イスラマバードの風 NO.30      2009年12月15日発行

 アッサラーム・アレイコム! ご無沙汰しています。石原武司です。
 9月25日から11月24日までの2ヶ月間、プロジェクトの仕事でイスラマバードに行っていました。今回が2回目の長期滞在でしたが、プロジェクトが軌道に乗り、とても忙しい毎日でした。日本にいる妻は9月末から関節炎を患っていましたが、私は11月初めに五十肩を患い、後半の1ヶ月は痛みと闘いながらの毎日でした。一時はどうなることかと思いましたが、何とか仕事を終え無事帰国。3年ぶりに日本で正月を迎えることができそうです。

◆ 家族宛メールNO.12(9月26日)
 お見送りありがとう。現地時間午後11時、無事イスラマバード空港(正式にはベナジール・ブット空港)に到着しました。JICA所長、副所長、所員のT氏も偶然同じ飛行機でした。宿泊先のラベンダー・ゲストハウスに着いたのは深夜の12時、スーツケースから荷物を取り出して、就寝したのは1時でした。
 今日は8時に出勤、さっそく10時からプロジェクトの全国代表者会議(20人規模の会議)がありました。それから、今日NISTE職員のMs. Tahiraから結婚式の招待状をもらいました。10月3日ですが、同じ日に日本人会の盆踊りもあります。まずは無事到着のお知らせまで。        

◆ 家族宛メールNO.13(10月5日)
  私が日本に帰っている間に、オフィスの職員が3人も増えていました。ひとりは、現地採用の日本人女性Kさんで、ご主人はパキスタン人で外交官です。あと二人はパキスタン人で、Prof. マリックとDr. サリームです。Prof.マリックは元大学の先生、生物が専門で理科の教科書も書いています。Dr. サリームは、物理が専門で理科教育の博士号をもっています。この2人と私と副総括のMさんの4人で、指導書作成チームを引っ張っていくことになります。二人ともなかなかの好人物なので、仲良くやって行けそうです。
 昨日、私とMさんはMs.タヒラの結婚式に出席しました。お祝いは、それぞれ3000Rsお金を包みました。2時開会、2時半食事開始と招待状に書いてあったのですが、仕事が長引いて着いたのは3時、てっきり食事は終わっているかと思いきや、始まったのは3時半、パキスタンでも時間通りに行くのは愚かであることを思い知りました。花嫁に会って一言おめでとうを言おうと思って行ったのですが、私たちは花婿側会場に入れられて、結局花嫁の姿は全く見せてもらえませんでした。6時から盆踊りだったので、5時過ぎに退散しました。折角パキスタンの結婚式を見に行ったのに期待はずれでした。
 盆踊りの会場は日本人学校で、日本大使館を初め各国大使館が集まっているエンクレーブの一角にあります。日本人学校の生徒数は、報復テロの活発化とともにどんどん減って、現在13人だそうです。会場では郁子さんが入っていた女性コーラスのメンバー数人にお会いしました。皆さんから、「郁子さんはどうされてますか」と聞かれたので、「孫の世話で忙しくしています」と答えておきました。模擬店でビールと焼き鳥、焼きそばを買い、8時頃まで見物していようと思ったのですが、7時頃から雹混じりの豪雨になったので、早々と退散しました。こちらも期待はずれでした。
 今日は、午前中、近くのサンデーマーケットで自炊のための台所用品を購入。昼はラベンダーに滞在する3人の同僚に讃岐うどんをご馳走しました。大変好評でした。ではまた。

