「・・・というわけで、今日からこの城に住む事になった。

 ホーネット、案内をしてやってくれ」

「・・・・・・わかりました。ではリセットさん、こちらへ」

 ランスのぞんざいな紹介に対しても、ホーネットは何も言わずにそう答えた。

「よろしくお願いします、ホーネットさん」

 リセットがぺこりと頭を下げる。

「いえ、こちらこそ。

 では魔王様、失礼します。シルキィもいらっしゃい」

「・・・・・・・・・はい」

 ホーネットはリセットの他に、何か言いたげだったシルキィも連れて魔王の間から退室した。

 三人が出ていった後、部屋に残されたのは二人だけだった。

 すなわち、この城の主たる魔王ランスと、魔人サテラの二人である。

 

「・・・ランス、どういうことなの?」

 

 三人を見送った後、サテラが口を開く。

「どういうこと、・・・とは?」

 目を閉じて答えるランス。

「あの子、ランスの子供なんでしょう。なのにどうして?」

「ちっ、・・・だから何が言いたい?」

 ランスはいらいらしたように答える。

「言わなかったらわからないと思うの?

 サテラが言いたいのは、どうしてあの子を抱いたのかっていうこと。・・・自分の子供なのに!」

「・・・・・・・・・・・・」

 沈黙するランスに対してサテラはさらに言葉を続ける。

「ランスだって、わかってたはずよ!

 あの子のランスへのそれは、父親への愛情であって、ただ恋愛感情とごっちゃになっているだけだって!」

「・・・・・・うるさい・・・」

 ランスがぽつりと答えた。

「ランスだってそう。あの子への愛情を恋愛感情に置き換えただけ・・・」

「・・・うるさいと言っている・・・」

「ランスは、・・・ランスは自分の寂しさをあの子でごまかそうとしているだけよ!」

 

「黙れっ!!」

 

 サテラのその言葉に触発されたように、ランスが目を見開いて怒鳴った。

「きゃあっ!!」

 ランスの気によって吹っ飛ぶサテラ。

「・・・ラ、ランス、もうやめて!

 みんなが傷つくことになるよ、・・・ランスも、あの子も!!」

「黙れって言ったはずだ!!」

 ランスの手が、腰に差した剣にかかる。

「・・・サテラを、・・・殺すの?

 ・・・・・・いいよ。サテラ、今のランスもう見てられない」

 深い哀しみをたたえた目で、サテラはランスを見つめていた。

「くっ! ・・・うがぁーーーーーーーー!!!!

 ・・・・・・・・・寝る! ・・・俺様はもう寝る!!」

 ランスはそう言って、逃げるようにどかどかと部屋を出て行く。

 

 後に残されたのは・・・。

「・・・ランス・・・。

 ・・・サテラはどうすればいいの? どうしてたら良かったの?

 もうわからない、わからないよ。・・・ランス・・・」

 ポタポタとサテラの目から落ちる雫が床を濡らした。

 

 

 ・・・・・・

 ・・・一陣の風が凪ぐ。

 その風は、対峙する三人の間を吹き抜けて行く。

 赤き鎧をまといし男は、剣を構えたままピクリとも動かない。刀を構えた着物姿の女も、触れるもの全てを切り裂くかのような気を漂わせていた。

 対照的に、その二人と相対している少年は、目をつぶって頬にあたる風の感触を楽しんでいるかのようだった。

「はあああああ!」

 痺れを切らしたかのように、男・・・リックが駆ける。

 それにあわせて、女・・・日光も動く。

「バイラウェイ!」

 いきなり必殺技を放とうとするリックに対し、少年はゆっくりと目を開けて・・・。

「ぐっ!」

 瞬間に殺された間合いにリックが躊躇したのも束の間、嵐のような少年の剣撃に対し、完全に防戦一方となる。

「ラーンスアターック!」

 上空より振り下ろされる、気のこもった日光の刀。

「はあああ!」

 それに対し、同じく気をこめた刀を切り上げることによって正面から受ける。

「くっ」

 はじかれて体勢の崩れた日光に対し、瞬間、二の太刀をふるう。その背後から・・・。

「はあ!」

 

 ・・・ギィイイイイイイィィーーーーンンン!!

