「道得」の意味
  冒頭に「諸仏諸祖は道得なり。」との言葉があります。これは、諸仏も諸祖も道(みち)を得た人だとも読むことができますが、この巻では「言い得た」との意味にとるべきようであります。

  言い得たとは、言葉で表現することができたとの意です。何を表現し得たのか。それは、人の存在の謎であり、真理であり、仏法そのものであると思われます。
  言葉で表現することが、どうしてそれだけ重要であるのでしょうか。

  この正法眼蔵では、様々な箇所で、真理と言葉の関係について実に深い考察がなされております。言葉と真理の関係について関心のある方は是非正法眼蔵を読まれるべきだと思います。

  ところで、「諸仏諸祖は道得なり。」とは独特の言い回しです。諸仏や諸祖は真理を言葉で表現することが出来た人であると訳すこともできるでしょうが、真理を表現している人であるとも、真理を体現し真理とともにある人であるとも訳せそうです。

  それは、この後の、道元禅師の言葉を読んでいくと、自然と、道元禅師の意味されているところが明らかになってきます。



「道得」の読み方
  「ドウトク」と読まれる方もおられますが、岩波文庫では「ドウテ」と読まれています。

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 道得のなかの言葉