「…えーと、それでは両者共に控え室のほうに案内しますね」
シュリは闘場へと上がると、勝者…山本二十一と、敗者…エルフィーナの両者にそう声をかけた。
「…うん、そういうルールだし、私は別にかまわないんだけど…」
エルフィーナはそう言うと、視線を二十一へと向けた。
「…どーする、二十一ちゃん?
私の力で、とってもすんごい体験させてあげられるわよ」
ニッコリ微笑んで、そう告げた。
「…こ、こわいなあ」
二十一は、苦笑しざるを得なかった。
実際に彼女の力を経験した以上、与えられるであろう快楽が、想像を絶することは容易に想像できた。
「…帰って来れそうにないし、それに…」
二十一はそこで表情を引き締めると、視線をシルフ、そして…
「…見ておかなければならない試合があるから」
…婉然と微笑むセシルを見つめて、そう答えた。
「…なるほど、わかりました。
それでは次の試合に移りたいと思いますので、両者闘場から降りて下さい」
二人がうなずいて降りたのを見計らって、シュリは高々と宣言した。
「…それでは、本決戦第二戦…準々決勝、第二試合を行います!!」
……………
……
「…さて、いろいろあったがまずは予想通り、山本二十一が勝ったな」
貴賓席から勝負を見下ろしていたエグゼスが、隣にいたユクセルに声をかけた。
「…ですね、二戦目三戦目も、まあ順当に行くでしょうし…」
既に始まっている第二戦を横目に、ユクセルが答えた。
ヤーハ・ナッターが本決戦に残れたのは、巡り合わせの良さ…運が味方しただけのもので、器からしてリーザスの魔女…アスカ・カドミュウムの敵でないのは一目瞭然であった。
「…そうだな、で、お前の崇拝する女神様は勝てるのかな? …あの魔人に…」
「…さて、勝負は時の運と申しますから」
エグゼスの問いに、ユクセルがひょうひょうと答えた。
「ふふん、まあいいさ、それよりもだ…
…魔剣カオス、聖刀日光の捜索のほうはどうだ?」
「…闘神達を使って捜索中ですが、世界は広いですからな」
「…頼むぞ、後々必要になるからな……そう、後々にな…」
ニヤリと笑って見下ろすエグゼスの目にうつるのは、たった今勝者の宣言を受けているアスカでもなければ、先ほどまで話題に上っていたシルフでもセシルでもない、山本二十一ただ一人であった。
………………
………
「…さーってっと、そろそろ私の番ね」
軽くのびをしながら、シルフがそばにいる二十一に声をかけた。
「…そうだね…」
二十一はあいまいに微笑んで、そう答えた。
「…あいかわらず心配性なんだから、平気だよ、私ってば”天を志す者”だからっ!」
シルフが自信満々にそう言った。
「はっ?」
「まあ、見ていてちょうだいな」
ちょうど、第三戦がビルダー・ガロアの勝利で幕を閉じたところであった。
「…それでは、本決戦第四戦…準々決勝、最終試合を行います!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!」」」」」
歓声が、シュリの宣言に答える。
「まずは龍のコーナーより、『大陸最強の魔術師』シルフィナ・ヴァルス・ガンジー選手です!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」
シルフが歓声に答えるように手を振りながら、闘場へと上がった。
「続きまして、鬼のコーナーより、『魔人』セシル・カラー選手!!」
シルフの時とは対照的に、水を打ったように静まり返った雰囲気の中、セシルが静かに闘場へと上がった。
両者が闘場にあがったのを見届けると、シュリはいつもの定位置である…闘技場場外に設けられた…実況席へと向かった。
「それでは、はじめっ!!!」
実況席に座ったシュリから、運命の一戦の開始が告げられたのだった。
………………
………
「…えーと、試合開始から既に数分が経過していますが、両者いまだに動きはありません」
沈黙に耐えかねたように、シュリがそう言った。
「…様子見…というよりは、まだ互いに打つ手がない…いえ、最初の一手を打ちかねているという感じでしょうか」
シュリの隣の解説者席に座っていた女性が、シュリの実況に解説を入れた。
「あっ…と、皆様にご紹介が忘れたことをお詫びします。
…この試合の特別解説者として、アスカ・カドミュウム選手にお越し頂きました」
シュリが思い出したように、アスカの紹介を行った。
