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夢から覚めたら全てが終わっていればいいと何度思ったか。
狂うほどに待ち望んでいても何事も無くいつもの日々は続いていく。
永遠に続いていく時の流れの中で俺はいつ消滅できるのだろう?
「キールさん?」
「おまえが長老会とネルフ支部を全滅させ、ゼーレこの研究所一つを残して全て潰した者か?」
「一応あなたで一段落つきますから。ちゃんと死んでくださいね。」
ここが終わったらようやく本部を襲撃できる。
"奴"と戦ってもし、相打ちにでもなったらしゃれにならないから支部を先に潰して回っているだけなんだが。
「いつの間にどうやってここまでたどり着いたのかトリックを教えてほしいものだな。」
なんとなく余裕がある面持ちでこちらを見ている。
何かを企んでいるのかそれとも諦めているのか。
分かりきっている、諦めている顔だ。
何かに絶望しているのだろう。
嫌と言うほどにわかる。
俺もきっと同じような表情をしているだろうから。
「普通に入ってきたまでだよ。ただし、普通の人間には少し特殊だったかもしれないがな。」
「・・・・・・・・・・・おまえは、何者だ?」
「女神エーヴェが僕、ハーメル、セシル・ウィズ。異世界からの介入者といったところかな?」
「天使か?」
「天からきたわけじゃないから天使ではない。エンジェル・・・・・神の御使いだ。」
この落ち着き・・・・・・・キールは何か奥の手でも持っているのか?
「お前のおかげで人類保管計画を続行することはできなくなってしまった。これだけやったのだ。もう気も済んだだろう?」
だから、自分は助けてくれと?
「いや、死海文書の内容を知っているものとそれに関わりあう技術を持っているものは排除する。また準備されでもしたらことだからな。」
「だから殺すと?」
「そうだ。」
「それはただの人殺しだぞ。たとえ神の命令であってもな。」
「そんなことは知っている。命を奪うことが俺の仕事だからな。」
自分たちの都合が悪くなる存在を消すことが俺たちの使命なんだよ。
「一つだけ聞く。」
「どうぞ。」
「人類保管計画のどこがいかんのだ?人は一人では生きられない。だが、他人とは決して分かり合うことはできない。だから、人としての境界線をなくして心の隙間を生めようというこの計画のどこがいかんのだ?」
「別にそういうのは良いんだよ。ただ、死海文書を用いたのはいけなかった。世界を変えてしまう魔法を使用するのは世界を守るものを名乗っている俺たちにとっては許容できない範囲だから。他の方法だったら・・・・・・世界を傷つけない方法だったなら、俺は動かなかったよ。」
任務に忠実なだけに本当のことを口にだしていた。
「神の怒りを受けてしまったということか・・・・・・・・・」
神の怒りではなくて神の悲しみのような気もする。
「気は済んだ?済んで無くてももう殺すけど。」
重心を落として騎士剣を構える。
「私はただでは死なんよ。」
キールが何かのボタンを押した。
かまわず俺は騎士剣を振るう。
肉を引き裂く感触、血が噴出。
見慣れた光景。
血がかからないようにするのも慣れの範囲でできてしまう。
「・・・・・・・・う・・・え・・・?・・・・・・・」
上から圧迫感を感じる。
この感じはこの場所が潰されるという合図だったはずだ。
位置データを処理、交換場所確保、ディストーション。
一瞬でゼーレの研究所の外に出る。
長細い光が(といっても巨大だから実際はそんなに細くは無い)研究所に突き刺さっていた。
術かと思ったが、生き物のようだ。
神の似身のできそこない、この世界でいう使徒だ。
形状は光の蛇といったところか。
(身体能力制御発動。身体能力、知覚速度を40倍で定義。ドッペルゲンガー発動)
さすがに大きさが違いすぎるから楽には勝てないだろうけど、こういうのは慣れている。
この使徒自身が光を放っているのか?そうなると表面は熱いかもしれない。
「ソウル・ブラスト。」
無属性法術の最高位を使う。
身体から体力が奪われて120を数える人の頭くらいの光球が放たれた。
放たれた光球はホーミング気味な動きをして使徒に襲い掛かる。
着弾と同時に爆発しダメージを深刻なものとする・・・はずなんだが・・・・・
大きさが大きさなだけにたいして効いていないようにも見える。
ATフィールドにも阻まれただろうし、効果的ではないことは確かだ。
剣に法力を送り込んで強化する。
ミスリルは大きな情報の波にさらされない限り物理世界においての耐久力は自然に発生する物質などよりもはるかに高い。
だから強化の必要性は全然ないが、法力を使っていることによって精神世界への攻撃も可能にするために送り込む。
夢界異邦人顕現・・・・・・・・・・・レゾネイト・・・・シンクロナイズ・・・・・ドッキング。
心の壁を無効化する手札を容赦なく切る。
使徒の体当たりのような攻撃を避け、ついでに切り付けてみる。
ダメージを負わせたことを実感する。
ソウル・ブラストほどの術が効かないわけは無いから効果が薄いなら物質世界ではない世界に存在の重点を置いていることになる。
・・・・・・・・・自分の術に関してだいぶ自信過剰になっているようだ。
足元をすくわれないように気をつけよう。
「風と光よ、われに力を、天に舞い上がる翼を与えよ。」
空中にいる敵に地上を這うだけしかできない自分が勝つには遠距離攻撃しかないが、今の状態では期待はできない。
切ることでダメージを与えれるならそれをやりやすいように空を舞うだけだ。
この術は実際に背中に翼が生えるわけでもそういう幻が見えるわけでもなく身体に風が巻きついて意思の向かうほうへと運んでくれる。
まあ、あることをすると生えるのだが、今はまだするつもりはない。
空へと舞い上がり使徒の得意であろう空中戦をすることにした。
ひたすらちくちくちくちくと切り刻んでいく。
相手からみたらこちらはセミ程度の大きさだから剣できりつける程度では致命傷を負わせるにはあまりにも長けがたりない。
とりあえず、使徒の攻撃は単調で身体をうねうねさせるだけしか脳が無いようだ。
精神世界からの干渉を重視して物質世界からの攻撃は全然たいしたことがない。
精神世界からの攻撃は俺に干渉するにはあまりにも稚拙で防御の意思を示すまでもなく排除してしまう。
とにかく・・・・・・・・・弱すぎる。
避けて切って避けて切って、相手が様子見をしたらこちらも様子見をして。
だいぶ時間が過ぎたと思う。
そろそろ遊びも潮時かな?
