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……
「…おお、可憐なるプリンセス! ボクの瞳をとらえてはなさないあなたはどなたでしょうか?」
仰々しいその少年の身振りと言葉に、少女は一瞬あっけにとられたようだが…
「……しるふぃな。…しるふぃな、う゛ぁるす、がんじー……」
無表情にそう答えた。
「おお、シルフィナ! すばらしい名前だ! 可憐なあなたにぴったりな名前だ」
「……そう?」
相変わらずの無表情で、その少女は答えた。いや、わずかばかりの感情…怪訝な表情をわずかにこびりつかせていた。
「できましては、あなたのおそばにボクを置いてはいただけないでしょうか?
そして、あなたの可憐なる微笑みを与えていただければ、これに勝る宝はございません」
「……へんなひと」
少女の感想は、まぎれもなくふつうの反応であった。
「…いかがでしょうか?」
少年はまったく気にせず、微笑みをうかべて聞いた。
「……わたしなんかが、いいんなら…」
作った笑顔を浮かべて、少女が答える。
「…あなたでなければダメなんです」
少年は、少女の言葉を否定する強さを持った、それでいて優しいことばを発した。
少女はわずかだが、ゆっくりと微笑みを浮かべた。
……
……………
……………
……
「……さやか…」
「…起こして、しまいましたか?」
ベッドに眠る男に対し、少女が気遣いの声をあげる。
「…夢を見たよ…」
「…どのような夢でございましょうか?」
清潔そうな小袖を身にまとった、その少女が尋ねる。長い黒髪をひもでただ縛っただけ…おしゃれよりも機能性を考える、少女の性格が表れているようだった。
「昨日、久しぶりにお会いしたからかな?
…プリンセスと初めてあった頃の夢だったよ」
ベッドに寝ていた男が、起きあがりながらそう答えた。
「…ライエルス様、お体に触ります。どうか寝ていて下さいませ」
心配そうな表情を浮かべて、少女が男に言った。
「…ありがとう、だいぶ調子はいいんだ。
…プリンセスには変わりなかったから、あのころのことを思い出しちゃったのかな」
ライエルスは寂しげな笑みを浮かべてつぶやいた。
「…そうでしょうか?
…ずいぶんと表情豊かになって、初めてあった頃とは別人のようになられたと感じますが」
「…変わってないよ。
…感情表現が下手なところなんて、昔のままだったよ」
「……そうでしょうか?」
納得行かないようで、少女は同じ言葉をくり返した。
「…ところで…
…これまでありがとう、そしてすまなかったな」
ライエルスは真剣な顔をすると、そう言った。
「いえ」
少女も真剣な顔で答える。
「…キミのおかげで、ボクもここまで来れた。後は…彼と戦うだけだ」
「…ライエルスさま…」
心配そうな表情をした少女に対し…
「…まあ、後はボクにドオォーーーンと、任せてくれたまえ! ハアァーハッハ!」
そう言って、ウインクをしたのだった。
……………
……
「……夢…」
目をパチリと開けると、シルフはつぶやいた。
「……久しぶりだな、子供の頃のは…」
薄暗い天井を見つめたまま、無表情でつぶやく。
「……変わってなかったな…あいつ…」
その口調は、楽しげだった。
…………
…深夜。
…わずかに灯された明かりの下に、黒い人影が舞い降りた。
「…………………」
ベッドの中にいるものは、それに気づいた様子はない。
「………」
人影は静かにベッドへと近づいていく。そして…
「!」
突然動き出したベッドにいた者に、黒い人影は捕まえられる。
「……やっぱり、シィルの言ったとおりだったな…」
ベッドにいた者が口を開く。
「…や、山本…二十一…」
「……椿ちゃんと部屋を入れ替えていたんだ。…ここまでシィルの言うとおりになるとは思わなかったけどね」
「……………」
黒装束を身にまとっていた人影は、無言で答えた。
パチ……
「…まったく、ちゃんと信用しろっての!
