「…こ、こんな……」

 二十一は驚くしかなかった。

 そこにいるのは、まぎれもない自分自身なのだから…

「ふふっ、のんびり驚いてる暇なんて、あるのかなー?」

 エルフィーナのそんな声が聞こえたと思った瞬間…

 

 ガシィッ!!!!

 

「ぐっ!!」

 自分の首を目指して放たれた刃を、二十一は寸前のところで自身の刀で受け止める。

 

 ギリギリギリギリ…………

 

 相手の刃は、二十一の刀ごと首を刈り落とそうとするように、さらなる力を入れてくる。

「………ふっ!」

「くっ!!」

 その瞬間、向こうからの力が消え、二十一は下からの閃光を紙一重で後退してかわした。

「くっくっく…」

 刀のみねで自分の首をトントンと叩きながら、二十一と同じ顔を持つ男…山本無敵がニヤリと笑った。

「あれをかわすとは、さすがは俺様自身だな…

 …と言いたいところだが、はっきり言って、もう勝負あったな」

「どういう、ことだ…」

 とまどいを隠せないまま、二十一は無敵に聞いた。

「ふんっ、教えてもらわねえとわかんねえか?」

 無敵は、侮蔑のこもったような目で二十一を射抜く。

 

「…覚悟…だ…」

 

 ガガガガガッ! ギィンッ! カッ…ガシッ! ギシィ…ギリリリリリリィ…ガッガガガガガガガガガガガガガガガガァァーーーーーーーーーーーン!!!!

 

 瞬時の撃ち合い…純粋な速さを極めた者のみ同士にしか、成し遂げることのできないものであった。

 しかし、それをなした両者には純然たる違いがあった。

 

 …圧倒的な攻勢と、圧倒的な守勢…それが両者を完全に分かつ違いであった。

 

「…これが、覚悟の違いだ」

 圧倒的攻勢の立場にあった男…無敵がそう言った。

「……はあ、はあ…」

 圧倒的守勢の立場にならざるをえなかった男…二十一にはそれに答えられない。

「…まあ、気持ちはわかるがな。いきなり自分自身が現れて、わけがわからんというのが正直なところだろう。それに対して…」

 

 …ヒュオン!!!

 

「うぐぅっ!!」

 瞬間に放たれた、心臓めがけての無敵の突きが、かわし損ねた二十一の脇を切り裂く。

「…このように、俺様には呼び出された瞬間から覚悟ができてる…」

 無敵はニヤリと…誰かを思い出させずにはいられない…笑いを浮かべた。

 

「…お前を殺す…覚悟がな」

 

 ヒュッザシュ! ガガガガガガッ!! ガシィギシッ! ガッガガガッ!! ガシュ!! シュ! ガガガガッ! ガガッガガガガッガシュ!

 

「はぁーーーーはっはっはっはっは!!!」

「………くうっっ!」

 致命傷こそ避けているものの、二十一は無敵の刃に徐々に切り刻まれていく。

 そんな二十一の様子を見ながら…

 

(……はてさて、これは予想以上の烈しさだけど、さすがに何人かには気づかれたかな?)

 

 少女は観戦者さながらに二十一の様子を見ながら、そんな思いを考えていた。

 

 

 

 ………………

 ………

「……二十一さん、何をしてるんでしょうか?」

 弥生は、思わずそうつぶやいていた。

 弥生の目には、二十一が戦闘そっちのけで踊っているようにしか見えなかった。…そう、つまり周囲のものには、二十一が戦っている相手…無敵の姿は見えていないのだ。

 

 そしてそれこそが、エルフィーナの『幻想舞踏家』たる由来であった。

 

 …だが、二十一にしか見えないはずの無敵の姿を、見ている者もまた確かに存在していた。

「……戦っているんです…」

 そのうちの一人たる瑞原月心が、弥生の問いに答えるように言った。

「た、戦ってるって? …だ、だれと?」

 目を凝らして、闘場を見ながら弥生が問い返す。無論、そこには山本二十一とエルフィーナしか存在していない。それにも関わらず…

「…つよい、…非常に強い相手とです。……少なくとも、僕よりもずっと強い…」

 月心は背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、ただそう答えた。

「……げ、月心よりも……強い相手…」

 弥生も、その答えに言葉を詰まらせた。

「……おそらく…相手は二十一さん自身ではないのか…いや、そうとしか考えられないです…」

 そんな二人の会話を聞くとはなしに…

 

