「…さっすが…てとこね」

「…2回戦ですよね、まだ確か…」

「…月心…」

 …この戦いの行方を最も気遣う少女達のつぶやき…

 

 …互いに小手調べは終わったと言わんばかりの静寂…そして膨れ上がる緊張感…

 

 チャキ…

 

 少年が剣を上段に構えた音すらも、闘場に響きわたる。

 

「瑞原、風の剣!!」

 

 かけ声とともに膨れ上がる闘気、それは純粋なエネルギーと化して吹き上がる。振り抜かれた剣から発せられる衝撃波は全てを巻き込んで……

 …一陣の風となる。

 

「はあああっっっっっっっ!!!!」

 

 …巻き起こる土煙とエネルギーの奔流…そして、それらが晴れたときに残るものは…

 

「…その技は、前に見たよ…」

 二十一は静かに言った。

「ぐっ!!

 …そうでしたね…まあ、それぐらいやってもらわないとね」

 舌打ちしながらも、月心はそう言い放った。

 

「…何が、起きたのでしょうか?」

 ユクセルがつぶやく。

「…とんでもないことが…さ」

 エグゼスが笑みを浮かべつつ答えた。

「…瑞原の奥義というのは、どうやら闘気を効率の良い力へと変換することにあるようだな」

「…と、いうと?」

「闘気というのはそれだけでも力となりうるが、自然界においては依り代のない力…それ故、衝撃波といったような他の力に加味することによって放ったりするのだが…

 どういう原理かは不明だが、月心の放った『瑞原、風の剣』は闘気のエネルギー全てを風のエネルギーへと変換していた。

 ただの闘気そのものとして放つより、遙かに威力があるというわけだ」

「…はあ、それで、二十一選手はどうやってそれを…」

「…速ささ…風をも切り裂く剣速で、闘気の渦に穴をあけたんだ」

 

「…ぼくも、この程度で勝てるとは思ってませんよ」

 月心はそう言うと、剣を中段から下段に構えた。

 

「瑞原、烈の剣!」

 

 月心の叫びとともに振り上げられた剣は、闘場を切り裂き、その烈閃はさらに烈しさをまして二十一へと襲いかかる。

 

「はあぁあぁっっ!!」

 

 バアアアァァァーーーーンンン!!!

 

「うっ!」

 

「…今度は、迎え撃ったか…」

 

 …エグゼスの言葉通り、迫り来る烈閃を、二十一は闘気を爆裂させて相殺したのだった。

「…く、ううううう……ま、まだまだあぁぁ!!」

 月心は自らを奮い立たせるように、そう叫び声をあげ…

 

「瑞原、刃の剣!!」

 

 中段からまっすぐ振り抜かれた剣は、空気を切り裂き、全てを切り裂く真空の刃を身にまとって二十一へと向けられた。

 

「はあぁっっっ!」

 

 …二十一の剣は、あらゆるものを切り裂くはずの真空の刃をも…切り裂いた。

 

「うっうううううううううううううう……」

 歯をきりきりと鳴らせながら、うなる少年に対し…

「…もう、終わりか?」

 ただ、淡々と言った。

「うっうおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!!

 まだだ、まだだあああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!」

 剣を最上段に構えて、月心が声の限りにさけんだ…

 

「…瑞原、…天の剣んんっっ!!!!!」

 

 天を突かんばかりに放たれた闘気は稲光を呼び、振り下ろされた剣は、光と音とを巻き込む壮絶なエネルギーを持ってまっすぐに放たれた。

 

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 ………ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 ……………

 ……

 …まさに天の刃が振り下ろされたが如き爪痕が、闘場を引き裂いていた。

 

 …その、闘場の上に立つのは…

 

「…はず…れた?」

 ユクセルがつぶやく。

「…いや、よく見てみろ」

 …かの爪痕は、二十一の立つあたりから曲がっていた。

「…そらせたのだよ…」

 

「……そ…そんな……」

 少年は、ただ呆然とそうつぶやいた。

 二十一は、その姿をただ静かに見つめていた。

 

「…カードは出尽くした…

 ……勝負、…あったな…」

 エグゼスが淡々と言った。

 

「………そんな…うそだ…うそだ! ……うそだあああ!!」

 月心が叫びとともに、突撃する……が、

 

 ガッ、ガガガガガッ、ガガガガガガガガガガッ、ガアアァァンン!!

