二十一は森の開けた小川の方にまで駆けてきていた。
「・・・ちくしょう・・・」
目の前の木を何度も何度も殴る。
後から後から涙があふれてきた。泣くまいと思うのになかなか止まらなかった。
「・・・ははは・・・なんだ、道理で。・・・母上のあの悲しそうな顔のわけがわかったよ」
二十一のまぶたに、自分を見送った時の母親の顔が浮かぶ。
「・・・ただ、僕のことを心配しているだけだと思ってた・・・」
つかんでいた木の枝を手折る。
「・・・僕はなんて馬鹿野郎なんだ・・・。うう・・・」
あふれる涙に浮かんでいた五十六の姿もゆがむ。
「・・・どうしたの、・・・泣いているの?」
「えっ?」
ふいに声をかけられ二十一が振り向くと、いつからいたのか、そこに少女が立っていた。きらめく陽光の中、小川のほとりにたたずむその少女は、神秘的なぐらい美しかった。
「大丈夫?
・・・どこか痛むの?」「あっ、いや、これは・・・」
そう言って二十一は涙をぬぐう。
「ほんとになんでもないんだ」
「そう・・・」
そう言って二十一に微笑みかける少女。どきっとするような表情だった。
「あっ!
・・・あの、君は? ・・・あっ! 僕の名前は二十一、山本二十一。・・・その、君の名前は・・・」しどろもどろになって二十一が声をしぼりだす。
「私?
・・・私はリセット・・・」額に青いクリスタルが光るのが見えた。カラーの少女のようだ。
「あの、リセットさんはどうしてこんなところに?
・・・クリスタルの森に住んでるんじゃあ・・・」リセットは微笑みを浮かべてそれに応じた。
「こうしているのもなんだから・・・、とりあえず座らない?」
そう言って自分は座ると、もじもじとしている二十一に座るようにうながした。おずおずと少女の隣に二十一が座る。
「・・・何かに呼ばれたような気がして、そうしたらあなたがいたの。
さびしげで・・・、まるで迷子の子供のようだったわ」
そのリセットの感想に二十一は苦笑まじりに答える。
「迷子の子供・・・か、・・・恥ずかしながらその通りかもしれない。
道を見失って、・・・どうしていいのかわからなくなって、急に母上のことを思い出して・・・。はは、ほんとにその通りだ」
「そう・・・」
リセットは再び二十一にやさしい微笑みを投げかける。母親のように包み込んでくれるやさしい微笑みだった。
「・・・ありがとう・・・」
不意に二十一が礼を言う。
「?
・・・どうしたの急に」きょとんとするリセットに対して言葉を続ける。
「君のおかげで、なんだか心のなかが落ち着いてきたよ」
「そう・・・、よかったね」
リセットはそう言うとまた微笑みを浮かべた。
(まただ・・・、どこかで見たことあるような・・・、そんな錯覚におちいる。
一体どこで・・・)
「・・・やっぱり似てる・・・」
「・・・えっ?」
少女の言葉で二十一は現実に引き戻される。見るとリセットはじっと二十一を見つめていた。
「すごく似てる・・・。外見もだけど、・・・それよりもなによりも・・・」
「あ、あの、・・・リセットさん?」
戸惑いながらも二十一が声をかける。
「あっ!
ごめんなさい。・・・つい」リセットはそう言うと舌をペロリと出した。そういう仕草をすると二十一とそう変わらない年のように見えた。
おそらくはこの表情の方が少女の年相応のものであろう。
「あの、それでだれと・・・似ているのかな?」
二十一がそうたずねてみると、とたんに少女は顔を真っ赤に染めた。
「えっ!
・・・えーとね。・・・ふふふ・・・。
私のいっちばーん好きな人。・・・そして一番大切な人」
「・・・それは光栄だな」
「・・・だからかな、さびしそうなあなたを放っておけなかったのは」
「そうか・・・」
リセットの答えにわずかにさびしい気持ちになって、二十一はそう答えた。
「それよりも、・・・元気になった?」
ぱっと顔を上げて、リセットが聞いた。
「うん、ずいぶんとね。・・・から元気かもしれないけど」
「ふふ・・・、でもないよりはいいよ」
「あはは・・・、そりゃそうだ」
お互いに笑いあう。
(・・・大丈夫だ・・・。後でもう一度考えてみよう、みんなと話し合ってみよう、きっといい答えが出るはずだ)
・・・二十一さーん、どこですかー?
できれば返事をしてもらえませんかー・・・
(・・・向こうから自分を呼ぶ声がする。・・・ちょっと前なら答えられなかったかもしれない、でも今は、・・・今なら平気だ)
「カフェさーん!
ここだよー!」
「ああ、いたいた。・・・えーとね。・・・うーん」
二十一を見つけたはいいが、カフェは何を言えばいいやら迷っていた。
「恋人さん?」
リセットが二十一にたずねる。
「えっ!
・・・いや違うよ」カフェはそこで初めて二十一の隣にいる少女に気付く。
「二十一君、その子は?」
「えーと、リセットさんって言って・・・、えーと・・・」
そこで説明の止まる二十一の様子に、笑みをこぼしてリセットが言った。
「くすくす・・・、そう言えばお互い良く知らなかったわね。
私の名前はリセット。二十一君とはついさっき会ったばっかりなんですよ」
リセットがカフェに自己紹介をした。
「そうなんですか、私はカフェ・アートフルです。
二十一君とは、・・・えーとそう、仲間なんです。・・・でもちょっと待って、・・・リセット・・・?