…さやか、あなたの行動パターンはもう読めてるの」
部屋の電気をつけたのは、椿を背後に伴ったシルフであった。
「…………そうでしたか」
黒頭巾をとって、少女…さやかが口を開いた。
「…まったく、あいつは昔から手段を選ばない奴ね」
「! …………。………そう、ですね」
一瞬、ムッとした表情になりながらも、思うところがあるらしく、さやかはそう答えた。
「…ですが、今日のことは私の独断です」
「……ん?」
その言葉に、シルフは怪訝そうな表情を浮かべた。
さやかの手を捕まえていたままの二十一も、怪訝な表情を浮かべる。
「…ライエルス様の望みは…」
さやかがそう言いかけた瞬間…
二十一の刀がひらめき、さやかの首でぴたりと止まった。
「えっ!?」
「何!?」
…二十一の放った白刃は黒い刃と交えたまま、さやかの首元で止まっていた。
「……さすがだ…いい勘をしている…」
いつのまにいたのか、そして…いつのまに刀をぬいたのか、黒き刃の持ち主はすうっと後ろへと下がった。
「……何者だ?」
二十一は珍しく固い声をだした。
その表情にはイヤな予感通りに、『本当に』黒刃が閃いたことに対する驚きが隠しきれずにいた。
「…獲物の横取りを考えたネズミに対し、制裁をと思ったが…」
男は答えず、自らの黒刃を見つめてつぶやいた。
「……暗殺者…か?」
二十一は確認を取るように聞いた。
それに対し、その黒ずくめの男は覆面の下に白い歯をのぞかせ…
「…我が名はシキ…」
その名前に、シルフがビクリとふるえた。その様子に、わずかに二十一の気がそれた時には…
「……我が訪れは、『死期』の訪れなり…」
……もうそこに、男の姿はなかった…
「……アサシン、シキ…」
…凍り付いていた時間を動かしたのは、その言葉だった。
「…知っているのか、シィル?」
その二十一の言葉に、シルフはうなずいた。
「……王族専門の暗殺者と言われる、凄腕のアサシンよ」
カラカラになりそうな、のどの奥から振り絞るように言った。
「……王族…専門?」
「…ええ、法外な依頼料のため狙われるのが、また依頼するのが王族くらいなことから、そう呼ばれているわ。
…そして、その成功確率は100%と言われているわ」
「………誰が二十一さんを…」
わずかに目線をさやかに向けながら、椿がシルフに聞いた。
「らっ、ライエルス様なはずはないわっ!!」
さやかのその叫びに、椿はビクリとふるえる。
「…わかってるわよっ! そんなことは!!」
シルフも張り合うようにそう怒鳴った。
「…だけど、万が一にも二十一が奴に殺されたとしたら、真っ先に疑われるのは間違いなくライエルスよ!
…そして、そう言う事実として認識されることになるわ」
「……………」
「…ということは、ライエルスさんやそのお父様に恨みのある人物の仕業ということですか?」
無言のさやかにかわり、椿が聞いた。
「……わからないわ。でも、…ゼスの貴族連中の可能性は高いわね…」
シルフは爪をかみながら言った。
「…だけど、そんなこと今は問題じゃあないわ」
シルフはゆっくりと二十一の方を見る。
「……負けないよね、二十一…」
「…ああ!」
心配そうなシルフを安心させるように、二十一はしっかりとうなずいた。
……………
……
「…なにを、しているんですか?」
自分の部屋に戻った二十一の行動に対し、椿が聞いた。
「うん、ちょっとね」
鞄の中に携帯食料といったものをつめこみながら、二十一が答えた。
「……どこに、行くんですか?」
椿は質問を変えた。
「………少し、ね」
二十一は答えなかった。
「……教えては、くれないんですね」
寂しげに、椿はつぶやいた。
「……奴は、…あの暗殺者は手強い。
…僕自身、暗殺者とかの相手をするのは初めてだから、どうなるかわからないんだ。だから安全のために…ね。
椿ちゃんはシィルのところにいるんだよ」
二十一は真剣な顔をして言った。
「……二十一さん…」
その言葉を聞き、椿が心配そうな顔をする。
「…大丈夫、3回戦までには帰ってくるから」
二十一はそう言って椿に微笑む。
「……いいんです。3回戦に間に合わなくても…」
「……椿…ちゃん?」
「…逃げて下さってもいいです…いえ、逃げて下さい!!
