「リーザス国王になってください」

 

 発せられた言葉は簡単だが、その内容はどうだったろうか。

「えっ、えっと、そ、その…」

「はい、なんですか?」

 とまどう二十一に対して、あくまで優雅にアスカは答える。

「簡単なことって、…とてもそうは思えないんですけど」

 二十一はようやくのこと、それだけを口にした。

「そうですか? なってくれるだけでいいんですよ、それ以外には何も望みません。何もしなくていいですし…

 …逆に、何をしてもらっても構いません」

 ね、簡単でしょう?…と言うように、アスカは笑顔を浮かべた。

「…だけど、そんなこと周りが…」

「周りの意見なんて、この際関係ありません。聞きたいのは二十一さんの気持ちだけですから」

 しどろもどろの二十一と、余裕のあるアスカ、弁舌においてどちらに分があるかは一目瞭然であった。

「でも、突然すぎて、どうも…」

 ようやくにして絞り出した二十一の答えも、どっちつかずの曖昧なものだった。

「なるほど。国王になるということには、あまり魅力を感じないようですね」

 煮え切らない二十一の態度に、アスカが切り口を変えてくる。

 

「正直、恥ずかしい話なのですが…」

 

 そう切り出したアスカの話は、国王という確固たる支柱のいない現在のリーザスが、どれほど危機的な状況であるかということであり、それに加えて一つの予言をした。

 

「…再び戦争が起きる…そう、言うんですか…」

 その二十一の質問に、アスカはコクリとうなずくと…

「ええ、今すぐというわけではありませんが、この三国のバランスが崩れた時…それは避けられない事態となっているでしょう」

 きっぱりとそう答えた。

「…無論、私たちもそのような事態を避けるように努力を重ねています。

 ですが、国王がいないというのは、国として非常に脆いものなのです」

「…ぼくは…」

 何かを言おうとして、二十一は口を開いたのだが、それ以上は発せられることはなかった。なぜなら…

「…まあ、突然のことですし、すぐに答えを求めたりはしません。…そうですね、…次の試合までに考えをまとめていただけないでしょうか」

 …二十一の言葉を遮るように、アスカがそう言ったからだった。

「急なことですが、非常に大事なことなのです。ご容赦ください」

 アスカは言いたいことを告げると、優雅に一礼をして二十一に背を向けた。

「あ、アスカさんっ…」

「そうそう、一つだけ言い忘れていました」

 二十一の呼びかけに振り向くと、にこやかにほほえんで言った。

「プリンセス、…プリンセス・シルフィナ・ヴァルス・ガンジー…」

「えっ!?」

「彼女との未来を考えましても、二十一さんがリーザス国王になられると言うことは、非常に有益であると思います。

 …というよりも、それ以外の場合はあまり楽しくない未来が待っていると、私自身はそう思いますよ」

「……………」

「それでは、また闘場でお会いしましょう」

 絶句している二十一に構わず、アスカは言いたいことは言い切ったとばかりに、去っていった。

 

 

 

「…リーザス…国王か…」

 部屋に戻っても、二十一が考えることはそのことであった。

 三回戦直前に、シキに襲われた際にはほとんど気にもしていなかったが、こうしてリーザスの重鎮に直接言われては、考えざるを得なかった。

 

 …自らの出自のこと、…そして、シルフとのこと…

 

 魔王ランスに支配されていた間は、王家や王族といったものに意味はほとんどなかった。むしろ、賞金首…お尋ね者であった。

 …だが、時代が復興へと向かっている現在、その旗印としての国王というものが為す意味は大きく、そして…重い。

 その国王が不在であるリーザス…物心つく前に出奔したため、望郷の念こそないが…自らの生まれ故郷でもある。

「…正直、考えたこともなかったな…」

 ポツリと漏らしたその言葉こそ、二十一の偽らざる気持ちである。

 目の前のことしか考えてこなかった、そして、それはそれで十分であり…また、それ以上の余裕がなかったとも言える。

 しかしながら、自分のなしたこととはいえ、本人のあずかり知らぬところで、二十一の周りは大きく様変わりしてしまった。

 人付き合いが苦手というわけでもないが、人生の大半を人の少ない山里で過ごしていた二十一は、現在の「勇者」として扱われている自分に大きくとまどっている。

 

 …その上、国王とは…

 

 現実問題として考えることすら難しく、とまどうということをとうに越えていた。

 だが、考えざるを得ない…いや、考えなければならない問題であるということも、二十一は理解していた。

 アスカの語ったリーザスのこれからは、かなりの信憑性があったし、それを見過ごすことはできないのではないかとも思う。

 

 …加えて、間違いなくゼスの輝かしい未来を象徴している、ただ一人の王女…シルフとの今後のこと。

 

 いつまでも一緒にいられるものだと思っていた。

 彼女がそばにいない生活…そんなものは考えられなくなっていた。

 出会ってまだ一年と経っていないのに、ずっと昔から一緒にいた気がする。…そして、これからもずっと一緒にいたいと思う。

 

 …ただ、それだけは二十一の真実であった。

 

「…どうすれば、いいんだろうか…」

 …そのためにどうすればいいのか…一番知りたいそれが、一番わからないのであった。

 

 

 

 毅然とした歩みで進められる足は、闘神都市でも非常に豪華なホテルにその持ち主を入らせた。無論、歩みはそこで止まらない。赤い絨毯を進み、一つの扉の前に来てようやくその動きを止めた。

