…どうしちゃったのよ!

 

 信じているはずなのに、不安の色はどうしても消すことができない。

 

…早く来てよ!  …早く帰ってきてよ…

 

 ただ駆けていく。不安にせき立てられるように…

 

 

「二十一っ!!」

 

 

 ただそれだけを考えながら、少女は闘技場の出口へと駆けていた。

 そしてその出口をでた瞬間、彼女の目に思い人の姿が飛び込んできた。

 

「…あっ! はたか……ず……」

 

 シルフの声は尻すぼみにかき消された。

 少年は少女と抱き合っていた。…その光景は実にあたたかく…そして……

 

……自然に見えた…

 

 …ズキン

 

「…いたい」

 ポツリと声が漏れる。

「……むねが…いたいよ…」

 ぼんやりと二人の様子を見つめたまま…

 

…どうして、…どうして私はあそこにいなかったんだろう…

 

 

 ……………

 ……

「……シィル?」

 闘技場の入り口でたたずむシルフに、二十一が気づいた。次の瞬間…

 

「「こっ、これはっ!!」」

 

 磁石の同極のように、二人はパッと離れた。

「…あ、あの、その……」

「…し、…シィル?」

 シルフはそんな二人に対して、ゆっくりと笑みを浮かべて…

「…早く闘場に行った方がいいわよ。…ほんとに棄権になっちゃうから」

 ただ、そう言っていた。

「…………わかった」

 一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、二十一はそううなずき返した。

「…二十一さん…」

 椿はそう呼びかけると…

「…信じてますから」

 にっこりと笑っていった。

「うん」

「………」

 

 

 

 ……………

 ……

「………シィル?」

 とぼとぼと前を歩く少女に、思い切って二十一が声をかけた。

「えっ!?」

 二十一の呼びかけに、びっくりしたようにシルフが顔をあげた。

「…どうかしたの?」

「えっ、やー…別に…」

 彼女にしては実に歯切れが悪い返事であった。

「…まっ、どっちにしても二十一が間に合った以上、賭けは私の勝ちね」

 シルフが話を変えた。

「…そうだね」

「口ばっか偉そうで、全然弱いんだから、かるーくやっつけちゃって」

 シルフがそう言ったときには、闘技場への入り口から光が見えていた。

 

「うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 姿を現した二十一に、観客から盛大な歓声がおくられた。

「…お待たせしたようで」

 闘場の上のライエルスに、二十一がそう言った。

「…構わないさ、待つのには慣れてるつもりでね」

 相変わらずの気取った様子で、ライエルスはそう答えた。

「それでは…」

 シュリが闘場に上がった二人の間で、両者に目配せをしながら手をあげて…

 

「はじめっ!」

 

 …振り下ろした…

 

 

(…さて、どうするかな?)

 二十一がそんな風に思っていると…

【…でしたら、少し話しでもしませんか?】

「えっ!?」

 自らの頭に響いた声に、二十一は思わず声をあげた。

(…まさか…)

 二十一は眼前のライエルスをうかがうように見つめた。

【…ええ、ボクです。…ボクの使える唯一の魔法ですよ。

 …もっとも、眼前にいる人間としか心を通わすことができない不完全なものですけどね】

 ライエルスが微笑みを浮かべた。それは二十一の持っていた印象とはずっと異なる、すがすがしい微笑みだった。

(……あなたは…)

【はい?】

 二十一は、とまどいつつも本音を思った。

(…一体何を考えているのです?)

【…ふふ、いろいろです。…ですが…】

 ライエルスはそこで思いをとぎらせると、まっすぐ二十一を見つめた。

【…一番はキミと…

 

 …山本二十一という男と戦いたい…

 

 …それが、今一番考えていることですね】

(……そのためにわざわざ…)

 …待っていてくれたのですか…と続く、二十一の思いをさえぎり…

【…ええ、そのために1,2回戦と不正をしてここまで来ました】

(………)

【全力を出して下さい……ボクの力が全然キミに及ばないことは承知しています。それでも…

 …全力でお願いします】

(…ライエルスさん)

 二十一にもライエルスの真剣な思いは通じていた。だがそれでも…全力を出すのには抵抗があった。

 歴然たる力の差…それはまさに生死に関わるからだ。

 

「…あのぅ…」

 

 シュリが困ったような声をだす。両者にらみ合ったまま動かないのだから、当然とも言えた。

「…どうしたんでしょうか、お師匠様」

「実は、ライエルスさんって強いんじゃあ?」

 となりから聞こえる瑞原姉弟の話に対し…

「…んなわけないでしょ。(…どうしたのよ、二十一)」

 

【…プリンセス…いえ、シルフィナのことをどう思ってますか?】

 

「えっ!?」

「?」

 突然あがった二十一の驚きの声に、シルフ達が怪訝な顔をする。

(…いっ、いきなりなんですか…)

 顔を真っ赤にしたまま、そう応じた。

【…ふふ、わかりました】

(勝手に納得しないで下さい!)

