阪神西宮駅、上り線ホーム
ハンシンデンシャの窓越しに
我が家のお出かけの友。ハンシンデンシャのお話。
ハンシンデンシャは、阪神間、つまり、大阪と神戸の間を走る鉄道の中で、一番海寄りを通っています。一番山側が阪急神戸線、真ん中にJR神戸線。正式には、阪神本線というそうです。
ハンシンデンシャの特徴は、なんだか暢気なこと。他に比べると駅の数がとても多いのです。知らずに各駅停車に乗れば、とっても時間が掛かります。ハンシンデンシャを利用するコツは、とにかく特急に乗り換えること。勿論、特急も各駅停車も料金は同じです。我が家は香櫨園駅が最寄り。大阪に向かおうとすると、次の駅、西宮で特急に乗り換え。各駅停車は特急と急行の通過待ちで10分近く停車しています。西宮で乗り換えると、あっという間にもう一つの特急停車駅である、甲子園球場前、次は尼崎、そして終点梅田(大阪)です。
実は、特急で神戸ー大阪間は、阪神が一番速いというウワサがあります。客層も何となくのどか。野球のタイミングに合うととても賑やかだったり、私は結構好きです。タンタンもハンシンデンシャが大好きです。
ポートアイランド、南公園
科学館前。颯爽と歩くタンタン
涼しかった今年の夏。夏休みも終盤に入って、ようやく残暑と呼べる雰囲気。
こども達もさすがに、日中の日向で遊ぼうとはしません。
我が家は今年になって、結局冷房を使っていません。記録的な暑さ、なら、話は別ですが、夏は暑いのが当たり前。慣れの問題です。案外、大丈夫なものです。
写真は、週末に云った神戸ポートアイランド。建物の中は冷房が効いていましたが、我が家のメンバーには少々寒すぎ。くしゃみがでました。
我が家の夏は、二台の扇風機、かき氷の機械、麦茶のポット、ぬるめのお風呂。それが全て。
ちょっと冷房を使ってみようか、といってみるテスト、を、する人も居ません。使わないのが当たり前の生活。慣れればなんとかなるものです。去年はそれでも食事時には冷房を使いました。今年の夏、残暑、たいしたこと無いです。って、、これも慣れかも。
夙川の東岸
夙川の西岸
テレビで、火垂るの墓をやっていました。録画して、こども達と見ました。
改めて、申し上げるまでもないかもしれませんが、野坂昭如氏の小説をスタジオジブリがアニメ映画化したもの。舞台は、戦争末期の西宮市。映画の中に、見覚えのある景色がいくつも出てきます。清太と節子が遊ぶ海岸は、間違いなく夙川河口の香櫨園浜辺りです。母が入院していた回生病院は、今でも当時の建物が残っています。
素晴らしい景色なのです。4年前、我が家が西宮に引っ越してくるときに、映画の舞台になっていることは知らず、回生病院から見た香櫨園浜の夕暮れの美しさに惚れ込み、夙川沿いに住まいを決めたのです。夙川沿いの遊歩道と夙川の佇まいは、今もって、私たちがここに住み続ける大きな動機であり続けています。
鮮やかな夕日は、残暑のボルテージを上げています。息子が不機嫌な土曜の夕方、以前、4年前に良くそうしていたように、私は息子を連れて散歩に出かけることにしました。勿論、姉たちもついてきて、4人全員を引き連れて夙川沿いへ。香櫨園の駅前の橋を渡り、東岸へ、オアシスロードと名付けられた川沿いの遊歩道を川上に向かって歩き、2号線の夙川橋からJRの鉄橋を眺め、川の西岸を歩いて家に戻りました。気配はもう秋で、セミは元気が無くなってきていて、クマゼミよりアブラゼミが目につきます。
遊歩道は、犬を散歩させる人たち、暑い中ジョギングに汗を流す人たちが行き交います。エリポンはセミのぬけがらを拾って持って帰りました。タンタンは散歩中の犬を見つけては寄り道をしています。ここを住まいに選んで良かったと思うのです。僅か30分ほどの散歩ですが、充実したひととき。
映画の方は、戦争末期の混乱の中で、家族を失い、ひとりぼっちになる少年。戦争のもたらす悲劇。昔はこの辺りにもホタルが居たんでしょうねえ。雲の上からコンピュータにコントロールされてボタンを押す人たちに、戦争の悲惨さはきっと判らない。勿論私にも判りません。戦争を知る人が少なくなっていくことに、いくらかの危惧を覚えたのでした。
東大寺、南大門。そのうち教科書に出てくるよ
ダチョウのおりの前でスケッチ
夏休みの自由研究、先日もお知らせした続き。
長女は、奈良の大仏について調べるというのが、テーマ。次女は動物園で動物の観察。
二人とも、目の前の色々を観察し、記録する。少々手伝いは必要ですが、楽しそうです。長女は、図書館で色々と資料集め。自分が見てきた色々な文化財の歴史的な意味を学ぶ。そしてまとめてゆく。これはなかなか得難い経験でしょう。元々歴史にはとても興味があったようです。文化財に秘められたストーリーをあぶり出そうとしています。