 鍵を開けようとして、かかっていないことに気づき、そのまま扉を開ける。

「女性の部屋に、突然押し掛けてくるのはマナー違反ではありませんか」

 部屋に入ると待ち人の顔も見ずに、帰ってきた人物…アスカはそう声をかけた。

「失礼とは思いましたが、留守でしたので待たせてもらっていました」

 そう答えると、アスカの部屋にいた人物は読んでいた本から顔を上げた。

「そちらの仕事はもう済んだのですか、将軍」

 外套代わりのローブをハンガーに吊りながら、アスカがそう尋ねた。

「ええ。あとのことはリハビリもかねて、リック将軍に任せてきました。

 リック将軍の復帰と総大将…黒軍の将軍への就任の号令は、君が帰ってきてから盛大に行うつもりです」

「もう一つ、大号令を発したそうですね、エクス将軍」

 待ち人…リーザス将軍、エクス・バンケットに、アスカはにこやかにそう聞いた。

「無論、山本二十一くんの国王就任、これ以上のニュースはないでしょう。首尾はどうなってます?」

「さあ、決めるのは私ではございませんから。将軍も何か飲みます?」

 備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出しながら、アスカが答えた。

「いえ、…それにしても…」

 エクスは改めて室内を眺めながら、ため息をついた。

「…この都市の発展ぶりは、めざましいですね」

 エクスの胸中を代弁するかのように、アスカが口を開いた。

「ええ、日中も町の様子を見てきましたが、復興途上のリーザスとは比べものにならない。ましてや復興し始めたばかりのヘルマンやゼスに至っては…」

 言わずもがなのことであった。

「防衛能力の点においても、あの外壁…いえ、城壁を破るのには苦労しそうですね」

「軍事力も相当なものです。私兵の数も少なくはないですが、なんと言っても闘神の力は侮れませんね。現状では三国に匹敵…下手すれば、それ以上の力を持っているかもしれません」

 エクスとアスカの評するように、魔物の手から離れた大陸唯一の楽園…少なくともそう思われてきた…闘神都市の発展ぶりは、周囲に比べて図抜けていた。

「そのためにも、永世闘神エグゼスからこの都市の実権を奪う必要がありますね。…もっとも、そのことは予想以上に容易のようですが」

 エクスはそこで表情をくずして、アスカに視線をやった。

「まあ、私が勝ち残るにしても、二十一さんが勝つにせよ、シルフィナ王女が勝つにせよ、エグゼスには勝てると思いますね」

 エクスの視線の問いかけに、アスカは冷静にそう評した。

「まあ、なんにせよ、彼の答え待ちです」

 

 

 

「………………ふぅ」

「……………………」

「………………んー」

「……………………」

「………………はぁ」

「………(ムカッ)」

 

 …パタン!

 

「あんたねえ、私の快方祝いに顔を出したんじゃないの!?

 目の前で不景気な顔をして、ため息をついてるんじゃない!!」

 読んでいた本を大きな音を立ててたたんで、ベッドに腰を下ろしていた少女…シルフが声を荒げた。

「あ、ごめん」

 二十一は素直に謝りつつも、その表情はあまり冴えなかった。

「私が寝てた間になんかあったわけ?

 …アスカさんが来てたって、聞いたけど」

 いらつき半分、心配半分の表情でシルフが二十一に聞いた。

「…うん、ちょっとびっくりしちゃって…どうしたらいいのかなって、思ってね」

「いいから、言ってみなさい」

「……うん、…国王に…リーザス国王にならないかって…そう言われた」

 

「………ふーん」

 

「あれ、驚かないの?」

 シルフのあまりの変化のなさに、二十一が思わず問い返す。

「まあ、そんなところかな…とは思ったしね」

 二十一の素直な問いに、シルフは苦笑混じりに答えた。

「で、どうしたいわけ?」

 シルフの問いかけは簡潔でいて、それでいて答えづらいものだった。

「…正直、とまどってる。どうすべきなのかなって」

 昨日一日考えたが、とまどいはやはり晴れなかった。

「どうすべきかじゃないの、どうしたいかだよ」

「…情けない話、どうしたいのかもわからないんだ」

 心底情けないと言った顔で、二十一がそう答えた。

「そりゃ大変だ。どうしようもないね」

 シルフの答えは、簡潔でいて、完結していた。

「…そうなんだけど、そういうわけには…

 …明後日、…準決勝が始まる前に返事をしないといけないんだよ」

「なんで?」

「…なんでって、そういう約束だし…」

 ポンポンと軽く飛び出すシルフの言葉に、二十一はしかられてる子どものように答える。

「それはあっちの都合でしょ。二十一が聞かなきゃあいけないものじゃないわ」

「でも…」

「大事な選択よ、きちんと考えて後悔しないように決断して」

 シルフの言葉は正しく、重い。

「………」

 二十一はただ押し黙る。…そんな二十一の様子を見つめて…

「…私がこうしたらいいというのは簡単よ。私自身、こうして欲しいというのもないとは言わないわ。

 

 …でも言わない。…しっかり悩んで、きっちり決断して。…自分自身の考えでね」

 

 シルフはにっこり笑って二十一を見ると…

「…私は二十一の意見を尊重するわ。…うん、…大丈夫…」

 …そう言って、二十一の手をきゅっと握った。

「…うん。…ありがとう、シィル」

 シルフの手を握り返すと、二十一はふっきったように微笑む。

「…ダメだなあ、僕は。…またシィルに決めてもらおうとしてた。

 …うん、よく考えてみるよ」

「うん」

「いろんなことを考えて、一番後悔しないものを…そう、思えるものを、…自分で決めるよ」

「…うん、がんばれ」

 シルフはそう言って、二十一に優しく微笑んだ後…

「…とにかく、決勝は私たち二人よ」

 …いたずらっぽく笑って、そう言った。

「うん、そうしよう」

 二十一もそれに笑って応じるのだった。

 

 

 

 …そして、様々な思惑が交錯する中…

 

 ……準決勝の朝を迎える……

 

 

 

 


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