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<あっちゃん>
あっちゃんは3歳年下の彼女。短大に通うお嬢様だ。
家が高輪にある。泉岳寺のすぐ近く。
俺と出会うまでは「吉野家」に行ったこともないと言う。
俺が、下界の暮らしを色々教えてあげよう。
Lesson 1 ラーメン屋で割り勘
あっちゃんが銀嶺荘に初めて来た時、
下のラーメン屋を見て
「私、一度でいいからこういうお店でお食事してみたい。」
「こういうお店って、どういう店や?」
「なんか危ない雰囲気。怖い人とかいそう。」
おいおい、ここが危ないんじゃ、居酒屋とか行ったら、香港に売られちゃうやんけ。
ディスコなんか行ったらシャブ漬けやんけ。
何事も体験ダ。背中を押して店に入ろうとする。
「やだぁ〜これ、手で開けるの〜〜?」
「いつもは足で開けるのか?」
ってか、自動ドアなんか品川のプリンスホテルにしかねぇんだよ!
店の戸を開けるのに、ティッシュペーパーをカバンから取り出しなさった。
アサヒビールのコップに束になって入っている、紙に包んでない割り箸に驚き、
いまどき扇風機ぃ〜〜?と驚き、
メニューを店員が持ってこないことに驚き、
カウンター席だけってのに驚き、
床のゴキブリに悲鳴をあげて、
トイレが隣の店と共用だと驚き、
コップを水道ですすいでるだけっての見て、目を白黒させたり、
なかなか注文までたどりつけない。
結局、「こういうお店」でのお食事は最初に言ってた一度でいいようだ。
野菜炒め、最高に美味いのだが・・・
出るとき、最後に割り勘で驚かれる。
Lesson 2 茗荷谷の常連さんと遭遇
あっちゃんが泣き出した。
銀嶺荘にいるところに、ハセチンがやってきたからだ。
「おう、Tarou!オメーよぉ、俺らぁ今から池袋行くんだけどよぉ、一緒に行かねえか?
おっ!彼女か?この前オメーが言ってた女か?」
ハセチンが怖かったらしい。
俺の後ろに隠れて小さな声で、「目が怖い・・・><」
蛇ににらまれたカエルである。
「行くのか、行かねぇのか?」
こっちの事情も顧みずハセチンがまくしたてる。
何事も経験だ。この蛇と池袋に行こう。
Lesson 3 不良の街、池袋
ヒックヒック泣くあっちゃんをなだめながら池袋に向かう。
ハセチンも言葉使いに気を使う。
「へぇ。あっちゃんっていうんだ。
俺らぁ・・俺なあねぇ、いつもTarouのアパートに入り浸りでよぅ・・でさぁ、
池袋に行く途中で寄ってみたんだ っす。通り道だろ・・だしょ。」
・・・やっぱり怖い。
「池袋って路上生活の人とかがたくさんいて危ないんでしょ?」
あっちゃんがボソッと聞く。
「誰がそんなこと言ったんだよ・・・言ったかい?」
ハセチンの言葉がさっきからおかしい。
「学校のみんなが言ってたもん。」
「そりゃ、いるにゃいるけど、たくさんってほどじゃねぇ・・ぞな。」
学校のみんなってどんな奴らだろう?フリルのドレスとか着てるんちゃうやろか?
ハセチンの目的地は楽器屋さんだった。
ドラム叩きのハセチンは、よくスッティックを折るパワードラマーなのだ。
同じだと思うんだけど御茶の水のスティックは弱くて、池袋のは強いらしい。
「御茶ノ水のはようさぁすぐ折れちま・・・ちぇう。」 「けっ!めんどくせぇ。」
Lesson 4 茶髪
楽器屋の店員は個性が強い。
今言うところのロン毛で茶髪。
黒いスリムのジーンズに、鋲が打ってある革ジャン。
あっちゃんビビリまくり。
目を合わすと襲ってくると思っている。野生の猿扱い。
小声で「あの革ジャン、フェイクだわ・・・。」指を指して言う。
オイオイ目を合わすより達悪いじゃねぇ・・・でさぁす。ハセチンを真似る俺。
「いいんだしょすよ!本人が皮だと思ってれば、皮なんだすよ!」
ハセチンのほうが崩壊していく。
その後、2年ほどお付き合いさせてもらったけど、最終的には俺のバイクの後ろに乗って
「飛ばせー。飛ばせー。」って言うほどに成長なさりました。
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あっちゃん
お嬢様 碧の黒髪なびかせて 「どさん子ラーメン」初体験
フェイクだわ 誰が見たってフェイクだわ いちいちウルセェン だすよ
ヤマモトが俺に、「ギターを教えろ。」
って言ってきた。
彼女が出来たのだ。
セブン・イレブンのバイトをしていて知り合ったらしい。
その彼女に自作の唄を唄って聴かせたいらしい。
名前は「雪音」ゆきねと読む。
早速、御茶の水へヤマモトギターを調達しに出かける。
俺が何本も持ってるから貸してやる。って言っても、
彼の情熱は半端じゃない。
やるからにはマイ・ギターじゃないと気に入らないらしい。
散々悩んで3万円のギターをゲット。
先ずはスリー・コードを覚えてもらう。
C、G7、F。これだけ覚えれば何とか曲になる。
しかし、気迫と裏腹にヤマモトの左手は思うように動かない。
