「ぜったいに、いやだーーー!!!!!!!!!!!!」

 

「……………て…ん…」

 数え終えた、シュリがそう思った瞬間だった。

「えっ…」

 風を感じて、顔をあげたそこには、さっきとはまるで違う光景。

 

「うわあああああああああああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 

 口からは、叫びとともに血をダラダラと流しながら、空に浮かぶシルフの姿がそこにあった。

「こっ、これはっ!?」

 審判兼任としては問題なことに、展開についていけていないシュリだが、テンカウントを終える前にこの光景になっていたことだけは、周囲の状況から把握できた。

 

「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 

 もはやシルフの口からは意味のある言葉は出ていない。出るものと言えば、魂から紡がれる叫び声と、内臓がやばいことになっていると推測されるほどにあふれ出るおびただしい量の真っ赤な血のみだった。

 下を向いたままのその表情はうかがい知れないが、その跳ね上げられた両手の上に、白と黒の魔法球が現れる。

「まさかっ!」

 その魔法を直接は見たことのない二十一だったが、直感的に何をしようとしているのかがわかり、驚きの声をあげた。

 ゆっくりとその顔を上げる。

「っっ!!!」

 百戦錬磨のビルダーが、思わず知らずに恐怖したのも、無理からぬことかもしれない。

 一切の色を失った幽鬼のような表情の中、眼差しだけが異様にギラギラと光っていた。

 

「かいしょく!」

 

 パァンと手を打ち鳴らす。それと同時に、両手の上の白黒の魔法球がぶつかる。

 

「はかい!!」

 

 混ざり合った? …白と黒に明滅を繰り返す魔法球を捧げ持った両手を、すっと前に突き出す。

 

「こうせん!!!!!」

 

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 世界を切り裂くかのような、一条の閃光。

 シルフの両手から繰り出された、白と黒の入り交じった…文字通り灰色の光線は、一直線にビルダーの持つポールハンマーへと伸びていた。

 否、ポールハンマーというよりは、そこに取り付けられている宝玉…魔力を吸い込む吸魔石へとだ。

 

「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 

 自身の持つ最強呪文”灰色破壊光線”は完全な状態のシルフをもってしても、制御は大変難しいものだ。事実、既に制御は失敗している。

 本来の灰色破壊光線は、文字通りの灰色などではない。

 強大なエネルギーを放出することにより光そのものの色とも言える白になる白色破壊光線と、あらゆる周囲のエネルギーを吸収することにより一切の色を持たぬ黒になる黒色破壊光線、その完全に真逆な二つを完全に制御することにより、白でもない、黒でもない、無論灰色などでもない、色という概念から外れた無色…無の色を持つ究極の破壊光線、それこそが時代最強の魔術師、シルフィナ・ヴァルス・ガンジーの誇る最強の魔法、”灰色破壊光線”なのだ。

 現在の白と黒の破壊光線が中途半端に反発しあい、その為灰色に見える状態のこの失敗した灰色破壊光線は、単なる桁外れに強いだけの、白色破壊光線と黒色破壊光線のランクアップ版にすぎない。

 

「なっ、なんていう魔法だよ!」

 

 もっともそれでも、ビルダーの記憶にある最強魔法の軽く100倍以上の威力はあった。

「くぅぅ!!!」

 ポールハンマーを構えて灰色破壊光線をふさぐ、いや、なんとかしのいでいるビルダーであったが、内心は恐怖で叫びだしたいところだった。

 自身の鍛えた心技体、そのいずれかに頼っているのなら、まだ恐怖は押さえられる…というよりは納得できる。

 だが、今のこれは違う。なんだかわけのわからないものが、愛用のポールハンマーにいつのまにやらつけられている。それだけでも納得いかないというのに、現実に現在、頼っているのはそのわけのわからないものにだというのだ。

 そのわけのわからないものが、どれだけ保つのかなんて、到底わかりようはない。しかも、そいつが無くなったら、この凶悪極まりない魔法をモロに食らうことになる。

 そうなったら最後、死ぬしかないのは火を見るより明らかだった。

 

 もちろん、勝機がまるでないわけではない。

 

 シルフの状態はどう見ても半死半生、戦闘不能一歩手前どころか、完全にその状態に足を踏み込んでいる。そうにしか見えない。

 あと一分、いや、それこそ何秒もたたないうちに、勝手にこけてくれる可能性は高い。

 それでも、それでもだ。

 

「参った! 降参だ! だからこいつを止めてくれ!!!」

 

 そんなあやふやなものに賭けられない。頼りになるかどうかもわからない、なんだかわからないものになど、賭けられるはずがない。

 ビルダーは傭兵だ、その辺の計算は正確で早い、そうでなくてはこの動乱の乱世を生き残って来れたはずがないのだ。

 

「降参、降参です! ビルダー選手が負けを認めました!! シルフィナ選手!! 試合終了ですよ!!!」

 

 シュリがそう叫んだのも、戦闘終了をつげる役目からというよりは、ビルダーと…そして、シルフの身を案じたからだった。

 

 

「シィル!!!!!」

 

 

 続く二十一の絶叫。

 それが聞こえたのか、かき消えるように灰色破壊光線が止まる。そして…

 

 

「シィル!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 …重力に逆らう力も失ったように、ただ落ちるだけだった。

 

「くっ!!」

 

 二十一がすぐさま落下地点にまで回り込み、シルフが闘場に激突するのだけは避ける。

 

「シィル、シィィイィィィーーーール!!!!!!」

 

 二十一の声にも何の応答もない。かすかに聞こえる呼吸音のみが、シルフの生存をかすかに証明しているのみだった。

 

 

 

「医療班! 何をしている! 担架だ! 早くしろ!!!!」

 貴賓席でも、ユクセルが大騒ぎで命令を出していた。その焦りようは、まるで恋人が倒れたようだった。

「ふむ、やはり説明は必要だったようだな。ビルダーが降参したのはその事に帰結する」

 ユクセルとは対照的に、エグゼスは冷静にそう結論つけた。

 同じ元傭兵同士、ビルダーの心情は痛いほど理解できたのだろう。

「そんなことはどうでも…ああ、ようやく来たか、遅い! 早くしろ!!」

 ユクセルにはエグゼスの言葉は、半分も入っていない。闘場から担架でようやく医務室…そのまま病院へ直行するだろうシルフの様子を、ハラハラと見つめている。

 側でそのままついていく二十一と、どちらが恋人なのかと思わずにはいられない様子だった。

 

 

「とにもかくにも、残すは決勝戦のみ。それも予想通りのカードになったわけだ」

 

 

 エグゼスが、そう締めくくった。

 

 

 

 

 

 


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