◆ 家族宛メールNO.14(10月11日)
 今週は教案作成グループ35名の研修(第5回TPDワークショップ)が火・水・木とあり、なかなかハードな一週間でした。
 第1日目は、これから作る教師用指導書の作成要領の説明会でした。私は実験教材製作のページの書き方についてプレゼンテーションしました。紙笛、ストロー笛、サウンドジェネレーター、糸電話など、「音」の章の教案に出てくる実験器具や代替実験器具を実際に作ってみて、教材製作のページの見本を書いてみました。プレゼンでは、教材製作ページの書き方だけでなく、試作した実験器具を演示して見せました。参加者(各州の指導主事)たちは素晴らしいプレゼンだったと口々に言ってくれました。プレゼンはうまくいったのですが、その日の昼食が悪かったのか、夜になって全身に蕁麻疹が出て、かゆくて眠れず大変でした。
 一夜明けても蕁麻疹はひかず、2日目は蕁麻疹との格闘の一日でした。その日はテスト授業の日で、研修参加者はイスラマ市内の小学校で、自分の作った教案を実際の授業で試してみる日でした。私は6人の参加者を連れて、F10 にあるIslamabad Model College for Girlsという学校に行きました。この学校は、幼稚園から短大まで3000人の生徒を抱える学校で、生徒も先生も女性で、全くの女の園でした。私は3人の研修参加者の小学4年生を対象としたテスト授業をみせてもらいました。1クラスが50人を越えるので、教案にはグループ実験と書いてある実験もデモ実験にせざるを得ないようでしたが、生徒はよく手を挙げて活発に発言するし、予想以上に上手に授業をしているなと思いました。
 3日目はテスト授業の合評会を実施、研修参加者はそれに基づいて自分の教案(Lesson Plan)を修正しました。現地職員のKさんにもらった抗アレルギー剤が効いたのか、この日には蕁麻疹もほとんど引いて、元の男前に戻りました。
 今週月曜から金門ゲストハウスに移りました。ラベンダーは朝食が日本食で、とても居心地が良かったのですが、料金が1泊80$と高いので、1泊35$の金門に移ることにしました。ラベンダーのオーナーは日本人女性で、パキスタン地震の救援活動やアフガン難民を支援する活動もしています。彼女の手記を読んでその生き方に共感、宿泊して協力したかったのですが・・・・。
 金門ゲストハウスは1階が中華レストランで、200Rs出せば夕食も食べられるのですが、余りにも量が多くメタボになりそうなので、今週木曜から自炊を始めました、また、金曜からは朝のジョギングも始めました。元気にやっていますのでご安心下さい。

◆ 家族宛メールNO.15(10月18日)
 石原家のみなさん、お元気ですか?お母さんの膝の調子がよくないようですね、心配しています。純さん、圭さん、お母さんをいたわりましょう。圭さん、お母さんを白雲谷温泉に連れて行ってやってください。純さん、いい針医者を知っていたら教えてあげてください。
 私は元気ですが、相変わらず仕事中心の毎日です。金門ゲストハウスに移って、2週間になりますが、朝は6時半に起床、ジョギングと散歩を40分程して、7時半から朝食です。ここは中華料理屋なので、朝はパン食ではなく、ラーメンか中華粥、でも、結構おいしいです。8時15分に迎えの車が来て、8時半職場着。職場は8時から9時まで停電なので、仕事は実質9時からです。午後1時まで仕事(授業案の改良のための会議とその準備)をして、1時から昼休み、裏のコムサットの食堂に行くか、チキンラーメンで済ませるかどちらかです。2時から5時まで雑用をこなして、5時過ぎに職場を出て、5時半ごろ金門に戻ります。少し休憩して6時頃から夕食を作ります。といっても、ご飯を炊くだけで、あとはインスタント味噌汁といわしの缶詰、最後はいつも汁かけ飯です。洗い物と風呂と洗濯を済ませると9時、メールチェックと仕事をちょっとして、11 時頃に就寝。これが私の毎日です。
 金曜日は昼までなので、午後、買い物に行ったり、昼寝をしたりします。明日は日曜日ですが、計画はありません。次の日曜は、日本人会のハローウィンの催しで、サイエンスマジックを披露することになっています。仕事オンリーの毎日ですが、今のところそれが苦痛だとは思いません。苦痛になったら何か楽しみを見つけるようにしなければと思います。ではまた。


