「せぇー、しぃー、るぅー」

 聞き慣れてきた可愛らしい呼び声に、女性はわずかに顔をほころばせて振り返る。

「リセットちゃん」

「えへへー」

 リセットと呼ばれた女の子が満面の笑顔を浮かべる。その笑顔はいつにも増して輝いて見えた。

「くすくす、今日はどうしたのかな?」

「うん、あのねー…」

 リセットが言葉を続ける前に、その後ろから何者かが現れた。

 

「…ほう、ほんとに銀色の髪をしてるんだな…」

 

「だ、誰っ!?」

 ニコニコと微笑んでいるリセットに違和感を覚えつつも、セシルは男にそう問うた。

「おうっ、俺様か…」

「リセットのパパだよ」

 男が言い終わる前に、リセットが嬉しそうに答えた。

「…リセットちゃんのお父様…」

 

 …それが、魔王…ランス様との出会いだった。

 

 

 

 ………………

 ……

「…あっ、シィル!」

 通りの向こうを歩いているシルフを見つけて、二十一が呼びかけた。

「んっ、二十一達じゃん。どうかした?」

 ケロッという擬音が似合いそうな、気楽な感じでシルフが答えた。

「…あ、あの…忍者さんからの連絡とかは、ありましたか?」

 椿がおずおずと聞いた。

「んー、ダメダメ、全然ないや。…ま、しょうがないんだけどね」

 そう答えると、あはは…と笑った。

「…な、なんだかずいぶんお気楽な感じだけど、大丈夫なのか?」

 二十一が心配げに聞き返した。

「…セシル・カラー戦ね。……まあ、相手が魔人だけに倒すのは無理かな…」

「…それでしたら棄権した方が、敗者のパートナーに対するペナルティ規定で殺傷は禁止されてますから」

 椿が心配げにそう忠告した。

 椿自身この前のセシルの印象から、シルフが殺されかねないのではという感じを受けていた。

「…心配ご無用。倒すのは無理でも、勝つ方法ならちゃーんとあるから」

 自信ありげにそう答えると、シルフはピースした。

 

 

 

 ………

 …

「…他の連中とは、いっしょに暮らさないのか?」

 唐突に、そう聞いてきた。

「……わたしは…」

 その質問に、不安げに視線をおとすだけだった。

「他人の目が気になるか」

 それは質問と言うよりは、確認であった。

「………」

「…俺様は俺様のやりたいようにやり、したいようにしている」

 ランスはただ、そう言った。

「……それは、あなたが魔王だから…」

 セシルがわずかに反論を口にする。

「…そんなことは関係ない。俺様は俺様だ!

 …誰にも文句は言わせないし、誰にも俺様は止められん!」

 自信満々に、ランスはそう宣言した。

「パパー! 見て見て!」

 リセットが花で作った冠を持って駆け寄ってきた。

「おっ、うまくできたじゃないか」

 ランスはそう言うとリセットの頭を撫でる。

 セシルには、そのすごく優しい表情が強く印象に残った。…その裏に見え隠れする、強い悲しみと共に…

 

「…そう、もう誰にも止められないんだ…」

 

 ポツリともらした、その言葉も…

 

 

 …今も忘れることはできない…

 

 

 

 ……………

 ……

「ぅ…んーーーーー!! いい天気ね」

 前を歩くシルフが、脳天気にそう言った。

「…シィル、この前からそんな調子だけど、本当に大丈夫なのか?」

 二十一が心配げに聞いた。

「まあねえ、我に秘策あり、よ」

 シィルは得意げに答えた。

「うう、お師匠様、僕らは観客席から応援してますので」

「二人とも頑張って下さいね」

「うん、月心も弥生さんも応援よろしく」

 瑞原姉弟に、二十一がそう答えた。

「…私も見ることはできませんが、応援してますから」

「うん、ありがとう椿ちゃん」

 椿は二十一に対してはにかんだ笑みを浮かべた後、シルフに向き直って…

「シルフさんも、本当にあぶないと感じたらすぐに棄権して下さい」

「…まあ、やばいと思ったらね」

 シルフも不承不承うなずいた。

 

 いよいよ、本決戦一回戦…準々決勝が行われるのだった。

 

 

 

「レディース、アンド、ジェントルメン!

