同じ時代に大陸最強をうたわれる天才がいるが、天才という意味では彼女もまた…天才であった。
初めて戦場に立ったのは、歩くことを覚えたのとほとんど同じであった。
二十歳そこそこであるというのに、キャリアも20年近く…好む好まざるに関わらず、彼女の人生は戦いの歴史そのものであると言えた。
リーザスの魔女…人は彼女をそう呼んだ。
その呼称はまぎれもなく畏怖を含むものであったのだが、リーザスの者にとっては畏れつつも頼もしき守護者を言い表していた。
その呼称はいつから…何をもって、彼女のことを示すようになったのか。
…彼女が三つの頃からずっと戦場に立ち続けていたからだろうか…
…彼女が魔物との戦闘…否、戦争に勝ち続けていたからだろうか…
…彼女が魔人を、リーザス城に封じ込め続けていたからだろうか…
どれもが理由であり、どれもがすべてではない、あらゆる要素をもってして、彼女はリーザスの魔女なのだ。
「それでは! ただいまより闘神大会準決勝、第一試合を行います!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」」」
シュリの宣言に、観客が大歓声をもって応える。
「では、龍のコーナーより、伝説の勇者、山本二十一選手!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」」」
更なる大歓声に迎えられて、二十一が闘場の上にあがる。
「続いて、鬼のコーナーより、リーザスの魔女、アスカ・カドミュウム選手!!」
「「「わあああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」」
幾分おとるものの、それでも十分な歓声の中、アスカが舞台へと上がる。
「それでは! はじめっ!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」」」
シュリの宣言が、今日最高潮の大歓声の中に飲み込まれる。
そんな中、ゆっくりと二人が対峙する。
「…それで、結論は出ましたか?」
アスカがゆっくりと二十一に尋ねる。何の…ということは聞かない、二人にはわかりきったことだから。
「ええ、出ました」
迷いなく、二十一がまっすぐな視線を返す。
「そうですか。…それでは、お聞かせ願えませんか」
「はい」
ゆっくりと吟味するように、二十一は頷くと…
「まだ、決められません」
きっぱりと、二十一は言い切った。
「…お聞かせ、願えますか」
二十一の答えに、アスカが同じ言葉をもって再び聞いた。
「アスカさんのお話は聞きました。大変だと思いましたし、僕でなんとかできるのなら、そうしようとも思いました。
…でも、それは僕の決断でしょうか」
二十一の答えを、アスカはじっと見つめながら聞く。
「アスカさんの話は、あくまでもリーザスの立場ですよね」
その確認ともとれる二十一の言葉に、アスカはゆっくりと微笑みを返す。
「ですね。
…客観的に述べたつもりではありますが、私がリーザスの人間である以上、そうであることは否定できません」
「いえ、それを悪いと言っているんじゃないです。…だって、僕が何も知らなかったことは本当だったんですから」
二十一は苦笑しながら、そう言葉を続ける。
「だから、僕は世界を見て回りたい。今までのようなギルドに属するんじゃなくて、フリーで世界中をまわりたいんです。
そこで僕は、いろいろ考えたい。何をしたいか、何が出来るかを」
「…わかりました」
二十一の話を聞いていたアスカが、ゆっくりと口を開いた。
「つまり、今はリーザス王にはなれないということですね」
「そうなりますね」
二十一は若干緊張しながらも、そう答える。
「…それでも、絶対になってくれないということでもないんですよね」
アスカがどこかおどけたような調子で、そう聞いてきた。
「えっ、えっと、それは、その、そうですけど」
「シュリさん、私の負けです」
「えっ?」
「へっ?」
二人のポカンとした表情に、ころころと笑いながら、アスカがもう一度言った。
