ウウウウウウウ……ワアアアーーーーーーーーーーーー!!!

 

「お待たせいたしました!

 これよりAブロック3回戦をはじめたいと思います!」

 シュリの声が、闘技場全体に響きわたる。

「それでは、第1試合!

 優勝候補筆頭、大本命の山本二十一選手と、…不戦勝で勝ち上がってきた、ライエルス・ヴェルドナンド選手との試合を始めます!」

 

 ワアアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 歓声が、シュリの言葉に応える。

「それでは、龍のコーナーよりライエルス・ヴェルドナンド選手!」

 その言葉に応じて、ライエルスが登場する。あいもかわらずのきらびやかな格好である。

「続きまして、鬼のコーナーより山本二十一選手!」

 

 ウワアアアアアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

 

 いっそうの声援が巻き起こる。…しかし……

 

 ……………………

 …………

 ……

 

「……えーと、あれ?」

 

 予想外の展開に、シュリは頭をポリポリと掻くのであった。

 

 

 ……………

 ……

「……二十一さん…」

 闘技場の入り口で、椿はただ待っていた。

 

 ……3回戦までには戻ってくるから…

 

 そう言った二十一の表情が思い起こされる。怒ったような…それでいて、優しい表情であった。

「…二十一さん……」

 祈るように、胸に手を当てる。そんな椿に…

「……大丈夫、あいつはきっと来る」

 シルフはそう言うと、椿の側へと歩み寄る。

「シルフさん…」

 

「……絶対に、…くるんだから…」

 

 

 

 ……………………

 

 …何も見えない…

 

 …何も感じられない…

 

「…すー…はー…」

 …ドクン……ドクン…

 

 …聞こえてくるのはただ、自分の呼吸音と心臓の鼓動のみ…

 

 ………深い闇…

 

 …あれからどれだけの時間が経ったのかもわからない…

 

「……ずいぶんと、寂しい死に場所だな…」

 

 …ゆっくりと顔をあげる。無論、何も見えては来ない…

 

「…密やかなる死が望みか? …まあ、それもいいだろう…」

 

 暗き闇…洞窟の奥に声が響く。…シキの声が…

 相変わらず何の気配も感じさせない。殺気も…そして、生気も…

 

「死ぬつもりはない。帰るって約束しているから」

 二十一は虚空にむかって、そう答えた。

「一つだけ聞いておきたい。…依頼人は、誰だ?」

「残念だが、その問いにだけは答えられんな。

 ただ…魔王を倒し、体力気力そして若さが充実している今…この時に殺してくれとの依頼だ。

 

 …それも傷も残らないように、できるだけきれいに…とのな」

 

「…どういうことだ?」

「さあな、そのうちわかるさ。…お前が死ねばな」

「…それは残念だな。僕は死なないから」

 二十一はそう答えると笑みを浮かべた。

「ふふ、そうでなくてはな。…お前、立派な国王になっただろうにな」

 いろいろな意味に受け取れる、多分な含みをもった言い方だった。

「僕は王になるつもりはない」

 二十一はきっぱりと言い放つ。しかし…

「…お前の意志など関係ない。そう言う立場にいるんだよ、お前は…

 …そして、立派な王となっただろう…

 

 …たくさんの民がよろこんで死ねるような…立派な王にな…」

 

「……………」

「くくく、…俺がどうして王族を専門にしているかわかるか?」

 楽しげな口調で、シキが話し出す。

 

「…嫉妬だよ…

 

 …人を殺すのがうまい連中に対するな。

 暗殺者なんてのは、最も人を殺すのが下手な部類でな。

 暗殺されての死っていうのは、ひどく理不尽なものに思われ、いつまでもその死は周りの人間から忘れられず、悼まれるものだ。

 …それに比べ、王ってのは人を殺すのがうまいんだ。

 たくさんの人間を殺しても、そんなに恨まれるわけでもない。それどころか…そいつが名君だったりしたなら、喜んで死んでいったり…なんてこともな。

 …こんなにも、人を殺すのがうまい連中はいまい」

「…ずいぶん饒舌なんだな?」

 興味なさそうに、二十一が言った。

「くっくっく、まあ聞けよ。冥土のみやげってやつだ。

 自分の殺される正当な理由ってやつは、聞いておいた方が納得するだろう?」

 どこから響いてくるかはわからないが、その口調はこれ以上なくたのしげに聞こえる。

「…それが、お前が王族専門の暗殺者である理由か?」

 二十一は静かに聞いた。

「…くっくっく、まあそういうことだな」

 笑いを抑えずに、声は答えた。それに対し…

 

「…嘘…だな」

 

 二十一は静かに、しかしはっきりと言った。

「…ほう、どうしてそう思う?」

 断言した二十一に対し、シキが面白そうに尋ねた。

「思うもなにも…ただ、お前は人を殺すのが好きな男だからだ。

 嫉妬…そんなものは少しもしていない。その死による影響が大きければ大きいほど、悼まれ、悔やまれれば悔やまれるほど、喜びを感じる人間だからだ」

「…くっくっく」

「その相手として、ただ王族がうってつけなだけだ」

 その答えに、笑い声はさらに大きくなる。

「くっくくく…正解だよ。

 …加えて、獲物は大きければ大きいほど面白い。三百年以上やっているが、絶対にやめられんな…」

「…さんびゃく…」

 二十一が問いただす前に…

 

「…じゃあ、死ね…」

 

 その声に、二十一は大きく飛び退くと…

 

「…僕は死なない! ラーンスアターーーック!!」

 

 眼前にむかって、必殺技を放った。

「…ふっ、どこを…」

 嘲笑が洞窟に響くまもなく…

 

 ビシ…ビシビシイッ……

 