使徒の頭に騎士剣をつきたててそのまま尻尾に向かって走る。
使徒の身体に縦に線を入れてやった。
使徒の身体は光を失ってそのまま地球にタックルをかました。
死んだと思う、とにかく使徒の死体をそのままってわけにもいかない。
「我は求める、汝の力を、我は尊敬する、汝の意思を、我は欲する、汝の存在を。」
法術の本来の使い方を実践する。
基盤となる精神世界での魔方陣の構成、物質世界での光で描く魔方陣、精霊への呼びかけの呪文。
訓練をすれば精神世界での魔方陣の構成のみで術を発動させることも可能だがよほどの上級者にしかできはしない。
「闇なる汝の力をここに、全てを飲み込む異界となれ。ブラック・フォース!」
一定空間を切り離してその空間内に超小型のブラックホールを発生させ使徒の身体を圧縮する。
「ザムド!」
淡黄の炎を発生させて完全に焼却する。
これで再生は無理だろう。
元は何でアレ、もう炭素の塊・・・・・・・蒸発したから塊ですらなくなっているのだから。
(身体能力制御終了。ドッペルゲンガー終了。言語を日本語にシフト)
これでハーメルの言語翻訳能力をしようしないとこの国の言葉がわからなくなったが、あとは日本の本部だけだから問題はない。
さっさと帰るか、日本でやることやったらすぐに出発しなくてはいけないしな。
位置データを処理、交換場所確保、ディストーション。
碇シンジの部屋に一瞬で移動できる手段、空間の交換。
あとは本部だけだ。
あそこを処理したら、もう世界を変える魔法をこの世界の住人が使うことはない。
「シンジ君?」
綾波レイか、しばらく会ってなかったな。
「ただいま、レイ。」
なんだろう?違和感を感じる。
「どこに行っていたの?」
「寂しかった?」
「・・・・・・・・うん・・・・・・・」
そう答えますか。
「どこに行ってたか、それはちょっとした旅行に行ってただけだよ。」
「旅行に行くって私に言ってくれなかった。」
「計画してから出発の日までレイとは会わなかったから伝えようがなか・・・・・・・・書置きがあったか。」
リーザが一緒だったし、何より覚醒したばっかりだったから碇シンジの交友関係まで気が回ってなかった。
「心配してた?ごめんね、あの、話の前にシャワー浴びてきていいかな?帰ってきたばかりで汗だくなんだよね。」
思いっきり、戦闘服で旅行って一体どこに?と自分にツッコミを入れてしまった。
馬鹿みたいだ。
温度を最低にして水を浴びる。
さっき感じた違和感の正体はなんだ?
無視してはいけないような気がする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・疲れているからわからないのか?それとも疲れているから違和感を感じたのか?
人間の状態ではそこらへんの感覚が一定に保たれないからな。
人間・・・・・・・・俺は一応人間なんだよな、力が強くても、姿かたちが変わっても。
人間?そうか、さっきレイに感じた違和感は人間のものではなかったからか。
シンジの記憶に残っている。
レイを回復させたときの変な身体情報は人間のものではなく使徒のものだったんだ。
でも、肉体は人間のものだった。
使徒のようにアストラル体を改造したものではなく人間のそれだった。
どうしてだろう?
レイは一体何者なんだ?
・・・・・・・・・・・・・・・あ、人工使徒か。
渚カヲルという少年も人間の姿をした使徒だった。
彼は肉体が完全に使徒だったのに対して、レイは情報のそれは違うものの、肉体自体は人間のものだ。
神の似身のできそこないではなくて、完全に神の似身、人と呼んで良い存在ではないのか。
だが、レイから使徒を作ることは可能か?
