…私の名前はシルフィナ・ヴァルス・ガンジー。

 

 自他共に認める天才である。別に自慢でも何でもない、…只の事実である。

 私が生まれたのは戦場だった。

 血と肉の焼けるにおい…一番最初に感じたものがそれだった。

 生後3日で私は泣くのをやめた。…そうでなければ生きていけないことを理解したからだ。

 

 私はただ、…生きるために、『天才』でなければならなかった…

 

 

 

 シャア……

 

 カーテンの向こうに広がる空は、雲一つない快晴の天気だった。

 白い壁、白いシーツ、白いカーテン…全てを白色で塗りつぶしたような、清潔感あふれる病室だった。

「…キミも結構マメだね」

 その病室の主が口を開いた。

「…そうでしょうか?」

 カーテンを開けた客…山本二十一がそう答えた。

「…ボクの話なんか聞いて、面白いとも思わないけど」

 その部屋の主…ライエルス・ヴェルドナンドが楽しそうに言った。

「できる限り、あなたといる時間を持ちたい、素直にそう思いました」

 二十一は、口説き文句にもなりかねないセリフをまじめに答えた。

「…大切な観戦の時間をさいて来てもらったんだ。何の役に立つかはわからないけど、昔話でもしようか…」

 そうライエルスは話をはじめた。

「ボクの父は今でこそ貴族様だけど、昔はそうじゃなかった」

「…シィルに聞きました。魔法が使えなかったので亡命していたそうですね」

 二十一の答えに、皮肉げに口元をゆがめて…

「…全然使えなかった訳じゃない。

 一個だけ使えた、…マインドリーディング…人の心を読むことができるという、ゲスな魔法がね…」

「…………」

「…父はその能力をつかって、商人としてのし上がった。…人心が読めるんだ、トーゼンと言えばトーゼンの結果だね。

 清廉潔白な伯爵…なんて通っちゃいるが、相手の心を読んでそのように振る舞ってるだけさ。実際は汚い心をかくすのがうまいだけの悪徳商人だよ。

 王家に取り入ったのも、うまくやる自信があっただけ…シルフィナ達も儲けのタネぐらいにしか見ちゃいないんだ、あの男はっ!!」

「…あの…」

 二十一は思わず口をはさむ。それに対し…

「おっと…、すまないな、どうでもいい話だった。

 知っての通り、ボクにもその魔法は使えた…いや、使えたと言えるかな?

 …知りたくもないのに、ドンドンと人の心が頭の中に聞こえてくる。

 …悪意、害意、嫉妬…ありとあらゆる汚い心が、5歳にも満たないガキの頭の中に入ってくるんだ。気が狂いそうだったよ」

 そこまで一息に言うと、ライエルスは二十一に目をやって…

「…それで、その少年はどうしたと思う?」

 そうおもむろに尋ねた。

「えっ!? …どうした、…んでしょう?」

 なんとも言えず、とりあえず二十一はそう答えた。

「…ポーズを作ったのさ…

 …自分を傷つけないために、自分でない自分を作ったんだ。…キザったらしくてイヤミでワガママな、典型的なバカ息子をね」

 そう言うと、ライエルスはニヤリと笑った。

「…あ、はあ…」

 見事に騙されていた形の二十一には、そう答えるのが精一杯だった。

「そんなときに会ったんだ…彼女と…」

 懐かしそうに、楽しそうに…そして、寂しそうに目を細めて言った。

「…恥ずかしながら、初めてだった…

 …自分こそ被害者だ…なんて考えていた、心を読むという…恥ずべき助平な行為に気づいたのは!

 世界中でもっとも恥ずべき人間だと思い知らされた!!」

 ライエルスは、ギュッとシーツをつかんでうめくように言った。

 

「……なにもなかったんだ。………ただ暗くて、……本当になにもなかったんだ…」

 

「…な、なにも…って…」

「……だから、…だからこそ…

 …彼女の怒った顔、泣いた顔…そして、…笑顔が…本当に嬉しかったんだ…

 …ボクの宝物だったんだ…」

 

 それ以上はなかった。あとはかみ殺したような嗚咽があるだけだった。

 

 

 ……………

 ……

「……また…来ます…」

 それだけを言って、二十一は席を立った。

 ゆっくりと病室を出て、扉を完全に閉めようとしたとき…

「…もういいよ。ボクからキミに言いたいことはあと一つだけだから」

「…あと一つ…」

 ゆっくりと振り返り、二十一はそう聞いた。

「…シルフィナに…天才魔術師であるシルフィナに勝ってくれ。

 