「私の負けを認めます」
「え、ええっと…」
「アスカ・カドミュウム選手のギブアップにより、山本二十一選手の勝利です!!」
まだ混乱している様子の二十一を置いて、シュリが試合終了の宣言をした。
「「「「「…………………ブッ…ブウウゥゥーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」」」」」
遅れて、大ブーイングが闘技場に響き渡る。
「う、うう、私のせいじゃないのに…」
シュリがいじいじと地面に『の』の字を書く。その横で、ブーイングもどこ吹く風で、アスカが闘場から降りる。
「まっ、待ってください!」
ようやく戻ってきたようで、二十一がアスカにそう呼びかけた。
「はい、どうしました?」
何か起こったんですかと言わんばかりに、アスカがそう問い返す。
「僕はまだ、リーザスの国王になるとは決めていないんですよ」
「そうですね」
「それなのに、なぜ?」
そんな二十一の問いに…
「…私はリーザスの魔術師である前に、この大陸の一市民です。あなたがこれから出す答えに、きっと賛同できると信じていますから」
にっこりと笑って、アスカはそう言い切った。
「は…はぁ」
「ただし…リーザスの敵になる場合は、やっぱりそれなりに覚悟していてくださいね」
いくつも変わらないはずなのに、そう茶目っ気たっぷりに答えるアスカとは、実際の年齢以上に差があるように二十一には感じられた。
「軽くあしらわれてるなあ、二十一ってば」
闘場下からその様子を見ていたシルフは、そう思うと苦笑するしかなかった。
こんなエピソードがある。
このエピソードは、今ではほとんどのリーザスの民が知っているが、その当時は誰一人知らない…知られてはいけないものだった。
……………………
…………
……
「…ここまで、ですね」
疲れた表情で、リーザス白軍将軍エクス・バンケットがつぶやいた。
リーザス城にたてこもっての徹底抗戦。はじめからそれは勝利を求めてのものではなかった、ただの意地、人としての意地が行わさせたものでしかなかった。
しかし、その意地も数ヶ月にわたる戦争で、疲弊しきっていた。
既にトップはいない。リア王女は側近のマリスとともに魔王ランスへの謁見を行い…そのまま行方不明となっていた。
悲壮な決意と共に、リーザスの民のために魔王と化した夫との会見に挑んだ…とされているが、真意のほどは定かでなく…永遠に定かになることはないだろう。
リーザス城の前で陣を構えるのは、魔王の本陣ではなかった。魔王ランス率いる本陣は、リーザスを前にしてすでにとって返していた。
リーザス城を…リーザスを落とす使命…否、指名をおびたのは、リーザス侵攻総将軍…魔人カミーラであった。
後の歴史書には、リーザス残党軍はカミーラ率いる魔王軍リーザス侵攻部隊を相手に半年間戦いぬいたと語られることになるのだが、実際はそうではなかった。
カミーラは指示を出すだけで軍を率いることは一切なく、陣の中にハーレムを作って戯れていたというのが事実であり、それを示す逸話も伝承の中で数多く残されている。
烏合の衆と化した侵攻部隊を相手に、なんとかかんとか半年間をしのいできたというのが現状であり、それほどまでに気の遠くなるほどの戦力差が両者にはあったということである。
「くっ、なんということだ」
リーザス黒軍将軍…総大将を兼ねるバレス・プロヴァンスが、何度目かになる言葉を口にする。これまでと違うところは、その口調から覇気がなくなってきていることだろう。
「ボクにリック将軍ほどの力があれば…」
リーザス赤軍将軍…リックからその座を受け継いでいたメナド・シセイが悔しそうにそう言った。その言葉は半分正しく、半分間違っていた。
彼女はよくやっており、それはその場にいた将軍たちも、彼女が率いる赤軍の兵達も認めるところだろうが、彼女の力がリックにまだ及んでいないことは残念ながら事実であるので、半分は正しい。
ただし、仮に赤軍将軍としてリックがこの場にいたとしても、結果的にどう変わるかと言えば、まったく何も変わらないだろうということもまた事実であり、そのため半分間違っている。
