「ここが闘神都市か…」

 外からの侵入者を一切許さないかのごとき 、堅牢な城壁を見て二十一がつぶやいた。もっとも、それは逆に内からの逃亡者を許さないためのものかもしれなかったが……

「ええ、闘神都市イラーピュ…今は『永世闘神』エグゼスの所有する都市よ」

 シルフが答えた。

「エグゼス…っていうのか?」

「あれえ? 言ってなかったっけ?」

 きょとんとした顔でシルフが言った。

「…初耳だよ…」

 ぶすっとした顔で二十一が答える。

「まあいいじゃん。今回そいつをぶったおすのは私の役なんだから。…二十一は用なしでしょ」

 

「え、…ええぇぇーー!!」

 

「なにびっくりしてるのよ?

 参加資格は言ったはずよ。私のような、とってもかわいい女の子か、美人のパートナーを連れた男だけよ。

 …二十一独りじゃん」

 当然のようにシルフが言い放った。

「…あ、いやてっきり…、シィルが僕のパートナーになるものだと…」

 頭を掻きながら二十一が言った。

 

「あっまああぁぁーーーい!!!

 

 その主役根性は捨てることね。

 今回の主役はわたし! 二十一は脇役! コマのすみっこの方で『シィルがんばれー』って応援でもしてるのね」

 フフンと勝ち誇った笑みを浮かべて、シルフは言い放った。

「…脇役はないだろ…」

 二十一はぼそりとそう呟くしかなかった。

 

『闘神大会出場者受付』

 その建物の入り口にはそう看板がかけられていた。

「あそこね。

 ほんじゃ二十一、私は行ってくるね」

「ちょっ、やっぱりあぶないよ。僕がでるからシィルは……」

「だめ! ずえーーったいにだめ!! だめったらだめなの!!!」

「でも…」

「今回の主役は私なの! 二十一は脇役!」

「しかし…」

「フフン…。それがいやならどっかでナンパでもすんのね」

 まさに聞く耳もたずという感じで、シルフは受付にゆうゆうと歩いていった。

「…やれやれ、…シィルは頑固だからなー」

 そう言って、ただ頭を掻く二十一であった。

「はぁーあ…。まさか単なる傍観者になることになるとはな」

 とりあえず、することもなく二十一はぶらぶらと都市内を観光していた。

「へー、ここの武器屋って、けっこう品揃えいいな。まあ、日光さん以上のものはないけど…」

 本当に目的もなく、ただうろうろするだけの二十一であった。

「なーんか、気ぃーぬけちゃったなー。

 …とりあえず宿だけでも決めとくか」

 そうぶつぶつと独り言を言いながら、二十一が宿屋に足を向けると……

 

「……いや、いやです。…やめてください」

「いやじゃねえよ! パートナー同士があかの他人ってのもなんだ…って言ってるだろ!」

 二十一の目に、むさい男が可憐な女の子を宿屋に連れ込もうとしているのが入ってきた。

「………ですが…」

 少女がよわよわしく否定の意をあらわしていた。きれいな黒髪のおかっぱがフルフルとゆれている。

「いいじゃねえか! …お前が誘ったようなもんじゃねえか」

「…そんな…」

 

「そこら辺で止めといたほうがいいよ。 客観的に見て、すごく格好悪いよ」

 

 できるだけいやみにならないように、二十一なりに気をつけたのだが、…どう言ってもその状況は、止めること自体がいやみになってしまう。

「なんだてめえ?」

「うーん、何だといわれても…。ここにいるみなさんの代弁をしたつもりだけど」

 そう言われて、その男も周りの視線を感じたらしく、顔を赤くする。

「ちっ! このやろう…」

 そこで引き下がれるほどその男は人間ができていないらしく、恥ずかしさを二十一への怒りへと変換させた。

「てめえも大会の出場者か? だったら俺のことは知ってるだろう!」

「いや、単なる観戦者…になるんだろうな」

 そう二十一が言うと、男はにやりと笑った。

「そりゃあ丁度いい。出場者同士の私闘は禁止されてるが、片方がそうじゃないなら何の問題もない」

 そう言うと、男は腰に差した剣に手をかける。それに対し…

「…抜かないほうがいい。

 それを抜いたら、僕もそれ相応の対応をしなきゃならなくなる」

 静かだが、そこに込められた気迫は尋常ではなかった。

「おっ、俺様は昨年のベスト8だぞ!」

 男にあきらかな怯みが見えた。

 

「…だから、なんだ…」

 

 さっき以上の気迫をこめて、これまた静かに二十一が言った。

 男のほうが明らかに劣勢なのは、男のみならずまわりの野次馬にも、そして少女にも感じ取れた。

 しかしそのために、逆に引っ込みがつかなくなってしまう結果になってしまった。

「こんガキィ!!」

 男が剣を抜き放ちざま、振り下ろした。

「? …いない!