 ムキになる二十一に、一瞬優しい表情をうかべた後…

【…だからこそ、全力を出して欲しい】

(…っ!!!)

【…彼女のことを…本当に想うのなら】

 真剣なまなざし…それはたとえテレパシーなくとも、通じただろう。

 

「…わかりました」

 

 二十一はそう声に出して答え、まっすぐにライエルスを見つめ返した。

「…ありがとう」

 こちらも声に出して応じると、腰に差した剣をゆっくりと抜いた。

 

「…どう?」

 

 なぜかはわからないが、シルフはそう尋ねていた。

「えっ、そうですね。構え自体は悪くないです。気合いも入ってるように見えますし…

 …夜盗辺りには勝てると思いますが…」

 月心は正確な分析をのべた。

「…そう、当然…よね」

 なぜそんなことを聞いたのか、それはシルフもわからなかった。

 

「はああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ライエルスは雄叫びと共に、まっすぐ二十一へと突き進んだ。

 特別速いわけでも、すさまじい闘気をみなぎらせているわけでもない…ただ正直に、まっすぐ…

 

 ……純粋なる、魂のこもった一撃であった…

 

 そのライエルスの剣が、まさに二十一に振り下ろされん瞬間だった。 

 

「あああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 まっぷたつに切られた剣を持ったまま、砕かれた金色の鎧のかけらを降らせながら、ライエルスは吹き飛ばされた。

 

「……………っっっ!!!!!!!!」

 

 その瞬間、全ての人間が固唾をのんだ。

 

 

 ……………………

 …………

 ……

「…あっ、…しょ、…勝者! 山本二十一選手!!」

 

 思い出したかのように、ようやくシュリがそう宣言した。

「……………」

 二十一は気合い…魂の叫びと共に居合いで抜き放っていた刀を、今度は無言で収めていた。

 

 

 ………………

 ……

 …

 

「……ら、ライお兄ちゃん!!」

 

 少女は久しぶりにその呼称を口にしていた。そして、次の瞬間には闘場に駆け上がり、倒れ伏した男の元へと走り寄っていた。

「…お兄ちゃん、ライお兄ちゃんってばあっ!!」

 治癒の光を当てながら、必死に呼びかける。…それほどに強力な一撃を受けていたのだった。

「…あ、あの、二十一さん、それでは部屋の方まで案内します」

 その様子を見つめていた二十一に、シュリがそう声をかけた。

「…わかりました」

 二十一はそう答えると、二人に背を向けてシュリの後に続いた。

 

「二十一っ!!!」

 

 二十一はただ立ち止まる。

「……言ったじゃない! …言ったじゃない…弱いって……全然弱いって…

 …どうして、……どうしてこんなひどいことするのよ!!」

 怒りと悲しみの混じったそのシルフの声に対して…

「…弱くなんかないよ」

「……うそ…」

「…すごく強い人だよ。…僕なんかより、ずっと…」

 振り向きもせず、それだけを言うと二十一はシュリの方に向かった。

 

 

 …………

「…二十一さん」

「…こんにちは」

 部屋に入った二十一を待っていたのは、女忍者…月影さやかであった。

「勝ったんですね、ライ様に」

 確認するように、さやかが聞いた。

「…勝負には勝ちました」

 二十一はただそう答えた。

「…そう、あの方の望みは叶ったんですね」

 嬉しいのか悲しいのかわからない表情をして、さやかはそれだけをつぶやいた。

「…行って下さい、今はシィルがついてると思います」

 二十一のその言葉に…

「……そんな邪魔、できるわけないでしょう」

 

 

 …………………

 ………

 …

「………うっ……ん、んん…」

 ゆっくりと開かれた視界に、白い天井と…心配げに見つめる少女の顔が飛び込んできた。

「…起きた? …大丈夫?」

 そう心配げに問いかけてくる少女に対し…

「…おかしいな、もう二度と見れないと思った女の子の顔が見えるぞ。…それとも、ボクが勝ったのかな?」

 おどけるようにそう答えた。

「…バカ、完敗じゃない」

 安心したように、少女…シルフが微笑んだ。

「おやおや、それではあの賭けはチャラになったのかな?」

「とーぜん、有効よ」

「…あらら」

 がっかりするようにつぶやいたライエルスに対して…

「…まったく、何回絶交したと思ってんの?」

 やらやれというように、シルフが聞いた。

「10回くらいかな?」

「47回よ」

「そんなにしたっけ?」

 楽しげに聞き返してくるライエルスに、シルフは肩をすくめて…

「…これじゃあ、仲直りの仕方も忘れちゃってるかな?」

「…ええっと、『恋甘堂(れんかんどう)のストロベリーチーズケーキ』…だったかな?」

「正解!」

 よくできました…と言わんばかりに、シルフは指を立ててこたえた。

「ふふ…」

「くく…」

 

「「あははははは……」」

 

 …しかし、和んだ空気とともに訪れた笑い声も、唐突に消える……

 

「…ごめん、ごめんなさい…」

 