 

 リックの放った剣を受けたのは、少年・・・ではなく日光であった。

 両者は共に声にならない驚きを表す。

 一瞬でリックの背後をとった少年は、二人の見せたその一瞬のスキを見逃さずに必殺技をくりだす。

「バイラウェイ・・・」

 本家以上の鋭さをもった連撃を放ち、切り上げた刀に気をこめる・・・。

「・・・ラーンスアターック!」

 そして振り下ろす。

 一つの流れの中に、二つの強力な必殺技をくりだす・・・まさに神技であった。

 

「・・・ふう、ありがとうございました。

 それじゃあ、僕はお風呂の用意をしてきますので」

 そう言って去って行く少年・・・二十一を見送って・・・。

「ふっ、風呂か。自分は汗一つかいてないくせに」

 リックにしては珍しく皮肉を言う。

「・・・本当に、ものすごいとしか言いようがありませんね。

 我々ふたりがかりでさえ、もはや手も足もでないなんて」

 同じく、苦笑をともなった笑みをうかべ、日光が応じる。

 

 再び風が凪ぐ。

 

「・・・頃合い、・・・ですか?」

 真剣な表情でリックが問う。

 それに対し、日光は一転して寂しげな表情を浮かべて答える。

「・・・本当はもう少しおおきくなってから、と思っていたのですが・・・」

 ・・・それが答えであった。

 

 二十一はめちゃめちゃ緊張していた。

 それはもう、昼間の少年と同一人物とは思えないぐらいに。

「・・・ゴクン・・・、に、日光さん、は、話というのは・・・」

 大事な話があるという事で、二十一は日光の部屋にやって来ていた。

 その二十一をむかえた日光は、風呂上がりらしい桜色に染まった体を、真っ白な寝間着でつつんだだけの姿であった。

「フフ・・・、そう緊張しないで楽にしてください」

「は、はあ・・・」

 二十一にとって日光は母親の次に身近な女性であり、小さい頃は一緒にお風呂に入った事だってあったぐらいだ。

 そして、同時に初恋の女性でもあった。いつごろからなのかはわからないが、気がついたら好きになっていた。

 刀を構えての修行中はそうでもないのだが、その他の時間では見つめられただけで赤面してしまうぐらいだった。

「話というのは他でもありません。・・・魔人達の事です」

 とたんに二十一の顔が武人のそれに変わる。その変化を横目で見ながら、日光が話を続ける。

「知っているかもしれませんが、魔王ランスをはじめとする魔人達には普通の攻撃は効きません。例外として、ただ二つの武器だけが魔人達を傷つける事ができます。

 ですがそのうちの一本、魔剣カオスは魔王ランスの手の中にあり、どうすることもできません」

 日光はそこまで話して、二十一の目をじっと見つめる。美しく、そして澄んだ瞳であった。

 二十一の容姿は生き写しなぐらい父親似であったが、ただ目だけは違った。ギラギラとした野獣を思わせるようなランスの目に対し、湖面のような澄んだ美しい目に、正義の光を宿していた。

「そこでもう一方の武器、聖刀日光をあなたにさずけたいと思います」

「聖刀・・・、・・・日光?」

「ええ、今残されている唯一の対抗手段です。

 ・・・受け取ってもらえますか?」

「・・・・・・わかりました。それでそれはどこに・・・」

 日光は黙って着物の帯をゆるめて行く。

「うわっ! に、日光さん、な、なにを・・・」

 真っ赤になってあせる二十一を尻目に、日光は着物を脱いで行く。

「聖刀日光とは私の事。・・・所有者の証として私を抱いてください」

「えええええーーー!! ・・・だ、だだだ、抱くって・・・」

 てきめんにうろたえる二十一に対し、日光はいたって冷静であった。

「そう重く考えないで、儀式だと思ってください」

「そ、そんなっ! ・・・そんな風になんて考えられません!!」

 顔を真っ赤にしてうつむきながらも、これだけは譲れないとばかりに言う。

「・・・ですが本当に儀式なのですから」

「だけどっ! ・・・だけどやっぱり・・・」

 真っ赤になって顔を背ける二十一に対し、日光は少し寂しそうな表情を浮かべる。

「・・・やっぱり、初めての相手が私というのは嫌ですか」

「そんなっ! そんなことないっ! ・・・は、初めてだからこそ・・・。

 僕っ! 僕は日光さんのことが好きです、すごくあこがれてました。それに僕だって男ですから、その・・・・・・そういうことに興味あります。

 けど! ・・・けど・・・」

 必死に言葉をさがす二十一を優しく見つめて言う。

「フフフ・・・、お父様とまるで正反対ね」

「えっ! 父上を・・・、父を知っているんですか!」

 二十一が跳ね起きるように尋ねる。

「教えてください! なんでもいいですから、父上の事を。・・・母上はなにも・・・、ただ優しい人だったとしか」

「そう・・・・・・」

 日光は自分が言わなくてはならないと思った。

 真実を知ることはつらいことだろうが、知らせずにおくということは、二十一をいいように利用する事と同じなのだから。

「あなたのお父様は・・・」

 期待に目を輝かせている二十一の顔を見て、日光は思わずうつむいてしまう。

 

「・・・・・・・・・すごい人だった、本当に・・・」

 

 ・・・言えなかった。そのことが後々きっと二十一を苦しめ、傷つける事になることはわかっていたのに・・・。

 

 

 ・・・それでも・・・言えなかったのだ。

 

 

 

 


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