 …はう…」

 一瞬で背後をとった二十一の当て身により、男は意識を失った。

「やれやれ…、ちょっと、君!」

「…えっ! …あっ、はい、私ですか?」

 二十一の呼びかけで、呆然としていた少女があわてて返事をした。

 その少女は、間近で見るとさらにかわいかった。

 シルフの元気いっぱいのかわいさとはまた別の、守ってあげたくなるような、保護欲を掻き立てるかわいさだった。

 思わずぼんやりと少女を見入ってしまう二十一。

「…あ、あのぉ…」

「…えっ! …あっ、ごめん!

 …いや、この人だけど、とりあえずどうすればいいかな? …君の知り合いだろ?」

 そう二十一が言うと、少女はうつむいてしまった。

「…すいません。…よく知らないんです…」

「えっ! …でも、パートナーなんだろ」

「………すいません…」

「…参ったな」

 片手で例の男を支えたまま、二十一は空いている手で頭をかいた。

「…わたし、…わたし、どうしても今回の優勝者のパートナーにならないといけなくて…」

「……それで、よく知りもしないこの人のパートナーになったの?」

「…前回の大会でベスト8だからって…」

 

「はあぁーー…」

 

 二十一が大きくため息をつく。

「…すいません…」

 少女はただあやまるだけだった。

「…君、もう登録しちゃったのかい?」

 おかっぱをフルフルとふるわせて首をふった。

「じゃあ、まだしてないんだね?」

 少女はコクンとうなずいた。

「君にどんな目的があるのかは知らないけど、やめておいたほうがいいよ。

 …この大会のルールは知ってるよね、もっと自分を大事にすべきだ」

「……でも…」

「それに、どうあがいてもこの人は優勝できないよ。……とんでもない子が参加するからね」

 わずかに苦笑しながら、二十一は言った。

「……………」

 少女は、ただうつむくしかなかった。

 

「……うっ…」

 

 男が気づいたようで、二十一に支えられたまま頭をふる。

「気づいた? …この子のことだけど…」

「ひっ! …私が悪かったです。その子の前にはもう2度と顔を出しません。

 さいならぁーー!!」

 けっこう元気に、その男は走り去っていった。

「………まあ、いいか。

 …じゃあ、もうやめておくんだよ」

「………………」

 少女はうつむいたままだった。

「はあ…。じゃあ僕はもう行くから」

 歩きだそうとする二十一をわずかな力が押さえる。

 

「…ん?」

 

「…………」

 少女が二十一の着物のすそを黙ったまま握っていた。

「……放して、…くれないかな…」

「……お願いします…わたし、どうしても優勝者のパートナーに…」

「…はあ…、まいったなあ」

 基本的に二十一は女の子の頼みは断れないのだった。

 

 ……特に、かわいい女の子のは……

 

 

「ちょっ! …何よ、その子!!」

「いや、……なにと言われても…」

「まさか本気でナンパしてくるなんて…」

「いやね、ちょっと話を聞いてくれないかな…」

「……さいっっっってええぇぇーーーー!!!」

「シィル、ちょっと話を…」

 

「二十一の、…うわきもおおぉぉーーーーーーん!!!!」

 

 そう言い放つと、シルフは脱兎のごとく駆け出していった。

「……言い訳もさせてもらえない…」

 なかば予想できた反応とはいえ、二十一はちょっと悲しかった。

「僕ってそんなに信用できないのかなあ…」

 

 まあ、父親が父親だからな…仕方ないと思うよ、二十一君…

 

「あの…すみません。……大丈夫でしょうか?」

 二十一のかたわらで、少女がすまなさそうに口を開いた。

「さあ? ……・多分…

(…大丈夫じゃあないだろうなあ…)

