「魔王様、ケイブリス軍の使者が来ています」
ランスはそのホーネットの報告に、露骨に顔をしかめる。
「・・・ケイブリスからぁ?」
「どうしますか・・・」
気にも留めていないようにホーネットが言う。
「ちっ、わかったよ。会えばいいんだろ」
しぶしぶランスはそう答えた。
「・・・・・・ケイブリスが、・・・死んだ?」
「はっ、激しい一騎打ちのすえ・・・」
その使者がもたらした報告は大きな衝撃をあたえた。
「・・・あのケイブリスが、・・・・・・信じられない」
そのサテラのつぶやきが、その場にいたすべての者の心を表していた。
「・・・それよりも、私の聞き間違いでなければ確か、・・・一万の兵を率いていた、という話でしたね・・・」
ホーネットも、驚きの表情を隠せずに聞いた。
「・・・はい、間違いありません。なぜなら私もそれに参加していましたから」
「・・・それなのに敗れたと?」
その使者は言葉なくうなずき、そして口を開いた。
「・・・こう言ってはなんですが、・・・鬼神の如き強さでした。
・・・すさまじい魔法で我が軍を引き裂いたかと思うと、聖刀日光を持った男が稲穂の首をはねるように、我々の首をはねていき、そして行われたケイブリス様との一騎打ちにおいてでも・・・。
・・・正直言って、格が違いました」
そこまで言われると黙るしかなかった。
「・・・く、くく、くっくっくっく・・・あっはっはっは・・・」
その沈黙を破る笑い声・・・。
「・・・魔王・・・さま?」
「・・・ランス?」
「?
・・・どうしたのパパ?」皆が呆然とする中、ランスの笑い声は止まらない。
「くく、ははは・・・。これが笑わずにいられるか。
ケイブリスを倒しただって、がっはっはっは・・・」
「・・・・・・、失礼ですが魔王様、笑い事ではございません・・・」
「くっくっく・・・、何言ってやがるホーネット。ケイブリスを倒すほどの人間だとよ、・・・くくく・・・。
・・・・・・おもしれえじゃないか・・・」
そう言ったランスの表情に、ホーネットは思わずぞっとする。そして、まるでヘビに睨まれたカエルのように、足の震えが止まらなかった。
「おもしろい。・・・おもしろくなってきやがったぜ。
・・・こうでなきゃな、・・・こうでなきゃあおもしろくない」
先ほどの沈黙とはまた別の沈黙が空間を支配する。
・・・ジル、父ガイ、そしてリトルプリンセス・・・来水美樹と三人の魔王を見知っているホーネットであったが、魔王と呼ばれる存在に真に恐怖したのはこれが初めてだった。
ホーネットは確信していた。
歴代の魔王の中でその強さにおいてこの男に敵うものなどいないだろうと、・・・一万年以上つづく魔王の歴史においておそらく史上最強であると・・・。
それは、唯一ホーネットを不安にさせる材料であるはずの・・・その強さの根幹からしてもであった・・・。
その魔王城へと直接つながる大きな森の中、二十一を先頭にした勇者様ご一行の姿があった。
「意外にちょろかったね」
残念がっているようにも取れるシルフの感想であった。
「確かに・・・。考えてみれば、あの番裏の砦の存在価値は魔人達と人類との国境としてのものであって、もう十数年も前にその価値は失われていましたね」
カフェもシルフの言葉の内容には賛同する。
「まあ、ちょろいにこしたことはなかったよ、シィルもこんな状況だし・・・」
二十一はそう言ってシルフの髪の一房をつかむ。
「痛いってもう、引っ張んないでよっ!」
そう言われても、二十一は放すつもりはないようだった。シルフの髪は染め上げたかのような白銀色になっていた。
「おそらく限界一杯まで魔力を引き出した影響ですね」
カフェが誰にともなく説明をした。
「・・・もしかして怒ってる?」
シルフが上目がちに二十一の顔を覗き込む。
「当たり前だ!
