イスラマバードの風 NO.12      2008年1月31日発行

 アッサラーム・アレイコム!石原武司です。
 (あなたの上に平安あれ!)
 1月16日午後2時半、1ヶ月ぶりにイスラマバードに戻ってきました。イスラマバード空港はブット元首相が暗殺されたラワルピンディの町の一角にあります。暗殺からまだ20日しかたっていないので、空港には混乱のなごりがあるかと思っていましたが、空港は何事もなかったかのように春の雨の中で煙っていました。
 1月10日前後には、アラレが降ったり、25年ぶりに雪が積もったりしたそうですが、イスラマバードはもうすっかり春の雰囲気です。雨で泥まみれの空港内の道路は、いつもと同じように軽四タクシーとシャルカミ(民族衣装)姿の男達でごった返していて、「ああ、パキスタンに帰ってきた」と、私は懐かしい気持ちでいっぱいになりました。
 空港からイスラマバードの我が家までは約15km、軽四タクシーで普通は250ルピー(約500円)ですが、客引きが案内してくれたタクシーは350ルピーくれといいます。ちょっとボラれているとは思いましたが、雨が降ってるし、大きなスーツケースを持っているので、交渉するのが煩わしく、言い値で乗ることにしました。タクシーの運転手はラワルピンディに住んでいて、ブットが暗殺された現場は自分の家のすぐ近くだと言っていました。また、イスラマバードは軍隊と警察に守られているから安全だとも言っていました。
 約30分で我が家に到着。入口の鍵を開けて二階に上がりましたが、泥棒が入った形跡もなく、ほっとしました。あと1年2ヶ月、いよいよパキスタン生活の後半に突入しますが、妻は少し後れて戻ってくるので、当分は一人暮らしです。
 荷物を片付けた後、当座の食料を買いにマーケットに行きましたが、町はとても静かです。選挙は2月18日に延期になりましたが、選挙ポスターが各ストリートの配電ボックスに貼ってあるくらいで、余り選挙前という雰囲気はありません。このまま政情不安が治まってくれるといいのですが、2月18日の選挙の結果によっては、再び政情不安が起こるかもしれません。
 この国はイスラム共和国、つまり政教分離がなされておらず宗教が政治より上位にある国です。それがいいのか悪いのか、だから政情不安があるのか、だから政情不安がこの程度で済んでいるのか、私には分かりません。

◆朝の運動
 JICAのボランティアは一時帰国すると必ず健康診断を受けなくてはなりません。健康診断の結果はA〜Dで判定され、Dになると戻ってくることが出来ません。赴任のとき私はC判定だったので、Dが出る可能性も大いにあります。戻ってこれないと困るので、帰国の半月ほど前から体調を整えるためにジョギングを始めました。ジョギングと言っても、走るのは家から1km程離れた公園までで、公園のベンチで腹筋を15回やって、あとは1.5km程歩いて帰ってくるので、朝の運動と言った方がいいかもしれません。この朝の運動は自分には程よい運動なので、苦にならないどころか楽しみでもありました。
 一時帰国の前日、
大変なことがありました。朝7時前、いつものように朝の運動を終え、自宅に戻ってきて入口の鍵を開けようとしたところ、ポケットに鍵がないのです。鍵がないと家には入れない、家に入れないと帰国の準備も出来ないし、それ以前にパスポートも航空券も現金もみんな家の中なので、帰国自体が不可能になってしまいます。私は思わず真っ青になりました。
 でも、気を取り直して、いつものコースを逆にたどることにしました。「どうか誰にも拾われていませんように!」と祈るような気持ちで道を急ぎました。ここはパキスタン、イスラムの国なので、もちろんアラーにもお願いしました。
 ひょっとしたら、と思うところが1ヶ所ありました。それは公園です。いつもそこのベンチで腹筋を15回するのです。「なかったらどうしよう」と小さな(?)胸を痛めながら公園に向かいました。公園に着いて、遠くからベンチが見えるところに来ました。するとどうでしょう、ベンチの上に木の葉みたいな小さなものが見えました。ひょっとしたら・・・・。近づいてみると、やっぱり鍵でした。木の葉のように見えたのは、ザンビアで買ったお魚のキーホルダーでした。
 アラーは私をお見捨てにはならなかった。そして、日本で受けた健康診断の結果は、メタボリック症候群ながら判定はBでした。私はSVになってから何度か絶体絶命のピンチに立たされましたが、なぜかいつもうまく危機を切り抜けることができました。きっと私には神(アラー)がついてくれているのだと思います。
 われわれ日本人は多神教信者で、山の神、海の神、安産の神、商売の神・・・・と、いろいろな神の存在を信じて(?)いますが、イスラム教徒にとって神はひとつであり、神のことをアラーといいます。ユダヤ教徒にとっても神はひとつであり、ユダヤ教では神のことをエホバといいます。したがって、アラーとエホバは同じ神を指し、ただ呼び方が異なるだけなのです。それはちょうど、ひとつの料理を関西ではブタ汁と呼び、関東ではトン汁と呼ぶのと同じです。
 パキスタンを理解するためには、イスラム教を理解しなければならないということで、最近、私はイスラム教について勉強していますが、勉強すればするほどわからなくなります。この生活に密着した、素朴で平和な宗教から、なぜ自爆テロなんていう行為が生まれてくるのか? それが一番知りたいことです。