・・・・・・・・おそらく、可能だろう。
だとしたら、世界を変える魔法をこの世界の住人が使う可能性を限りなくゼロにするためにはレイも殺すしかないだろう。
・・・・・・・なぜ、素直に使徒なら殺そうという発想にならなかったんだ?
たぶん、碇シンジとしての記憶がセシルとしての思考を邪魔したのだろう。
碇シンジにとって綾波レイは大切な存在だったのだろう。
俺が魂の中心にいたのと記憶喪失のせいで自覚はなかったんだな、きっと。
冷え切った体が疲れていることを忘れさせてくれた。
シャワーを止めて戦闘服ではなく普段着を着る。
戦闘服を着るのが通例なのだが、レイに対してはこのほうが良いと思う。
騎士剣ではなく重力剣を持つ。
包丁では刃渡りが足りない、騎士剣では長すぎる。
「レイ、これから僕は君を殺そうと思う、もちろん君にも生きる権利はあるから、生きたければ全力で抵抗しろ。」
俺ではなくて僕、セシルではなくシンジとしてレイには接しないといけないだろう。
「何をいうの?」
レイは理解不能という顔をする。
それはとても普通な反応であって、これだけの言葉で理解して逃げ出す人間はいないだろう。
「レイは使徒と同列だから殺さなきゃいけないということなんだ。だから、生きたかったら逃げるか僕を殺すかしなくちゃいけない。」
レイは今にも泣きそうな顔をして、何かに助けを求めるように視線を漂わせてその視線がたどり着いた先は俺、つまり、碇シンジだった。
レイにとって、たぶん碇シンジを頼りにしているというかなくてはならない存在なんだろう。
「どう・・・して・・・?」
「レイの身体を改造してなんとか凌ごうとしても、情報の完全な書き換えだからまず無理なんだよ。壊れたものを直すのは楽でも作り変えるのは難しいってコトなんだけど、姿かたちが変わるとか分解して死んじゃうとか魂の型が違うとか、君を人間にする手段が手詰まりなんだよ。だから、せめて、僕が魂を導こうと思う。」
いくら神から祝福されていても、いくら神を殺す力があっても、俺には生み出す力は備わっていない。
「・・・・・・・・・・・・・シンジ君がそう望むのなら・・・・私は死んでもいい。」
あっさりと了解するレイ、逃げてくれたほうがまだ気持ち的には楽なんだけどな。
「なぜ?死にたくないって行って逃げてたらいいんだよ。」
それでも追いかけて殺さないといけないけど。
「シンジ君が好きだから・・・・・シンジ君が望むのなら、私の命を、捧げます。」
けなげなことを言うレイは体の震えを止められないようで、やはり、死ぬのは恐いのだろう。
少しでも苦痛を、恐怖をなくすためにレイを抱きしめる。
レイはシンジを好きだと言った。
一応、俺は碇シンジではあるのだが、こうしていいのかどうかは正直迷う。
だけど、良い思いをさせてあげないといけない気もする。
奪うだけしかできない俺だけど、それ以外のこともたまにはしないと心を失っていくばかりだ。
「レイ、僕は、綾波レイを愛してるよ。」
たぶん、碇シンジとしてだけで生きていたなら間違いないことだっただろう。
嘘ではないはずだ。
確信はないが好きであったことは確かだ。。
そういえば、霧島マナという幼馴染のことも好きなはずだ。
碇シンジとしての記憶があるだけで気持ちはもうわからないけど、初恋のマナ、惹かれていくレイという構図は読み取れた。
だから、好意的な言葉を紡いでもそれはシンジの言葉に間違いはない。
俺が碇シンジ自身でもあるんだから。
レイの震えは止まっていた。
それはおそらくシンジ好意的な言葉で自分が置かれている状況を一時的に忘れているためと思われる。
少し身体を離してレイにキスをして強く抱きしめる。
レイの左脇腹から心臓を狙って重力剣を突き刺す。
レイが、レイの体が死に近づいていくのがわかる。
ちゃんと、レイの魂は世界の始まりの場所、魂が埋めれる場所へと導こう。
自分の半身である、天使の力を開放する。
シャンという不思議な音と共に黄色い光に体が包まれる。
背中から真っ白な翼が生えて、淡い金色の髪の毛が自分が今、天使の力を使っていると自覚させてくれる。
レイの体から生命力が完全になくなり、魂が体から出て行くところを黄色い光で包み込む。
ちゃんと導くから。
こんな力があるから俺は死神だって言われるんだよな。
まあ、周りから見れば・・・・・・・・否定はできない。
ただ、俺は普通ではない人間だってだけ。
魂を導く力・・・・・・・・・天使の力を使えば普通にできること。
根源なる世界へ、旅立つが良い、全てが安らぎと希望で構成されている世界へ。
何もない世界、失うことをしないから、ただ前へと進める世界、満たされれば、他の世界へと旅立ちそこで生を歩む。
レイ・・・・・・・・・・・さよなら。
レイに女神エーヴェの祝福を。
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