・・・まったく、こんなになるまで・・・」二十一が憤然と答えた。
「でも、それ言ったら二十一が悪いんだから。もっと早く倒しなさいよ!」
「簡単に言うなよ。ふう、カフェさん、これ治りますか?」
二十一はシルフの髪を掴んだままカフェに聞く。
「ええ、おそらく魔力の回復と共に元に戻ると思いますよ。昨日の段階では真っ白でしたもの」
シルフはいやいやするように頭を振って言う。
「いいかげん放してよ、もう!
・・・でも昨日、鏡を見たときは驚いたわ、一瞬おばあちゃんになっちゃったかと思ったもの」
[とりあえず今日はこの森で野宿をして、シルフさんの魔力の回復を待ちましょう]
「そうですね、このままじゃあこいつは役立たずだし・・・」
二十一はそう言って、シルフの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「やめてってば!
・・・それに魔力だってもう大分回復してるわよ。・・・そりゃあ、灰色破壊光線みたいなきついのは無理だけど・・・」
「あれはすごかったですね、千年近く生きていますが、あんなすごい魔法を見たのは初めてでした」
シルフの言葉に思い出したようにカフェが感想をもらす。
「えっへん!」
そう言って胸を張るシルフの頭を、二十一がコツンと叩いて言う。
「調子に乗るな」
「・・・パパ」
「ん、どーしたリセット・・・」
玉座に座るランスに体をあずけるようにリセットが抱きつく。
「・・・リセット?」
「・・・ううん、なんでもない・・・」
ランスの胸に顔をうずめたまま答える。
「そうか・・・」
ランスはそう言うとリセットの髪を撫で上げて行く。
「・・・・・・ねえパパ。
・・・パパはずっと側にいてくれるよね。いつもリセットの近くにいてくれるよね」
「・・・・・・。
・・・ああ、もちろんだ・・・」
遠くを見つめたままランスは答えた。
「ねえ、二十一」
「んー、なんだシィル」
小枝を手で折りながら答える。カフェは近くの川に水を汲みに行っており、日光も人型になってそれについていっている。
つまり、二人っきりというわけである。
「二十一はすごいよね・・・」
たき火を見つめたまま、つぶやくように言った。
「・・・何が?」
「・・・・・・・・・」
しかし話をふってきたシルフからはなんの反応も帰ってこなかった。
「・・・なんか言えよ・・・」
少し頬を染めて二十一が言った。
「・・・二十一は怖くない?」
「・・・戦う・・・ことか?」
うん・・・と、シルフはうなずきながらつづける。
「・・・あたし、・・・こわいんだ・・・」
ぶるっと震えると、シルフは膝を抱きかかえて丸くなる。
「シィル・・・」
「・・・すごく怖かった。どれだけ魔法を唱えても、どんなにすごい魔法を唱えても・・・。・・・来るの、来るのよ!
次から・・・次から・・・次から・・・次から次から次から!!」
ふるえながらそう言うと両腕で自分の体を抱きしめる。
「・・・」
その様子に二十一に言える言葉はない。
「泣きたかった、怖いって叫びたかった・・・」
ガチガチというシルフの歯の鳴る音まで聞こえてきそうだった。
二十一はシルフの隣に座り肩を抱く。
「・・・シィル・・・」
「怖かったんだから、・・・ほんとにこわかったんだから!!」
二十一はシルフを引き寄せると、ぎゅっ・・・と力強く抱きしめる。
「・・・ごめん・・・。
・・・怖い思いをさせて」
二十一の腕の中でしだいにシルフの涙腺がゆるんでくる。
「・・・ほんとに・・・ぐしっ・・・、うう、・・・ほんとにこわかったんだからー!!」
二十一の胸の中で、顔をくしゃくしゃにさせて大泣きする。
・・・何も言わない。・・・何を言えばいいのかわからない。
だから・・・、ただ強く抱きしめる。
「・・・すん・・・、・・・二十一」
「ん・・・」
「・・・ありがと」
顔を見せずにシルフがつぶやくように言った。
「・・・いいさ、これくらい。・・・男だからな」
