森の中…
くらいくらい森の中…
「りすさん、りすさん!」
歌うように、女の子の声が聞こえてくる。
その女の子は、ちょろちょろと走るリスを追いかけてきたようだ。
「りすさん、りすさん!」
周りの景色が見たことのなくなっていることも気づかず、女の子はリスを追いかけていた。
リスの方も女の子から逃げるのが目的でなく、この鬼ごっこを楽しむように、少し行っては振り返って女の子の様子をうかがっていた。
「りすさん、りすさん!」
嬉しそうにリスを追いかけていると、やがて開けた場所へと出てきた。
「うわあっ!」
女の子は新しい遊び場を発見して、嬉しそうに声を弾ませた。
「チッ、チチチッ…」
その声に呼ばれるように、女の子は振り向く。
「あっ、りすさんに……おんなのひと…」
女の子の目に、リスを肩にのせて微笑む女性の姿がうつった。
「…きれいなひと、…それに…きれいなかみ…」
女の子の言うように、その女性の銀色の髪は、太陽の光をうけて七色に輝いていた。
「…っ! …女の子?」
女性が、自分を見つめている女の子に気づく。同時に、肩のリスが駆け下りる。
「あっ、りすさん、りすさん!」
それで思い出したように、女の子はリスを追いかけてくる。
「えへへー、りすさん!」
女の子は女性の前でリスを捕まえると、嬉しそうにほっぺたをこすりつけた。
「…あなたのリス?」
「ううん、ともだちだよ!」
女性の問いかけに、女の子はそう言って答えた。
「そう、友達を追いかけてきたんだね。…でも、こっちの方に来ちゃ行けないって言われなかった?」
女性は優しくそう問いかけた。
「ううん、いわれないよ。…ダメなの?」
女の子は逆に、そう聞き返した。
「…そうね、私の髪を見たでしょう」
「うん、すっごくきれいなかみだね!」
女の子が嬉しそうに答えた。
「…ふふ、きれい…か。……もう私のことを覚えている人もいない…そういうことか」
女性は自嘲するようにつぶやいた。
「…ここはね、悪魔の森と呼ばれているの。だからもうここには来ない方がいいわよ、悪魔に呪われちゃうから」
「ほへ?」
女の子はわからない…という顔をした。
「私の父親は悪魔なの。…この銀髪はその証拠。…だから私には関わらない方がいいの、わかった?」
女性は優しく諭すように、そう女の子に言った。
「ぷぅー、リセットのパパのほうがすごいもん! リセットのパパはまおうなんだよ!
えっへん!!」
女の子はそう言って胸を張った。…父親を自慢されたと思ったようだ。
「…ぷっ、…くす、くすくす……」
そんな女の子の様子があまりに可愛らしくて、女性はおもわず笑ってしまった。
「えへ、えへへへへへ……」
女の子も可愛らしい…天使のような笑みを浮かべた。
「ねえ、おねえさんはなんていうおなまえなの? リセットのなまえもおしえるからおしえて」
女の子が笑顔でそう聞いてきた。自分の名前をすでに教えてしまっているなんて、夢にも思っていないだろう。
「ふふふ、私の名前はセシル…セシル・カラーよ、リセットちゃん」
女の子の頭を撫でながら、女性はそう言った。
「うわっ! どうしてリセットのなまえしってるの!? すごいっ!!」
女の子は満面にすごいっ…と表現しながら、驚いていた。
「ふふ、…ふふふ、くすくす…」
そんな様子がまた可愛らしく、笑みがどんどんとこぼれる。
「これでリセットとおねえさんはともだちだね!」
「えっ!?」
女の子のその言葉に、女性は思わずそう声をあげていた。
「なまえをしりあったんだもん、もうともだちだよ!」
笑顔でそう断言する女の子を…
「…おねえさん?」
…自分の胸に抱きしめていた。
「…ありがとう…」
「おねえさん、ないてるの?」
「……うん…」
「どこかいたいの?」
「……ううん…」
「でもないてるよ」
「…うん、うれしいから…ありがとう、リセットちゃん」
「えへへー!」
…大事な、大事な思い出…私の人生が輝きはじめた瞬間の、大切な思い出…
「闘神大会に、『魔人』の参加は認めていない!!」
ユクセルの声が闘技場全体に響いた。そして、その結果もたらされるものは…
「ま、魔人…だって」
「な、なんで…」
「なにが目的で…」
ザワザワと騒がしくなるが、依然なんとか平静状態を保っていた。しかし、それも何かが起これば破裂する、張りつめた風船のような平静状態だった。
「…それで?」
一瞬、なにを言ったのかがわからなかった。…セシルは興味なさそうに、ただそう答えていた。
「そ、それで…とは?」
集音マイクから拾ったその言葉に、ユクセルの方が声を失ってしまっていた。
「それで、どうするのかを聞いているのよ。私の参加資格を奪って、捕らえでもするのかしら?