 あいまいに言って、二十一はかわいた笑いをうかべた。

「……あの、受付、…再開してもいいでしょうか?」

 大会内容の説明をしてくれていた受付の女の子が、おずおずとそう言った。

「あっ、すいません。よろしくお願いします」

 二十一は顔を赤くしながら、そうかしこまった。

「いいえ。…でも、お兄さんモテモテですね」

 シュリという名の、その受付嬢がニヤニヤしながらそう言った。

「……………」

 二十一は真っ赤になってうつむくしかなかった。

「で、お兄さんのお名前は?」

「山本二十一です」

「へえ、いい名前ですね……山本…二十一…ですか?」

「ええ」

「もしかして…」

「…多分そうです」

 

「ええぇぇーーーーー!! …すっごおぉーーーーいっ!!!」

 

 シュリは驚きをあらわにした。

「あ、いや、それほどでも…」

「これはすごいことですよ! 私が受付した中で、1番の有名人です!」

「そ、そうですか、それはどうも」

 騒がれることに慣れていない二十一は、ただかしこまるばかりだった。

「へえぇぇーー、ふうぅぅーーん、ほおぉぉーーー」

「……すいません、続けてもらえませんか…」

「あっ、ごめんなさい。…じゃあ、お嬢さんのお名前は?」

「……つばき、……土方 椿です」

 少女が小さな声でそう名乗った。

「土方 椿さんですね、……土方…ひじかた…昨年の闘神の方とおんなじ名字なんですね?」

「………はい」

 少女がわずかに肩をふるわせて答えた。

「わかりました。予選の抽選は明日になっています。

 そして、1回戦はその2日後の13日です。

 私見ですけど、二十一さんが間違いなく今大会の優勝候補の筆頭です。私もなんだか鼻が高いですよ」

「……ありがとうございます。それじゃあ、また明日」

「はい! 期待してますからね」

 二十一はペコリと一礼するとその場をはなれた。

「……ちょっと緊張しちゃったな。…こういうのはいつもシィルにまかせてたからな」

「……わたしが、…私がやれれば良かったんですけど。……私も恥ずかしくて…」

 椿がすまなさそうに言った。

「まあ、とりあえずご飯にしよう」

「ええ」

 2人はそのまま酒場へと足をむけた。

 

 ……それより二十一、誰か忘れてないか? ……どーなっても知らないぞ…

 

 

「へー、けっこうにぎやかだな」

「ええ、…この町では、今が1年で1番にぎやかな時期ですから」

「土方さんはこの町に住んで長いの?」

「はい、……10年ぐらい…です。それと…椿でいいです、山本さん」

「うん、わかった椿ちゃん。僕も二十一でいいよ」

「はい、………二十一さん」

「うん!」

 そう言って、二十一はにっこり笑った。

 椿も微笑みを浮かべてから、恥ずかしそうに顔をふせた。

 はっきり言って、いい雰囲気である。はた目には恋人同士にしか見えない。

 ……それは、そのテーブルから離れたところに座る、魔法衣を身に包んだ金髪の少女にもそのように見えた。

「…ぐぐぐ、…あんのうわきもん。……どうしてくれようか」

 一種異様なオーラを放っていた。……はっきり言って恐い。

 隣のテーブルに座ってたカップルが、そそくさと帰ったのもうなずける。

 

 ……そして、その騒動は彼女の怒りが爆発する前に起こった。

 

 バーーーン!!!

 

 大きな音に驚いて、店内中の視線がいっせいに集中した。

 それは、テーブルを思いっきり叩こうとしていた少女にも言えた。

「ぐっふっふっふっふ・・・」

 ぶくぶくと太った醜い男が4、5人の取り巻きを連れて店内に入ってきた。

 

「……グラウスだ」

「……やな野郎が来やがったぜ」

「……最低の闘神だよな」

 

 ……店内にひそひそと話し声が広がったが…

 

 …ギロリ…

 

 入ってきた男が一瞥をくれると波が引くように静かになった。

「……あの、グラウス様。…今日は何に致しましょうか?」

 茜色の髪をした、かわいらしいウエイトレスの女の子が、おずおずとそうたずねた。

「おーー! セリアちゃん、もちろん君に会いに来たんじゃよ」

 グラウスと呼ばれたその男は、いやらしい笑みを浮かべてそう言った。……はっきり言って、食事中に見たくない顔である。

 

「……セリアちゃんも、やな奴に目えつけられちゃったよなあ」

「……いくら闘神が絶対とはいえ」

「……セリアちゃん、去年負けた奴のパートナーだったからな」

「……ますます立場弱いよなあ」

 

