繁華街からかなり離れた通り、
その一角にその廃ビルはあった。
「逃げるわよ、姉さん!!」
廃ビルから二つの影が飛び出した。
誰もいないはずの廃ビルに明かりが灯る。
「・・・・・」
綾香の後を必死に追いかけてくる芹香。
取りあえず姉がついて来てるのを確認しつつ路地を走り抜ける。
「ったく、なんでこんなに早いのかしら」
高校時代はスポーツなんて全く出来そうも無かった。
だが綾香に付き添って運動するようになり、急激に身体能力が伸びた。
だから鍛え続けてきた綾香に必死ながらもついて来れるのだ。
(でもある意味反則よね)
そんな天才肌の姉がちょっとだけ恨めしかった。
「・・・・・・」
黙々と着いてくる。
「野郎、逃がすな!!」
「あっちに追い込め!!」
何やら殺気立っている男達。
捕まったらただじゃ済まない所では無いだろう。
「全くこんな人形一個に・・・」
掌には天使の人形が握られていた。
だがこの人形の中には特殊な幾何学模様が描き込まれていて、
それはとある薬品の調合図になっているらしい。
「さって、どうしようか?」
このまま商店街の方まで逃げてもおそらくしつこく追ってこられるだろう。
相手の数は10人程度、
エクストリームの女王と呼ばれた綾香ならなんとでもあしらえる相手である。
「・・・・・取りあえず足止め程度でも」
紙製創兵術・・・。
芹香が一枚の紙を取り出し、短い呪文を唱えて地面に置くとそれは忽ち大男に姿を変えた。
「・・・お願いします」
「・・・・・・・」
主以上に無口な大男は沈黙を持って答えた。
元々知性などはなく、単純な命令しか訊かせる事が出来ないのだ。
「んじゃ、行こっか。姉さん」
「・・・・・・」(こくこく)
綾香達が走り出すと背後で銃声が響き渡った。
やはり男達は一般人では無かったのだ。
まあそれは最初からわかっていたことだが・・・
だけど・・・
「あの程度じゃ紙兵はやられないわよね」
元々存在が希薄なため、穴がちょっと空いたぐらいでは滅びないのだ。
以前マシンガンで蜂の巣された時も相手に殴りかかっていた。
「・・・今のうちに」
まんまと奪還に成功した二人は、
夜の街へと消えた。
To Heart〜虹の遊歩道エクセレント〜
第一話「その後の物語(1)」
「ふー、結構刺激的な仕事だったわね」
ソファにどっかりと腰を下ろす。
来栖川綾香19歳、
都内の有名国立大学に通っている現役大学生である。
「・・・・・・怖かったです」
そして姉の来栖川芹香20歳。
こちらも都内の某有名国立大に通っている。
「まあまあ綾香、お疲れ様」
背が高めのちょっと目つきの悪いホスト風の男、
藤田浩之その人である。
「ま、楽しかったんだけどね・・・私は」
気遣うように姉に視線を向ける綾香。
芹香の表情に疲労の色が濃く出ていたからだ。
元々芹香はこういう荒事が向いている性格ではない。
この二年、頑張って鍛えたおかげで普通の人並みに走ることは出来るようになったが、
それでも強いというわけではないからだ。
「先輩も・・・お疲れさま」
美人姉妹に必死に勉強を見て貰ったおかげで彼自身も何とか同じ大学に入れたのだ。
そして芹香はまた“先輩”になった。
浩之自身がこの呼び方を気に入ってるからだ。
何も付けないただの“先輩”は芹香だけだったから。
「・・・頑張りました」
小さくガッツポーズを取る。
なんか感情表現が出会った頃より遙かに豊かになったと思えた。
「さて・・・それじゃ・・・早速鑑識に回してみるか」
大学に入った浩之達は副業として奪還屋なるものを始めたのだ。
奪われたモノを秘密裏に取り返す。
ただそれだけの仕事である。
しかし世の中ニーズというモノはどこにでも転がってるらしく、
それなりに繁盛していた。
来栖川に援助を受けて、
所長は唯一の男である浩之が引き受けていた。
そして仕事はその時に空いている人間が引き受けるのだ。
とは言っても仕事のほとんどはこの来栖川姉妹が引き受けていた。
大抵の人間には出来ないような事が多かったからだ。
そしてさらに危険度の高い仕事は浩之自らでソロか誰かと組んで行っていた。
最悪の場合を考えての配慮であった。
「鑑識って・・・セリオが観るだけでしょ?」
HMX−13型セリオ・・・
高校時代からの綾香の友人である。
後継機である14型などが出ても、
常にバージョンアップを繰り返している彼女の性能は決して最新型に劣っていなかった。
「では・・・お預かりします」
「ああ・・・頼んだ」
相変わらず見事の手際・・・
思わず浩之は、
(セリオ・・・匠の称号をくれてやる!!)
などとバカな事を考えていた。
「浩之、夕飯どうする?」
「夜食だけどな・・・時間的に」
すでに時間は深夜を回っていた。
ちょっとだけ眠そうな芹香。
「うーん、どうするか」
そこそこ広い事務所、
この裏は浩之達の生活空間になっていた。
そう、現在彼らは共同生活をしているのだった。
つづく