カチャ……
「あ、……おはようございます」
扉を開けると、そこには椿がいた。
「…おはよう、椿ちゃん」
二十一が笑顔でそう返すと、椿もはにかんだ笑みを浮かべた。
「よく眠れたかい?」
「……いえ、あんまり…」
「まあ、今日は抽選会だしね」
「……すいません。…二十一さんのことを信用してないわけじゃないんです」
そう言うと、椿はうつむいてしまった。
「いいって。とにかく、行ってみよう」
「…はい」
「おはようございます、二十一さんに椿ちゃん」
受付につくと、シュリが元気にあいさつをしてきた。
「おはようございます、シュリさん」
「…おはようございます」
二十一達もそれぞれあいさつを返した。
「じゃあ、抽選会場に案内しますね」
シュリはそう言うと、二十一達を闘技場の中へと導いた。
「…今日の抽選で、本戦までの対戦相手が決まります」
シュリが歩きながら説明をする。
「…何人ぐらい出るんですか?」
「毎年64人と決まってるんですよ」
二十一の問いにシュリが答える。
「そして、A〜Dのブロックからそれぞれ2名づつが本戦へと駒を進めるわけです」
「…そう言えば、特に何もしなかったけれど、64人はどうやって選ぶものなんですか?」
はたと気づいたように、二十一が尋ねる。
「昔は番号札を取りに迷宮に入ってもらっていたのですけど、3年くらい前から先着順になったんですよ」
いい加減でしょ…と、笑いながらシュリが答えた。
「…さ、…着きましたよ」
……ゥゥゥゥウウウウウ…ワアアアアアァァァァァァァァーーーーーー!!!!!
「…す、すごい熱気ですね」
会場から発せられる人々の熱気に、気圧されるように二十一が言った。
「この大会を見に、毎年たくさんの人が来られてますから」
「……楽しみにしてるんですね…」
二十一がぼそりと言った。
「そうですね、これだけが楽しみだ…なんて人もおられますから」
二十一のつぶやきに、シュリが笑顔で答えた。
「……楽しみ…か……」
…………
……
「……あの…」
「えっ?」
シュリと別れてから、ただ黙々と歩いていた二十一に、椿がためらいがちに話しかけた。
「…どうしたんですか?」
「………。…なんでもないよ」
二十一は無理に笑顔を作ると、そう答えた。
「…そうですか?」
「……それよりも…」
「なんでしょうか?」
「そろそろ聞かせてくれないかな」
そう言うと、二十一は正面から椿を見つめた。
「…どうして…」
「…おーー、あんたが山本二十一さんかい?」
そう言って会話に割り込んできたのは、筋骨隆々の大男であった。
「…そうだけど、…あなたは?」
「おっと、こいつは失礼した。
俺の名はビルダー…、ビルダー・ガロアって言うんだ。覚えといてくれ」
そう言うと、その大男はがっはっは…と笑う。
「…ビルダー・ガロア…さん?」
「ああ。…これでも今大会の優勝候補の1人なんだぜ」
「…あ、…あの」
椿が二十一の後ろからおずおずと口を開いた。
「…お久しぶりです、ガロアさん」
そう言うと、ぺこりと頭を下げる。
「…ん、…おおっ!!
確か、椿ちゃんだったっけ。兄さんは元気にしてっか?」
しばらく考えてから、ビルダーは思い出したかのようにそう聞いた。
「……ええ」
少し表情を曇らせ、椿はただそう答えた。
「しっかし、ベスト4…準優勝ときて、今年こそはと思ってたんだが…」
そこでビルダーは二十一に視線を戻すと…
「…こんな大物が登場するとはな。
……だが、勝負ってのはふたを開けるまでわからんものだぜ」
そう言うと、ニッと笑った。
「その通りです」
二十一も、笑って答えた。…強敵だと認めた証である。
「…それよりも。あんたは初めてだろうから、おせっかいじゃなきゃあ、いろいろ教えてやるぜ」
「じゃあ、お願いできますか」
「まかせろ!」
そう言うと、ビルダーはガッツポーズを見せた。
「…まずはあそこにいる奴…」
そう言ってビルダーが指さした。そこにいたのは、腰に刀を差した男だった。
「奴の名は、烈
(れつ)、…瞬速の烈、昨年のベスト8だ。あいつのスピードは、甘く見ていたら結構痛い目にあうぜ」
「そんな感じだね」
「…次はあいつだな」
次にビルダーが示したのは、ライトアーマーを身につけた若い男だった。
「ベスト4だったエルク・アース、結構有名なハンターだ。
まあ、ここらまではある程度実力のほどはわかってるんだが…
…わからねえのは、今回が初参加の連中だ」
「僕も含めて…ってことかな?」
二十一が口を挟んだ。
「まあ、あんたと例のお嬢ちゃんは別格として、…だけどな」
そう言うと、あごを使って指し示す。
「…あんたの他にいる、もう1人の噂の天才剣士ってのが、…あいつだ」
ビルダーの指し示したその少年は、実に若かった。まだ10歳そこそこであろう。
向こうもこちらに気づいたようで、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「…魔王ランスを倒した伝説の勇者、山本二十一さんですよね。
はじめまして、ぼくは瑞原月心
(みずはらげっしん)と言います」そう言うと、その少年はかるく会釈した。
「いや、こちらこそ」
「おいおい、俺は無視かよ?」
