「…魔導師ラグナード…史上最狂の魔導師…

 …『最狂最悪の死霊使い(ネクロマンサー)』ラグナード…」

 

 シルフの苦々しい言葉に、大陸史上最狂最悪の魔導師は笑みを浮かべただけだった。

「さすがは『大陸最強の魔術師』シルフィナ・ヴァルス・ガンジー、物知りだな」

 

「おおっとおっ!! 驚愕の事実が今明らかにされました!

 

 フィティア選手は、『最狂最悪の死霊使い』ラグナードだそうです!!」

 シュリが二十一達との会話を耳ざとく拾うと、マイクを使って大きく宣伝した。

「それで、解説の切り裂き君さん!」

 シュリが隣に座る、切り裂き君に話をふった。

「おうっ、なんや」

 

「……魔導師ラグナードって、どんな人なんですか?」

 

 根本的なことを聞いたのだった。

「な、なんや、知らんくせに大騒ぎしとったんかい!」

「いや、その…有名そうかなと思ったので…」

 赤面しながら、シュリはボソボソと答えた。

「しゃあないな、わいも詳しくは知らんが…

 …『ラグナード迷宮』、あれをこしらえたんが魔導師ラグナードって話や」

 切り裂き君の解説にうなずきながら、シルフが言葉を続けた。

「そう、魔導師ラグナードの名を後世に残す物の一つがあの迷宮…そしてもう一つが…

 

 …禁断の魔導書『ノミコン』、あの作者が魔導師ラグナードよ」

 

「「「……!!」」」

 

 シルフの言葉が与えた衝撃は大きかった。禁断の魔導書の名は、魔術をかじったことのない人間でも知っていた。

「ほほう、本当に物知りだな。そちらの方には特に儂が書いたということは知られておらんのだがな。…あれをじっくり読んでくれたのでもないかぎりな」

 ニヤニヤとかわいらしい顔をゆがめて、ラグナードが言った。

「一応読ませてもらったわ、まさにあなたの人となりがよくわかる本だったわね」

「…よ、読んだって…」

 シルフの言葉に、弥生がのどをつまらせた。

「シィル、その本にはどんな内容が?」

 無知ゆえに、二十一はシルフにそう聞くことができた。

「内容自体は魔導師ラグナードの研究が書かれて…というか、本…というのもちょっと違うわね。あれに使用されている記憶媒体は紙ではなく人の脳…いえ、そうだったものよ」

「ふふ、いちいち書き留めるのも面倒だったのでな」

 シルフの言葉にうなずくように、ラグナードが口をはさんだ。

「確かに、そんな理由であんな外道な真似をするのはあなたくらいでしょうね。

 …人間に忘れることのできなくする呪いをかけ、本と同化させる…なんて真似はね」

「そうかな、これほど効率のいい記憶媒体はないと思うのだがな」

 心外だと言わんばかりのラグナードの言葉を黙殺し…

「…内容…だったわよね、そこに記されているのはラグナードの研究テーマ…

 

 …不老不死の探求…よ」

 

「不老不死…」

「そう、不老不死…それを探求するために、あの本の中でも延々と殺しているわ。

 色々な方法で、色々な人間を、モンスターを、魔物を、カラーを、悪魔を、天使を…少なくとも万単位は殺しているわね。…延々と、…延々と…」

 シルフは淡々と語った。何の感情も感じられないくらい淡々と…

 

 …何の感情も持たないように淡々と…

 

「ふふふ、それで儂の得た結論はどうかね?」

 興味深そうに、ラグナードが聞いた。

「…あなたの結論? …時のとどこおる…滞る…とど凍る場所へのしるべ。…ラグナード迷宮…

 

 …地獄へのしるべ…」

 

 パチパチパチ……

 

 シルフの言葉を、ラグナードは拍手をもって遮った。

「…すばらしい、本当に天才だな」

 理知的な瞳に、賛嘆と驚嘆の色を浮かべてラグナードが言った。

 

「…生きながら地獄に行き、流れる刻を凍らせた…」

 

「そう、その通りだよ。老いと死をもたらすのは時だ、ならばそれを止めればよい。刻の滞る場所…地獄…

 …地獄の沙汰も金次第…よくぞ言ったものだな。力を欲する鬼との契約により、鬼王すら知らぬ地獄の一室を得たのだよ。…すなわち、不老不死を」

「…生きながら地獄って…」

 椿がふるえる手で、口を押さえながらつぶやいた。

「…正気の沙汰ではない…そう思うかね、お嬢さん?