 そう、彼女の…強さと弱さの根幹に…」

 

「…わかりました」

 二十一はゆっくりとうなずいた。

「…そのためにも、明日くらいは試合を見た方がいい。注目の選手…とかはいないのかな?」

 注目の選手…そう、気になる選手がいた…

「…そうですね、そうします」

「そうしてくれ」

「…ですが、…また来ますよ。必ず」

 二十一の頑固さに、ライエルスはやれやれといった表情を浮かべるのだった。

 

 

 ……………

 ……

「…ふー、今日も来ませんでしたね、二十一さん」

 弥生がつぶやくように言った。

「お師匠様のことですから、見るまでもないですよ」

 月心が答えるように言った。

「そんな考え方する奴じゃないはずだけど、どうしたのかしら? 椿ちゃんは何か聞いてない?」

 シルフが隣を歩いている椿に聞いた。

「えっ! …えーと、私は…その…」

 そんな椿の様子に、気になることはあったが…

「…まあいいけど。…それじゃあ私、ちょっと寄るところがあるから」

 そう言うと、シルフはそそくさと輪の中から抜け出した。

「…よろしくお伝え下さい」

 そんなシルフに、椿が言った。

「…あ、ううー………伝えとく」

 シルフはただそう答えると、花屋の方へと走り去るのだった。

「……シルフさん、戦線離脱してくれたのかな?」

 弥生が含みのある言い方をした。

「…それは、……二十一さんの気持ち…次第でしょう」

 

 

 

 …………………

 ………

 …Dブロック3回戦の行われる日…すなわち本決戦出場8人枠を決定する最後の日…

「…まだ大丈夫かな?」

 そう言いつつ、病院から闘技場へと二十一は走っていた。結局、今日もライエルスの病室に寄っていたようだった。

 

「…っ! うわっと!」

「…きゃっ!」

 

 二十一にしてはよっぽど急いでいたのだろう、闘技場の入り口辺りで女の子とぶつかりそうになってしまった。

「ご、ゴメン、大丈夫だった?」

 尻餅をついてしまっている女の子に手を差し伸べながら、二十一が謝った。

 長い赤茶色の髪をポニーテール…ではなく右側でまとめている、小柄なかわいらしい女の子だった。

「………あれっ? …ああっ、山本二十一選手だ!」

 最初はキョトンという顔をしていた女の子だったが、目の前にいる男の正体に気づいてそう言った。

「う、…うん、そうだけど…とりあえず起きあがろうよ」

 そう答えて、二十一は改めて手を差し伸べた。彼女の健康的な白い素足と、短いスカートの下に覗かれるモノから視線をそらせながら…

「ふふっ、エッチ」

 二十一の手を借りつつ、女の子は無邪気にそう言った。

「…ご、ゴメン」

 顔を赤くしながら、二十一はそう言うしかなかった。

「もう知ってると思うけど、一応言っとくね。

 あたしの名前はエルフィーナ、よろしくね、二十一ちゃん」

 ニッコリと女の子は自己紹介をした。

「…ちゃ、ちゃんって……それに、有名な人なのかな…ゴメン、知らなかったよ」

 戸惑いつつも、二十一はエルフィーナにそう聞いた。

「おやおやあ、ダメだぞう! 試合はちゃんと見てないと…」

 おへそが覗いている腰に手を当てて、エルフィーナはそう説教した。

「えっ、試合…」

「ふふ、まあ本決戦で当たったときにしっかり見せて上げるよ。きっと当たるから、あたしの勘って当たるんだよ」

 ウインクして、エルフィーナはそう予言してみせた。

「あ、あの…」

「んじゃあぁーねー!」

 唖然とする二十一を残して、エルフィーナは身軽そうに駆けていった。

「…試合…か、…どんな試合をしたんだろう?」

 その春風のような少女は、二十一に疑問だけを残していった。

 

 

「…勝者! ヤーハ・ナッター選手!!」

 