あれ・・・確かどこかで・・・」何かを考えはじめたカフェに二十一が先をうながす
「それでどうしたのカフェさん」
「どーしたって・・・」
カフェは思わず呆れ顔をしてしまうが、くすくすと笑い出す。
「なぐさめにきたつもりだったんだけど・・・。
・・・良かった、もうその必要はないみたいね」
それに対し、少し恥ずかしげに二十一が答える。
「・・・うん、なんとか気持ちは落ち着いた」
そんなやりとりを見て、リセットは腰を上げる。
「じゃあ私はもう行くね」
「うん、ありがとう。・・・また、会えるといいな」
その言葉にリセットは微笑みながらうなずき返す。
背を向けて歩き出す少女を横目にカフェが告げる。
「・・・いろいろと思う所もあると思うけど、これだけはわかっていてもらいたいの。
日光さんが二十一君にお父さんのことを話さなかったのは、あなたのことを利用しようなんてつもりだった訳じゃないの、ただ・・・」
二十一はカフェを手で制すると・・・。
「うん、それはわかってるつもりだよ。
十年近く一緒に暮らしてたわけだし、・・・魔王退治に僕を利用してやろう・・・そんな風に考える人じゃな・・・」
「・・・魔王・・・退治・・・?」
二十一の言葉を遮るように言葉が発せられた。
リセットが立ち止まり、こちらを振り返っていた。しかしその表情はすごくうつろであった。
「・・・リセットさん・・・?」
「・・・魔王を・・・退治するの?」
その時、カフェが驚きの声を挙げる。
「ああ!
・・・リ、リセットって・・・まさか・・・」「パパを・・・、パパを殺す・・・ってこと?」
「・・・パ、・・・パパって?」
「・・・ランス君とカラーの女王との間に生まれたっていう子供の名前がたしか・・・」
少女がぽそりとつぶやく。
「・・・ゆるさない・・・」
その瞬間、何もかもが変わった。・・・あたりの様子も、取り巻く空気も・・・、そしてなにより・・・その少女の雰囲気が。
「ゆるさない!
絶対にゆるさない!!」少女のまわりに魔力が集中する。
「パパの敵は・・・、私の敵だーー!!」
次の瞬間、彼女を中心に爆発が起こった。
「今のは・・・?」
「間違いない、魔法の爆発よ!」
瞬間、顔を見合わすシルフと日光。
「あの方向は確か・・・」
「急ぎましょう日光さん。二十一達が心配だわ」
「・・・ランス、どこに行くの?」
大扉を開けて外へ出ようとしていたランスに、背中から声がかかった。
「サテラか・・・」
「・・・私もお聞きしたいですね」
サテラの後ろからホーネットも現れた。
「なんだ二人とも、・・・抱いて欲しいのか?」
二人とも思わず赤面してしまう。
「ばっ、そんなんじゃない・・・」
「そっ、そうです、質問の答えを聞いているんです」
ランスはそんな様子を見て笑うと、茶化すように言った。
「そんな大した用じゃないさ。・・・心配しなくても帰ったら抱いてやるよ」
「だっ、だから・・・、別にそんなんじゃなくて・・・」
照れか怒りかで真っ赤になって反論するサテラ。ホーネットも真っ赤になりながらしきりにうなずく。
「・・・なんだつまらん」
「・・・ランス!
ランスが強いのは知ってるけど、甘く見ない方がいいよ。・・・相手はケイブリスを倒すほどなんだから、・・・それにランスはまだ・・・」サテラが真剣な表情で言った。
「・・・なんのことだ?」
「魔王様!
とぼけないでください。あの魔力の爆発、魔王様が気付いていないはずがありません。・・・おそらくリセットさんのものでしょう」ホーネットがサテラの後を続ける。
「・・・一人で行かれるのは危険です、だって・・・」
言いかけてホーネットは口をつむぐ。
「・・・相手の力に未知数な部分が多すぎます、ですから・・・」
「・・・なーんだ」
そう言うとホーネットの顔を覗き込んでニヤニヤと笑う。
「フフン・・・、ホーネット。俺様の事が心配なんだな」
「なっ、なな、なにをいきなり・・・。そ、そんなことは・・・。
・・・もっ、もちろんです。あなたは魔王なんですから」
てきめんにうろたえるホーネット。実に珍しい光景である。
「ふっ、まあそういうことにしておくか」
ホーネットは真っ赤になってうつむくしかなかった。
「・・・ごまかさないでよ、ランス!」
サテラが声を荒げた。
「あっ、サテラ・・・」
ホーネットはようやく自分がごまかされてしまっていたことに気付く。
「・・・」
「ランスってば!」
「・・・おおごとに考えすぎなんだよ。・・・単なる姉弟喧嘩の仲裁だ」
ランスがぼそりと言った。
「きょう・・・?」
「・・・だい?
!!
・・・では、例の聖刀日光の使い手というのは魔王様のご子息だと?」あごに手を当ててランスが答える。
「・・・まあ、あくまでも勘だがな・・・」
「「・・・・・・」」
さすがの二人も言葉を失う。
「・・・というわけで、親子水入らずってことだ。じゃあな」
そう言うと、ランスは呆然とする二人をおいて外へ出ていった。
見えなくなったランスに対し、サテラがつぶやく。
「・・・でもランス。・・・すごく不安だよ・・・」
サテラは胸にあてたこぶしを握り締める。
「・・・サテラ、行きましょう」
意を決したように、ホーネットが口を開いた。
「えっ、・・・でも」
ホーネットの提案にサテラは思わず口ごもる。
「・・・私も魔王様のなさること・・・、なさりたいことの邪魔をするつもりはないわ。
・・・でも。私達はそれを見守る権利があると思う」
「・・・ホーネット」
「サテラ!
・・・行くの? 行かないの?」
「もちろん!
・・・行くよ!!」
サテラは笑ってそう答えた。
そうして二人の女性がランスの後を追うように魔王城を出る。
RC16年12月31日、・・・・・・運命の日である・・・。