「……ふ〜ん、そういう方法もあるのか…」

 

 …感心するように、そうつぶやいた。

 

 

 

「…これは、予想外の展開ですね」

 全てを見下ろせる貴賓席、そこでユクセルが問いかけるように言った。

「………………」

 下で行われている戦闘を見下ろしながら、エグゼスは何も答えない。

 エグゼスにも二十一の相手…山本無敵の姿が、うっすらとだが見えていた。無論それは実際に見えるわけではない、二十一のムダのない動きから、相手の姿が推測できたからである。

「……しかし、『山本二十一 対 山本二十一』ですか、見応えと言う点ではこれ以上は望みようのないカードかも知れませんが、計画には大きな影響が出てしまう可能性が高いですよ」

 無言のエグゼスに、なおも問いかける…いや、確認するようにユクセルが言った。

 しかし、言ってることとは逆に、ユクセルには二十一の相手は見えていない、ただ二十一が踊っているとしか見えない。そのためもあって、戦闘に見入っていると思われたエグゼスに警告したのだろう。

「……どうしろというんだ? 我々の立場からは、もはや介入しようがないのではないか?」

 エグゼスは視線をピクリとも動かさず…闘場を見下ろしたまま、そう答えた。

「…それはそうですが…」

 ユクセルも、そう答えるしかなかった。

「ただ…」

「…なにか?」

 

「…俺の3倍……と言ったところかな?」

 

 ニヤリと笑って、エグゼスはそうつぶやいていた。

 

 

 

「…な、なにやってるのよ、二十一のやつ」

 イライラを隠せない様子で、シルフは十数メートル先で繰り広げられている戦闘…いや、二十一の舞踏を見ていた。

「…む〜〜〜、月心君でもいたら、聞けるのに……」

 解説者席に座っている、名ばかりの解説者である…鼻くそをほじっている切り裂き君を睨み付けながら、シルフはそうつぶやくしかなかった。

「……おうい、姉ちゃんよ」

 そんなシルフに、誰からか声がかかってきた。

「ん? えーと、たしか…」

 のっそりのそりと近づいてきた筋骨隆々の大男に、シルフが気付く。

「…ビルダーだ。ビルダー・ガロア」

「そうそう、…それで、私になんか用なの?」

 そのシルフの問いに対して、ビルダーはまゆをひそめると…

「……いや、正直やべえぜ、山本二十一がよ…」

 …シルフにだけ聞こえるくらいの、小声でそう告げた。

「…や、やばいって? 二十一が? どうして!?」

 その言葉に対するシルフの言葉は、ビルダーだけに聞こえるなんていう小声ではなかった。

「…俺はあの嬢ちゃんと同じBブロックだったんだが、全部こんな展開だった。

 まあ最初は相手の攻撃を、あの嬢ちゃんがヒラヒラかわすって感じなんだが…次第に…な」

「…次第に?」

「…相手が踊りだして、しばらくしたら『ハイ、降参!』てなもんよ」

 お手上げ…と言うように、ビルダーは両手をあげてそう言った。

「…つまり、今のように、二十一が踊ってるというのはまずい訳ね…」

 そのシルフの言葉に…

「…まあ、今までは俺も踊っていると思ってたんだがね…今回ので、そうじゃないということがわかったぜ」

「そうじゃない?」

「ああ、さすがは山本二十一と言ったところか、実にムダのない動きだ。ぼんやりとだが戦っている相手が見えてくるようだぜ」

 闘場の方を見ながら…いや、近づいてくる最中もずっと視線は闘場をから離れることはなかったのだが…ビルダーはそう言った。

「…た、戦っているって? 今も?」

「…おそらく、相手は自分自身じゃないのか? …いや、山本二十一にあれほど攻め込めるやつが他にいるとは考えたくないだけなんだがな…」

 おどけるように…これには失敗してるのだが、ビルダーはそう言った。

 

「…つまり、…幻術?」

 

 