第一、魔人が出場できないのは、先代魔王ランス様が開いていた闘神大会でしょう?
今回のは違うのではなくて?」
セシルが淡々とそう聞いた。
確かにセシルの言うとおり、今回の参加規約にそういう記述は書かれていなかった。しかし、それはあくまで言うまでもないとして省かれたものである。
しかし、今回明らかにされたものはそんなものではない。…仮に参加規約に魔人禁止を書いていたとして、魔王ならぬ闘神にその抑止力がないと言うことだ。
「…私の参加資格を奪うのなら、好きにすればいいわ」
ユクセルとのマイク越しの会話をそこで打ち切り…
「私も、好きにさせてもらうから」
そう言って、二十一に視線をやった。
「…どうして、私がこんな大会に出たかわかるかしら?」
ゆっくりと二十一の方に近づきながら、セシルが聞いた。
「…………」
二十一は言葉もなく、ただ見つめることしかできなかった。
「…復讐…よ。…大事なものを奪った奴に対する、ね」
内容に対して、声の調子はむしろ優しげだった。しかし、その分そこにある感情の深さがうかがい知れた。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! 現魔王の…ホーネットの意向は無視ってわけ?」
二十一を庇うように間に立つと、シルフはそう聞いた。
「…べつに人間達をどうこうするつもりはないわ。…ただ、復讐をするだけ」
淡々とセシルは答えた。
「なっ!?」
絶句するシルフを見つめて…
「…そうね、あなたにも…先に大事なものをうばわれる気持ちを味あわせてあげましょうか」
「なにっ!?」
「まっ、まてっ!」
二十一とシルフの前に、月心が守るように立ちはだかった。
「お退きなさい。他の人間と事をかまえる気はないわ。…ただし、邪魔者は別よ」
セシルが静かに、しかし力強く言った。
「退けっ! 月心」
「しかし…」
「どかないつもり? それなら…」
「待つがいい!」
セシルを止めたのは、貴賓席からの声だった。
「…大会規定により、参加者同士の私闘は禁止している。両者離れろ」
エグゼスは、静かにそう言った。
「…そういうこと。わかったわ」
セシルは納得したように、その場を離れた。
「…また、試合でね」
二十一とシルフに対し、にこやかにそう言った。
……………
……
「…はっきり言って、まずい状況ね」
シルフが食堂に集まった全員を見渡しながら、そう言った。
「まず、切り札がない。聖刀日光も魔剣カオスも現在行方不明。…ゼスの忍者を総動員して探させるつもりだけど…」
「…日にちがあまりありませんね」
椿がつぶやくように言った。
「そうなのよね、明日の抽選次第なんだけど…早ければ四日後の準々決勝、遅くても十日後の決勝戦…かなり日程的にきびしいわね」
「…ですけど、決勝戦で二十一さんと彼女が当たれたとして、シルフさんはどうするんですか?」
弥生がなにげなく疑問を口にした。
「あうー、理想は早めに日光さん達が見つかって、準決勝までに二十一が倒してくれるのがいいんだけどね。
…まあこればっかりは、明日の抽選の結果まかせね」
シルフもお手上げと言うように手をあげた。
「…とにもかくにも、明日の抽選…というわけだ」
二十一がそう言って、話を締めくくった。
「こんばんわー、シュリです!」
「おいっす、切り裂き君や!」
「「闘神ダイジェスト!」」
「うーむ、えらい久しぶりって感じやな」
「実際には毎日やってましたよ」
「はてさて、まずは今日の試合を振り返るで」
「はいはい、Dブロック3回戦の2試合が行われました」
「本決戦を決める最後の試合やったな」
「ええ、第1試合はヤーハ・ナッター選手が弓矢攻撃で勝利しました」
「ヤーハ・ナッターが矢放って勝ったんやな」
「ああっ、そんなこというと名前の由来がわかっちゃうじゃないですか!」
「あのな、わからんわけないやろ」
「続いて、第2試合ですけど…」
「おおっ、色々あったな」
「はい、フィティア・L・ファザート選手が、実はラグナード迷宮を作った魔導師ラグナードだったということから、最後はセシル・カラー選手が魔人だったという驚愕の事実までありました」