 いよいよ、闘神大会も佳境に入りました!!」

 

「「「うううううううおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!!」」」

 

 シュリのアナウンスに、会場全体がうねるように雄叫びを上げた。

 そんな大喧噪の観客席で…

「うっわー、姉上、これはちょっと座れないかも知れないですよ」

「ほんとに、すごい人出ね」

 出遅れてしまった瑞原姉弟は、どこか座れるところがないかを探していた。

「うーん、これは立ち見しかないかなあ……んっ!」

 諦めかけていた月心の着物の裾を、誰かが引っ張った。

「お兄ちゃんたち、二十一お兄ちゃんのともだちだよね」

 キラキラとしたまなざしでそう言ったのは、ターバンをつけた少年だった。

「え、えーとまあそうだけど、君は?」

 月心は少年にそう聞いた。

「ぼくはラッシュっていうんだ。すわるところがないんでしょ? ぼくたちのせき、まだあいてるよ」

「そう? だったらお言葉に甘えようかな」

「よろしくね、ラッシュ君」

 そんな二人の言葉に、ラッシュと名乗った少年はうれしそうにうなずいたのだった。

 

 

「それでは、本決戦初戦…準々決勝、第一試合を行います!!」

 

「「「うううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!」」」

 

「龍のコーナーより、『勇者』山本二十一選手です!!」

 シュリの言葉と共に、二十一が闘場へと上がる。

「つづいて鬼のコーナーより、『幻想舞踏家』エルフィーナ選手!!」

 その言葉と共に、エルフィーナが観客に手を振りながら上がってくると…

「くすくす、二十一ちゃん、はろはろ!」

 にこにこしながら、二十一に手を振ってきた。それに伴って、チリンチリンと手首につけている鈴が鳴った。

 これには二十一も苦笑するしかなかった。

 

「…それでは、はじめっ!!」

 

 ………………………

 ……………

 ……

「え、えぇーと…」

 にこにこ笑顔のエルフィーナと、困った表情の二十一、…さらに輪をかけて困っているのは実況のシュリであった。

「あのー、…試合…してください…」

 泣きそうになりながら、シュリはそう言うしかなかった。

 そんなシュリにおかまいなく、エルフィーナは相変わらずにこにこしながら…

「くすくす、やっぱり二十一ちゃんやさしー! 女の子には手を上げらんないのかな?」

 そんなエルフィーナの感想に対しても、二十一は苦笑するしかなかった。

「ところでー、二十一ちゃんはどーしてこの大会に出たの? やっぱり男の子だからハーレム作りたいのかなー?」

 試合中ということを全く感じさせない、お気楽な調子でエルフィーナが聞いてきた。

「え、えーと…それは…」

 面食らいつつも、二十一が律儀に答えようとしたところ…

「ああっ、やっぱいいや。だってさ…

 …うーん、これは勝たせてあげねば…なーんて内容だったら困るもんねー、あははー!」

「あっ、そう…」

「それよりホラホラ、かーいいでしょ、この衣装。舞台用なんだー、いわゆる勝負服ってやつー?」

 コロリと話を変えると、エルフィーナは自分の服をヒラヒラさせて見せびらかした。

 目を引きつける紅色のつなぎに、さわやかな翠の帯、虹色にきらめくケープを肩からなびかせ、右でまとめている髪も同色のりぼんでまとめていた。

 両手首につけた銀色の鈴と共に、それらは彼女のはつらつとした美しさを際だたせており、見る者にこの場が戦場ではなく舞台であるかのように錯覚させた。

「ああ、ところでエルフィーナさんはどうしてこの大会に?」

 なんだか調子が狂わされ、二十一はついそんなことを聞いた。

「うん、私? 私はねー…

 

 …ズバリ! お金目当て!!」

 

 ニッコリ微笑んでそう答えた。

「…ああ、そうなんだー…」

 本当に、二十一は苦笑するしかなかった。

「ふふん勘違いしてるわね、賞金なんてケチな物じゃないわよ」

「えっ、賞金じゃないの?」

「…あうー…試合…」

 涙を流しながら言った、そんなシュリの発言は無視されてしまっていた。

「だって1試合勝ってもらえるのは1000G、本決戦以降でも3000G、優勝賞金ですら、たったの20000Gよ。ぜーんぜんしけてるじゃん」

「そ、そーかな?」

 父親に似ずに倹約家である二十一にとっては、大金だと思えたし、実際そうであったのだが。

「ちっちっち、甘いわよん二十一ちゃん、たった一度の人生ドカンと行かなきゃあ」

「だけど、賞金以外に何か出たかな?」

 二十一がその質問をすると、待ってましたとばかりに…

「ふふん、ギャンブルに決まってるじゃない! トトカルチョよ!!

