その6 骨折り損の… ─ 加恵

高校生活の中の自分。ある意味あの二人には尽くしてきた。二人とも私の友達で、友達として好きだったからそれなりに幸せになってもらいたいとそう思っていたから。そして高校の卒業の時には話もまとまって、これでよかったと思っていた。でも……、それは大学生活の中で終わりと始まりを再び迎えることになった。
七月二十八日の午後四時過ぎ。
私の家に高校のときの友達から一本の電話が入った。
「もしもし、徳村さんのお宅でしょうか?」
「あっ、美由? 久しぶり〜って、この前会ったんだっけ」
私は笑いながら、何も知らずに軽くこの一言を発した。
「う、うん」
「たしかあれは海岸だったよね。私が信彦とサイクリングに来てるときに美由と創英にばったり会ってさ」
私は相変わらずのハイテンションで美由の気も知らずに話を一人でどんどん進めてゆく。
「うん……」
「でさ、その時に見た夕日が綺麗だったんだよね」
「うん……」
「そして四人で駅まで一緒に帰ったんだよね」
「うん……」
「でもあの帰りに、信彦が切符落としちゃって大変だったんだよ?」
「うん……」
「って、ごめん。一人で話しちゃってさ。それで何の用だったの?」
「実は創英君のことなんだけど……」
「何、また喧嘩でもしちゃったの?」
高校のときに一度だけ二人が喧嘩して、その仲裁を頼まれたから、今度もまたそうじゃないかと思い気軽に返す。
「そんなのなら、まだいいよ」
「そんなのって喧嘩より深刻なこと?」
「うん……。実は創英君が事故に遭っちゃって……」
「えっ、事故?」
事故ってまさか……。
「うん……。それで意識は戻ったんだけど……」
「なら良かったじゃない」
「いや、全然良くなんかないよ」
「どうして?」
「実は当たり所が悪かったらしくて記憶がなくて……」
「記憶喪失ってこと?」
「そうみたい……」
記憶喪失か。と、いうことは。
「なら、私のことも彼は覚えていないわけ?」
「うん……。せっかくああして付き合うまでにしてくれたのにごめん。電話かけようかどうか迷ったんだけどさ」
「えっ、そんな、別にいいよ。それより私こそごめん。そんなこととは知らないで……」
「いや、いいよ。仕方ないもんね。それは……」
「仕方なくなんかないよ。私が察していればあんな話、しなくて済んだんだから」
「……それで加恵にお願いがあるんだけど」
「お願い? 私なんかでよければなんでもするよ」
「じゃあ創英君に会ってくれない?」
「えっ、私が?」
「うん……」
「私なんかより美由が会ったほうがいいんじゃないの?」
「さっきなんでもって言ったでしょ。ね、お願い」
「う、うん……」
そして私は病院にいる創英と会うことになった。
翌日、七月二十八日金曜日。美由に教えられたとおりの病院の、教えられたとおりの病室に行く。
『石野 創英』
病室の前のネームプレートにそう書かれている。
病室は個室で、その部屋のベットの上に元気そうな創英が下半身だけ布団に入って身体を起こしていた。そして近くにある椅子に美由が座っていて、何やら話をしていた。
「お二人さん、邪魔して悪いね」
そう言いながら、私も近くにあった椅子に腰を下ろす。
「いや、そんなことないよ。ごめんね、わざわざ来てもらって」
「いいのいいの。どうせ暇だったんだしさ」
「そう?」
「うん」
まあ一昨日まで本当に暇でどうしようかと思ってたんだけど。
「それでね、創英君。彼女が加恵さん。私たちのキューピット役」
「どうも」
創英が私に会釈をするが、そんな滅相もない。
「キューピットなんて何も大それたことしてないから」
「よく言うよ、全く……」
二人にとっては大きい事だったのかもしれないけれど、私自身は何も変わってない。
「そうは言われても、覚えてないし……」
「まぁ、仕方ないよ」
なんというか、創英の人格がこの間会った頃とまるで正反対。創英とこうして向き合って話しているのに、それが仮面を被っている別人のような感じがする。高校生の時分の創英は私みたいに凄くテンションが高くて、いつもノリがよかったのに。それに対して今の創英は名前も気軽に呼べないくらい喋らない。光が当たっているところと、光が当たっていないところくらいギャップが激しい。
まあとりあえず、さっきから気になっていることを訊いてみる。
「それでどうなの?」
「どうって何が?」
「二人の仲に決まってるじゃない。元に戻れそう?」
「今は何とも言えないよ……。ねぇ?」
「うん……。粗方聞いたけど、何も思い当たらないし……」
まあ、そうも簡単に思い出せれば苦労もしないか……。
「とりあえず、私は応援させてもらうから」
「どうも……」
「なんかまた頼るみたいで、ごめんね」
「いいって。私でよければ。そうだ信彦にも連絡しておこうか?」
「えっ、私からしようと思ってたんだけど……」
「いいの、どうせあいつだって私から電話かかってくるのを待ってるんだから」
「そう? じゃあお願いしようかな」
「……信彦って?」
美由は信彦のこと、何も話してないのだろうか。
「加恵の彼氏だよ」
「ああ、あの人か……」
なんだ、私の彼氏という紹介しかしてないのか。って、私と信彦って何も付き合ってるわけじゃないんだけど。
「いや、そんなんじゃないよ」
「よく言うよ、この間だって一緒にサイクリング行ってたくせに」
「あれはちょっと誘われただけだって。私だって暇だったから付き合っただけだし」
「暇だなんてよく言うよ。前々から忙しいって行ってたのに」
「それは予定が急にキャンセルになったの」
それも嘘。前々からサイクリングの予定は入っていた。
「どうだか……」
たしかに私は信彦のことが好きだ。
それに信彦だって今までに何回も告白だってしているし、突然何処かへ行こうと言っても付き合ってくれるから好きなことくらいは分かっている。
でもいくら彼が告白をしようと私はそれを正式に受けた覚えはない。何故分かっているものをOKしないのかというと、まあ色々と理由があるのだ。それはまた機会があればそのときに。
まあとりあえず、美由も元気そうだし何よりだ。
それから数日後の八月二日。
この日も時間に空きができたので創英のもとを訪れることにした。病院に着いたのが四時半頃。それからまたあの203号室へと向かう。そういえばあの日、信彦に連絡をしておくと言っておきながらまだできていない。今日帰ったら、連絡しておかないと。
病室の前についた私は早速ドアを開ける。
「よっ」
「どうも」
「あれから美由とどう?」
「どうと言われても……」
「別に嫌いじゃないでしょ?」
「うん。それは、別に……。今は友達として、話し相手としてならいいかなってくらい」
なんか微妙……。
「そう……」
「それより、加恵さんは信彦っていう人と付き合ってるの?」
まだ気にしてたのか……。
「付き合ってるというか、なんて言えばいいんだろう……。そう言われればそうなんだけど……」
「結局どうなの?」
「えっ……、どうって訊かれても……」
「はっきりしない?」
「そうだね……」
「じゃあ例えば、今もし誰かに告白されたら?」
正直、私もこの質問があまりにも突拍子で驚いた。
「えっ、な、なんでそんなこと、私に訊くわけ?」
「あくまで例えばの話」
例えばって言われても……。
「う〜ん……、もしそうなったら、しばらく悩むだろうね。相手にもよるけどさ」
「そう……」
もう、なんなんだ。もしかして創英、私に気がある?
まさか、そんな話……。実際にそうなら、私は美由に顔向けできないじゃない……。

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