ここは元ヘルマン帝国の帝都ラング・バウ。

 ・・・しかしそれはあくまでも元であり、今現在のこの城の主はケイブリスであった。

「ケイブリス様、情報屋だという人間が、ケイブリス様にお会いしたいと言っていますが、いかがしましょうか」

「んー、なんだって。なぜ俺様が人間如きと会わなきゃならんのだ!」

 側近の言葉にケイブリスは明らかな不満をもらした。

「なんでも重要な情報があるとか」

「ちっ、しかたないな・・・」

 不承不承にうなずく。

 

 ケイブリスは魔王ランスにヘルマン全土を任されているのだが、はっきりいって不満であった。彼にとっては、とばされたというイメージしかなかった。

 しかし、一時期でも魔王ランスに逆らっていたということになるケイブリスには、断ることなんてできなかった。いや、それ以前に本来は魔王の命令に背くこと自体不可能であるはずなのだが・・・。

 ちなみに、リーザスはカミーラが、ゼスはカイトがそれぞれ治めていた。

 

「へへえ、ケイブリス様とお会いでき、恐悦至極にございますです、はい」

「ふん、情報とやらを言え。時間が惜しい」

 ケイブリスはあからさまな侮蔑を含んだ目でそう言った。そいつは眼鏡をかけたどう見ても小物な男であった。

「へい、わかりました。

 ほんじゃあさっそく本題に移らさせてもらいまひょ。実は・・・」

 関西弁を使うその男は元ヘルマン第二軍所属、アリストレスの副官だったコンバート・タックスであった。

 

 ・・・・・・

「ほほう、そいつが聖刀日光を持っていた・・・、とそう言うんだな」

「へい、間違いございまへん。わても一時期リーザスでランス王の幕閣の末席にいさせてもらいましたから、この目でばっちり覚えとります」

「なるほどな。・・・で、何が望みだ?」

「へへえ、いやあ・・・わてももう年でっしゃろ、それで老後を安泰にしときたいんですわ」

 そう言ってコンバートは頭をかく。

「・・・よかろう、そいつらを見つけ次第、俺様に知らせろ」

「へへえ、それじゃあよろしくたのんます」

 コンバートは深々と頭を下げた。

 しかし、その姿はもはやケイブリスの目には入っていなかった。ケイブリスの思考はすでに自分の内へと入ってしまっていたから。

(・・・ホーネットが側に居ながら、盗み出された聖刀日光。・・・それを俺様が取り返すか・・・。くくく、実に面白いことだ)

 そう思うと、自然に笑みが浮かんでくるのだった。

「よーし! さっそく魔王様に報告だ。だれか書くものを持って来い!」

 

「ケイブワン!」

「はいなのねぇ! リス様、なにかご用ですかなのねぇ」

 ケイブリスの呼びかけになんとも頼りなさげにケイブワンが答える。

「うむ、これを魔王様のもとへ届けるのだ。わかったか」

 しかしケイブリスは一向に気にせず用件を言う。

「はいなのねぇ、わかったのねぇ」

 そう言って、ケイブワンが手紙を受け取ろうとした時・・・。

「リス様! ちょっと待ってほしいにゃん!

 ワンじゃたよりないにゃん、ニャンにまかせてほしいにゃん!」

 ケイブニャンがそう口を挟んだ。

「だめなのねぇ、これはワンがたのまれたのねぇ」

 ケイブワンが不満気に言った。

「うるさいにゃん! ニャンが行くにゃん!」

 ケイブワンの不平も意にかえさずに、ケイブニャンが言った。

 その様子を見て、ケイブリスはにやりと笑うと・・・。

「心配するなケイブニャン、お前にもちゃあーーんと仕事はある。こっちの手紙をカミーラさんに届けるという大事な仕事がな!」

「えぇぇーーーーー!! カミーラのとこかにゃん・・・」

 不満そうに答えるケイブニャン。

「わかったか!!」

 ケイブリスが憤怒の形相で言った。

「にゃっ! ・・・わ、わかったにゃん」

 ケイブニャンにはそう答えるしかなかった。

 