 まあ出場選手は、不正防止のために例外をのぞいて賭けることはできないんだけど」

「…うぐぅ、しあいぃー…」

「…例外?」

「つまり、自分に賭けること。これは意気込みとしてオッケーになってるのよ。

 いっちゃん最初の私の倍率って、1500倍もあったのよ、1500倍よ、万馬券以上っしょ、星マークよ」

「…ふーん」

「そんでー、全財産の2000G賭けたわけ。…つまり、優勝したら300万ゴールドよ、すごいっしょ!」

 かなり興奮気味に、エルフィーナはまくし立てた。

「…たしかにすごいけど…」

「…フフフ、そうね、あくまで優勝したらってこと、できなきゃあ丸損ね…」

 

 シャーーン…

 

「…でも、とーぜん優勝する自信があるわ…」

 

 シャシャアーーーン…

 

「…多分準決勝で当たるだろうアスカ選手にも、たとえ相手が魔人であってでも…」

 

 シャン、シャシャーーン…

 

 エルフィーナの動きにあわせて、手首につけている鈴が澄んだ音を響かせる。

 

「…そして、…とーぜん、あなた…にもね…」

 

 シャアアァァーーーーーン!!

 

「えっ!?」

 

 シャン…シャンシャン…シャシャーーン…シャン、シャシャアァーーン…

 

 ゆっくりと、エルフィーナが舞を舞い始める。鈴の音をBGMに、虹色にきらめく紅い蝶が舞うように、二十一を中心に円を描くように…

 …しなやかに、のびやかに、たからかに、しずかに、ゆるやかに、時にはげしく、時にしっとりと…まさに見事としか言いようのない、すばらしい舞であった。

「こ、これは…」

 二十一としては、攻め手以前に手の出しようがなかった、…いや、完全に魅了されてしまっていた。

 …エルフィーナの足運び、きらめく汗、目を引く衣装、耳に染み入ってくる鈴の音、風に運ばれてくる香水の香り…それらの全てが二十一の内部に吸い込まれるように、染み込んでいく…

 

 ……………

 ……

 …

 

 …シャン!!!

 

「…はい、おしまい」

「…えっ!!」

 はっとするように、二十一の意識が引き戻された。

「くすくす、どうだったかしら?」

「…うん、すごくよかった…ほんとうに幻想的だった…」

 二十一が素直に賞賛した。

「ふふふ、ありがと。くすくす…

 …でもね、あれはただの舞じゃあないんだ。…儀式とでも言うのかな、私のとっておきの魔法を出すための…ね…」

「…魔法…」

「…そう、…召還魔法って知ってる? あるものを召還するために必要な儀式なの…」

「…召還…」

「…くすくす、そう、召還するの…」

 エルフィーナがくすくすと微笑みながら、隣に立つ男性にしなだれかかる。

「えっ、…男…?」

 その男の顔には見覚えがあった、どこかで会ったような、それでいていつも見るような…

「…魔王…魔王ランス…父上に似てる…」

 …いや、それ以上に、他の何者よりも似ている誰かを知っているはずだ…

「…まさか、…僕に…?」

 黒髪、黒目、刀をさした着物装束、どれをとっても二十一にうり二つであった。

「ふふふ、あなたの名前…なんて言うのかしら?」

 男のほほを手でなぞりながら、エルフィーナが艶やかに問いかけた。

「…名前、…俺様の名前か?

 

 ……無敵。…山本、無敵だ」

 

 そう答えると、ニヤリと笑った。

「なっ!?」

 二十一はその名を聞いてギクリとする。…それは、母親に聞いたことのある…自らにつけられたかも知れなかった名前であった。

「くすくす、ですってえ」

 にっこりと笑顔を浮かべて、エルフィーナが言った。

「…私の召還するのは、対戦相手のドッペルゲンガー…

 

 …ふふふ、…私の自信、理解してもらえたかな?」

 

 エルフィーナは笑みをくずさずそう告げた…

 

 

 …勝利を確信した笑みを…

 

 

 

 

 


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