「…ふー! けっこうあぶなかったな」

 二十一はそうつぶやくと、愛刀…無論、それは日光ではありえない。ふつうのよくできた日本刀だった…を鞘におさめた。

 その二十一の目の前には、昏倒している烈の姿があった。しかし、血の一滴も流れていないところを見ると、どうやら二十一は瞬時に峰打ちへと変更したのだろう。

 

 …つまり、まだそれだけの余裕があったということである…

 

「すごいや、二十一お兄ちゃん!!」

 そんなラッシュの声に、二十一は手をふって応じた。

 

「…ま、まあまあってとこかな………よく見えなかったけど…」

 そんなシルフの感想に…

「…まあ、あの瞬間の攻防はよほどでないとわかりませんからね」

 月心が言った。

「……どういう意味よ…」

「…二十一さんの実力は期待通りだった…そして、やはりあなたは敵ではないということです」

 そう言うと、月心は闘技場を後にした。

「……やっぱむかつく」

 

 

「では二十一さん、こちらへ」

 闘場を降りた二十一に、シュリが言った。

「あ、はい」

 そう答えると、二十一はノコノコとシュリの後をついていった。

 

 ……………

 ……

 …コンコン

「…はい」

 シュリのノックに答えて、中から声が聞こえた。

「じゃあ、入りますよ」

 そう言って、シュリは二十一を連れて中に入った。

「…ふむふむ、あなたが二十一君だね。

 ……てことは、やっぱ負けたんだ」

 二十一の顔を見て、中にいたポニーテールの女性がそうつぶやいた。

 

「…あっ!!」

 

「…なに、どうしたの?」

 突然あげられた二十一の声に、女性が聞き返した。

「えっ、…いえ…(うわっ、ノコノコついて来ちゃったけどこれって…)

 二十一はようやく、自分がどこに来たのかを把握したのだった。

 

 …うーん、天然なやつ…

 

「…じゃあ、ごゆっくり」

「…はっ!!」

 シュリの言葉により、二十一の意識は再び現実へと引き戻された。

「くすくす、どうしたの?」

「えっと、別に…」

 二十一はモジモジとそう答えた。

「…ところで、する前に聞きたいんだけどさ」

「はい! な、なんですか! ……って、ちょっ、するって…」

 真っ赤になってあたふたする二十一を微笑ましく見つめながら、女性は言葉を続ける。

「…あいつは…烈はどうだった? 強かった? …はっきり言ってくれるかな」

 女性の真剣な顔に対し…

「…はい、強かったです。…本当に」

「…そっか」

 その答えに満足したようにうなずくと、女性は服を脱ぎ始めた。

「って、うわーーー!!」

「…さっきからなーに? どうかしたの?」

 二十一の反応に、女性はいぶかしげな顔をした。

「えーと、その…」

「ああ、自己紹介がまだだったね。私の名前はジュンよ、よろしくね」

「あっ、はい。よろしく…じゃなくて!」

「なぁーに、したくないの?」

「えっ、いや、そういうわけでは…ないです…けど…でも…ですね」

 ゴニョゴニョと煮え切らない二十一であった。

「…あっ、そうそう、その…烈さんとは…」

「んーー、なーに、あいつに遠慮してるの?

 ……ふふ、気にしなくていいわよ。あいつとはそういうのじゃないの。ただの幼なじみだよ。

 ……ふふふ、まあ、大事な奴には違いないけどね」

「はあ?」

「…ふふ、そっちこそ彼女が恐いからなんじゃないの?」

 そのジュンの指摘に二十一は思いっきり動揺した。

「そ、そそそそ…そんなこと…は、べ、べべべ…別に、ぜ、ぜぜぜ…全然、へ、平気です!」

 ものすごく説得力のない言葉であった。

「ふふ、彼女とは『まだ』なんでしょ?」

 ジュンはニヤニヤしながら聞いた。

「なっ! …ななな、なぜそれを?」

「くすくす、見ればわかるわよ。お互い奥手っぽいからね。

 …強がってごまかしちゃうタイプね、あの手の子は」

「はへーー、わかるんですか?」

 二十一は感心したかのように聞いた。

「ふふ、まあお姉さんにまかせなさいって」

 そう言うと、ジュンは自分の胸を叩いた。

 

 

 ………

 …

「…それでは、Aブロック、第5戦を始めます!」

 

 シュリの声が闘技場に響いた。

 

「龍のコーナーより、シルフィナ・ヴァルス・ガンジー選手!」

 

「ふふふ、見てなさい二十一! この私の天才的な強さをね!!」

 そう言うと、ビシッ…とシルフは指さした。

 

「えっ、あのその…はい、見せてもらいます」

 

 指をさされた少女…土方椿は、驚きながらもうなずいた。

「……あれ? …椿ちゃんだけ? 二十一は?」

 気勢をそがれたように、シルフは椿に聞いた。

「…えっと、その、あの……」

 椿は言いにくそうに、もじもじした。

「…………………

 ……ふっ、ふふ、…ふーん、そーゆーこと…

 …いい度胸してるじゃない…」

 シルフは唇の端をゆがめて笑う。…無論、目は笑ってない。

 そんなシルフの様子を目のあたりにした椿の感想は…

(…こ、こわいです…)