 …シルフとビルダーの会話は、エルフィーナにも聞こえていた。

 彼らの会話の声が、特に大きかったというわけではない。彼女の耳が特別製なのである。…いや、もっと言えば、彼女の五感全てが尋常ではない性能をしていた。

(まあ、幻術と言われれば間違いじゃあないけどね…

 …ただし、私のそれは視覚だけじゃあない、聴覚も、触覚も、嗅覚でさえ、既に支配下に置いているもの…)

 そこでエルフィーナは指を唇に当てると…

(…ふふっ、味覚を押さえるのも、やろうと思えば可能だったんだけどね)

 …くすくすと笑った。

(私が勝ち進んでいく以上、いずれそのことに気付かれることは予想済みよ。…というか、気付かれたところでなんの問題もないわ。

 …幻術を警戒すると言うこと…それ自体が、私のことを気にすると言うこと。…かけらでも私に注意を向けた瞬間、こっちの世界に引きずり込むことなんて造作もないことだわ。

 …そう、引きずり込む…召還よ、精神世界に…誰でもない、その者自身の無意識下へとね)

 そこまで考えると、エルフィーナは眼前の…完全に引きずり込んだ獲物…山本二十一へと視線を移す。

(…幻術であるという知識なんて、目、耳、鼻、肌で感じられるリアルな体験の前には、なんの意味も持たない。

 …そして、その知識さえ持っていない二十一ちゃんにはもうどうしようもないわ)

 そんな考えを知ってか知らずか、二十一はエルフィーナの眼前でただ踊るのみだった。

 

 …それはまさに、彼女の掌の上で踊っていると言って良かった…

 

 

 

 ……………………

 …………

 ……

「……はあぁーー、はあぁーー、はあぁーーー……」

 戦闘開始から、たった10分のことであったが、二十一が極限近くまで疲労するには、十分な時間であった。

 肉体にくるもの…ダメージと言う点では、どれも致命傷足りえないものであったが、精神にくるもの…プレッシャーは二十一を押しつぶすかのようだった。

「………ふふん…」

 対する無敵の方はと言えば、一休みと言わんばかりに刀を肩に置いたままニヤニヤと笑っていた。

 そんな二人に…いや、二十一に対して声がかけられた。

「そろそろ理解してくれたかな? 降参してくれると、私とっても嬉しいんだけど」

 そんなお気楽なエルフィーナの問いかけに…

「…はぁー、はぁー、はぁー、……そういう、わけにも…いかなくてね…」

 呼吸を整え直すと、二十一は笑ってそう答えた。

(…はえ〜、すごい精神力ね。…すっごいタフ、とっくに参っていてもおかしくないのに…)

 二十一の尋常ではない精神力に、エルフィーナは舌を巻くしかなかった。

(…実戦経験が豊富と言ったって、これは殺るか殺られるかの真剣勝負よ。それもただの命のやりとりじゃない…それ以上の恐怖があるはず…

 …自分に殺されるかもしれない……いいえ、それ以上に…

 

 …自分を殺してしまうかもしれないという…恐怖が…)

 

 そこまで思いをはせらせると、他人事ながらエルフィーナは身震いをした。

(…どうして? どうしてそこまで戦えるの?)

 自身の勝利はこれっぽっちも疑っていないが、そのことだけは理解できなかった。

 

 

 …恐怖はあった…

 …くり出される烈しい一撃一撃が、全て致命の一撃なのだ。当然である…

 

 …また、まったく別の恐怖もあった…

 …似ているところ、似ていないところそれぞれあったが、自分自身であるという確信があった…

 …致命の一撃を振るうことへの、厳然たる恐怖は大きかった…

 

 

 …だが…

 

 

「……違う…」

 

 二十一はポツリとそうつぶやいていた。

「何が違う!!」

 無敵が、光速の一撃と共にそう叫ぶ。

「………違うんだ……」

 肩を大きく切り裂かれながらも、二十一はつぶやいた。…さっきよりも大きな声で…

「じゃあ、死ね!!」

 その叫びと共にくり出された無敵の一撃は、二十一の胸を大きく切り裂いた。

 

「…ちょっ、ちょっと!!」

 

 二十一の変化に気付いたエルフィーナが声をあげた。…いや、上げざるを得なかった。

「二十一ちゃん、死にたいの!? もういい加減に諦めなさいよ!!」

 エルフィーナには二十一を殺す気なんてサラサラないのだ。人殺しになる覚悟なんてできているはずがなかった。

「…致命傷を受けたら死ぬのよ! …ううん、それだけじゃあないわっ!