次女は、長女のやり方を見て、自分なりに構成してゆきます。ノートを一冊、興味を持った動物を眺めながら、メモ、スケッチ、そして写真撮影。ノートに、写真を貼り付けるスペースを確保しながら、あっという間に作り上げていきます。即興性が次女の持ち味です。
型にはまった自由研究よりも、観察、写生、調査、なかなかこども達の個性が出て、付き合う親としても楽しめます。もう一踏ん張りしなくてはならないのは親の方です。
出発当日、自宅前に整列。
あっという間の一週間。旭川空港ロビーで。
6泊7日、一週間の予定で、北海道に帰省旅行に行っていました。
長いような、短いような一週間。去年は札幌に泊まったり、道北旅行をしたりしましたが、今年はずっと実家に居座り、近場を廻りました。というわけで、色々と世話になった実家、親戚の皆さんにとっては、長い一週間だったと思います。仕事が気になるトウサンにとっても、ある意味、長い一週間でした。こども達は、祖父母、おじさんおばさん、いとこ達、そして、いつもとちょっと違う北海道の雰囲気に囲まれ、実に、短い一週間だったようです。
初めのうち、もう帰ろう、といっていたはずのエリポンが、帰る前日になって、帰りたくない、と泣き出したところを見ると、よほど楽しかったのでしょう。姉たちは、一刻もムダにしたくない、という、気合いを入れた遊び方でした。タンタンは、ようやくじいちゃん、ばあちゃんに慣れた頃、本領を発揮する前に帰還することになった気がします。
写真は、出発の日、西宮で撮した4姉弟、そして、帰りがけ、空港ロビーで飛行機に搭乗を待つ、家族の一部。残念ながら、うまく揃いませんでした。
夏休みも残り僅か。素晴らしい思い出になったようです。絵日記や、自由研究に反映されることでしょう。今から、来年を楽しみにしているようです。
お世話になった皆さんに、感謝。
湾岸線測道から西宮港を眺める
北海道の夕日と茜雲
年に一度、家族で帰省旅行。北海道へ向かう日です。
今年はスケジュールがなかなか決まらず、結局お盆の一番混み合う時期の帰省となりました。こども達がとても楽しみにしています。見ていて、自分の子供の頃を思い出します。毎日出発の日を指折り数えて居たのです。4人が指折り数えますから、なかなか大変です。
例年だと、避暑も目的のひとつで、こども達は滞在の間にあせもが治るのですが、今年は関西も涼しい夏です。
出発の朝、西宮はまるで秋の空のようでした。空気が澄んで、六甲の山並みがきれい。港と山と、青空、白い雲。久しぶりにバイクを止めて、写真を一枚撮りました。
数時間後、北海道に降り立ち、住みきった西の空に、鮮やかな夕日。これほど夕日が大きく見えるのは、ロサンジェルスで眺めた夕日以来かもしれません。くっきりと丸い夕日が、山際に沈んでゆきました。最後のひとかけらの光が消えてゆく様子まで見ることが出来ました。
きっと楽しい滞在となることでしょう。
東大寺大仏殿内、東大寺の柱材
法隆寺、回廊
夏休みといえば、自由研究。今年も、なんとかしなくてはなりません。
ナミンチが描いたマンガに、ダイブツが出てきました。姿は何となくそれらしいのですが、大きくありません。大仏を見たことがないこども達。今年の自由研究は奈良の大仏について調べることにしました。デジカメをナミンチに持たせて、奈良、東大寺へ車で向かいました。
台風一過の晴れ渡った空の下、巨大な伽藍にびっくり。中に入ってまたびっくり。大きいねぇ。
重要なことは、大仏がどのようなものか、ということに加えて、いつ、誰が、何のために、という歴史的なことまで調べる点です。
幸いなことに、大仏殿内は、三脚を使わなければ写真撮影は自由に許可されていました。ただし、薄暗い建物の中ですので、きれいに写すのは楽ではありません。今日見た記憶と、写真と、色々な資料を元に、立派な研究が出来るはずです。
大仏殿の柱が落書きだらけなのにびっくり。大仏殿から、南大門の金剛力士像を見て、奈良公園の鹿と戯れ、国立奈良博物館へ。パキスタンとインドの仏像展をやっていましたが、タンタンが大人しくしていてくれるはずもなく、、、結局すぐに外へ出て、池のカルガモを眺めていました。常設展の方は、古代中国の青銅器、それから唐招提寺の立派な仏像など。なかなか見応えがあります。しかし、何にしてもタンタン対策が問題です。託児施設を設ける必要があると思います。
そのあと、法隆寺へ。午後に入って気温が上がり、みんなバテ気味。それでも、五重塔、金堂、百済観音像、夢殿と、全部見て回りました。こちらの方は、建物の中は撮影禁止です。
なかなか、充実した夏休みのひとときでした。あとは、ナミンチのやる気次第。トウサンは高校の修学旅行以来ですが、こういった歴史上の貴重な資料を、ほぼ自由に観覧が許されるというの大変素晴らしいことだと思います。
甲子園球場、奥が一塁側です
西宮駅で発車を待つ阪神各駅停車
台風が、兵庫県西宮市に再上陸した、なんて、どうして分かるのでしょう。それが何か意味があるのでしょうか?