 

 …十数合打ち合ったところで、為すすべなく吹き飛ばされる。

「……こんな…こんな……」

 目の前にある地面を見つめたまま、月心はただつぶやくしかなかった。

 

「……もういいよ…」

 

「!!」

 月心はその声に、顔をあげる。

「…よくやったよ、…月心はすごく頑張ったよ。…だから、ねっ…」

 半泣きの…精一杯の笑顔をうかべて、瑞原弥生は……

 ……その言葉を言った…

 

「…もう、いいのよ…」

 

「…あっ…」

 

 ……もう、いいのよ…

 ……もう、いいんだ…

 

 …もう、いいって…どうゆうこと…

 

「…ああ、ああっ…」

 弱々しく首を振る。

 

 …もう…いらないってことなの…

 

「…うあっ、うあっああっ…」

「…げ、月心?」

 顔は確かに自分の方を見つめていながら、その目に虚空をうつし、瘧(おこり)にかかったようにはげしくふるえる弟に対し、弥生はそう呼びかけた。

 

 ……もう…

 ………もう……ぼくは…

 

 

 ……………ひつようないの?

 

 

「…うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 

「……げ、げっしん、…いったい?」

「ちがう、ちがうちがうちがうちがうううぅぅぅ!!!!!

 …ぼくはつよいんだ、ぼくが一番なんだ。ぼくが最強なんだっ!!

 ぼくはいらない子なんかじゃないんだああぁぁぁ!!!!!」

「月心!?」

 むっくりと起きあがると、月心は二十一を睨み付けて言った。

「ぼくの邪魔をするなああああぁぁぁーーーーーー!!!!」

 二十一はただ…剣を構えなおした。

 

 …そこからは、壊れた魔法ビジョンのように、ただ同じ映像をくり返すだけだった…

 ただ激しいだけの撃ち合いの末、月心が吹き飛ばされる。

 …その繰り返しだった。

 

「げっしん! げっしん! …げっしんってばああっ!!」

「弥生さん!」

 闘場の上にあがろうとする弥生を、椿が後ろから抱き留める。

「…でも、げっしんが…月心が…」

「……やよいさん…」

 椿は目を伏せて、つぶやいた。

「………最初からわかってたんですね……二十一さんには…」

 その問いかけに、シルフは戦いを見つめたまま答えた。

「…わからない…

 …でも、最初に剣を交えた瞬間……そのときにはわかったでしょうね…」

 シルフは視線を二十一から月心に移し…

「…彼の、あの過剰なまでの自信が…本当の…よわい自分をかくすためだけの虚飾にすぎないということに…」

「う、うううううう……」

「……弥生さん…」

 

「…うわあああああぁぁぁ!!!!」

 何十回目か、月心は二十一に吹き飛ばされて闘場に転がった。

「………うう、…ううう、…くしょう……ちくしょう…」

 床に転がり、空を見上げたままつぶやく。

「……ここまでなの……ぼくはいちばんにはなれないの…さいきょうには……」

 涙をにじませて、げっしんは言った。

 

「…………やっぱり……ぼくは………いらなかったんだ……」

 

「そんなことないっ!!!」

 

「…姉上?」

 やっと気づいたように、月心は闘場のわきで見つめる自分の姉を見た。

「…一番でなくてもいい、最強でなくてもいい。…私にとって月心は、大切なたったひとりの弟だよ」

「…………あね…うえぇ…」

 そこにいたのは勝ち気で自信満々な少年ではなかった。泣きじゃくり、姉に助けを求める子供の姿しかなかった。

「…終わり…かな?」

 シルフがつぶやく。

「……ですね…」

 椿もそれに応じた。

 その姿を見つめて、シュリが手を挙げる。

 

「…勝者、…やまも……」

 

 

「……この…ていどか…」

 

 

「へっ?」

「えっ?」

「なっ!?」

 全員が驚きの表情でみつめる中、もう一度言った。

 

「…この程度か」

 

「は、二十一!?」

「…二十一…さん…?」

「…なっ、…なんてことを言うんですかっ!?」

 月心も呆然と振りかえる。

 その中で、二十一はもう一度言った。

「…この程度か…と言ったんだ」

「………くっ、くっそおおぉぉぉーーーーー!!!」

 月心が再び猛然と剣をくり出す。それを軽くあしらって…

「…魔王を倒す…立派な目標だ! …最強になりたい…剣士として、当然のことだっ!!」

 闘場に転がる月心をにらんで、二十一はさらに口を開いた。

 

「…それで、そのざまか!? 笑わせるなっ!!」

 

「……く、くううううううぅぅぅーーーー!!!!!」

 月心は起きあがると、今までよりもさらに激しく剣をふるった。

 しかし、その激しい攻撃すらも簡単にあしらうと…

「そんながむしゃらなだけの…魂のこもっていない剣が、僕に通じるかっ!」

 月心に刀を突きつけて言った。

「剣はただ振り回せばいいってもんじゃない! 剣を交えるということは…こころを…

 

 …魂を交えるということだっ!!」

 

「…た、たましい…?」

「…最初に剣を交えたとき、久しぶりに心躍ったよ。久しぶりに魂を奮わせることができる相手だと思ったからね」

 そこで一旦口をつむんでから…

「…だからこそ、君のくり出してきた奥義には、正直…がっかりしたよ」

 その言葉に、月心は大きく目を見開いた。

「…瑞原の奥義というだけあって、確かにすごい威力だったよ。だけど、…ただそれだけだ。それまでは感じることのできた、君の魂を感じることはできなかった。

 ……もう一度言う。

 …魂のこもっていない剣で、僕に勝つことなんてできない!!」

「…たましい…」

 月心はただつぶやいた。

「……わからない…いや、まだ気づかないのなら来るがいい。

 

 そう、何度でも!」

 

 

 ……ちがう! ただ振り回せばいいってもんじゃない!