 …だった。

 

「……鬼のコーナーより、エルク・アース選手!」

 

 そのシュリの声に、シルフは首をギィィーーー…と動かすと…

「…くすくす、…ギッタギタにしてあげる…」

 ボソリ…と、そうつぶやいた。

 エルクと椿の背中に、すさまじいまでの悪寒が走ったのは、言うまでもなかった。

 

 

 …………中略…………

 

 

「……って、略すな!!」

 

 …えー、いいじゃん、お前の勝ちってことで…

 …文字にも書けない強さだったってことにしといてさ…

 

「やめてよ、そういうの! 

 二十一のはしっかり書いたんだから、私のもちゃんと書いてよ!!」

 

 …ぶーぶー、めんどくさいなー…

 

「ちゃんと書いてくれないと、『二十一は主役』『私はラスボス』って、読者が誤解しちゃうじゃない!」

 

 …えーと、誤解かなあ?

 

「と、に、か、く、ちゃんと書きなさい!!!」

 

 …はい…

 …じゃあ気を取り直して…

 

「…それでは、始め!!」

 

 そのシュリの合図とともに、エルクはまっすぐシルフへと突き進む。

「先手必勝!」

 そう叫ぶと、剣を振り下ろした。

 

 ガキィィーーーーンン!!!!

 

 嫌な音を立てて、エルクの剣はシルフに届く前にはじかれた。

「なっ!?」

 その瞬間、エルクにシルフを覆っている球状のモノが見えた。

「くすくす、残念でした」

「け、結界か…」

「ふふふ、絶対、無敵、完全、完璧なる防御よ…名付けて…

 …『絶対無敵完全完璧魔法防御陣』よ!!」

 

 …うわっ! …ダサダサ…

 

「うっ、うるさい! …ま、まあそうね、言いにくいし…

 『絶対無敵防御陣』にしといてあげるわ」

「ちっ!」

 舌打ちしながらも、エルクは縦横無尽に剣を振るう。しかし、その全てがシルフに届くことはなく、ガラスを叩くような音を立てるだけだった。

「だーかーら、無駄だって」

 そう言うと、シルフは「炎の矢」を球体状の結界の表面から幾本も放つ。

「しゃあああああ……」

 エルクはシルフとの距離を開けながら、全ての「炎の矢」をかわし、また迎撃した。

「ひゅー、やっるー!」

 そんなシルフの感嘆の声を聞き流しながら、エルクは闘気をみなぎらせ、剣を下段に構えた。

「無駄だって言ってるのに…」

 あきれながらつぶやくシルフに対し…

「…俺はあきらめの悪い人間なんだ。たとえ1%でも勝利の可能性がある限り、それに賭ける。

 …そして、人間の作りしモノに『絶対』なんてない!」

「へーー、…人間の作りしモノに『絶対』はない…か。…いいセリフじゃない。

 

 ……雑魚キャラにしては、ね」

 

 その挑発には答えず、エルクはシルフとの間合いを再び詰める。

「ファイヤーレーザー!」

 シルフの叫びとともに、球体表面から炎のレーザーが放たれる。

「ふっ!」

 スピードを上げ、エルクはそのレーザーをかいくぐり…

 

「アースクラッシュ!!」

 

 ビシビシビシィィィ………ガッシャアァァァーーーン!!

 

 その下段から放たれたエルクの一撃は、闘場の石畳に亀裂を入れ…

 …さらに、シルフを覆っていた球体状のものを…

 

 ……打ち砕いた…

 

 ……………

 ……

「……へー、やるじゃん」

「…なっ!?」

 シルフは、ただにこやかにそこに立っていた。

「あの結界を打ち砕くなんて、ベスト4ってのも伊達じゃあないわね」

 シルフは感心したように、そうつぶやいた

「もう一度だ!

 …アァーースクラアァッシュッ!!!」

 再び繰り出されたエルクの剣は、邪魔するものなく振り抜かれた。

 

 そう、…なんの邪魔もなく…

 

「ば、…ばば…馬鹿なっ! …なぜだ…

 …なぜ『当たらない』!! …なぜ『すり抜ける』!!」

 当惑するエルクを目の当たりにして…

「くすくす、どうしてでしょうね?」

 …ただ、楽しそうに笑った。

 

「…おそろしい…人、…ですね…」

 リーザス魔法衣を身にまとった女性がつぶやいた。

 

「…く、くく、くく…ふっふはっ、ふはは、すばらしい!

 さすがはシルフィナ様! …すばらしいとしか言いようがありません!!」

 貴賓席で、ユクセルは狂ったように賛嘆した。

「…どうしたユクセル、一体どうなっているんだ?」

 エグゼスが怪訝そうに聞いた。

「…ええ、からくりとしては簡単なことですよ…」

 

「…こ、これは一体どうしたというのでしょうか!?