結局、大型、強い台風がすぐ近くを通ったにもかかわらず、私たちの住むあたりはほとんど何もありませんでした。前日に、高校野球の第2試合が雨天のため、ノーゲームになった程度。
その試合は、台風通過後の第一試合に組み込まれることになりました。私たちにとっては幸運です。土曜日、しかも、台風の影響で涼しく、曇り空です。観戦日和といって良いでしょう。午後から出かけることにしました。我が家から、およそ25分ほどでスタジアムの客席に座ることが出来ます。
写真は、甲子園球場の正面ゲート。
家族でアルプス席へ。一塁側、駒大苫小牧高校を応援です。ハンシンデンシャで出かけました。甲子園のアルプス席。日射しが大敵です。
曇り空、強いライト方向からの風。駒大苫小牧は前評判は上々、昨日は期待通りの強さで圧倒的にリードしながら雨のためにノーゲームでした。
北海道から来た応援団や、関西一円に住む北海道出身者など、マァマァの入り。試合が始まり、こどもたちは一生懸命応援します。上の2人は見ているうちにルールがだいたい分かってきたみたい。エリポンは純粋に応援が楽しい。タンタンは物珍しさと、お菓子、お茶、、、何故か大人しくしています。
試合の方は、思うとおりでありませんでした。昨日4イニング投げているエースが今ひとつ。相手につけ込まれリードを許します。リリーフ投手が完ぺきな出来だっただけに、交替時期の遅れが悔やまれる。また、後半チャンスを掴みながら、ことごとく併殺で得点できなかった。野球の作戦を立てることの難しさ。甲子園はスタンドで見るのが面白い。中立的な立場で見られたら、さらに面白く見られたかもしれません。
お隣に座っていた老夫婦が、次々にこども達にお菓子を下さいます。途中で雨が降り出し、タンタンがウロウロし始め、その後はなかなか試合を見るどころではなくなっていたのですが、高校生達の健闘、野球の面白さ、ともに満喫してきました。
帰りの電車の中。先頭車両の先頭に陣取る我が家。誰ひとり、カメラの方を向いていません。電車を降りる頃に、東の空に見事な虹が架かっていました。
かつて、リンカーン大統領がのべたように、『全ての人を永遠に騙すことは出来ません。」そして、今こそ、私たちは『暗闇を消せるのは、暗闇ではなく光だ」という真実を見つめ直さなくてはなりません。『力の支配」は闇、『法の支配」が光です。『報復」という闇に対して、『他の誰もこんな思いをさせてはならない』という、被爆者達の決意から生まれた『和解」の精神は、人類の行く手を明るく照らす光です。
同時に、世界中の人々、特に政治家、宗教者、学者、作家、ジャーナリスト、教師、芸術家やスポーツ選手など、影響力を持つリーダーの皆さんに呼びかけます。いささかでも戦争や核兵器を容認する言辞は弄せず、戦争を起こさせないために、また絶対悪である核兵器を使わせず廃絶させるために、日常レベルで祈り、発現し、行動して行こうではありませんか。
広島市長、秋葉忠利氏の広島平和宣言の一部(読売新聞夕刊誌面より)
大きな古時計。ちゃんと動いていました
イカ釣り船の灯りが分かるでしょうか?
トウサンは北海道へ。会議で出張です。
この夏一番の暑さのなか、自宅からスーツを着たまま、夙川駅へ。手には重たい鞄をぶら下げて、、、汗だくになるだろうな、と思いながら歩いたせいか、汗だくになりました。
出張先は実家のある北海道の田舎町。会議の準備のこともあって、何処かホテルへ、とも思ったのですが、リラックス出来て良かったようです。昨日、雨が降ったそうですが、晴れていました。暑いとこぼす北海道の人たちを尻目に、私にとっては快適な一泊滞在でした。
会議の首尾はマァマァ。終了後飛行機の時間まで少しありましたので、両親と少し速い晩ご飯に誘われました。喫茶店のようなところで、美味しい和風スパゲティと、コーヒー。なかなか凝った作りのお店で、思わず写真を何枚か。大きな古時計ですが、きちんと動いて時を刻んでいました。とてもくつろげる良い雰囲気のお店です。こども達といっしょに来る気はしませんけれども。
夕方の飛行機。右窓際でしたが、夕日を満喫。津軽海峡付近で日が沈み、イカ釣り船の明かりが、点々と海に浮かぶ様。人々の営みを主張する小さな灯り達。
大阪上空は積乱雲で、着陸が遅れましたが、上空からの雷を初めて見ました。なかなかのものでしたが、カメラに納めることは出来ませんでした。
とにかく、無事に帰ってきました。