 再びひそひそ声が起こるが、グラウスの一睨みでまた収まった。

「あっ、……いや、やめてください…」

「ぐっふっふっふ…」

 グラウスはセリアという少女を抱え上げて、好き放題していた。

「くっ!」

 二十一が立ち上がろうとするのを、椿がぐっと制した。

 何も言わないが、その目は必死に押さえてくださいと訴えていた。

「しかし…」

 二十一が何か言いかけた瞬間……

 

「…いいかげんにしやがれ! こおぉぉんの醜男がぁーーー!!」

 

「ぐふっ?」

「……シィル…」

 盛大なたんかをきったのは、無論…言うまでもなくシルフであった。

「そのつら見てると飯がまずくなるんだよ!」

 うっぷんをすべて込めた、ものすごくひどい物言いである。

「なっ、なっ……」

 面と向かってここまで言われたのは、グラウスもはじめてだろう。

「お……お嬢さん、…さすがに温厚のわしも、そこまで言われては黙ってはおれんぞ」

 セリアを膝からおろして、グラウスはこめかみをひくひくさせながらそう言った。

「フフン! …面白いじゃない。どう黙ってられないのかしら?」

 相変わらず、人を小馬鹿にするような物言いである。

「小娘が!」

「なによ醜男!!」

 まさに一触即発の事態である。

 

「…グラウス、…やめておけ」

 

「えっ、…エグゼスさま…」

 その事態を止めたのは、ちょうど店に入ってきた2人ずれの片方の男であった。鋭い眼光をした、まだ二十代後半に見える堂々とした体躯の男である。

「…わかりました。……ちっ、おぼえてろよ」

「やーよ! あんたの顔なんて、そっこーで忘れたいわね!」

 店から出ていくグラウスに、シルフはあっかんべーをした。

「ふふっ、さすがはシルフィナ様ですね」

 エグゼスと言われた男とは別のほうが、そう言った。

「誰よあんた?」

 眼鏡をかけた、どこか不健康そうな中肉中背の男は、うすら笑いを浮かべた。

「覚えておりませんか? …かつてはゼスにいたこともあります。

 シルフィナ様が小さい頃に、確か1度お会いしたのですが……」

「……悪いわねえ、全然おぼえてないわ」

 シルフはそう言うと、ニヤリと笑った。

「ユクセル…と言います。どうかお見知りおきを…」

「ユクセル、行くぞ」

「ではこれで…」

 現れたときと同様に、2人はすぐに去っていった。

 

 それと同時に……

 

「「「「うおおおーーーー!!!!!!」」」」

 

「なっ! ……なに?」

 

「すっごいかっこよかったぜ、姉ちゃん!!」

「あのグラウスの顔ったらないぜ」

「すっごい、きもちよかったーーー!!」

「姉ちゃん! 今日は俺達のおごりだ! じゃんじゃんやってくれ!!」

 いっせいに歓声が起こった。

 

 一瞬びっくりしていたシルフだったが…

 

「とーぜんよ! 私は悪に屈さない!!」

 Vサインをして言い放った。

 

「かっこいーー!!」

「しびれるぜ!!」

「最高だぜ!!」

 

「みんなー! 応援よろしくぅーー!!」

 

 結局、やんややんやの大騒ぎとなった。

 

 

「……シィル!!」

 悠然と店を出ていったシルフを追いかけて、二十一はそう呼び止めた。

「あぁーーら、二十一さん。どちらにいらっしゃったのかしら?」

 シルフはじと目で二十一を一瞥すると、しゃあしゃあと言ってのけた。

「あ、いや…」

「まさか酒場に居た…なぁーんてことはないでしょうね」

「それは…、…それよりあの2人は?」

「ええ、永世闘神エグゼスだったわね」

「もう1人のほうは、シィルのことを知ってるみたいだったが…」

「ああ、…魔法科学工学博士、ユクセル・アルハウザーね」

 シルフがこともなげに言った。

「その専門に関しては、まさに天才なんだけど……はっきり言ってくずね」

「そうなのか…」

「それよりも…」

 シルフは真剣な目をして二十一を見た。

「私の知ってる二十一だったら、あの場面…なにがなんでも止めたはずよ!

 相手が誰だろうと、そこがどこだろうと、一瞬の躊躇もしなかったわ!!」

「シィル……」

「…負けないから…

 

 …絶対に負けないから!!」

 

 そう言うと、シルフは一度も振り向くことなく宿屋のほうに消えていった。

 

「……シィル…」

 

 

 

 


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