 二十一が闘場の中に入ったちょうどその時、シュリの勝者の宣言がなされた。

「…シィル、ヤーハ・ナッターって?」

 闘場から少し離れた所にいたシルフ達の一団を二十一は見つけると、そう聞いた。

「んー、弓使いの選手だけど…しっかし、名前聞いただけでわかる雑魚キャラよね」

 シルフがいかにもな感想を述べた。

「…でも、間に合ったみたいね」

「えっ?」

「…見たかったのは、この試合なんじゃない?」

 そう言って、シルフは十数メートルと離れていない闘場の上へと視線を向けた。ヤーハ選手を控え室におくったシュリが、ちょうど上がってくるところだった。

「それでは、Dブロック3回戦の第2試合…本決戦を賭けた最後の戦いです!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」

 

 シュリの言葉に、観客席から大きな声援が起こる。

「鬼のコーナーから登場は、魔導師フィティア・L・ファザート選手!」

 シュリの言葉と共に、漆黒のローブをまとった女性が現れた。

 『大陸最強の魔術師』たるシルフや、『リーザスの魔女』アスカのような二つ名こそないが、その堅実的な魔法の使い方は見る者にその実力の高さを知らしめていた。

 外見的印象としては、まとったローブとは対照的な抜けるような白い肌と白い髪、そして赤い瞳であった。

「続いて龍のコーナーより、セシル・カラー選手!」

 相変わらず目深くローブをかぶっており、カラーの特徴たるクリスタルも長い耳も見ることができなかった。

 彼女がカラーであることを確認しているのは、彼女の参加資格を認めた受付担当者だけである…にもかかわらず、彼女がカラーであるかどうかを疑う者はいなかった。

 強いて言うなら、雰囲気…それがカラーであることを証明していた。

「…互いに似たタイプの魔術師ね」

 シルフが感想を述べた。

「…たしかに、雰囲気とかも似てますね」

 椿が見た感じの印象…両者のミステリアスな感じを言葉に表した。

「どっちが勝つのかしら?」

 弥生が誰にと言うわけでもなく、そう聞いた。

「うーん、僕は剣士だから、ちょっと…」

 月心が姉の質問にそう答えた。

「二十一さんはどう思います?」

 弥生がそう聞いたのだったが…

 

「…………………」

 

「…二十一さん?」

「えっ!?」

 じっと闘場の上の両者に目をやっていた二十一が、今気づいたように聞き返した。

「…どうしましたか、二十一さん?」

 椿も心配そうにそう尋ねた。

「…いや、なんだかちょっとね…」

 二十一はそう言って、言葉を濁した。…いや実際には、今の自分の感じたことをうまく言葉で表現できなかったのだ。

「…カラー…か」

 シルフがボソッと口を開いた。

「…二十一じゃなくても気になるわね。どうしてこの大会に出場したのか?

 …目的がさっぱりわからないわ」

「…確かに、闘神になることが目的とは思えない」

 二十一の言葉に、一つうなずくと…

「……本人しかわからない…というところか」

 そんな会話をうち切ったのは…

 

「…それでは、はじめっ!!」

 

 …試合開始をつげる、シュリのかけ声であった。

 

 

 ……………

 ……

「…ところで、どっちが勝つと思います?」

 弥生が混ぜ返すように、再びそう聞いた。

「…そうね、ああいう似たタイプの魔術師同士の戦いは…」

 

「白色破壊光線!」

「黒色破壊光線!」

 

「…まずは持ってる最強魔法のぶつけ合いから…ってね」

 闘場で舞う、白と黒の光を見ながらシルフが確認するように言った。

 

 

「…まずは…」

「…互角…ですね」

 場外を含む闘場…その全てを見渡すことのできる観客席、さらにその上部に位置する貴賓席で、エグゼスとユクセルの声が響く。

「…魔術師として、お前はどう見る?」

 エグゼスが自らの懐刀にそう聞いた。

「…そうですね。

 今の一撃を見る限り、互いの魔力、詠唱速度はまさに互角、慎重そうな両者の性格から考えても…」

 

 

「…長引きそうね」

 シルフがポツリと言った。

「…どうしてそう思う?」

 そのつぶやきに、二十一が聞き返した。

「…元来、近接戦に自信のない魔術師というのは慎重さを美点としている。最大の武器が互角とわかった以上、うかつには仕掛けられないわ。相手がじれるのを…」

 

「おおっとおっ! この均衡状態を破ったのは、フィティア選手だあっ!」

 

 シルフの解説は、シュリの実況でかき消された。

「フィティア選手、セシル選手目指して一直線に突き進みます!」

「……これは?」

 唖然として戦況を見つめているシルフに、二十一が何の気なく聞いた。

「…こ、これは賭けね」

「賭け?」

「そう、相手の意表をつくことで呪文詠唱を遅らせて、至近距離での一撃を狙ってるのよ」

 