 エルク選手の剣が、シルフ選手をすりぬけてしまい、当たりません!!」

 シュリが審判をしつつ、実況もおこなった。

「…解説の切り裂き君さん! これはどうなっているのでしょうか?」

 シュリが隣に座っていた切り裂き君に解説をもとめた。

「あほぬかせ! わかるかっちゅうねん!!」

 切り裂き君は、解説者の役割を放棄した。

 

「…ふふ、だったらわかる人に聞けばいいじゃん」

 

 シルフが闘場の上で、ウインクして言った。

「…私がしてあげてもいいけど、ここは…

 …アスカさん、お願いできますか?」

 そのセリフに、視線が闘技場内…闘場場外の一部に集中した。

「…アスカさん、お願いできますか?」

 シュリが、シルフと全く同じ言葉でお願いした。

「…仕方ありませんね」

 フワリ…と浮き上がると、アスカは解説席へと飛んできた。

「…では、さっそくお願いできますか」

 そのシュリの言葉に対し…

「…『瞬間移動』の呪文はご存じですか?」

 …と、はぐらかすかのように聞いた。

「…え、ええ、まあ。

 パッと消えて、別の場所にパッと現れる…ってやつですよね」

 シュリは手を、パッと開いたり閉じたりした。

「…ええ、遺失魔法のひとつにあげられる、高等な呪文です」

「…それがなにか?」

 わからないと言うように、シュリが聞いた。

「…その原理としては、…空間を湾曲させ、その位相間の距離を限りなくゼロにして移動する…というものです」

「は、はあ? …空間を湾曲…ですか?」

「…言い方を変えれば、別次元面と接続させ、その別次元面を通して出現ポイントへの相対距離をなくしてしまうわけです…」

「……あ、はあ?」

 やっぱりなんだかわからないと言う顔で、シュリがつぶやいた。

「…それで、それが一体どうしたんでしょうか?」

 

「…つまり、彼女を覆っている球体状のモノ…それが、空間湾曲面なのです」

 

 アスカが振り絞るようにして言った。

 

「…空間湾曲面?」

 エグゼスの問いに、大きくうなずくと…

「…ええ簡単に言いますと、エルク選手とシルフィナ様の距離は見た目、数メートルと離れていませんが、…実際には何千キロメートル以上にも離れているということです」

(まさに、見た目ではわからない、力の次元の差とも言えるでしょうね)

「…つまり…」

「…まさに『絶対無敵』な防御ですね」

 

「ふふん、まあわかりやすく作者的に言えば…

 『ディバイディングドライバー防御』ってやつね!」

 

 …ああ、お前そんな身も蓋もない…

 

「詳しい原理が知りたかったら、須達のおっさんなんぞに聞かず、獅子王博士にでも聞いてちょうだい」

 

 うわあ! …せめて伏せろよ… 

 

「ふふん、…というわけで見た、二十一!

 これが私の、絶対! 無敵! 完璧! 完全無欠の超魔法よ!!!」

 

 ……………

 ……

「あ、あの、その……」

 再び指さされてしまった椿は、ただおろおろするしかなかった。

「……………………

 ……そうだったわね」

 先ほどまでの得意の絶頂から、一瞬にしてシルフは憮然とした顔になる。

「…というわけで、ギッタギタに…」

 

「…まいった!」

 

「…して……はいいぃぃ!!」

 そんなシルフの奇声を気にせずに…

「…俺もあきらめは悪い方だが、絶対に勝てない相手に対して意地を張るようなことはしない」

 エルクはさばさばとそう言った。

「…『イージス理論』ですね。

 …無敵の盾を持つ者は、絶対に負けない…」

 アスカのつぶやきが答えだった。

 

「…勝者! シルフィナ・ヴァルス・ガンジー選手!!」

 

 そのシュリの勝者の宣言に対し…

「うわーー、納得いかないいいぃぃぃ!!

 このムシャクシャのぶつけどころが、ぶつけどころがあああぁぁーーー!!!」

 ただ、シルフの絶叫がこだました。

 

 

 ……………

 ……

「…はふう…」

 少年は暗くなった道をとぼとぼと歩いていた。

「…あううう、ついつい…思わず…」

 

 …まあ、男の子だし…

 

「…うう、しかもこんなに遅くなっちゃったし…」

 

 …我慢は体に悪いしね…

 

「ああっ! シィルに会うのがこわいよーーー!!」

 

 …結局それかい!!

 

 

 ……………

 ……

「…らいらいれえ…」

(…あうう、なんでこんな目に…)

「ひょっろー! きいれる!」

「はい、聞いてます」

「ひゃあひい、つげ!」

「はいはい……しくしく…」

「あんらも、うんらいいわひょ。

 …あんらのぱーろらーら、おろろにまれれらら、こんらもんひゃひゅまないわひょ」

 グイッ…と、何杯目かの杯をあけて、シルフが言った。

 しかし、その内容は納得いかないものがあった。

 こんな中年親父のような酔っぱらいの相手をさせられるのよりひどいことも、そうそうないだろう。

「…つげ!!」

「…………しくしくしく…」

 

 

 こうして、それぞれの夜はふけていくのだった。

 

 

 

 


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