◆ 家族宛メールNO.16(10月25日)
 石原家のみなさん、お元気ですか? 郁子さん、膝の具合はどうですか?まだ痛むようだったら、だまされたと思って針医者に行きなさい。きっとウソのように痛みが取れます。
 さて、当方は相変わらず仕事一色の一週間でした。火・水は第6回TPDワークショップ(教師用指導書作成のための研修会)でした。特記すべきは、副所長のDr. Shamiが開会式であいさつしてくれたことです。彼は長い間、窓際に追いやられていましたが、NISTEの所長(DG)が10月2日で定年退職したので、後任の所長が来るまでの間、所長代理をすることになったのです。でもDr. Shamiも11月13日で定年退職なので、たった1ヶ月の所長代理です。たとえ1ヶ月でもいっしょに仕事ができることはうれしいことです。
 あと、出来事といえば、日本人会のハローウィンの催しが延期になりました。サイエンス・マジックをすべく準備をしていたのですが、21日(水)にF8にあるイスラム大学で自爆テロがあり、4人死亡する事件があり、今週いっぱいパキスタンのあらゆる学校が(日本人学校も)休校になったからです。
 実は、南ワジリスタンのタリバン掃討作戦が本格化して以来、イスラマでもタリバン派の報復テロが毎週のように起こっています。JICAからも来週1週間出張禁止、外出制限が出ています。それで、朝のジョギングも控えることにしました。
 うれしいことといえば、金門でもNHKワールドが見られるようになったことです。今日でこちらに来てちょうどひと月、あと1ヶ月頑張ります。ではまた。

◆ 家族宛メールNO.17(11月1日)
 郁子さんの膝の具合はいかがですか?先日、NHKワールドでクローズアップ現代を見ました。その日の特集は、「ロコモーティブ症候群」でした。歳をとると、関節の軟骨が磨り減って、さまざまな症状を引き起こすというのが、ロコモーティブ症候群です。見た瞬間、「郁子さんの症状はまさにこれだ!」と思いました。この番組、見ましたか?この病気に針が効くかどうかわかりませんが、何とかいう注射が効かないようなら、一度試してみるとよいと思います。
 今週も仕事ばかりの一週間でした。ただ、金曜日は半ドンなので、イムランとムバシールを金門ゲストハウスに招待して、五目寿司をご馳走しました。Mrs. サバも誘ったのですが、男ばかりのところには行けないと断られました。食事の後、彼らは金門の近くにあるモスクにお祈りに行きました。お祈りの姿を見ていると、平和でいいなと思うのですが、一方では自爆テロに走るモスリムもいます。イムランは「イスラム教は自殺を禁じている。彼らは本当のモスリムではないのだ。」といいます。聖戦(ジハード)というイスラム教の教えが、イスラム過激派を生み出しているのだと私は思っています。
 金曜の夜は、ご飯を炊くのをやめて、金門の夕食を食べました。ごはんと焼肉、野菜炒め、スープ、これでたったの200Rsと安いのですが、毎日これだけ食べるとメタボになるのは間違いなしです。タリバン掃討作戦の報復テロ・誘拐が怖いので、朝のジョギングはやめています。体重計がないのでわかりませんが、間違いなく体重が増えているように思います。
 明日は日曜日、土曜の晩は仕事なしです。これから風呂に入って、頭を洗って、テレビ映画をみながら寝ます。ではまた。