ビルダーのセリフを無視して、少年は話を続ける。
「あなたが参加すると聞いて、すごく楽しみにしているんですよ。
…なにしろ、伝説の勇者の実力が、どの程度のものかわかりますから」
ふっと笑みを浮かべて言った。
「…っかー! 言うねえ。すげえ自信だ」
ビルダーの茶々をふたたび黙殺し…
「…5年ですよ。
…あと5年ぼくが早く生まれていたら、魔王を倒していたのは、ぼくだったということを証明して見せますから」
自信満々にそう言いきった。
「…それじゃあ、ぼくと当たるまで負けないで下さいよ」
言いたいことだけ言うと、その少年はその場から立ち去った。
「…ちっ、俺は眼中になし…ってか」
ビルダーが舌打ちして言った。
ちょうどそこへ…
「…は、はあはあ。…す、すみませんでした!」
着物姿の少女が駆け寄ってきたかと思うと、突然謝った。
「な、なんだあ?」
「…君は?」
「わ、私、月心の姉で、瑞原弥生
(みずはらやよい)といいます。弟が大変失礼いたしました!」そう言うと、深々と頭を下げた。
「いや、そんなにされなくてもいいですよ。気にしてませんから」
「…そう、こーゆー奴だから気にしなくていいわよ」
「シィル!?」
突然の少女の出現に、二十一が大声を上げた。
「…あによ?」
「えっ! …いや、べつに…」
昨晩のこともあり、二十一はゴニョゴニョと口ごもった。
「…しかしまー、実力のほどはどーだか知らないけど…、よくもまー、あーも自信過剰に育つものね」
…ぷぷっ、お前が言うか?
「私は真の天才だからいいのよ!」
「…もう1人の優勝候補のご登場か」
ビルダーがつぶやいた。
「…あと、めぼしい奴は…」
「…リーザスの魔女…かしら?」
ビルダーの後をシルフが継いだ。
「…リーザスの魔女?」
「そう、今現在リーザスがゼス、ヘルマンとならんで強国でいられている理由よ」
「…それって…」
「…本人に聞けば、ちょうどこっちに気づいたみたいだし」
シルフの言葉通り、リーザス魔法軍の法衣を身につけた女性がやってきた。
「はじめまして、山本二十一さんにシルフィナ・ヴァルス・ガンジーさん。
アスカ・カドミュウムといいます。よろしくお願いしますね」
そう言うと、その女性は上品に頭を下げた。
「あっ、…いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。…高名な『リーザスの魔女』にお会いできて光栄ですわ」
あたふたとする二十一に対し、シルフは恭しく返事を返した。
「こちらこそ、『大陸最強の魔術師』にそう言っていただけると、光栄の至りです」
シルフの言葉にアスカがそう返した。
…この時代、「大陸で最も…」という敬称が使用される魔術師は2人しかいない。
1人は「大陸最高の魔術師…ホ・ラガ」であり、もう1人が、先ほどのアスカのセリフの中にも登場した、「大陸最強の魔術師…シルフィナ・ヴァルス・ガンジー」である。
「それでは、またお会いしましょう」
そう言って、その場を辞退しようとしたアスカに対して…
「…ひとつだけ聞かせて、あなたはどうしてこの大会に出場を決めたの?」
シルフがそう聞いた。
「……。…多分、あなた方と同じ理由だと思いますよ」
にっこりと微笑んで、アスカはそう答えた。
「…愚問だったわね、失礼したわ」
シルフはそう言って、微笑み返した。
「……なんだよ、その理由って?」
何とはなしに会話を聞いていたビルダーが問いかけた。
「さあね。…まあ少なくとも、あなたとは正反対でしょうね」
ふふんと今度は意地悪く笑って、シルフは答えた。
「…それじゃあ二十一、また後でね」
手をひらひらさせて、シルフはその場を去った。
「せっかちな奴だな」
ぼそりとつぶやく二十一の着物を、クイッと誰かが引っ張った。
「んっ?」
「……抽選、始まるみたいですよ」
椿がぽそりとそう告げた。
「うん、わかった」
「ええーー、それでは抽選を始めたいと思います。呼ばれた順に抽選箱からボールを取っていって下さい」
シュリのアナウンスの順に、次々と選手が抽選を行っていく。
半分くらいの選手を消化して…
「…次は山本二十一さん」
「はい」
名前を呼ばれて、二十一が返事をした。
ざわ……ざわざわざわ………
「あれが…………」
「……そう………」
「…………どこ…」
会場がざわつく中、二十一はボールを1個ひいた。
「えーと、山本二十一選手、Aブロックの3番です」
係員によって、Aの3に二十一の名前が掛けられる。
「ふーん、じゃあAブロックはさけたいなあ…」
シルフがそんなことをつぶやいていると…
「…シルフィナ・ヴァルス・ガンジーさん」
「ほいほい」
シルフがボールを取り出す。
「…シルフィナ・ヴァルス・ガンジー選手、Aブロックの9番」
「あっぶー。…いきなり倒しちゃったら二十一に悪いもんね」
シルフ、…言う言う…
「…ビルダー・ガロア選手、Bブロックの5番」
「…アスカ・カドミュウム選手、Cブロックの3番」
………
…
「…んっ?」
次々と選手の名前がトーナメント表に掛けられる中、二十一が何かに気づいたように辺りを見回した。
「…どうしましたか?」
椿が不思議そうに尋ねた。
「…え、いや。……なんでもないよ」
(……なんだったんだろう?