「すまんなー、無能で」
アスカの隣でふてくされている切り裂き君が、そうつぶやくのを無視して、シュリがアスカに解説を求めた。
「早速ですが、最初の一手を打ちかねている…とは、先制打を互いに虎視眈々と狙っている状況と言うことでしょうか?」
「…いえ、まさに文字通りの意味でしかないですね。
シルフ選手には例の完璧とも言える防御呪文がありますし、セシル選手は魔人です。まだ互いに相手に有効打を打てる状況ではないと言うことです」
「…『絶対無敵防御陣』対『魔人特性』ということでしょうか?」
「…そうですね、『無敵』対『無敵』と言えるかも知れませんね」
「…長期戦になる、と考えた方がいいんでしょうか?」
「それは、…シルフ選手の出方次第でしょうね」
アスカはそう答えると、視線をシルフへと向けた。
「…さて、動きがないと観客もひまでしょうがないし、あいさつがわりに行かせてもらおうかな」
シルフはそうつぶやくと…
「炎の矢…ファイヤーレーザー…白色破壊光線!!!」
…一息に三つの呪文を唱えると、赤白色のレーザーを放った。
その光線はねらい違わず、セシルに直撃すると大きな爆炎をあげて、辺り一面にムワッとするような熱気を放った。
そんな中…
「……さすがは『大陸最強の魔術師』さんね、面白い隠し芸でしたわ」
ニッコリと微笑んで、セシルが優雅にそう言った。
「…まあ、効くわけないわよね」
シルフもそう答えると、負けじと微笑み返した。
「…えーと、今のは?」
「呪文の重ねがけ…ですね。…もっとも、普通は一人でできるものではないんですけどね」
アスカが苦笑しながら答えた。
「重ねてかけると、どうなるんですか?」
「呪文を重ねて相乗効果を引き起こす…つまり、重ねがけすることによって、その威力は格段に上がります。
さきほどの呪文の威力が非常に強力なのは、セシル選手の足下…一瞬にして蒸発してしまった石畳をみてもあきらかですね」
「うへえっ!」
「…ってことはや、もしセシル選手がよけとったらどうなっとったんや?」
切り裂き君が、誰とはなしにそう聞いた。
「あはは〜、まあ避けないと思ったし」
「…………………え〜、深くは考えないことにしましょう」
シルフの発言に、シュリは汗を拭きながらそうコメントした。
「…呪文の威力が大きかろうが、あなたに関係ないことは承知の上だしね」
…だったら、やるなよ。
「…まあ、そのことはお互い様かも知れませんね。
あなたのその魔法防御があるかぎり、こちらの魔法も威力の大小に関わらず、効果がないのですから…」
余裕の笑みを浮かべたままセシルが応じた。その言葉の裏には、魔法防御がなくなるのを…つまり、あなたの魔力がつきるのを待つだけです…というニュアンスが隠されていた。
「おやおや、ずいぶん長いこと付き合って下さるみたいね」
「ふふ、お望みとあればね」
シルフの軽口に、セシルはあくまで余裕で返した。
「う〜〜ん、残念だけど、こっちとしてはそんなに付き合うつもりはないんだよね〜」
「…じゃあ、降参?」
そのセシルの問いかけに…
「ざ〜〜んねん、ハズレ!」
…その言葉と共に、シルフの姿がかき消えた。
「消えたっ!」
実況席でシュリが叫んだ。
無論、二十一達のように素早く動いたわけではない、文字通り…消えたのだった。
「…何のつもりでしょうか?」
セシルのほうはそんな状況に置いても、あくまで余裕で落ち着いて…というよりは苦笑さえ浮かべていた。
そこには、絶対的優位に立つ余裕しかなかった。
なんとかできるのなら見せてもらいたい…逆に言うなら、なにもできるはずがないという、魔人特有のおごりがあった。
そしてそれを人は、油断…と呼んだ。
「こんなつもりっ!!」
セシルの眼前に現れたシルフは、懐からなにかを取り出し、それが何かとセシルが認識する前に実行に移した。
「こっ、これはっ!!??」
その一瞬後、自らの自由を束縛するものに対し、驚きの声をあげざるを得なかった。
「…モンスター捕獲ロープ…もちろん、私特製の特別製よ」
してやったりの表情で、シルフが告げた。
「…こ、こんなもので…」
力を加えて、引きちぎりにかかるセシルに…
「…当然ながら、そんなに簡単に切れたりするものでもないわよ」
…楽しそうに言った。
「…言うなれば、発想の転換ね。
魔人故、あなたにダメージを与えることはできない、…ならば勝つことは不可能なのか?
