか辛い。いつまでも未練がましく美由さんに付きまとっていそうで、逆に自分が悲しくなる。区切りだとかそういうものはきちんとつけておかないと、あとで辛い思いをするのは自分だと分かっているから……。
「いや、いいよ。未練がましくなるから」
「そう? じゃあ電話とか年賀状とかそういうのもなし?」
「う、うん……。それでいいよ」
「そう……」
この空気、この雰囲気から逃げ出してしまいたい。俺はそんなことを感じていた。
「そ、それじゃ、俺そろそろ帰るから」
「う、うん……」
家に帰ったとき、俺はいままでに感じたことのないような空虚感に襲われていた。何かがないというそんな抜け落ちたような感覚で、それこそ心にぽっかり穴が空いたんじゃないかというほどだった。ただ、声を出さないようにするのが精一杯で、涙なんてものは止めようがなかった。それは卒業式にしても同じような感じで、呼名のときはもう言葉に代えられないような気分だった。
一方、美由さんに告白したときなんかはこの時とは全く逆で、回りからたくさんの歓喜を浴びているような気分だった。もちろん、心臓は高鳴ったままだったけれども。
中学二年生の一学期。あと数日で夏休みだという日。
来年の夏休みは三年生になって高校受験の勉強などで忙しいだろう。と、いうことは中学校生活の中で本当にゆっくりとできる夏休みは今期しかない。
その、実質最後の夏休みの手前であの人に告白して、有意義な夏休みを送ろう。そう考えた俺は早速その人を誘い出して、告白することにした。誘う場所は自転車置き場の陰。別にその場所に何らこだわりがあったわけではなく、人は来ないだろうと思っただけだ。とりあえず放課後にその場所に誘うことはできたので、あとはただ来るのを待てばいいだけである。僕は会が終わり次第、速やかにその場所へと移動して、彼女が来るのを待っていた。
数分後、彼女はやってきた。
「それで、義直君、話って?」
彼女は、このとき俺と大して仲がいいというわけでもなく、まだ単なる顔見知りだったので、君付けで俺の名前を呼んでいた。それは俺にしてみても同じで、俺も彼女のことをさん付けで呼んでいた。
「えっと……」
「うん……」
「あの……。俺と、付き合ってくれませんか?」
一応、俺はこのとき勇気を振り絞ったつもりだ。俺にはその瞬間、時間が止まったように感じた。
「だと思った。こんな場所に呼び出すなんて他に理由がないもの。いいよ、義直君なら」
「それは……、どうも」
今考えてみると、俺ならいいってことは他にも許せる相手がいるってことであって、結局俺は、選択肢の中の一つでしかなかったってことか……。
「じゃあ私、今日はちょっと用事あるから帰るね。連絡先は明日教えるから」
「う、うん……」
そう言って彼女は去って行った。
こうして二人は付き合うことになって、この翌日俺は彼女から諸々のことを聞いたり教えたりした。あとはすぐに終業式になって、案の定夏休み中、色んなところへ出かけたりすることができた。そして三年生の卒業式前にあんな風にふられて、今に至ったというわけである。
しかし……、せっかくああして連絡を絶って忘れようと思ったのに、創英が事故に遭って結局またぶり返してきたような気がする。なんとも、すっきりしないものだ。

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