 

 相手に致命傷を与えても、死ぬのは二十一ちゃんなのよっ!!」

 

 …そうなのだ。…二十一は自分自身の精神世界の中で、自分自身と戦っているのだ…

 …二十一が殺されると言うことは、二十一の死を意味し、…また、無敵を殺すと言うことも…

 

 …二十一の死を意味していた…

 

 …肉体にはなんの損傷もない…だが、死すこと…それは絶対なのだ…

「…意地はんないでさ、もう降参してよ…」

 追いつめているはずのエルフィーナの方が、泣きそうな声でそう言った。

「………ごめん。……でも、違うんだよ…」

二十一はエルフィーナに向かってそう言うと、かすかに微笑んだ。

 

「こっ、…このバカァッ!!!」

 

 エルフィーナの涙混じりの絶叫と共に…

 

「死ねぇっ!!!!」

 

 …無敵の刃が、二十一をまっぷたつに切り裂いた…

 

 

 

 ………………

 ………

「…なんで、…なんでよ〜…」

 エルフィーナはへたり込むと、弱々しくつぶやいた。

「…バカだよ、何考えてるのよっ!!」

 睨み付けると、そう言葉を叩きつけた。

 

 

「………ごめん。……でも、違うんだよ…」

 

 

 少年…まっぷたつになっていなかった…二十一が、そう答えた。

「…どうして…なんで…」

 エルフィーナはポロポロ涙を流しながら、意味をなさぬ言葉を連ねる。

 山本無敵の姿はもうない。二十一をまっぷたつに切り裂いた…そう思った瞬間に消え失せていた。

 エルフィーナが幻術…彼女の言うところの召還術を、解いたわけではなかった。

 

「…どうやって、そこまで確信が持てたのよ!!」

 

 二十一自身がうち破ったのである。

 

 …これが幻であると、微塵の疑いもなく確信することによって…

 

「…最初は、ちょっとした違和感だった」

 刀をさやに収めながら、二十一は思い返すように言った。

「…相手が自分のドッペルゲンガー…分身だからなのかもしれない。…そんな風にも思った」

 二十一はそこまで言うと、ため息を一つついた。

「…でも、やっぱり違うんだ」

 二十一はもう一度、その言葉を言ったのだった。

「…何がよ、何が違うのよっ!?」

 へたりこんだまま、エルフィーナがきつい調子で聞いた。…怖かったのだ。殺してしまったと思って、彼女はひどく恐怖したのだ。今も完全に腰が抜けていた。

「……う〜ん、説明してもわかってもらえるか自信ないけど…

 

 …魂が…感じられなかったんだ…」

 

 二十一はほっぺたをポリポリと掻きながら、そう答えた。

「……た、…たましい…?」

 ポカンとした表情で、エルフィーナは問い返していた。

「…う、うん…」

「…そ、そんなことで? …目や、耳や、鼻や、肌で感じられるものなんかよりも、そんなものを信じたの?」

 信じられないと言うように、エルフィーナが更に聞き返した。

「…そうなるかな」

「…おかしいわよっ! なんでそんなもので確信できるのよっ!!

 絶対に変よっ!!!」

 エルフィーナには絶対に信じることのできない…相容れることのできない価値観であった。

「…そうだね、変かも知れない…でも…

 

 …これが、僕…山本二十一なんだ」

 

 二十一は笑って、力強くそう答えた。

 

「…ぷっ、…ふふふ、あはっ、あはははは!!」

 

 エルフィーナは笑いながらうなづくと…

「それじゃあ、しょうがないか…

 …あはは、降参、私の負けよ。参りました!」

 お手上げというように、両手を上げてそう言った。

 

 それによって…

 

「勝者! 山本二十一選手!!」

 

 

 山本二十一の、本決戦一回戦の勝利が決まったのだった。

 

 

 

 

 


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