その1 私をよそに眠る君 ─ 美由

「そうですか……」
ただ、病院でそれを聞いたときには思っていたようなショックは受けなかった。いくら聞いた通りであっても、そのことを事実として受け入れきれていなかったのかもしれない。またいつでも、逢いたいと想えば元気な君に会えると思っていた。でもそれは、あの言葉で諸共崩れ去ってしまったのだった。
203号室。
そのドアを開け中に入ると、ベッドに横たわる君が見えた。
部屋に入り、イスを引き、ちょうどいい位置へと移動させる。そして、そのイスに君の顔を見ながら座った。酸素マスクはつけているものの、その寝顔は何にも憚れることなく開放されているような感じがした。安らかだと表現すれば、それは永遠を意味してしまうのだろうが、そうとしか表現できないような感じがしてならなかった。
ふと窓の外を眺めると、空には入道雲が立ちこめ、今にも雨が降りそうな感じがした。まだ、夏休みに入って間もないこの時期でも、なんとも言い難い暑さがその辺りの空気として漂っている。何れ雨が降り、雷が鳴り、とても帰れるような状態ではなくなるだろう。それでも、こうしてここに、君の傍にいたかった。ただ、今の私にできることはそれくらいだろうと、思っていた。
ガラガラガラ。
そんな音を立てながら病室のドアが開く。振り向くとそこには私の父と、寝ている彼の両親が立っていた。
「様子はどうだ?」
父が私に問う。
「何も変わりないみたい」
ただ、あるがままにそう返す。
「そうか……」
私の父、杉並 健義はここ、市立橋田病院の外科の医師で彼の担当医でもある。そして彼のお父さんである石野 創介さんとは同期だった。
彼のお母さんの英子さんは人当たりがよく、頻繁に彼の家に遊びに行く私にとって、まるで友達のような関係である。
私と彼がこういう関係である以上、嫁姑となりうる上では、実に理想的な関係である。まあ、それはまだまだ先の話だろうけど。
「しかし車にはねられて軽傷とは、運がよかったというべきか……」
父はまだ、私と彼が付き合っているなどということは知らない。ただのボーイフレンドだと、そう思っている。だからそうも他人事のような言い方である。
それは致し方ない。なんせ言っていないのは私なのだから。
「それでは、他の患者も診なければならないので」
そう言って、父は病室から立ち去る。
「では私も。いくら自分の子どもであるとはいえ、ここにばかりいるわけにもいかないしな。あとは宜しく頼むよ」
そう言って、創介さんも部屋から出て行く。
「美由さん、私も一度失礼するわ。まだお昼もとってないから」
そう言って、英子さんも出て行く。そしてまた、病室には私と彼だけが残った。
それから、どれほど経っただろう。起きたときにはもう外は真っ暗だった。寝ている間に雨が降ったのだろう。窓には幾つもの雫がついていた。今日は生憎、泊まる用意などしてはいない。
そろそろ帰ろう。そう思って立ちあがり、まだ寝ている彼のほうを向く。
「じゃあ。また明日来るから」
そう残して、部屋を後にする。ナースステーションの前を通り、エレベータを降り、病院の外へと出る。月明かりと街頭、そして車の明かりだけが夜の街を照らす。通りの道を、駅へと向かう。ここを真っ直ぐ行けば駅につく。それは大した距離ではない。でも、それがとても長く感じた。

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