「それで、実際はあとどれくらいなんじゃ?」
その場にいた最も小さな人影から、その質問は発せられた。
リーザスの行く末を決定する場に存在するには、あまりにも小柄なその人影は、まだ十にも満たない少女であった。
「…死力を振り絞って守り続けるなら、まだ一月くらいは持つだろうが…逃げる余力を考えるなら、後数日が限界だろう」
リーザス青軍将軍…リーザスの青き壁と呼ばれるコルドバ・バーンが、冷静にそう答えた。
「そうですか…」
はじめから重かった雰囲気が、これ以上ないのではと思えるくらいに重くなる。そんな中で…
「なー、じじー」
小柄な人影から、先ほどとはまるでことなる幼い声が出される。
「今、それどころじゃないんじゃ、アスカ」
まるで同じ所…いや、先ほどの声よりも上の方から言葉が発せられた。その少女がかぶっている着ぐるみ、それから発せられているようだ。
「またらんすが、おーさまになるんじゃないの? それじゃだめなの?」
着ぐるみの言葉に対して、そう質問をした。
「王は王でも、ちょっと違うんじゃ、うーむ、なんと言えばいいか」
着ぐるみが答えに窮しているところに、エクスが救いの手をさしのべる。
「人ならばいいのですがね、我々は人以外のものに上に立たれるのがいやなんですよ」
その言葉はそのものズバリであり、わかりやすくはあるのだが、どこか皮肉がまじっているようだった。
「じじーもにんげんじゃないぞ」
「なっ、…ううー、それはひどすぎるぞ」
アスカの言葉に、着ぐるみがショックを受けるが、アスカは気にせずに言葉をつづける。
「なんでひとじゃないものだったら、だめなんだ?」
「なんででしょうね、でもそれを我々は人の尊厳だと呼んでいます、簡単に言えば意地ですね」
「よくわからん」
アスカが顔中にハテナマークをつけていることに、メナドが苦笑して口を挟む。
「魔人に支配されると、人はひどい目に遭うからよ。ヘルマンやゼスはとてもひどいらしいよ」
「いじめるのか?」
「そうよ、ヘルマンの人口は半分になったそうだし、ゼスにいたっては7割は殺されたと聞いてる」
そのメナドの言葉に、アスカも黙り込む。内容はともかく、意味はなんとなく理解したのだろう。
「とにかく、我々に残された道は少ないですね」
アスカの質問は終わったと判断して、エクスが本題へと戻った。
「一つは、最後の最後まで、死ぬまでここに残って戦うか」
その提案を、悲壮な表情を浮かべてその場にいたみんなが聞く。
「一つは、余力のあるうちにこの場を放棄して、リーザス各地でレジスタンスとして戦うか」
それは、すでにヘルマンやゼスで行われていることであり、あまり光の見えない悲壮な戦いでもある。
「もう一つ、そのまま人としての尊厳を捨てて、家畜として生きていくというのもありますがね」
もっとも一般的に、世界中で行われていることであり、生存確率としてはもっとも上位にくるものであった。
「意地をとるか、生をとるか、究極の選択ですね」
エクスは皮肉げにそうしめくくった。
「…私たちの答えは、おそらく決まっていると思う」
静かになったその場で、そう切り出したのはメナドだった。
「でも、兵達みんながどう考えているか、どう思い始めているかはわからないし、ボクは強制はしたくない」
「ふむ、それで?」
「ボクは二番目を選びたい。それだとそれからのことはみんなが個人個人で選べると思うから」
そのメナドの言葉に…
「自分も将軍として、そう希望したいですね」
「わしもじゃ、儂自身はともかくとして、兵達をつきあわせるわけにも行くまい」
コルドバとバレスが追従した。
「…ですね、いずれにしても希望のある戦いではありませんが、意地を見せることにしましょう」
そうエクスが締めくくる。会談は終わった。道は決まった。そういう空気の中で…
「なんで、きぼうはないの?」
アスカがふたたびそう聞いた。
「あー、もー、あとでわしが説明するから」
アスカの保護者を自認する着ぐるみ…こと、アスカの祖父がそう答えるが…
「なんで?」