◆ カウンターパートの結婚
 私のカウンターパートのMr..イムランが結婚しました。結婚式は12月24・25日、彼の出身地のムルタン(焼き物で有名)で行われました。私も招待状をもらっていたのですが、一時帰国とぶつかって、残念ながら出席できませんでした。こちらの結婚は、日本の明治時代の結婚のようで、結婚相手は両親が決めます。Mr.イムランは結婚式まで相手の女性と面と向かって話をしたことがなく、写真をもらったのと、一度だけ隣の部屋から相手をのぞき見ただけだそうです。「その写真を私に見せろ」と何度も迫ったのですが、いつも返事は「インシャラ」で、とうとう最後まで見せてくれませんでした。「どうして結婚を決めたんだ?」と聞くと、「彼女は大学で心理学を勉強した女性で、お父さんは医者、彼女の妹も医者という家庭環境が気に入った」と言っていました。
 結婚祝いに何をあげようかと思案していましたが、神戸の東急ハンズで平和鳥(Happy Bird)を見つけたので、それに明石名物の「丁稚ようかん」を添えてあげました。両方とも奥さんがとても気に入ってくれたと聞きました。我ながらいいウエディング・ギフトを選んだと思っています。いつか二人を我が家に招待して、カレー・ライスをご馳走しようと思っています。

◆ 第2回研究授業会のこと
 JICAパキスタンの理科教育関係者で作っている理科教育部会は、昨年11月に第1回研究授業会をラホールで開きました。研究授業会のねらいは、実験抜き・暗記中心のパキスタンの理科教育に一石を投じるべく、実験重視・考えさせる授業をパキスタンの教師の前でやってみせることでした。
 第2回研究授業会は当初、SVのOさんとJOCVのKさんが3月で任期が終了するので、その前にということで、2月にイスラマで開催することになっていました。その後、新しい理科教育のSVが3人、1月23日に赴任されるという情報が入り、新しいSV(任地はラホールとファイサラバード)にも授業を見てもらえるように、彼らがイスラマで研修を受けている期間中の1月26日に変更することにしました。しかし、12月末にブットの暗殺事件があり、3人のSVの赴任は3月初旬に延期になりましたが、再度予定変更という訳にもいかず、結局、予定通り決行ということになりました。
 会場はJOCVのKさんの配属先であるGovernment College for Elementary Teacher(小学校女子教員養成カレッジ)で、授業を受ける約30名の学生の他、科学を選択していない学生、会場校の先生、JICA職員、JOCV、大使館職員、日本人学校の先生など60〜70名の参観者がありました。
 最初の計画では、1限(8:50〜9:50)生物「DNAの抽出」(JOCVのKさん)、2限(9:00〜10:00)化学「燃焼の条件」(SVのOさん)、ティータイム(10:00〜10:30)、3限(11:30〜12:30)物理「Electric Charge(電荷)」(SVの私)ということでしたが、イスラマバードではこのところ毎日11:00〜12:00に停電があり、液晶プロジェクターなしで授業が出来ない私は、Oさんと入れ替わってもらうことにしました。
 JOCVのKさんは、DNA抽出という最新のトピックを流暢なウルドゥ語で指導しました。約30人の学生を5つのグループに分け、グループ毎にチキンの肝臓からDNAを抽出させましたが、全グループ成功。学生達は抽出したDNAを得意気に参観者に見せて回っていました。最新のトピックであるにもかかわらず、学生達はよく理解しているようで、手際よく作業を進めていました。DNAの研究を推し進めると、遺伝子操作、クローン、人工臓器といった先端科学に行き着きますが、そうなったときイスラムの研究者は科学と宗教の板挟みに悩みはしないかと思うのですが、どうでしょうか。
 私は自己紹介の中で、”I hear, and I forget. I see, and I remember. I do, and I understand."という諺を紹介し、先生の卵である女子学生に実験の大切さを訴えました。私が静電気の授業を取り上げたのは、「電気は目に見えないけれど、確かに実在する」「電荷には2種類あり、同種電荷は反発し、異種電荷は引き合うという単純な実験事実から、いろんな現象を説明することができる」、つまり、最も物理の面白さがわかるトピックだからです。それと、科学共栄社のキットを改造して作ったヴァン・デ・グラーフと最近制作した2つのビデオ教材、「人間を帯電させ蛍光灯を灯す」「シャボン玉を帯電させる」をぜひ見せたかったからです。今回はまずまずねらい通りの授業が出来て、学生達は大いに私の授業を楽しんでくれたように思います。
 3限目のOさんのトピックは「燃焼の条件」です。「燃焼には、@燃えるもの、A酸素、B発火点以上の温度が必要」ですが、彼はそれをすべて実験から導き出させようとします。分かりやすくて、迫力があって、学生とのやりとりから学生の考えを引き出すOさんの授業は、ちょっと真似が出来ないなと思いました。彼はマラウイで理数科教師隊員だったそうですが、その経験が生きているという感じです。
 ということで、第2回研究授業会は成功裏に終わりました。