 

「…なるほど、攻撃は最大の防御…というやつだな」

 エグゼスが納得したように言った。

「…ですが、あまりにも分が悪い賭けと言えるでしょう」

 ユクセルが言葉を続けた。

「他のことをしながらの魔法では、魔力の集中が弱くなり、その威力に著しい低下をもたらします。

 …先に決められればいいのですが、同時に…いや、先に発動できても当たる前に迎撃されたなら、敗北は必至です」

 

 

 ……………

 ……

 …両者の距離があと2メートルあまりと言うところで、魔法が発動された。

 

「白色破壊光線!」

 

 至近距離…かわすのはもはや不可能な距離で発動されたのは、……セシルの魔法だった。

 

 

「…ありゃりゃ」

 仕掛けたはずのフィティアではなく、セシルの魔法が先に発動されたことにシルフはあきれた声をあげた。無論、そこには自分さえ驚いたフィティアの賭けに対して、冷静に対処したセシルの実力への賛嘆もあったのだが…

 

 

 …眼前にせまり来る破壊の光に対して、……フィティアは…

 

 ……………くちびるをつり上げて、ニヤリと笑った。そして………

 

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 …フィティアは、眼前の白色破壊光線を左手で受け流したのだった。おそらく左手に魔力を込めていたのだろうが、あまりに無茶な行為であった。その証拠に、彼女の左手は完全に炭化していた。

 だが、その無茶の代償は…

 

「黒色破壊光線!」

 

 息のかかるほどの超至近距離での、魔力の発動であった。

 

 

「す、すごい…」

 シルフはただ感心するばかりだった。左手を犠牲にしての、フィティアの攻撃と…

 

 …超至近距離で放たれた魔法を、紙一重でしゃがみ込んでかわしたセシルの防御に…

 

 

「…あれで仕留められないなんて、すごい反射神経ね」

 炭化した左手を気にするでもなく、フィティアは眼下のセシルにそう言った。

「…こちらこそ、驚いたわ」

 セシルもそう答えた。先ほどの攻防で、目深くかぶっていたローブが消し飛ばされ、カラーの特徴たる青いクリスタルと長い耳…そして……

 

 …長い銀髪が人目にさらされているのも気にせずに…

 

「…ほほう、銀髪のカラーか…これは珍しい素材じゃな」

 軽い驚嘆の声を、フィティアがあげた。…そしてそれと同時に、もう一つの驚嘆の声があがった。

 

「そうかっ!!」

 

「…ど、どうしたの、二十一?」

 突然声をあげた二十一に、シルフがおずおずと聞いた。

「この感じ…どこかで感じたと思っていたら…」

「…かんじって?」

 

「……シキだ……」

 

「し、シキって、あいつはあんたが倒したんじゃあ…」

 そんなシルフの声にかまわず…

「…シキを雇った…いや、あいつを作ったのはお前だな」

 視線を闘場の上の人物に向けたまま、尋ねると言うよりは、確認するといった口調で二十一がきいた。

 

「…ふ、ふふっ、くすくす…くくっ、くくく…くっくっくっく…」

 

 二十一の確認の問いに、彼女…いや、そいつは笑った。

「ほう、さすがは勇者様と言うべきかな。どうしてわかったのかな?」

 もはや隠そうともせずに、興味深げにそいつは聞いた。

「…生気…だよ。あんたからも全く生気が感じられない」

「驚くべき洞察力だな、自分の敵でもないのに気づくとは」

「…なぜ、僕を狙った?」

 女性に向けているとは思えないほどの鋭い視線をあびせながら、二十一はそう聞いた。

「…無論、君が欲しかったからだよ。大陸最強の魔王をも倒した、勇者山本二十一の素体がね」

 老獪な笑みを、可愛い顔にうかべてそいつは言った。

 

「儂の名は魔導師ラグナード…もっとも今は、フィティア・ラグナード・ファザートと名乗っているがね」

 

 

「…魔導師ラグナード…史上最狂の魔導師…

 …『最狂最悪の死霊使い(ネクロマンサー)』ラグナード…」

 

 

 シルフの苦々しい言葉に、大陸史上最狂最悪の魔導師は笑みを浮かべただけだった。

 

 

 

 

 


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