「ねえ・・・浩之?」

俺が夕刊に目を通してるとフライパンを持った綾香が姿を見せた。

「どうした?」

セリオの鑑識の結果、あの人形は本物だった。

「夜食、何かリクエストある?」

「ん?今日は綾香が食事当番なのか?」

セリオに全て任せれば楽なのに、

何故か食事の用意だけは当番制になっていた。

当然俺も作らされる。

「そうよ、でも何を作ったらいいかわかんなくて」

「お任せ・・・じゃまずいか?」

「どうせなら喜んで食べて貰いたいじゃない」

とウィンク一つ。

「でもなあ・・綾香は何作っても旨いし」

実際この天才は何をやらせても上手くこなしてしまうのだ。

「それじゃ張り合いないじゃない」

「うーん、んじゃあ・・・シメジご飯におみおつけ、それと鯖の塩焼きにお煮染めなんかいいな」

「えらく家庭的なメニューね・・・」

「まー、たまにはそういうのが食いたい」

セリオとかが作るとどうしてもレストランの味みたいなモノになってしまうのだ。

それはそれで旨いからいいのだが・・・

「わかったわ。期待しててね」

「おう、任せた」

パタパタと台所に向かう綾香。

再び俺は新聞に目を通す。

これからの事を考えながら・・・

俺の机の上にはまだあの人形が置いてあった。


To Heart〜虹の遊歩道エクセレント〜

第二話「その後の物語(2)」


「そんなん気にしすぎとちゃうか?」

事務所の近くにある喫茶店で委員長こと保科智子と会っていた。

高校を出てとある私立大の法学部で頑張ってるらしい。

将来は弁護士を志望してるとこの間訊いた。

「そうなのかなあ?」

俺が感じている疑問をそのままぶつけてみた。

「藤田君の懸念もわかるけど・・・」

「だろ? なんか嫌な予感がするんだよなあ・・・」

昨日の一件、新聞に出ていなかったのだ。

あの幾何学模様、

一体何の薬なのだろうか。

まあ、それは実際に作ってみればわかることなのだが・・・

「セリオならすぐやないの?」

「そーだなあ」

何故綾香や背の合うに相談しなかったのか・・・

二人が危険を冒して手に入れてきたモノにケチを付けたくなかったのだ。

 

 

「ふう・・・」

机の上の小瓶、

これは数時間前にセリオが俺の所に持ってきたモノだった。

どうやら俺の考えに気づいていたらしく、

綾香や先輩に内緒で持ってきてくれた。

「俺はこんなモノのために・・・」

確かに危ない連中に盗み出されるだけのことはあった・・・

この薬は明らかに金になるからだ。

効力についてだけ説明を受けたが、

とても自分で使ってみる気にはならなかった。

「こんにちは〜」

「ん・・?」

聞き覚えのある声。

というかむしろ聞き間違えるはずがない声。

「あかりか・・・」

神岸あかり、

俺の幼なじみだった少女である。

「どうしたの、浩之ちゃん?」

「ん・・・」

さすがは幼なじみ、この辺は鋭かった。

「悩み事でしょ?」

「・・・ああ」

あかりは今は保母さんになるために、

家庭科のある学校に通っているはずだった。

まあ、面倒見も悪くないし、似合ってると正直思った。

「どうかしたの?」

「うーんと・・・実はなぁ」

本来こういうことは部外者に口外する事じゃないと思った。

だが誰かに訊いて貰いたかった。

「そんな事件を取り扱ってるんだ・・・」

「ああ・・・だけどなあ・・」

俺のいわんとすること、あかりにはわかってるみたいだった。

「浩之ちゃんの好きにすれば良いよ」

「いや・・・そんな簡単に・・」

「浩之ちゃんの信念、それを通せば良いと思うよ。絶対間違ってないから」

「・・・俺の・・・信念」

金儲けでは無く、世のため人のために奪還屋を行う。

確かに・・・そうだな。

何を悩む必要があったのか・・・

依頼だからって従わないといけない理由はない。

「そうだな・・・ありがとな、あかり」

なんか目から鱗が落ちた思いだった。

「へへ、お安いご用だよ」

その後、俺は琴音ちゃんに連絡を取った。

 

 

「悪いね・・・忙しいだろうに」

「いえ・・・大丈夫ですよ」

今年受験生を連れ出すというのはどうにも気が引けてしまった。

琴音ちゃんは今年美大を受けるらしい。

というよりもこのままだったら推薦を取れるらしい。

相手が指定してきた受け渡し場所は喫茶店。

だがいかにもな場所だった。

「あ、どうも・・・」

だがこの一見気弱なサラリーマン風の男に限って・・・

そんな風に思ってしまった。

「すいません、武田さん」

「・・・はい?」

「例の品、お渡しするわけにはいきません」

「は?」

呆気にとられた表情。

そして周囲で嫌な気配。

「人形は・・処分させていただきました」

「なんだと!?」

先ほどまで気弱そうだったその表情が急変する。

「あんな外道な薬、世の中に出させるわけにはいかなんでな」

「き、貴様あああああああああ!!」

周囲で殺気が満ちる。

「琴音ちゃん!!」

「はい!!」

琴音ちゃんと俺の周りに青白い光壁が展開される。

それと同時に周りの男達が立ち上がり、俺達に向けて発砲した。

「・・・正解でしたね、先輩」

「ああ・・・そうだな」

喫茶店で発砲してくるなんて、普通は思わないだろう。

そこを狙ってきたのだ、相手は。

これが琴音ちゃんじゃなければ、危なかっただろう。

琴音ちゃんの作ったサイコバリアが全てを弾き飛ばしていた。

「な・・なんだと!?」

銃撃が止むと同時に一瞬だけバリアを解除させる。

そして次の弾丸交換をさせる前に水月に肘打ちを叩き込む。

悶絶して前のめりに倒れ込む。

「はあ!!」

「やっ!!」

綾香と葵ちゃんがさらに他の男を一撃の下に倒す。

こんなこともあろうかとこっそり着いてきて貰っていたのだ。

彼女たちへの流れ弾は紙兵が身を盾になっていた。

「ちっ・・!!」

身を翻して逃げ出す武田。

だが俺は逃がすつもりは毛頭なかった。

ここで逃がしたら、また同じ事を繰り返すに決まってるからだ。

窓ガラスを体当たりで破り、表に飛び出す武田。

このままでは一般人が巻き込まれる心配があった。

「う、動くな!!」

案の定武田は通りすがりの女性の首元にナイフを突きつけていた。

「・・・・・」

「動いたらこの女を殺すぞ!!」

お決まりの文句だが、非常に効果的ではある。

だが・・・

ふるふると肩を振るわす女性。

「なんだ・・怖いのか?」

だが次の瞬間武田はきっと自分の目を疑っただろう。

女性の姿がかすかにぶれて、

気が付くと地面に前のめりに倒れ込む。

「・・ぐっ!」

親指を立ててエールを送る。

「久しぶりだな・・・」

だが相変わらず愛想がない。

「スカートなんて珍しいな・・・坂下」

そう、それは日本武道大学に進んだ坂下好恵だった。

つづく


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