しかも手が小さくて、俺のそれより関節一つ分短い。
ドカベンのトノマじゃないけど水かきを2センチほど切りたくなる。
まあ、どうにかストロークでジャンジャンは出来るようになった。
心細いけどスリーコードで作曲だ。
ヤマモトが歌詞を作ってきたんだけど、これがすばらしい。
「雪の音ってどんな音? シンシンシン・・・雪の色ってどんな・・・・」
あのなぁ、雪は音なんかしねえんだよ。色は白か灰色だ。
あえて音があるとしたら、ドドドドという屋根から落ちる音ダ。
時は流れて、雪音ちゃんとは別れ、
ヤマモトも、今の嫁さんと結婚。
結婚式に、俺も呼ばれた。
「Tarouさん、結婚式で一曲唄って下さい。
ギターはこちらで用意します。」
招待状に付記されてた。
その気になって埼玉まで滋賀から出向き、いよいよ本番。
長渕剛の「乾杯」を唄ってくれ。
って言うんでちゃんと練習していった。
俺は声が低い。
人の曲を唄う時は勝手にキーを下げて唄う。
自分の演奏で唄うんだからキーは思いのままだ。
の・・・はずが、いざ番が来て、チューニングしようとした瞬間、弦がプツリ。
おいおい、この弦、雪音ちゃんの時から一度も張り替えてないやんけ。
錆びてボロボロ。
急きょ、カラオケの乾杯を唄わされて、高いキーにヒーヒー言いながら役目を果たした。
結婚式の席上で
「ゲッ、切れてもた。」
と、不吉な言葉を吐いた俺なのだ。
あっちゃんはお嬢様。
趣味というか、好みが俺とは全くかみ合わない。
デートすると渋谷の奥の方に連れて行かれる。
インド雑貨の店に連れて行かれて、お香を選ばされたりする。
「どのお香がいいかなあ?」
俺は、匂い物は大嫌いなのだ。
六本木のアルモンド(アマンド)に連れて行かれて
「どのケーキにしようか?」
俺は甘いものは好きじゃない。たこ焼きをメニューに探す。
あるはずもなく、選んでもらった。
「オイ・・・なんでこんなとこでドーナツ食わなきゃならん?」
やぁだ、これ○△◇といって、とってもおいしいパイよぅ。」
「ふざけるな。パイってのはドリフが顔にぶつけるやつヤロガ。
これはどう見てもドーナツやん。」穴が開いてるのが確かな証拠だ。
何故そんな彼女と出会ってしまったのか?
答えはこうだ。
前出の「サンクリスタル」コーヒーの訪問販売のアルバイトで出会ってしまったのだ。
俺は、少しでも生活の足しにしようと思ってバイトの掛け持ちをしていたのに、
あっちゃんときたら、社会勉強のためにお母様が探してくださったのがこのバイトと来たもんだ。
辛い営業活動を続けているうちに親しく話をするようになった。
俺の話す言葉一語一語が新鮮だったようだ。
「アパートに住んでいる。」
これだけで、遠い国の人。
なんてったって高輪の賃貸じゃない高級マンションに住んでるんだから。
「銭湯通い」
もう、ウットリ。
一回だけ「神田川」を真似て大黒湯に二人で行ってみたけど
「また行こう。」とは言わなかった。
育った環境の違いから、何度も泣かせてしまいました。
泣かせるつもりはないのに、すぐ泣きやがる。
あっちゃんを連れて友達の所に行く。
俺がそいつと話をしてると、もう泣き出す。
「なんや。何泣いてんねん?」って聞くと
「だって正式に紹介して下さらないんですもの。」
ですものって言われても・・・
「ここにおられるお嬢様、生まれも育ちも港区高輪です。
泉岳寺で産湯を使い、姓は○○、名はあっちゃん、
人呼んで、品川のプリンセスと発します。
この娘と、不思議な縁もちまして、銀嶺荘にわらじをぬぎました。
あんたさんと御同様、東京の空の下、ネオンきらめき、
ギター高鳴る花の都に、仮の住まい まかりあります。
故あって、この娘、下界に免疫持ちません。
とかく土地土地のお兄さんお姉さんに御厄介かけがちなる若造です。
四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭い。
色が黒くて貰い手なけりゃ、山の烏は後家ばかり・・・
ええいちきしょう貧乏人の行列め!持って行きやがれ!乞食野郎!」
ってなトコでいいか?
映画の貴族の立食パーティーじゃあらへんのやど。
俺が今、34歳だから、あっちゃんは31歳やなあ。
今ごろは、どっかのマドモアゼルなんだろうなあ。
立食といえば・・・
「一度でいいから立ち食い蕎麦ってのが食べたい。」なんて言ってたっけ。
あんた百まで、わしゃ九十九まで、共にシラミのたかるまで。
三千世界の松の木枯れても、お前さんと添わなきゃ娑婆に出てきた甲斐がない。
七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、
竹の柱に萱の屋根、
手鍋下げて も、わたしゃ厭せぬ。
信州信濃の新蕎麦よりも わたしゃあんたのソバがよい。
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