…なにかすごく懐かしい感じが…)
……わああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!
「なんだ!?」
歓声に驚き、二十一は抽選の方へと意識を戻した。
「…烈選手、Aブロックの4番、Aの4、Aの4です!!」
「……そんなに繰り返すなよ…」
烈がぼそりとつぶやいた。
これで、二十一の一回戦の相手が決まったというわけだ。
「…決まりましたね」
「そうみたいだ」
「…エルク・アース選手、Aブロックの10番、Aの10です!」
「…つまり、シィルの相手か。……かわいそうに」
二十一が心底同情するようにつぶやいた。
「むぅー、二十一のときより繰り返しが少ない」
少し不満そうにシルフがつぶやいた。
「…瑞原月心選手、Aブロックの1番」
「…2回戦か、…まあ、早い方が良いか」
月心はそうつぶやくと、壇上で不敵に笑った。
「…強敵ですね」
椿が二十一に言った。
「…そうだね。…それよりも…
(さっき感じた懐かしさは一体?)」
「………からー……」
「えっ!?」
聞き流していたシュリの言葉に驚き、二十一は壇上に注目した。
「…カラー、…セシル・カラー選手、いませんかー?」
深いフードをかぶった人物が、すっと壇上に上がった。
「……カラー…」
二十一はそうつぶやいただけで、のどがカラカラに渇いたような気分を感じていた。
「セシル・カラー選手ですか?」
シュリの問いに、フードをかぶった人物がただコクンとうなずいた。
二十一はその人物の一挙手一投足を、ただ見守るだけだった。
……ドクン…ドクンドクン……
「…まさか…そんなことは…でも……」
「…二十一さん?」
二十一の様子に驚いたように、椿は声をかけた。
「…でも、……でも……」
「…セシル・カラー選手、Dブロックの13番」
セシルの名がトーナメント表に掛けられる。そして、壇から降りようとするセシルと二十一の目が…
…あった。
「あっ」
「………」
つぶやく二十一と、無反応のセシル。
…しかし、その視線に二十一は何か感じるものがあった。
「……これで抽選を終わります。1回戦は明後日、13日です。忘れないで下さい」
二十一が我に返ったのは、そのシュリの何度目かのアナウンスが流れた時だった。
「……二十一さん…」
「…なんでもない。……なんでもないんだ」
心配そうな椿に、二十一はただそう言った。
「…二十一お兄ちゃん!!」
会場を後にしようとしていた二十一達に、いきなり大きな声がかけられた。
「…なっ、なんだ?」
「二十一お兄ちゃん!」
二十一が振り向くと、そこにいたのは小さな男の子で、砂漠の民のようにターバンを目深にかぶっていた。
「…どうかしたのかな?」
二十一がそう聞いた瞬間…
「サインください!!」
色紙を取り出して、そう言った。
「えっ?」
「サインください!!!」
「…僕の?」
少年は大きくうなずいた。
「…書いてあげたらいいんじゃないですか」
椿がそう言うと…
「…それじゃあ…」
二十一は意外と達筆に、「山本二十一」と色紙に書いた。
「これでいいかな?」
その問いに、少年はコクコクと大きく何度もうなずいた。
「…君の名前は?」
「ラッシュ!! お兄ちゃん、しあいがんばって!!」
少年は元気よく答えた。
「そうか。
…ところで、…ラッシュは闘神大会がたのしみなのかな?」
「うん!! ぼくもおっきくなったらぜったい出るんだ!!」
元気のいい少年の答えに対し…
「…そうか…」
二十一は、ただそうつぶやいた。
「あっ!! ママだ!!!」
そう言うと、少年は駆けていった。
そこにはやはり砂漠の民らしい、全身を占い師のような黒い装束でおおった女性が立っていた。
「お兄ちゃんありがとう!! ぜんぶのしあい、おうえんするからね!!」
「ああ、気をつけて帰りなよ」
少年はブンブンと手を振り、女性は頭を下げて別れのあいさつをした。
親子を見送った後…
「…たのしみ…か…」
二十一は、今日2度目のセリフをつぶやいたのだった。