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このページは、想い出のページなので、時間的概念がありません。時代を行ったり来たりします。

<セントラル・ヒーティング>

第一銀嶺荘の冬は暖かい。
といっても、213号室に限ってのことだが・・・。
長時間西日が当たるのはこの部屋だけだし、何よりも心地よいのが床暖房
丁度布団がひいてある真下にラーメン屋の厨房があるのだ。
こいつが地獄の釜のように炎を上げている。・・・夜中まで。
真冬に震えながら帰ると部屋はほんのり暖かい。

すかさず万年床の敷布団の下に潜り込むとホカホカと俺を暖めてくれる。
たちまちウットリとしてしまう。
まるで母に抱かれし赤子のように・・・。
建物自体の電気系統が弱いため、電気ストーブ等、電力をたくさん使うものは禁止。
しかも建物も古くて燃えやすいからということで石油ストーブも禁止。
唯一の頼みのコタツも、
10部屋あるうちの4つが同時に使うとブレーカーならぬ、ヒューズが飛ぶ。
ラーメン屋が火を出したらイチコロである。

隣の209号室も下がラーメン屋だから暖かい。
と、思うだろうが、今日は定休日だから寒いはずだ。
明日は俺が寒い日。
というように、快適床暖房には定休日があるのだ。
しかも、夜の1時になると、ピタリと終わり。
畳の下が急に静かになり、急に寒くなる。
畳と敷居の境の長〜い三角の隙間から冷たい風がゴキブリと一緒に流れ込んでくる。
まぁ、下が不動産屋、寿司屋で、毎日寒い208号室、207号室のことを思えば・・・。

ラーメン屋の大将も、まさか自分の頭の上で、学生が「暖ったけぇ〜。」
とか言いながら腹ばいになってるとは、夢にも思うまい。

冬はいい 冬だけはいい床暖房 やがて春きて夏がきて・・・

<帰省>

大学の冬休みを利用して滋賀県に帰ろうと思う。
もちろんオートバイで。
寒さに弱い俺である。準備に抜かりはない。
バイト先からかっぱらってきた、
エアキャップ(捻るとプチプチと音がする緩衝材)を各パーツに切り取る。
女の子が昔遊んでた紙の着せ替え人形、
・・・・のお洋服みたいに、人の形に切り取る。

下着を三枚重ね着して、
その上からプチプチで身体をサンドウィッチにしてトレーナーをかぶる。
安物の MA-1 ジャンバーを着て、その上に皮ジャンを二着着込む。
下半身はモモヒキを2枚履いた上から、
ズボンの形に切り取ったエアキャップを股の前にあてがい、ジーンズを履く。

次に新聞紙をばらして次々に五回たたんで長方形のパーツを作る。
すでに動きにくくなった身体での作業に、早くも汗がにじむ。
それを上腕、前腕、腿、下腿にそれぞれ装着する。
もちろん衣服の下にである。
余った新聞紙はそのまま皮ジャンの下に押し込む。
無防備な首周りにはマフラーを巻いて、
走行中に飛ばないようにガムテープで固定する。
さすがの細い足も重ね着で太い。オフロード用のごついブーツに無理やり捻じ込む。

歩く度にゴワゴワ音がする。
もう、バイクにまたがるのも一苦労だ。
暑い暑いといいながら都内を抜け、用賀のインターから高速に乗ると、
電光掲示板に「ただ今の気温0度」と表示されている。
それが、風速、時速100Km となると・・・。
体感温度は急激に下がる。

サービスエリアごとに瀕死の状態でたどり着き、
軍手二足の上にはめたゴアテックスの皮手袋で不器用になった指先でつまんだ百円玉。
もどかしく缶コーヒーを買い、震える、ゴワゴワ音をたてる手で飲む。
そして、飲むことによって近くなったトイレに駆け込む。

これがまた一仕事である。
モモヒキ二枚とジーンズの厚みに負ける程短くなった、
寒さに縮まる俺の息子はなかなか出てこない。
つまんで引っ張り出し、ギリギリセーフで用を足すと、また出発だ。
滋賀県は遠い・・・。

北風を 切り裂き進む皮ダルマ 寒さに喘ぐ500キロ

<レコーディング>

まがい者ながらも、音楽サークルの一員である。
たまには自分の曲を多重録音してデモテープを作ったりしてみる。
隣室と、薄壁一枚で仕切られただけの銀嶺荘の畳の上で・・・。
サンヨーの、「おしゃれなテレコ」とかいう当時のヒット商品。
何の事はない安物のダブルラジカセを使う。

そいつをごみ箱の上に置いて、
ギターを抱えてあぐらをかいた俺の顎の高さに調節する。
先ず、フォークギターを弾きながら歌を吹き込む。
フルコーラス一発録り。
安物のラジカセのくせに、カラオケのテープを左で再生しながら、
マイクで歌うと、ミキシングされて右のデッキが録音してくれる機能がついていた。
一発録りしたテープをカラオケ代わりに、今度はコーラスを重ねて録音。

次に、それを左デッキに移して今度はエレキギターを加える。
ウォークマン用の小さいアンプスピーカーにギターを繋いで、
秋葉原で部品だけを買ってきて組み立てたディストーションやら、
オーバードライブのエフェクターをかませる。
インピーダンスとかはまったく無視。
それをラジカセの前に置いて録音する。
録音レベルの調節機能などないから、自分が離れたり近づいたりして音量を決める。
重ね録りする度に音質は急速に劣化する。
全てがアナログの時代である。

作業ひとつにひとつに一発録りの緊張感がみなぎるのだが、環境が悪すぎる。
録音をしていても、容赦なく地下鉄の重低音は響いてくるし、
下のラーメン屋からは絶えずフライパンのガッチャンガッチャンがこだまする。
そうやって、作ったデモテープが、今夜、物置にある机の中から発掘された。(2002.03.28)

計算からいくと16〜17年ほど昔の代物だ。
現代の技術を使って、
イコライザーで音質を調整してみたら、遥か後方に・・・
かすかながらフライパンの音がカッシャンカッシャンと聞こえた。
思わず目頭が熱くなった。みそラーメンの匂いがした。

古き良き時代の残り香 デモテープ アナログ世代の忘れ形見字余り

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