「…どうして、…謝るの?」

 沈痛な表情であやまるシルフに、静かに尋ねた。

「…だって、だって! …二十一が、こんな…」

 つらいのか、悲しいのか、それとも悔しいのか、…涙がポロポロとあふれてくる。

「…二十一がライお兄ちゃんを…こ、こ、…殺そうと……」

「……………」

「…なんで、わかんない…でも、実際…」

 ほほを伝う涙をやさしくぬぐって…

 

「…彼は、ボクの想いに応えてくれたんだよ。

 

 …その結果、受けることになるかも知れない汚名も全く気にせず、打算なく応えてくれたんだ」

 ライエルスは諭すように、静かに告げた。

「…想い…」

 シルフのつぶやきにうなずき…

「そう、ボクのキミが好きだ…と言う想いを真剣に受け止め、その上で彼自身の想いをぶつけてくれたんだ」

「二十一の…」

 ゆっくりと顔をあげて、シルフが聞き返した。

「…うん。…だからキミの気持ちを聞かせて欲しい」

「…私…わたし…」

 戸惑うように、探し出すかのように、ゆっくりと言葉を絞り出す。聡明な彼女らしからぬ…だからこそ、正直な気持ちを…

「…恋とか、…愛とか、…はっきり言ってよくわからない。いろんな気持ちが、ぐしゃぐしゃで…すごく整理がつけにくい…」

「…うん…」

「…今の気持ち…すごく言葉にしにくい…でも、ライお兄ちゃんのことは好きだよ。

 …あのときはわからなかったけど、…きっと、それが私の初恋だったんだ…」

「…だった…か、…それじゃあ、今一番好きな人は…」

「…はっきりとこれが理由だ…っていうのは見つからない。いろんなことが考えられるけど、どれも違う…あえて言うなら全部…でも、それも違う気がする。

 

 …わかんない…わかんないよ…」

 

 整理のつかない自分に戸惑うように、ゆっくりとかぶりをふる。

「…でも、はじめてだったんだ。王女様じゃない自分を見てくれたのは。みんな、王女様の私、天才魔法使いの私、そんな私しか見てくれなかったけど…」

「…だから、この大会に出場したの?」

 立場上、王女として扱わざるを得なかった男は、そう聞いた。

「…天才魔法使いであるキミに勝って、そして本当のキミを見て欲しかったから?」

 そのライエルスの問いかけに、ゆっくりと首をふる。

「わかんない。…勝って欲しいのか、勝ちたいのか…

 …だって、すっごくもてるんだもん。

 いろんな人に、すてきな人たちに…かわいくて、優しくて、きれいで、そんな良いところをいっぱい持ってる人たちに…」

 膝の上で握りしめていた拳に、パタパタと水滴が落ちてくる。

 

「…自信ないもん。…私、魔法しかないもん! …これしかないもん!!

 

 …こわい、こわいよ、…自分が自分でなくなっちゃうよう…」

「…シルフィナ」

 シルフの頭に手をのせると、ゆっくりとなでる。

「…ちょっと見ない間に、こんなに大きくなったんだ」

「…すん、…すん」

「…自分でもどうすべきか扱いきれない想い…そこまで想いを育てることができるようになったんだね。…想いと共に人は成長する…だからこそ、人は素敵になれる」

「…私も?」

「うん、もっと自信を持ってもいいと思うよ、…王女様でも、…天才魔法使いでもない…

 

 …ボクが好きになった、ステキなキミに」

 

「…ありがとう、ライお兄ちゃん。…はじめて…本当の私に気づいてくれた人」

 ゆっくりと微笑みを浮かべたシルフの頭を、クシャッとなでて…

「…もう行くといい。…2度目の君の恋がうまく行くことを願っているよ」

「…うん。…また、会おうね」

 初恋に、彼女はそうやって別れを告げた。

 

 …バタン

 

「……あんまりいい趣味とは言えないよ」

 ゆっくりと言ったライエルスの言葉に…

「……すみませんでした」

 …月影さやかがそう答えた。

「…もう、お気はすみましたか?」

 感情を押し殺すように、さやかはそう尋ねた。

「…そう、だね。…ここに来る前まで持っていたものはなくなったね。けど…」

「けど…?」

「…ケーキを買わなきゃ。そして、また会わないとね」

 微笑みを浮かべて、さやかにそう言った。

「…ライ様…」

 泣きそうな顔で、さやかが答える。

「…後三ヶ月のちょうど三ヶ月目か…

 …でも、最後の一日、一秒、…一瞬たりとも無駄にするつもりはないよ。思い残すことがなくなるわけがない以上、ぎりぎりまで足掻くつもりだよ」

 達観したかのような、ライエルスの言葉であった。

「…ほ、本当に…お強いかたですね。…わたしは…」

 抑えきれなくなったように、さやかの目から涙がこぼれ落ちる。

「…ボクは強くない。弱いからこそ、…こわいからこそ、生きることを渇望するだけだよ」

 

「…それが、本当の強さだと、…私は思います」

 

 

 

 

 


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