 だが、偉大なる真実はいつも狂気の向こうにこそ存在するのだよ」

 同意を求めるような視線を、シルフはあえて無視した。

「不老不死の次は、なにをお望み?」

「ふふ、どこまで行っても好奇心はつきないものだよ。

 いや、これを失ったなら生きているとは言えんな。…種としては生きていても、個としては死んでしまう」

 嬉々として語るラグナードに冷たい視線を浴びせながら…

「あなたのご高説を聞くつもりはないわ、二十一を狙ったのはなぜ?」

「興味あったのだよ、勇者の力に」

 ラグナードの答えは非常にシンプルだった。

「…意外と俗物的ね。力を求めてどうするの?」

「ふふ、不老不死になっても、そう大きく変わる物ではない。強さを追い求めるのは一緒だよ。いや、それ以上に純然たる興味が先だな。

 …魔王を倒すことのできる人間…それ自体に興味があったのだよ」

「…なるほどね。…言いたいことはわかったわ」

 シルフがそう答えた。

「ふふ、そうだろう。お前さんも…」

 同意が得られて、嬉々として続けるラグナードの言葉を遮り…

 

「でも…虫ずが走るわね」

 

「……ふっ、まあよかろう。それに、残念ながらこの体はそろそろガタが来たことは否めないな…」

 自らの炭化した左手を見ながら、淡々と言葉を紡ぐ。

「…まあ、代わりはすでに見つかったがね」

 そう言って、既に立ち上がっていたセシルに視線を戻した。その目は実験動物を見るようなそれであった。

 

「…ゲス」

 

 不快そうに、セシルがつぶやいた。

「くく、かまわんよ。君の意志など問題ではない。シキと違って、それ自体を必要としていないのでね。

 安心したまえ、君の死体は悪いようにはしない」

 その笑みは、まさに史上最狂の魔導師の面目躍如といったところであった。

 

「ひゃーはっはっはっはっ!!」

 

 可愛い顔に、狂ったような笑みを張りつけて、フィティア…ラグナードが再びセシルとの距離をつめる。

 

「白色破壊光線!」

 

「ひゃはははははははっ!!!」

 セシルの放った光線を、再び左手で受け流し…当然のごとく、それで左手は跡形もなく消し飛んでしまったが…たちまち二人の距離をゼロにした。

 

「……終わりだ…」

 

 セシルのお腹に右手を当てて…

 

「…黒色破壊光線!」

 

 …それ自身の欲望で染め上げたかのような、黒色の光線を放った。

 

「くひゃっ、ひゃーはっはっはっはっはっ!!

 

 

 …ひゃはあっ!?」

 

 

 それがなんであるのか?

 

 …貴賓席で見ているエグゼスもユクセルも、観客も、場外から見ている二十一達も、そして…眼前のラグナードもわからなかった。

 

 そのすっと差し出された、その白い…手のような物が…

 

 

「……白色破壊光線…」

 

 

 …静かに響いたその声も、どこか現実ばなれしていた。しかし、次の瞬間にはそれが現実だと誰もが認めざるを得なかった…

 

「…がっ、ばかな…なんで、どうして…」

 

 ラグナードは穴の空いたお腹を、右手で押さえながらそう言葉にするしかなかった。

 その眼前に立つのは、どこも変わった様子のない、セシル・カラーであった。

「くっ、そうか、そういうことか。…だが、これで終わったわけではない。

 …勇者よ、いずれまたな…

 …ひゃはっ、ひゃーはっはっはっはっはっは…あ、ああ、あ…

 

 …あ、ありがと…う……」

 

 それが、フィティアと言う少女の、最後の言葉だった。

 

 ……………

 ……

 …

 

「……あっ、しょ、勝者! セシル・カラー選手!!」

 

 ようやく、シュリが勝者の宣言をおこなった。それは、フィティアという名の少女を形作っていた物が、全て風に巻かれて消え去った後だった。

 

「うぅーわああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 つづいて、全てをかき消すように、観客の声援が大きく響いたのであった。

 

 

「………………」

「…ま、まあ、よかったですよね。セシルさんが勝って」

 月心がふりしぼるようにそう言った。

「………………」

「……二十一さん、シルフさん?」

 一言も発さない二人に、椿が怪訝そうに声をかけた。

「…のんきなものね。…このことがなにを示しているかも気にしないで」

 シルフがようやくのことで、そう口を開いた。

「…えっ?」

 

「…つまり、彼女は…」

 

 

「異議あり!!」

 

 

 シルフの言葉は、貴賓席からのその声にかき消された。

 

「闘神大会に、『魔人』の参加は認めていない!!」

 

 ユクセルがマイクから大声でそう叫んだ。

 

 

 

「……つまり、そういうことよ」

 

 

 

 

 


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