◆ 家族宛メールNO.18(11月8日)
 石原家のみなさん、お元気ですか?私は元気ではありません。今週は大変な一週間で、やっとの思いで日曜にたどり着きました。
 ことの始まりは、月曜日の朝でした。朝起きようとすると、突然、右肩に激痛が走りました。寝違えたのだ、しばらくすれば治ると思っていましたが、1日たっても一向によくならず、むしろ痛みが増すようでした。火曜日からは、3日間の大事なワークショップがはじまりました。でも、あまりに痛いので火曜日の昼休みにシファ病院に行きました。犬に噛まれた時に見てもらったことのあるフメイラの義弟のドクター(彼の専門は内科の感染症ですが、)に見てもらいました。診断は、筋肉痛、日本でいう五十肩というやつです。
 薬をもらって、3日間飲みましたが、一向によくなりません。痛みをこらえながらの3日間のワークショップは大変でした。ワークショップが終わって、もう一度病院に行くことにしました。今度は整形外科へ行って注射を打ってもらおうと考えました。2時間待ってやっと見てもらいましたが、注射はしてくれず、温熱マッサージを施し、同じような薬を2週間分くれました。ということは、治るまで2週間くらいかかるということです。温熱マッサージに毎日通うのは大変なので、毎日風呂で患部を温めるようにするつもりです。
 郁子さん、痛いところがあるのはいかに辛いか、よくわかりました。日本にいたら、夫婦仲良く医者通いですね。お互い、早く治るようがんばりましょう。運良く月曜が休日(イクバルの誕生日)なので、朝夕風呂に入って、治療に努めます。ではまた。

◆ 家族宛メールNO.19(11月14日)
 「五十肩、痛み噛みしめ六十七」。昨日、六十七才の誕生日を迎えました。いろいろご心配をおかけしていますが、五十肩は少しずつ痛みが和らいできています。なかなか一挙にはよくならないようです。
 Dr. Shamiの誕生日は私と1日違いの今日で、彼は今日60才を迎えました、パキスタンでも定年は60才で、誕生日の1日前に職場を去ります。昨日が最後の日だったので、M氏といっしょに彼の部屋にお別れを言いに行きました。退職のパーティーもなく、さびしい退職だったので、とても喜んでくれました。
 そのとき、M氏に昨日が私の誕生日でもあることをばらしたので、その日の夕方、H君といっしょに韓国料理店で誕生祝をしてくれました。それはよかったのですが、そこでビールを飲んだのがよくなくて、肩の痛みがぶり返しました。痛いところがあるとき、アルコールは禁物ですね。
 来週は火・水・木と第7回TPDワークショップがあり、4年生の教師用指導書をほぼ完成させねばなりません。仕事の最後の山場なので、今日明日は治療に専念したいと思っています。今夜はこれにて御免。

◆ 家族宛メールNO.20(11月19日)
 EMS、月曜に受け取りました。五十肩の薬と誕生祝いのお菓子が入っていました。温かいお心遣いありがとう。
 ワークショップもあと1日です。何とか乗り越えられそうです。明日は夕方、金門で事務所で働く現地スタッフ5人と我々日本人3人で夕食会です。
 11月24日は夕方5時まで仕事で、夜9時に空港に向かいます。11時35分発の飛行機で、バンコック、マニラ周りで、24日19時関空着です。迎えよろしく。


夏の終わりに(ダマネコ展望台)


ダマネコ公園


猿回し(ダマネコ公園)


Prof. マリック


Dr. サリーム


中央がMs. タヒラのハズバンド


盆おどりで挨拶する日本大使


日本人会の模擬店


プレゼンする私(第5回TPD Workshop)


テスト授業会場校にて(中央が校長)


授業前の4年生


休み時間の生徒たち


金門の夕食


教案検討委員会


教案検討委員会


TPDミーティングが始まる前


TPDワークショップでのDr. シャミ


プレゼン中の私(第6回TPDワークショップ)


教案の個人指導1


教案の個人指導2


Mr.ムバシールとMr.イムラン


シファ・ホスピタル整形外科前


プレゼン中の私(第7回TPDワークショップ)


痛みをこらえて(第7回TPDワークショップ)


退職するDr.シャミ


プロジェクト事務所夕食会1


プロジェクト事務所夕食会2