 その強力な一撃に洞窟が耐えきれず、またたくまに無数の亀裂が入っていく。

 

「なっ! 貴様、相打ちを…」

 

 その瞬間、シキが驚きの声をあげた。

 殺気も、生気すら放たない男がはじめて出した…

 

 …動揺の気配…だった…

 

「…!!!!」

 

 …無論、その一瞬で事足りた…

 

 

 …それにくっついていた、四本の棒を切り離すのには…

 

 

「ぐあああっ!!」

 手足を切り落とされ、シキは倒れ落ちる。

「くっ、だが、貴様も…」

「言っただろ、僕は死なないって。

 

 …ラーーンスアターーーーック!!!!」

 

 崩れ落ちてくる天井に向かって、二十一は再び必殺技をくり出した。

 

 

 

 ………………

 ……

「……ばけものめ…」

 青空を見上げて、シキは声を振り絞った。

「…もう一度聞く、依頼人は誰だ?」

 二十一はただそう聞いた。

 それに対して、シキはニヤリと口元をゆがめると…

「ふっ、残念だったな…

 

 …それに答えることは、できないようになっているんだ…」

 

「!!」

 次の瞬間、…シキだった物は風化し、風に巻かれた…

「…既に死んでいた…そういうことか」

 二十一はそうつぶやくと…

 

「…闘技場へ…」

 

 

 

「…えーと……」

 あれから10分経過しても、二十一の現れる様子はなかった。

「……しょうがないですね」

 シュリは自分に言い聞かせるように、そうつぶやくと…

「…それでは、山本二十一選手を棄権としまして…」

 

「…ジャスタアモーメン!!」

 

「…えっ!?」

 シュリの言葉に待ったをかけたのは、闘場にいたライエルスであった。

「…え、あの、なにか…」

 客席全員の視線を一身にあびるなか、ライエルスはきざったらしく前髪をかき上げると…

「…今日行われる試合は2試合だけでしょう。ノープロブレムなら、そちらからやればいかがかな?」

 驚いているシュリに構わず、ライエルスは言葉を続けた。

「…えーと、まあ、ライエルス選手がそれでいいと言うのでしたら…

 

 それではこの試合は一時保留といたしまして、第2試合から始めたいと思います!」

 

 ウワアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 その提案は、観客の声援をもって受け入れられた。だれも優勝候補の不戦敗など認めたくないということだ。

 

「……何を考えているの?」

 

 闘場からおりてきたライエルスに、シルフが聞いた。

「…何を、とは?」

 ライエルスはとぼけるように聞いた。

「…ほっておいたら、あんたの不戦勝だったのに…」

「…それを、プリンセスは望まれますかな?」

 シルフの言葉を遮り、逆に聞き返した。

「…そ、それは…」

 うろたえるシルフに対し、笑みを浮かべ…

「…同じですよ。…ボクもそんな結末は望んでいない…そういうだけです」

 そう答えると、ライエルスは手をあげてその場を去った。

「…あいかわらず、あんたの考えていることだけはさっぱりわからないわ」

 ライエルスの背中に向かって、シルフはそう言った。

「…それは光栄ですね。

 

 ………………呼ばれてますよ」

 

 ライエルスの言うように、シルフの登場をうながすアナウンスがくり返されていた。

「…そうね、ありがたく時間稼ぎをさせてもらうわ」

「…ご存分に」

 芝居がかった礼をして、ライエルスはシルフに答えた。

 

 

「…はい。龍のコーナーよりの登場は、もう一人の優勝候補シルフィナ・ヴァルス・ガンジー選手です!!

 続きまして鬼のコーナーから…………なんですが…」

 途端に、シュリの言葉に元気がなくなる。

「…ですが、何よ」

 シルフが尋ねる。

「…今朝の内に、すでに棄権を申し込まれていました…」

 言いづらそうに、シュリが答えた。

「…と、いうことは…」

 そのシルフの問いかけに…

 

「……シルフィナ選手の不戦勝を宣言します!!」

 

 ブウウウウウウウゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 その宣言は、観客のブーイングによって答えられた。

「えーん、私のせいじゃないのに…」

 シュリが言い訳のように、ぶつぶつとつぶやく。その横で…

 

「…時間稼ぎも…できないか…」

 

 …シルフが悔しげにつぶやいた。

 

 

 

 ………………

 ……

 …一体どれだけ時間が過ぎただろう…

(…二十一さん…)

 椿は祈るように握っていた手に更に力を込める。

 

 …二十一はまだやって来ない…

 

 そのことが椿の心を押しつぶすように不安にさせていた。

 あれだけの時間が過ぎたのだ。おそらく棄権とされ、不戦敗となっているだろう。しかし…

 

 …そんなことは、どうでもよかった……ただ……

 

「…二十一さん、無事でいてください…」

 

 …自分のことを『なんか』なんて言わないで欲しい…

 

 かつて同じことを言ってくれた人がいた。…その人は…

「…もう、いやなのに…どうして…」

 涙が双眸からあふれだす。

「…こんな、こんな…わたしなんか…私なんかのために…」

 

「…だめだよ」

 

「…えっ!?」

 思わず上げた瞳にうつるのは…

「…約束…しただろ、…なんか…なんて、言わない…って」

 二十一はそう言うと、優しく微笑んだ。

「は、二十一さんっ!!」

 椿は思わず、二十一の胸に飛び込んでいた。

「…よかった…ほんとに…本当によかった…」

 二十一は一瞬…驚きながらも、椿の頭をなでながら…

 

「…またせちゃったね、…ただいま」

 

 自然とそう言っていた。

 

「…はい。……お帰り、なさい…」

 

 

 

 

 


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