アスカ自身はおさまりがつかないようだ。
「我々の抵抗は、魔物までしか通用しないからですよ。ですから、魔人が出てきたら意味はない…そこまで限定された抵抗しかできないんですよ」
「なんで?」
「そういう原理になっているのですよ、我々の剣も魔法も、魔人には通用しないようにね」
「うー、だったら、でてこないようにすればいい」
「そう、そうなります。しかし、我々の抵抗が大きければ出てきます。つまり、ろくな抵抗しかできないということなんですよ」
世界中にレジスタンスの組織はある。人間の尊厳と意地をかけて、必死に抵抗している。
しかしながら、組織はある程度の大きさにとどまる、それ以上は大きくならない。
ある程度以上になると、魔人が出てくるからだ。そうして潰されるか、ある程度でとどめるしかないのだ。
「じゃー、まじんをとじこめる」
「そうできればいいんだけどね」
メナドが苦笑してそう答えると同時に…
「…たとえば、どこにですか?」
…エクスがそう逆に問いかけた。
「えっと、ここ」
「ここ、とは?」
「うー、おしろ」
「なるほど、リーザス城ですか」
「あ、あの、エクス将軍…」
なんだか変な方向に行っている話に、メナドがそう口を挟むが…
「しかし、魔人を閉じこめるほどの結界、その魔力はどこから得ればいいかな?」
「うー、うー、まじんにもらう」
「なるほど、閉じこめる魔力を、その閉じこめた魔人から得るわけですか」
「将軍…」
雰囲気が変わったことに、コルドバも口を挟むが…
「いけそうですね」
エクスが、うってかわって楽しそうにそう言った。
「エクス将軍、いけそうって」
「アスカちゃんの意見を採り入れて、このリーザス城に魔人を封じ込めるんですよ」
「そ、そんなことが…」
「…か、可能かもしれんですじゃ」
着ぐるみが震える声で、そう言った。
「籠はリーザス城、では棒を倒すタイミングはどうしましょうか、手動…は厳しいですね、では自動だと?」
そのエクスの問いかけに…
「…必ずすること、その魔人が必ずこのリーザス城ですることが決まれば…」
その祖父の言葉に続けるように…
「おーさまは、かならずあそこにすわる」
…アスカが最後の一押しを言った。
「決まりです。リーザス城に封印の呪を施します。魔力の中心は玉座、魔力の供給源も、そこに座ったものからいただきます」
「玉座から魔人を身動きさせないようにするわけか!」
バレスの質問に、エクスがゆっくり首を振る。
「そこまで自由をうばっては、なんとかして結界を外そうとするでしょう、ですからリーザス城から出さないようにするだけです。それだけの自由があれば、怠惰との噂のある魔人カミーラ、無理に破ろうとしない可能性が高いです」
賭けには違いないのですがね…と前置きしながらも…
「しかし、それだけでもその意味はとてつもなく大きい。
魔人が出てこない可能性がそれだけ高くなると、こちらのレジスタンス活動も、かなり活発に行えます」
「他の魔人が来る可能性は?」
「ないとは言い切れませんが、リーザスというなわばりが、既にカミーラにと決められている以上、可能性は極めて低いですね」
「助けを求める可能性は?」
「更に低いですね。自分の無能を宣伝するようなことをするとは思えませんから」
「じゃあ…」
「作戦を決行するのに、マイナスになる要素はなにもありませんね」
こうして行われた作戦は、功を奏することになる。
事実、リーザスの支配者となった魔人カミーラは、13年の長きの間に渡って城から出ることはなかった。そのことが結界だけの効用であるとは断言出来ないが、主要因の一つであると判断することは誤りではないだろう。
これによって、リーザスのレジスタンス活動は他国に比べて、規模、練度、統率力、すべてにおいて抜きんでており、その甲斐もあって、リーザスの被害は極めて軽微であった。
戦後、この逸話はリーザスの国中に広められることとなり、リーザスの魔女の名声はどこまでも高く登ったのであった。
闘神大会においても、その名声はかわることはない。
…リーザスの魔女は敗れない。ただ、去るのみである…