イスラマバードの風 NO.11      2007年12月9日発行

 アッサラーム・アレイコム!。石原武司です。
 (あなたの上に平安あれ!=こんにちは)
 11月29日夜、イスラマバードに久しぶりの雨が降りました。9月22日以来、実に70日ぶりの雨です。この2ヶ月余り、毎日快晴の日が続いていました。私の借家では生活用水に井戸水を使っていますが、余りにも雨が降らないので、その井戸が干上がってしまうのではと心配していました。でも、それは杞憂でした。イスラマバードでは7・8月が雨季で、かなりの雨が降ります。あと、2・3月にも少し雨がありますが、それ以外はほとんど降らないのが例年のことのようです。
 さて、少し昔の話になってしまいましたが、11月1日から3泊4日でラホールに行ってきました。ラホールは人口500万人、カラチ(人口1200万人)に次ぐパキスタン第2の都市であると同時に、ガズニ朝やムガール帝国の都があったパキスタン随一の古都でもあります。イスラマバードからは約300km、高速バスで約4時間、列車で約5時間かかります。
 ラホールに行くことになったのは、パキスタンで活動している理科教育関係者4人で作っている理科部会が、ラホール教育大学バンクロード分校で研究授業会を開くことしたからです。この大学は理科部会のメンバーのひとりであるシニア・ボランティアのOさんの配属先ですが、バンクロード分校は女子大学です。パキスタンでは中学以上は男女別学で、しかも女生徒を教えるのは原則として女教師です。バンクロード分校はその女教師を養成するための大学です。
 ラホールには、最近ムガール帝国の歴史に興味を持つようになった妻もぜひいっしょに行きたいと言い出しました。しかし、公費で行く理科部会のメンバー(私と現職女性隊員のKさん、専門家のYさん)と、私費で行くYさんの奥さんと二人の子供さん、私の妻がいっしょに行くのは具合が悪いので、私たちはレンターカーで、妻たちは列車で行くことになりました。あとで聞いたところ、列車は350ルピー(約700円)と安いのに、オリエント急行みたいなコンパートメントの席で、ランチまで出たとのことでした。

◆ ラホールへの道
 イスラマバードからラホールまでの高速道路はよく整備されていて、日本の高速道路と比べても遜色がなく、快適な旅でした。しかも、高速料金は250ルピーと激安でした。イスラマバードからラホールまではほぼ平坦で、収穫前の稲やミカン畑が続き、潅漑が行き届いた豊かな穀倉地帯という感じでした。パキスタンは基本的には農業国であることを強く感じました。
 ラホールまであと50kmの地点からラホールの方角を見ると、ラホールの上空は曇っているように見えました。ラホールはカラチと並んでパキスタンの代表的工業都市で、ホンダのパキスタン工場をはじめたくさんの工場があり、工場がはき出す噴煙と車の排気ガスがラホールをいつも煙らせています。そのため、ラホールでは望遠鏡で星を見ても一等星しか見えないそうです。
 また、ラホールの交通ラッシュはすさまじい。自家用車、バス、タクシー、スズキ、オートリキシャ、バイク、自転車、荷馬車と、さまざまな車が混然一体となって走っています。交通ルールはないに等しく、追い越し、割り込みは早いもの勝ちです。クラクションは鳴らし放題で町は騒音に満ちています。ほとんど信号がないので、道路を横断するのは一苦労で、車がとぎれるのを待って渡ろうとすると、5分待っても10分待っても渡れません。最後は命がけで渡るしかありません。
 ラホールは空気が悪く、喧噪に満ち、夏の気温もイスラマより3度くらい高い。一見いい所なしみたいだけれど、ラホール出身の専属運転手のラフィークは「ラホールはいいところだ」といつも自慢します。

