その4 私にはどうすることも… ─ 知美

あの人は一体何処へ行ったのだろうか。あれから彼女とは別れたみたいなのに。私にとっては永遠で……、彼方の人。

夜の八時頃。私の家の電話が鳴った。
誰かと思い、出てみると相手は美由ちゃんだった。
「もしもし、知美?」
「美由ちゃん? どうしてこんな時間に?」
「えっ、ちょっとね……」
「?」
「実は相談に乗ってもらいたくて……」
「相談? 私に?」
「うん……」
美由ちゃんが私に相談? 普段は私から相談に乗ってもらったり、助けてもらったりすることの方が多いのに。でも、頼りっぱなしでは駄目、こういうときこそ相談にきちんと応じて、普段のお返しをしないと。
「えっと、実は私の彼のことなんだけど……」
美由ちゃんの今の彼って確か創英という美由ちゃんの高校の時の同級生だった人のはず。
でも彼氏の相談なんて、私は付き合ったこともないのにきちんとした答えが返せるだろうか。
確かに中学校の時に片想いしていたけれど、結局彼には告白すらできていない。第一、そのとき彼は美由ちゃんと付き合っていたから、美由ちゃんと三角関係になるなんて嫌だったし……。
「それがこの間、彼が事故に遭って……」
「えっ……」
それを聞いて私は言葉を失った。
美由ちゃんとは中学校のときに同じクラスになって友達になり、高校のときもよく電話をしていた。その電話の会話の中にちょくちょく登場していた彼が事故だなんて。
「今は意識もあって、一週間弱で退院できるらしいんだけど……」
それを聞いて今度は違う意味で言葉を失った。なんだか心配して損した気分だ。一週間弱で退院できるならそれほど大したことでもないはずだろう。
「でも当たり所が悪かったらしくて、事故以前の記憶が全然ないみたい……」
「えっ……。それって記憶喪失ってこと?」
「そうみたい……」
と、美由ちゃんが心配そうに言う。記憶喪失……ということは彼の中には美由ちゃんの記憶もないってこと?
「それって大変なことじゃない?」
「だからこうして知美に電話してるんだけど……」
「そんなこと言われても……」
「ねぇ。私、どうしたらいいと思う?」
「記憶喪失なんて……。私にはどうすることも……」
「お願い。何かない?」
「何かないかと言われても……。そういえば美由ちゃんのお父さんってお医者さんでしょ? 何か、言ってなかった?」
「お父さんは何かきっかけがあればって……」
きっかけ……。思い出の場所とかに行ってみるとかそういうのだろうか。
「なら、デートに行った場所とかに彼を誘ってみるのは?」
「うん……。彼が退院したら行ってみる。じゃあ退院するまではどうすればいいと思う?」
「退院するまで?」
「そう」
「うーん……。付き合うまでの経緯とか付き合ってから何処に行ったとかそういうことを話すとか」
「なんだか擦り込みみたいだけど……。でも他にできることもないよね……」
「うん……。私もそう思う。でもそれはしょうがないよね……。あっ、そうだ。彼を知ってる友達に連絡した?」
「えっ、まだだけど……」
「とりあえず連絡しておいた方がいいと思うんだけど」
「そうだね……。何か思い出させてくれる人もいるかもしれないし」
「でも他は何も思いつかないよ、ごめん」
「えっ、そんな謝らないで。無理な相談しているのは分かってるから……」
「うん……。あとは頑張ってとしか言えない……」
「とりあえず色々と彼に話してみることにするよ。それじゃ」
「うん。また何かあったら言って。私でよければ力になるから」
「うん。それじゃあ、おやすみ」
記憶喪失か……。
何と言っても美由ちゃんが電話で話している中で、彼のことは楽しそうに話してたから相当ショックなんだろうな……。美由ちゃんはそれを一生懸命隠してるみたいだったけど……。
なんとか夏休みの間に片付いてくれないと、明けた頃に美由ちゃんの悲しそうな顔見ることになるから辛いのだけど、無理だろうな……記憶喪失なんて。
多分、時間が経たないとどうしようもないし……。それでも、何か力になれないだろうか……。

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