 城を出たばかりの場所・・・。

「ワン! 魔王様のところにはニャンが行くから、ワンはこれを持ってカミーラのとこへ行くにゃん!」

「いやなのねぇ、だめなのねぇ、これはワンが受けた仕事なのねぇ!」

「いいからそれをよこすにゃん!」

 そう言うと、ケイブニャンは自分の持っていた手紙を押し付けて、ケイブワンから手紙をひったくる。

「いやなのねぇ、ラインコックはなにもくれないけど、魔王様はご褒美に、ほねっこをくれるのねぇ」

「ニャンにだって、モンプチくれるにゃん。だけどカミーラはけちでなにもくれないにゃん!」

「だめなのねぇ」

「ニャンが行くにゃん!」

「ワンなのねぇ」

 その二人の不毛な争いは、ケイブリスに一喝される二時間後まで続いた。

 

「んんん・・・、ケイブリスから手紙だって?」

 玉座であくびを噛み殺しながらランスが言う。

「そうなのねぇ、これなのねぇ」

 ケイブワンがどこか自慢げに手紙を差し出す。

「そうか。・・・ホーネット読んでみろ」

「ううー、魔王様。ご褒美ほしいのねぇ」

 そのように魔王に対してあからさまに要求できる所が、ケイブワン達のすごい所だった。

「・・・はぁー、わかったわかった。

 ・・・ホーネット、なんかあったか」

 ランスはため息をつきつつホーネットにたずねる。

「たしか、ほねっこが少々・・・」

「・・・そうか、おい! それを持ってきてやれ」

 ランスが奥で控えていた魔物にそう命じた。

 そうこうして持ってこられたほねっこを、ケイブワンは嬉しそうにかじりだす。

「ふー、・・・でだ、何が書いてある?」

 その様子にあきれながらも、ランスが先をうながす。

「・・・わかりました」

 そう答えると、ホーネットは手紙を開ける。

「では読みます・・・。

 ・・・拝啓

 季節はだんだんと寒くなってきてますが、いかがおすごしでしょうか。

 風邪などひいておられないでしょうか、非常に心配しています・・・」

 

 広間にいるほとんど全員が、・・・何か違う・・・と感じていた。

 

 感じていないのは嬉々としてほねっこをかじっているケイブワンぐらいなものだろう。

 自らも感じているであろう動揺を、みじんも感じさせずにホーネットは続ける。

「・・・そろそろ手紙の返事がもらえないかと、恥ずかしながらそわそわしている今日この頃です。

 あなたがシャイで、恥ずかしがり屋なのは、わかってはいるつもりなのですが・・・。

 やはり、返事がもらえないのは寂しい限りです。

 長い文章で書かれた返事がほしいわけではありません。

 ただ一言でいい、あなたのまごころのつまった返事がほしいです。

 最後になりましたが、またお手紙します。

                            ・・・あなたのケイブリスより・・・」

 

 ピシッ・・・。

 

 ランスが玉座で石化した。

 サテラはのけぞり、シルキィはひいていた。

 ・・・さすがのホーネットも動揺を隠せない。

 なんとも言えない重苦しい雰囲気の中、ケイブワンは相変わらずうれしそうにほねっこをかじっていた。

 

「・・・・・・ケイブリスさんって、一体・・・」

 

 そのリセットのつぶやきに答えられるものはいなかった。

 

「ケイブワン! これが返事だ! もってけ!!」

 たっぷり三分間石化した後、ランスは紙にさらさらと何かを書くとケイブワンに押し付けた。

「はいなのねぇ、間違いなくお渡しするのねぇ」

 それこそが、ケイブリスがもらった最初にして、最後になるラブレターの返事であった。

 

 ちなみに・・・。

 

「けちけち、ラインコックのどけち! ご褒美くれにゃん!」

 ケイブニャンが城門でつめを研ぎながら、叫び声をあげる。

「うるさいわねぇ、だから持ってくんなって言ってるでしょうが」

 

 ・・・ランスへの報告書は、闇へと葬られていた・・・。

 

「リス様、魔王様からのご返事なのねぇ」

「ほう、どれどれ・・・」

 ケイブリスが手紙を開けると、そこにはただ一言・・・。

「俺様にそんな趣味はねぇ!!」

 ・・・とだけ書かれてあった。

「・・・・・・???」

 ケイブリスはただ首をひねるだけであった。

 

 RC16年12月、うーーん、なんだかすごく・・・平和な感じ・・・。

 

 

 

 


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