 

 ……技に頼るな! ただ剣に集中しろ!!

 

 ……気を逸らすな! 気持ちを込めるんだ! 難しく考えるんじゃない!!

 

(…これ…この感じは…いつか…どこかで…)

 

 ……いいぞ、月心…

 

 二十一の顔と父親の顔がだぶる。

 

(…そうだ。…あのはじめて剣をにぎったときの…)

 

 自然と、二十一と月心が離れ、たがいに距離をとった。

「…どうして、忘れてしまっていたんだろう…」

 月心はそうつぶやいていた。それに対し…

「…忘れていたんじゃあない。…思い出さなくなったわけでもない。

 …ただ、気づかなくなってしまったんだよ。

 …あまりに当たり前のことになりすぎて…」

 

(…そうだ。…あのころはただ剣を振るうのが好きで、剣を交えるのが好きで、…ただそれだけで楽しかった…)

 

「…月心…」

「…!?」

 二十一の呼びかけに対し、月心は見つめ返した。

 

「…剣は、好きか?」

 

 二十一のその笑顔の問いかけに、月心は全てを思い出した。

 

(…ぼくはただ剣が好きだったんだ…

 …だから、その剣でみんなを守りたかった、喜んでもらいたかった…だから、一番になりたかった…

 …そう…

 

 …ただ…剣が好きだったんだ…)

 

「はいっ!」

 自然と、月心の口からその言葉がでてきた。

 二十一は笑顔を浮かべると、刀をさやへと収めた。

「えっ! …ちょっ、あの…」

 あわてるシュリをしり目に、月心は静かに剣を構えた。空気が変わる。

 

 …お互いに、そして観客にも、次が最後であることが感じられた…

 

 

「…行きますっ!!」

 

 

 月心のその言葉が合図だった。

 一瞬の交差をへて、互いに場所を入れ替えた。

 

 次の瞬間…

 

 二十一のほほに赤い線が浮かび上がる。

「…いい一撃だった…」

 二十一は微笑みを浮かべて言った。

 その言葉を聞き、月心も微笑みを浮かべてうなずくと…

「…ありがとう…ござい…ま…し……

 

 …………た」

 

 鮮血を撒き散らして倒れた。

 

「……っ! …勝者! 山本二十一選手!!」

 

 

 ……そして、シュリが試合終了を告げたのだった……

 

 

「げっしん! 月心! …げっしいぃぃーーーん!!」

 弥生が倒れた月心のもとへとかけより、膝の上へと抱え上げた。

「月心! …げっしんってばあっ!!」

 

「…どいて…」

 

 そう言って二人の間に割り込んだのは、シルフだった。

「…ヒーリング」

 月心の胸の傷に手をあてて、シルフは呪文を唱えた。

「…おねがい…します」

 弥生はぺこりと頭を下げた。

 

「……二十一さん」

 呼ばれて二十一は振り向き、微笑みを浮かべた。ほほの血をぬぐい、呼びかけてきた椿に、そして…弥生にも聞こえるように言った。

「手加減はできなかった。彼も許さなかっただろうし、…僕自身ゆるせなかったから」

 弥生がゆっくりと二十一を仰ぎ見た。

「…彼は強かった。……そして、もっと強くなるよ」

 その二十一の言葉と、微笑みに…

「…ほんとうに…ありがとうございました」

 涙を浮かべてそう答えていた。

 

 …シルフの魔法で、どんどん傷がふさがり、顔色が良くなっていった。

 

「…良かった」

 弥生は膝にのせた月心の頭をなでながらつぶやいた。

「…最初に会ったときから…」

「えっ?」

「…なんでもない」

 シルフは黙って魔法をかけ続けた。

(…最初に会ったときから、気に入らないヤツだと思ったら…なんだ……

 

 …私にそっくりだったからか…)

 

 シルフは自分の思ったことに対して、ただ苦笑した。

 

 

 ……………

 ……

「…いい、試合だったな…」

 エグゼスは開口一番、そう言った。

「……そうでしょうか? …まあ、そう言えなくもないでしょうが…」

 あざけりを含んだように、ユクセルが答えた。

「…しかし…」

「…ああ、両者の差はきわめて大きかった…」

 そのエグゼスの答えに…

「…どうやって、その差を埋めるんですかな?」

 ユクセルは楽しげに聞いた。

 

「…あれ…を使うしかないだろうな…」

 

「…私も、…それ…しかないと思いますよ…」

 そう言うと、ユクセルはニヤリと笑った。

 

 

 

 


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