◆ 研究授業会
 1限はOさん「酸化と還元」(化学)、2限はKさん「酵素」(生物)、3限は私「回路と抵抗」(物理)と、日本人3人が研究授業をやって、ラホール教育大学の先生たち(約10人)に見てもらうという形をとりました。授業の対象は理科専攻の大学1年生(13年生)20〜30名です。
 私はまだパキスタンの学校の理科の授業を見せてもらったことがないのですが、他の発展途上国と同じく実験抜きの講義が中心で、定義や法則を英語で言えるようにするのが理科教育の目標になっていると聞いています。ただ、教科書だけは貸し出し制ではなく、全員に配布(無償?)されているそうです。今回の研究授業会では、実験抜き・教師中心・暗記中心のパキスタンの理科教育に対するアンチテーゼとして、実験重視・生徒中心・考えさせる授業の典型である仮説実験授業をやって見せようということになりました。
 マラウイで理数科教師隊員だったOさんは、流暢な英語と周到な演示実験で学生の発言を上手に引き出していました。隊員のKさんは流暢なウルドー語で学生を授業に引きつけていました。私はNISTEでやった授業を少し改良してやりましたが、学生の英語がちゃんと聞き取れず、会心の授業にはなりませんでした。教師から生徒への一方的講義ならいざ知らず、仮説実験授業のように生徒の答えを聞いて討論を組み立てるような授業は、余程言葉が達者でないと無理だと思いました。
 でも、この3つの授業で我々の意図は理解してもらえたようで、午後の反省会では、参観の先生たちは実験重視・生徒中心の授業が大切なことを口々に言ってくれました。

◆ バードシャーヒー・モスク
 妻が何としてもこのモスクには行ってみたいというので、授業研究会が終わってからこのモスクに行ってみました。モスクはラホールの繁華街からそう遠くない丘の上にありましたが、ラホールの交通ラッシュの中をモスクにたどり着くのは大変でした。
 バードシャーヒーとは「皇帝の」という意味で、17世紀後半、ムガール帝国最盛期の第6代皇帝アウラングゼーブは、このモスクを2年半かけて建設しました。大きさは世界最大規模を誇り、中央の広場は一辺が約160m、10万人が一度に参拝できると言われています。礼拝堂のあるドームは白い大理石と赤い砂岩から造られており、内壁や天井はアラベスク模様で彩られ、外から見ても中から見ても美しいモスクです。
 このアウラングゼーブの父親が5代皇帝シャー・ジャハーンで、彼は愛妃ムムターズ・マハルの死を悼み、インドのアーグラに2万人の職人を集め、22年の歳月をかけて総大理石の墓廟タージ・マハールを建設しました。彼は晩年、自分の息子のアウラングゼーブに幽閉されますが、毎夕自分の居城から夕日に照らされる壮麗なタージ・マハール見て、愛妃を偲んだと言われています。女性に生まれたからには、これくらい愛されたいという女性の気持ちもわからなくはありません。タージ・マハールが世界中の女性の人気を集めているのも、むべなるかなと思います。妻がムガール帝国の歴史に興味を持ちだしたのも、この当たりから来ているものと推察します。
 
◆ フード・ストリート
 人口の多い町は、食べ物が安くて美味しいというのは本当です。ラホールには大阪の道頓堀や博多の屋台村に相当するストリートが2つあります。そのうちのひとつで授業研究会の打ち上げをすることになりました。打ち上げと言っても、ここはアルコールがダメですから、もっぱら食べるのみです。
 フード・ストリートは車を遮断した約100mの道で、道の両側には食べ物屋が並んでいます。私たち一行10人はそのうちのひとつの店で、魚、鳥、肉料理、スープ、サラダ、ナンなどテーブルいっぱいの料理を注文しましたが、ひとり150ルピー(約300円)で済みました。帰りにマンゴ・アイスクリームを食べましたが、これはひとつ18ルピー(約36円)でした。
 お金をたくさん出せば、どこでも美味しいものが食べられますが、安くて美味しい店はなかなか見つけるのが大変です。でも、安くて美味しい店は値段以上に私たちを幸せにしてくれます。

◆ 国境警備の衛兵の交替式
 ラホールからインドとの国境までは約60km、車で1時間半です。パキスタンとインドは3回戦争をしたことがありますが、3度ともパキスタンの完敗で、ラホールも一度インドに占領されたことがあります。でも、ここ数年は両国の関係は良好で、紛争もありません。
 ラホールに近いカスール国境には両国の警備隊が駐在していて、毎夕、両国の国旗を降ろす儀式があります。その儀式の中では、両国の5・6人の衛兵が足を高く上げて行進し、勇ましさを競い合います。国境線を境にして、両国観光客のための観客席があり、お互いに自分の国の衛兵を応援します。私たちは、なぜか一般観客席ではなくて特別席に座らせてくれました。両国の衛兵は交互に演技をするのですが、パキスタンの衛兵の方が体格もよく、立派な髭を生やしていて強そうに見えました。私たちは無意識に声を張り上げて、パキスタンを必死に応援していました。
 これまで私はパキスタンやパキスタン人に対して不平ばかり言っていましたが、いつのまにかパキスタンびいきになってしまっている自分を発見し、我ながら驚きました。これは、長くて過酷なパキスタンの夏を共に乗り越えたという連帯感から来ているのかもしれません。でも、それはいいことです。ボランティアにとって一番大切なことは、任国を好きになることだと私は思っています。