「これでとりあえず8人がそろったわけやけど、荒れるなはっきり言って」
「そうですね、トトカルチョの方もかなりゴタゴタしているそうです」
「ほー、一番人気がかわったんか?」
「えーと、情報に寄りますと…セシル・カラー選手が一番人気になったそうです」
「ふーん、魔人が参加したっちゅうのに、のんきやなあ」
「あ、ではでは…」
「「闘神ダイジェストでしたー!」」
……………
……
…
「…それでは、本決戦の抽選会を行いまーす!!」
「「「わああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」」」
シュリの言葉に、観客が大声援で答えた。
「今日の抽選で、決勝までの組み合わせが決まります。
それでは、名前を呼んだ順に抽選箱からボールを引いていって下さい」
シュリが闘場舞台上に設置された抽選箱と、トーナメント表のはられた非常に大きな掲示板を指し示しながら、説明をした。
「まずは、Aブロックの代表者から参ります!」
「「「わあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」」」
大歓声に包まれて、Aブロックの代表者が闘場場外に姿を現す。
「Aブロック1組目、『伝説の勇者』山本二十一選手です!!」
名前を呼ばれた二十一が、闘場に上がり抽選箱からボールを引いた。
「まずは山本二十一選手! 1番です!」
「「「おおぉぉぉーーーーーーーー!!!!」」」
1番のところに二十一の名前がかけられ、観客からすこしのどよめきが起こった。
「続いてAブロック2組目、『大陸最強の魔術師』シルフィナ・ヴァルス・ガンジー選手です!!」
シルフが観客に手を振りながら、抽選箱からボールを取り出す。
「ふふっ、ラッキー7よ」
シュリにボールに書かれている数字を見せながらそう宣言した。
「シルフ選手! 7番です!」
同じように、7番のところにシルフの名前がかけられる。
「続きまして、Bブロック1組目、『重戦車』ビルダー・ガロア選手です!!」
重戦車にふさわしい体躯のビルダーが、ボールを取り上げる。
「ビルダー選手! 5番です!」
「Bブロック2組目、『幻想舞踏家』エルフィーナ選手です!!」
エルフィーナが軽やかに舞台の上へと駆け上がる。そしてボールを引く前に、ちらりと二十一の方へと視線を送るとにっこりと笑った。
「エルフィーナ選手! 2番です!」
二十一の名前の横に、エルフィーナの名前がかけられた。
「彼女が僕の…」
そうつぶやく二十一に…
「くすくす、言ったっしょ、必ず当たるからってね」
エルフィーナが微笑みを浮かべて言った。
…そんなこんなで…
「Cブロック1組目、『リーザスの魔女』アスカ・カドミュウム選手! 4番です!」
「Cブロック2組目、『槍使い』ダンシング・スピアー選手! 6番です!」
「Dブロック1組目、『弓使い』ヤーハ・ナッター選手! 3番です!」
…後に残すのは…
「…ゴクリ、…えー、最後はDブロック2組目、…『魔人』セシル・カラー選手です!!」
緊張しながら、シュリがそのコールを行った。
「「「ザワ…ザワザワ……ザワザワザワザワザワ………」」」
おおきなざわめきの中、静かに…そして悠然とセシルが闘場へとあらわれた。
「えーと、…あれっ?」
シルフが指を折りながら、何かを必至で考えている。
「どうした、シィル?」
二十一がそんなシルフに声をかける。
「いやー、あはは。…あとさ、あと残ってるのって…」
「セシル選手! 8番です!!」
そんなシルフの言葉をかき消すように、シュリの声が大きく響いた。
「…というと…」
二十一がおそるおそる、シルフに声をかける。
「…うん。……つまりは、そういうこと……
あははー、あーんラッキーせぶん…」
うなずくシルフと、二十一の視線の先…トーナメント表には…
『シルフィナ・ヴァルス・ガンジー』の名前の横に、『セシル・カラー』の名がかけられた。
そして、その前で、セシルが悠然と微笑んだ。