◆ JOCVによる日本文化紹介
 授業研究会のあと、午後3時〜5時、同じくGCETでJOCVによる日本文化紹介がありました。JOCVは以前は15〜20人位いたのですが、現在はイスラマに5人、ラホールに2人、計7人しかいません。任期終了で帰国は予定通りですが、政情不安のため着任がなく、隊員は減る一方です。しかし、例年やっている行事をやめるわけにいかず、今回は準備が大変だったようです。
 催しは、始めにGCETの女子学生達が民族舞踊を披露してくれました。JOCVは、原爆展(広島・長崎の写真展)、原爆アニメの上映、日本食の試食コーナー(すし、そーめん、かすてら)、書道、折り紙、生け花、浴衣の着付け、と盛りだくさんです。ひとり1ブースを担当して、奮闘していました。最後に、日本の歌「ふるさと」「上を向いて歩こう」を日本語とウルドゥ語で全員で歌いました。JOCVのみなさん、ご苦労様でした。
 
◆ これからの私の仕事
 私の配属先のNISTEから私が要請されている仕事は、
@ 身近な素材を利用した実験教材の開発
A 開発した実験教材を活用した研修を担当
B 開発した実験教材についてのビデオの開発、 の3つです。
 このうち、Aは理科の先生やマスタートレーナーの研修で講師を務めることです。@はザンビアでも同じような仕事をしていたので少しは蓄積もあります。
問題はBをどうするかということです。
 いろいろ考えた末、Bを中心に仕事をすることにしました。仕事としては、@の実験教材の開発の方が面白いのですが、二人の私の前任者がかなりの数の実験教材を開発済みです。その上に更に開発を進めたとしても、それが現場の先生達に広まらなければ何の意味もありません。ところが、実験教材のビデオ化は、これまでに開発された実験教材の普及に大いに役立ち、パキスタンの理科教育の改善に役立つと思います。
 実はこれまでに4本ほどのビデオが作られていました。ビデオとしては出来は悪くないのですが、長さが40分〜50分もあり、これでは誰にも見て貰えないと思いました。私が提唱するビデオは、長さが5分以内、これをMPEGファイルにしたときのサイズが10MB以内のものです。これならNISTEのHPに載せることも可能で、地方の先生達もダウンロードして使うことができます。
 パキスタンも隣のインドに刺激されてIT化が大変な勢いで進んでいます。NISTEは開発した実験教材を、ソースブックにして学校に配布、広めようとしていますが、これからはインターネットを活用する方がもっと効果的で実際的だと思います。ちょうど、発展途上国が有線電話の普及を断念し、携帯電話の普及に切り替えたように。
 最終的には、理科教材データーベース(ビデオとPDFファイルで構成)をNISTEのHP上に置き、先生達はいつでもどこからでもダウンロードできるようにすべきだと私は考えています。
 一時帰国の前にそういう内容の提案書を作り、5本の試作ビデオを添えて所長に提出しました。NISTEの所長は軍の出身で、どこまで分かって貰えたかわかりませんが、一応GOサインをもらいました。
 日本から戻ってから本格的に制作を開始しました。週に2本、任期終了までに100本のビデオを制作することを目標にしています。ちょっと欲張り過ぎかなと思いましたが、物理・化学・生物のリサーチ・オフィサー(研究員)がやる気を出してくれたら十分実現可能です。
 ビデオを撮りだしてから、女性のリサーチ・オフィサーとよく話をするようになりました。彼女たちは職場でもシャル・カミにドゥバタ(髪を隠すスカーフ)ですが、さすがにビデオ撮影の時には白衣を着て登場してくれます。ビデオ制作が順調にスタートしてほっとしているところです。ではまた。
 

ひと月ぶりの我が家(借家)


行きつけの八百屋(今はみかんが旬)


配電ボックスの選挙ポスター


朝のジョギングコース


朝のジョギングコース


いつも腹筋をする公園


早朝からやってる食堂


朝日に映えるモスク


幸せ肥りのMr.イムラン


GCET(研究授業会の会場)


Kさんの授業


実験を指導するKさん


私の授業


ヴァン・デ・グラフを説明する私


Oさんの授業


学生に問いかけるOさん


GCET学生の民族舞踊


広島・長崎の記録


日本食試食コーナー


折り紙のブース


書道体験ブース


ゆかたの着付け教室