「・・・くす、背伸びしちゃってさ。でも・・・二十一の胸、おっきいんだね」
シルフがちょっと顔を赤らめて言う。
「そりゃまあ、・・・男だかんな」
同じく顔を赤くして二十一が答える。
どちらからともなく見詰め合う。そして・・・。
「・・・お待ちどう様。水を汲んできまし・・・あら」
川に水を汲みに行っていた日光がちょうど帰ってきた。
「「あっ、これはその・・・」」
二人の声が見事にハモる。
「くすくす、仲がおよろしいようで・・・」
そう言われて抱き合っていることに気付き、ぱっと離れる。
「ちがうんです、日光さん」「ちがうの、日光さん」
またまたハモる。
「はいはい、わかりました」
苦笑まじりに日光が答える。
「「うーーーー」」
不満の声までハモっていた。
「・・・あっ、ところでカフェさんは」
二十一がなんとか話をそらそうとする。
「もうそろそろで来ると思いますよ。
くすくす・・・、私ももうちょっとゆっくり来るべきでしたね」
しかしどうやら失敗に終わったようだ。
「・・・もう、二十一のせいだかんね」
シルフがそう言って肘でつっつく。
「ぼっ、僕のせいか?」
それに対して、シルフはペロリと舌を出す。
「ゴメンゴメン、いいじゃん、そーいうことにしといてよ」
「ったく!」
その反応に女二人が笑い出し、それにつられるように二十一も笑う。昼でも暗い森の中に明るい笑い声がひびく。
「・・・でも、二十一はすごいよね・・・」
「ちぇっ、なんだよさっきから」
まださっきの不満が残っているようでぶっきらぼうに二十一が答える。
「だって、これから自分のお父さんと戦わなきゃいけないってのに、あたしだった・・・ら・・・」
二十一の目を見たとたん、シルフは言葉を発することができなくなった。
「・・・どーいう・・・ことだ?」
その二十一の眼光は人を睨み殺せるほどだった。
「二十一・・・?」
「どういうことだと聞いているんだ!」
二十一が立ち上がり怒鳴った。そのためにシルフは気圧されて言葉に詰まる。
「えっ、あの・・・」
その横で日光はただ目を伏せる。
「魔王が・・・、魔王ランスが僕の父上だって言うのか!」
「もしかして、知ら・・・」
「日光さん!
知ってたんだろう! なのにどうして・・・」二十一の目が今度は日光をとらえる。
「・・・・・・・・・」
何も答えない。
「日光さん!!」
日光の答えはわずかに一言だけであった。
「・・・ごめんなさい・・・」
「・・・!!」
「あっ、二十一・・・」
「くっそーーーーーーー!!!!」
そう怒鳴るとおもむろに走り出す。
・・・・・・
・・・どっばっしゃーん・・・。
・・・きゃあ、何、二十一君、ちょ・・・ちょっと・・・。
二十一の消えた方でカフェの声が聞こえた。
「ごめんなさい・・・あたし・・・」
日光は涙まじりにあやまるシルフの肩をそっと抱く。
「あなたが悪いわけじゃないわ」
「・・・もう、せっかく汲んできたのに・・・。ん、何?
どうしたの?」一人、場の空気の読めないカフェであった。
「・・・そう、そんなことが・・・」
ようやく納得したようにカフェがつぶやく。
「あたし、・・・あたしが悪かったの。あたしがその、知ってるって思って・・・」
涙をぬぐいながらシルフが言う。
それに対して、日光はただ首を振った。
「いいえ、あなたが悪いわけじゃない。
・・・そう、本当はもう知っていなければならなかったのに、私が今の今まで・・・。
シルフさん、逆にあなたにはお礼を言わなければならない・・・」
「・・・そんな」
「もしあのままだったら、なにも知らないままだったら・・・
・・・ほんとうにありがとう」
日光はそう言って頭を下げる。
「そ、そんな!
お願いですからやめてください!」シルフがあわてたように手を振る。
「・・・でもとりあえず、このままってわけにはいかないわよ。・・・んー、どうも私が一番適役みたいね」
カフェがそう言って立ち上がる。
「カフェさん、お願いします」
「お願いね、カフェ」
「まかせておいて」
カフェはそう言って胸を叩いた。