…とにかく無事でいて下さい。死なないで下さい!」
「………………」
「…いやなんです。……私なんかのために…もう、だれかが……」
ポロポロと涙を流しながら、椿は言葉を紡いだ。
「……3回戦までには戻ってくるから…」
荷物を持って、二十一はそれだけを言った。
「二十一さんっ!!」
「……僕は勝つから、…だから、…自分のことを『なんか』なんて言わないで欲しい」
扉を閉める前に、二十一はそれだけ言うとニコリと笑った。
…パタン…
「……二十一…さん…」
…………………
………
…カチャ…
「…いらっしゃい」
扉を開けた少女…椿に対して、シルフが言った。
椿は部屋にいたシルフとさやかを見て、つぶやくように言った。
「…行ってしまいました。……二十一さんは…」
「…でしょうね」
シルフは椿にイスを勧めながら、淡々と答えた。
「…あいつならきっとそうするはずよ。…自分より、他人が傷つくことを恐れるやつだから」
そのことが歯がゆくもあり、好ましくもあった。
「……どうして、なんで二十一さんが…」
椿がうつむいたまま、つらそうに口を開いた。
「…そのことなんだけどね。…さっきまでさやかとも話していたんだけど」
シルフの話に、椿が顔をあげる。
「……二十一は気にもしてないと思うけど、あいつはすごい立場にいるのよ」
「…どういうことでしょうか?」
その問いに…
「まず、リーザス…
…ここの立場は微妙よ、現在3国が拮抗しているのは、はっきり言って魔王による被害がリーザスは他の2国に比べて、全然軽微だったことによるものが大きいわ。
深刻な問題は、しっかりとした支柱がいないこと。…つまり、リーザス国王がいないことよ。
先代のランス王の魔王化も大きいけど、先々代のリーザス国王…リア王女が跡を継ぐときに、有力な他の候補がそろって潰されていたことも大きな原因の一つね。
平和な時代ならいいけど、この乱世では大きな問題よ」
シルフはそこで一旦くぎって、水を口に含む。
「…そこで、二十一よ。
…民は乱世に英雄を求める…
…血筋的にも問題なく、大義名分も通るわ」
「……そのことが問題で、命が狙われているんですか?」
その椿の問いかけに…
「…そうね、考えられることの一つよ。
そのことを面白く思わないリーザスの貴族連中や、はたまたリーザスが力をつけることを懸念するヘルマン、ゼスの上層部が狙うには、十分すぎる理由ね」
「…他にもあるんですか?」
「…ん、まあ…、ゼスやヘルマンの民だって、英雄を求めるからね。
…そう言うのを疎ましく思う連中も多いってことよ。
(…特にゼスは…私とのこともあるから…)」
さすがに言いづらく、シルフは口ごもった。
「…そんなこと…二十一さんとはなんの関係もないのに…」
その椿のポツリと漏らした感想は、シルフの胸をついた。
「…ほんと、イヤな世界よね。
…できれば二十一にはそんな世界とは無縁でいて欲しかった…」
シルフはただ、しみじみとそう言った。
「…ここも、…ちょっと無理か…」
「…ここも、…無理だな…」
二十一は闘神都市を出て、何かを探すようにきょろきょろと歩いていた。
(…あのとき…)
汚い廃屋の柱を見つめていた二十一の頭に思い浮かぶのは、別の光景だった。
(…何の気配も感じなかった。…誰もいないはずだった)
シキと名乗る男との、初めての出会い…それが頭から離れることはなかった。
(…確実にあの女忍者…さやかを狙っていたはずなのに、…殺気がまるで感じられなかった)
……さすがだ…いい勘をしている…
(…くっ、まさに勘以外のなにものでもなかった…)
二十一は思わず柱に拳を打ち付けていた。
(…勝てるのか? …あいつに…)
あれほどのことをしでかした相手であるのに、二十一には覆面の下から覗かせた白い歯の印象しかなかった。
(…殺気も…いや、生気すら全く放つことのなかったあの男に…)
「…!!」
次の瞬間、二十一の目に思わぬものが飛び込んでいた。
「…いつの間に…」
目の前の柱に、ナイフで留められていた紙に目を通す。
「『死は誰の前にも訪れる。
龍をも屠る勇者でも、黒き刃の前には躯をさらすなり』か…」
伝説のドラゴンスレイヤー…ザードレークの躯の側に置かれていた手紙と同様の内容であった。
「…いつでも殺せるってわけか! その余裕が命取りだ!!」
手紙を握りしめて、二十一はそう宣言した。
…伝説の勇者と伝説の暗殺者…
…伝説の表と裏…光と闇に生きる、最強同士の血戦は近い…