◆ パキスタンの科学館
 ラホールから帰る日、NEEC(National Educational Equipment Centre)という施設を訪問しました。この施設は、学校で使う理科の実験器具、算数の教具、各種チャートなどを作っている施設です。私はザンビアの同様の施設で仕事をしていたことがありますが、ザンビアよりしっかりした組織で、作っているものの種類や品質も数段上であると思いました。感心したのは、ここで作っているOHP(オーバーヘッド・プロジェクター)で、7,000ルピー(約14,000円)で売っていました。それ以外にも、小学校理科キット、中学理科キット、化学実験キット、生物実験キット、電磁気・音実験キット、仕事とエネルギー実験キットなど様々なキットを作って販売していました。工場見学の後お茶をよばれたのですが、そこでこの施設のダイレクターが国立科学技術博物館の館長を兼ねていることを知りました。そして、科学技術博物館では現在、高校・大学の科学技術コンテストが行われていると聞き、さっそく行ってみることにしました。
 国立科学技術博物館はパキスタン唯一の科学館で、常設展示は体験型ではありませんが、科学の基本法則から先端の科学技術まで、工夫した展示をしていました。特別展示スペースでは、高校生・大学生による研究発表展示が行われていて、高校生・大学生が見学に来た来場者(小・中・高・大学生や一般入場者)に一所懸命説明していました。パキスタンは男女別学なので、展示スペースも男女別に作ってありました。日本で言うと、中学校作品展や科学の祭典のような催しですが、この国の学生もメカトロニクスが好きなのか、結構コンピュータ制御や電子工作の作品がありました。
 私はこれまでパキスタンに科学館があることもこのような作品展があることも知りませんでした。科学技術教育を推進する上で、このような学校外の施設や催しがあることはとても大切だと私は思います。

◆ マスタートレーナー研修
 NISTEでは、私がラホールに行った週から6週間のマスタートレーナー研修が始まりました。今回は、物理/数学クラス1クラス40名、化学/生物クラス1クラス40名で、参加者は全員プロビンスの研修を担当するマスタートレーナーです。私は物理/数学クラスで4回、生物/化学クラスで1回セッションを持ちました。今回は、「仮説実験授業入門」以外に、「圧力」「静電気」「電気と磁気」をセッションのトピックに取り上げ、生徒に受ける演示実験をたくさん紹介することにしました。「圧力」では、3種類の真空ポンプ紹介、空気の重さ測定、減圧沸騰、浮沈子、卵フラスコ、風船フラスコ、ヘロンの噴水、教訓茶碗によるサイフォンの原理、マグデブルグの真空実験など、「静電気」では、自作回転台による正負の判別、自作箔検電器による正負の判別、箔検電器のスクリーン投影、静電誘導の実験、電気クラゲ、シャボン玉の帯電、人間の帯電、自作ヴァン・デ・グラーフで電気力線を作る、プラカップ・コンデンサーによる百人おどしなど、「電気と磁気」では、パスカル電線による電流の磁気作用、磁界中の電流の受ける力、何でもスピーカー、クリップモーター、電磁誘導の演示、LEDを用いた電磁誘導の演示、ハンドドリルの交流発電機、パソコンをストレージオッシロにする方法、パソコンによる音の波形の観察などをやって見せました。
 マスタートレーナーの先生たちにとって、ほとんどが初めて見る演示実験で、どれも大好評でした。研修の終業式のあと、何人もの先生から自分のプロビンスの研修の時には、ぜひ講師として来て欲しいという申し入れを受けました。でも、残念ながら、そのほとんどはペシャワールやカラチや北部辺境州からで、JICAから行ってはいけないと言われているところです。

12月17日から1ヶ月、健康診断のため日本に一時帰国します。
次回の更新は来年1月末の予定です。
では、よいお年をお迎え下さい。

11月18日、マルガラ山に登りました


ラホール・シャリマール庭園


ラホール・シャリマール庭園


ラホールの道路


オートリキシャ


Oさんの化学の授業


Kさんの生物の授業


私の授業


バードシャーヒー・モスク


10万人が礼拝できる広場


バードシャーヒー・モスクの礼拝所


フード・ストリート


鉄板焼きをつくる料理人


パキスタンの衛兵


衛兵といっしょに


館長と私


女子学生の展示


男子学生の展示


物理/数学クラス


自作ヴァン・デ・グラーフ


シャボン玉の帯電