…答えは、ノーよ!」
「くっ!」
力ではなく、魔力によって切ろうと試みるが、全然ビクともしない。
「…闘神大会における勝者の規定、…一つ、相手による敗北宣言。
でもこれは無理ね、どうあっても負けを認める雰囲気じゃないし…」
「…うぐぐぐぐ…」
セシルの入れる力に対応するように、締め付ける力が増していく。
「…一つ、相手の死亡、または重傷等による戦闘不能。
死亡なんて…ケガさせること自体無理なんだけど、ここで重要なのは戦闘不能の解釈、その発想の転換ね」
「…くっ、この…」
ロープは足にまで絡みつき、立っているのも苦労してくる。
「…戦闘不能の判断は、その試合の審判に一任されているんだけど、難しい判断だし、後から来るかもしれないクレームに対する配慮もあって、いくつかの判断基準も定められてるというわけ…詳しくは、大会規約第14条、第3項に載ってるんだけど…」
「…すごっ、詳しい…」
ぺらぺらと行われるシルフのうんちくに、シュリも感嘆の声をあげた。
「…相手の攻撃による気絶…この場合は早急に止めることになってるわ、出血をともなっている場合もあるからね。そして、もう一つが…
…テンカウントダウン」
「あうっ!」
ついに立っていることもできなくなり、セシルが横に倒れる。
「だ、ダウンです! …ワンッ!」
セシルが倒れたのを見て、シュリがダウンを宣言し、カウントを始めた。
「…まあ、観てる方には面白くもなんともない結末だけど、オチは意外と単純だったりするものなのよ」
「ツー!」
「くっ、こ、こんなっ!!」
セシルが必死にロープを外そうともがくが、どうあってもビクともしない。
「スリー!」
「無駄よ、そのロープには私の魔力が込められてる…」
「フォー!」
「…そのロープを切ろうとするなら、方法は一つしかない…」
「ファイブ!」
「…私以上の魔力…量でない、質で私以上の魔力を出さなければ、絶対に切れないわ」
「シックス!」
「…こ、こんな…こんなっっ!!」
「セブン!」
「…言ったしょ、二十一、ちゃ〜んと秘策があるってね」
場外で心配そうに観ていた二十一に、シルフがニッと笑ってそう言った。
「エイト!」
「…ふう、やれやれ、教えてくれてても良いのに…」
しょうがないという感じで、二十一もようやく笑みを浮かべ…
「…ふ、ふふふ、フフフフフフ…」
…凍り付く…
「ナイン!」
「何よ、…どうかしたの?」
怪訝そうに聞き返すシルフに…
「シィル!! 後ろだ!!!!」
「……えっ…」
…ゆっくりと振り返ったシルフが見たものは…
「…ふ、ふふふ、フフフフフフ…まさかね、…まさかあの男に感謝する日が来るなんてね…」
…自らの銀髪を…煌々と眩しいばかりに光り輝く銀髪の一房を手にして立つ、魔人…
「…う、うそ…」
…セシル・カラーであった。
「…ろ、ロープは…」
彼女を拘束していたはずのロープは、切れるどころか…消し飛んでいた。
「…そ、そんな、あの一瞬で、魔法レベルが上がったとでも言うの…」
愕然とするシルフを、セシルの目が…爛々と銀色に光る目が射抜いた。
「…悪魔…覚醒…? …でも、クリスタルは…どういうこと?
…カラーなのに、覚醒してないのに、悪魔の力を使えるの??」
シルフの知識が告げていた、あり得ない…不可能だと…
「…白色破壊光線」
「!!」
自分めがけて放たれた魔法を…空間湾曲によって上空へとねじ曲げられ、通り過ぎるのを、ただシルフは見つめるだけだった。
「…そうか、それがあったわね…」
爛々と光る銀色の瞳でその様子を見つめ、煌々と輝く銀髪を風に流したまま、そう言った。
「じゃあ、…炎の矢」
「!!!!」
シルフの眼前に突如現れた炎の矢は、髪の一房を焼き飛ばし…
「…空間転移の術…まだ照準がイマイチみたいね…」
…虚空へと消えた…
「…『無敵』対『無敵』の対決、一方の『無敵』はなくなった…」
「…あ…ああ…」
「…さて、どういう意味でしょうか?」
…美しい、悪魔の笑みを浮かべて、セシルが言った…