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<吉野家>
銀嶺荘の近くに「吉野家」がありまして、よく利用したものだ。
バイトが残業になったりして臨時収入があると、決まってフルコース。
丼以外に、生玉子、味噌汁、お新香。
いわゆる、並・玉・ミソ&オシンコウ。
紅生姜を山のように乗せて、
七味たっぷり入れてかき混ぜた生玉子をぶっかけて食す。
「今日も吉牛だ!」って勇んで歩いていると、男が一人近づいてくる。
「すいません。千円貸してくれませんか?」
千円貸せって、あんた誰や?見たトコ同世代やけど・・・。
今日はお金ようさん持ってるし、千円ぐらいならええけど・・・。
「まあ、ええわ。とりあえず一緒に牛丼食お。」二人で吉牛フルコース。
話を聞くと、数日前に北海道からやってきたらしい。
板前になって一旗揚げるんだ。
とか言って飛び出して来たという。
カプセルホテルに連泊しながら、働ける料理屋を捜してたけど見つからず、
とうとう所持金を使い果たし、
唯一知り合いが働いているはずの茗荷谷の居酒屋を尋ねたら、
もう辞めちゃってた。
行方もわからない。
そこの通し料が払えず、免許証を取り上げられちゃったって話。
そこへ、俺がノコノコと現れた。・・・というお話。
北海道に行く計画進行中だった俺、「北海道」なんて聞くと情が移ってしまう。
その居酒屋に行って、通し料を立て替えて(1500円)、免許証を取り返してやって、
お人よしに数日間銀嶺荘に泊めてやった。
こんな手の込んだ詐欺なんかあるはずもないし、取られるものといったら新品の枕ぐらいだし。
大黒湯に一緒に行って、さすが料理人志望だけあって、
俺が渡した千円で、食材見つけてきて美味い料理を作ってくれた。
冷蔵庫の中、ビールしかなかったから・・・。
職が決まるまで一緒に暮らしてた。(三日間だけど・・・)
住み込みの仕事が決まり、「借りた千円は絶対返す。」
と言って次の日行ったけど、それっきりだった。色々話を聞けたからいいや。
ところが、数ヶ月して二万円の入った現金書留と、簡単な手紙が届きました。
借りた千円って言ってたけど、お通し料と合わせて、ってか、吉牛のフルコースも含めると、
3000円だが・・・お釣りの来る二万円。
金額よりも、気持ちがうれしかった。そのまま逃げちゃってもいいのに・・・。
「追伸 その節は大変おせわになりました。
この夏には北海道に行くそうですが、
もし、留萌という所を走るようだったら増毛町っていう町の、
松田商店を訪ねて下さい。
俺の実家です。歓迎するように伝えておきました。
老婆と、兄が出迎えてくれると思います。
是非お立ち寄りください。かしこ」
あぁ、あの人、松田って苗字だったのか・・・。
のんきな話である。
ってか、追伸って、手紙の最後に書くんとちゃうか? P.S 僕は元気ですとか・・・
・・・普通は拝啓やろ
かしこ・・・あれ、女性だったのかな? あるいは北海道ではこれでいいのかな?
そして、また数か月後、俺はついに北海道の地にたった。
その家に寄りはしなかったけど、行ってみたら本当にあった。「松田商店」
岩と、荒れた海に挟まれて、猫の額ほどの小さな小さな漁村が岸壁に張り付いて暮らしていた。
そこで、駄菓子屋みたいな松田商店が斜面に建っていた。
あなかしこ〜 あなかしこ〜と フミ届く 北の大地へ いざなうように
銀嶺荘は、しょっちゅうヒューズが飛ぶ。
ブレーカーが落ちるじゃなくて、ヒューズが飛ぶ。
運悪く、配電盤が213号室の前にあり、
直すのはいつも俺の仕事。っていうか役目。
工具が揃ってたから。絶縁のドライバーとか・・・
なんせ古い建物だから電力供給が間に合わない。
使用許可が出てる空調設備は、炬燵オンリー。
電気ストーブなんかを2部屋もが使うと、
たちまち俺が配電盤を直さなければならなくなる。
たいがいヒューズを飛ばすのは209号なのだが・・・。
時々洗濯機の音、あと、電子レンジの「チン」の音が聞こえる。
壁が薄いから・・・。
洗濯機の排水はどうやっていたんだろう?
上から掻き出していたのだろうか?
もちろんクーラーも不可。もしこんなもの付けたら、
銀嶺荘が燃えてしまうかも知れない。
そんな電気不足の銀嶺荘の213号室にテレビが設置された。
引っ越しのアルバイトで、出た廃材の中から貰ってきたのだ。
バイクのシートに剥き出しで括り付けてきた14インチのカラーテレビ。
ガチャガチャダイヤルだから、リモコンはいらない。
引越仕事終わった後、「夢の島」に廃物を捨てに行く。
海底トンネルを通って東京湾の離れ小島に・・・。
トラックごと大きな秤に乗って、ゴミの重さを計測する。
ゴミの量は少ない方が当然、廃棄料が少ない。
時々会社に貢献するためになにかしらもらっちゃう。
「夢の島」 ここで何でも手に入る。
持って帰ってから初めて気が付いたけど、
銀嶺荘にはテレビアンテナがない。
どうりでNHKが聴取料を取りに来ないはずだ。
また、廃材の中から室内アンテナを拾ってきて、繋いでみたけど、
駅ビルの陰になってるせいか、映像は芳しくない。
だから、この四年間の芸能情報を俺はほとんど知らない。
一度、向井くんと新宿を歩いていたら、急に向井くんが走り出し、
知らない女二人組に声をかけて握手してる。
向こうもニコニコしながら嬉しそうだ。
後から追いついた俺にも手をさしのべて、握手を求めてくる。
仕方なしに二人とも握手してあげた。
嬉しそうに俺に手を振って帰って行った。
「誰や?今の女」彼女らの去った後、向井くんに尋ねると、
おにゃんこの、●●と○○じゃん! その時名前聞いたけど、忘れた。
ウインクみたいな 歌手なのか? イヤイヤ 彼女らグループだ
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