森の入り口、木にもたれかかって、足をぶらぶらさせている少女が一人・・・。

 何か楽しい事を想像しているらしく、時々微笑みを浮かべている。

「ちゃんと来てくれるよね、三日前に約束したもんね」

 誰にともなくつぶやく。

「グギッ! りせっと様、ドウカシマシタカ? ・・・コンナトコロニイタラ、アブナイ」

「あっ、ごめんなさい。・・・でも、もうちょっとだから・・・、ねっ!」

 手をあわせて、ゴメンのポーズをしながらウィンクをする。そんなかわいらしい仕草が、この少女には似合いすぎるくらいに似合っていた。

「ショウガナイ。・・・デモ、アブナクナッタラ、スグヨブ」

 わずかに赤面しながら答え、その魔物は向こうに行く。

「ご苦労様。これからもがんばってね」

 魔物はこっちを見ずに手を振り返す。おそらく真っ赤になっているだろう。

 少女はその魔物が小さくなってから、再び思いをはせる。

 

 ・・・・・・

「パパ、しあさってにも来てくれないかな」

 丁度三日前、森を出るランスに対して少女が言った言葉である。

「おっ、そういえばそろそろだったな。リセットの誕生日」

「うん。・・・うれしいパパ、覚えててくれたんだ」

 はにかみながらリセットが答える.

「それでリセットは幾つになるんだ」

「三日後には十六歳になりますわ、お父様」

 スカートのすそを持ち上げ優雅におじきをし、おどけてペロリと舌をだす。

「ははは、わかった三日後だな、必ず来るよ」

「約束ね!」

「ああ、絶対約束だ!」

 ランスがそう答えると、リセットはポッと赤くなる。

「ん? ・・・どうかしたか」

「えっ! ・・・ううんいい。・・・じゃあ約束したからね。絶対来てね!」

 ・・・・・・

 

「約束・・・、したもんね。・・・パパは絶対破らないよね」

 リセットの夢想は一条の悲鳴によってかき消される。

「えっ!」

「ガガガ、・・・りせっと様、ニゲテ!」

 リセットが見たものは、たくさんの矢を受け、変わり果てた姿の先ほどの魔物であった。

「あっ! あああ・・・・・・」

 次に見たものは、首をはねられるその魔物と、それを行った眼鏡をかけた人間。そしてその背後に思い思いの武装をした人間達だった。

「この機会を待っていた。・・・悪いが人質になってもらう」

 眼鏡の奥でギラリと光る冷たい眼光。

「・・・魔人どもとの交渉に使う人質にな!」

 その人間が言った。リセットは知らないが、元ヘルマン第二軍将軍アリストレス・カーム・・・その人であった。

「アリストレス様、こいつを犯ったらだめなんですか?」

 背後にいた男が下品な笑いを浮かべて言う。

 だがその目は笑ってなく、リセットを上から下まで値踏みをするように見ていた。

「・・・・・・」

 リセットは悲鳴をあげようにも声が出なかった。足はガタガタと震え、背後の木にもたれ掛かっていることでなんとか立っていた。

「・・・・・・殺すなよ。・・・それと時間はないからな」

 アリストレスが短くそう言うと、いっせいに歓声が上がる。

「へへへ・・・、大将のお許しが出たぜ」

 舌なめずりをしながらリセットに近づいて行く男達。

「ああ・・・、いや、いやぁ・・・」

 リセットは目にいっぱい涙を溜めたまま、弱々しく首を横に振る。

「いいねえ、その表情。・・・心配すんな、はじめてみてえだから、できるだけ優しくしてやるよ」

「いやあああああーーー!!」

 そのリセットの悲鳴が引き金となり、一斉に襲い掛かってくる男達。

・・・ら、雷唱!」

 リセットの呼びかけに発動し、先頭の男に雷が落ちる。

 その男はそれによって黒焦げになり、絶命する。

「・・・てめぇ・・・」

 しかし、その攻撃は焼け石に水どころか、火に油を注ぐ結果となった。

「・・・優しくしてやったら、つけあがりやがって」

 勝手な事を言うが、もう連中に理屈は通じない。

「無茶苦茶にしてやる」

「いやああああーー! 助け・・・んぐっ」

「ぎゃあぎゃあ、やかましいんだよ。おいっ、足押さえろ」

「いてっ、こいつっ、噛み付きやがった!」

「助けて! パパ、ぱぱあああーー!!」

「うるせえな、助けなんて来ねえよ。この辺りの魔物は全部殺したからな」

「パパ! パパ! 助けてえぇーー!!」

「来ねえって言ってんだろ!」

 

「来るさ」

 

「へっ・・・」

 その瞬間、そいつの首は胴体と永遠のさよならをした。

 それからランスは、リセットに群がる馬鹿どもをなぎ払う。

「ふぇっ、パパ。・・・ぱぱああーー!」

 泣き付くリセットを優しく受け止め、ささやくランス。

「だいじょうぶ。・・・もう大丈夫だ、リセット。

 遅くなってすまなかったな」

「ひっ、ひいいいい・・・」

 クモの子を散らすように逃げる男達。

「逃がすかああああーーー!!」

 ランスの体から放たれた気弾は狙い違わず全て命中し、消滅させる。

 後に残されるのは・・・。

 

「・・・ランス王・・・」

 ただ呆然とその名を呼ぶ。

「久しぶりだなあ、アリストレス。

 ・・・俺様の大事な娘をこんな目にあわせてくれたんだ、・・・ただですむとおもっちゃあいねえだろうな」

「・・・パパ・・・」

「ちょっと待ってな。すぐ片付くからな」

 そう言って立ち上がったランスの体から、これまでにないくらいの激しい気がまとわり付く。

 その気は更に、彼の持つ黒き刀身にもまとわる。

「うっ、ううっ・・・」

 その間、アリストレスにできた事は、うめき声をあげる事だけであった。

 文字通り、金縛りにあったのだ。

「はああああああ・・・・・・」

 恐ろしく膨大な気を刀身にまとわり付かせる。

「! 鬼畜アタッーーーーーク!!」

 その刀身を叩き付け、さらにその膨大な気を爆発させる。

 それらを同時に行う、・・・その結果。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ンンンンンンンンンンンンンンンンンン・・・・・・・・・・・・ズウウウウウゥゥゥーーーーーーーーーーーンンンンンンンンンンンンンンンンン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 アリストレスだったものはもはや存在せず、ただ巨大なクレーターだけが残った。

 魔王としての力を得た今こそ、完全に使いこなせるようになった超必殺技である。

 もし、人の身でこれを使ったとしたなら、その反動で、良くてレベルが下がるか、手足が吹っ飛ぶ。・・・最悪では命にも関わる程である。

 

「・・・パパ・・・」

 ランスは自分の纏っている漆黒のマントを取り外し、リセットにかける。

 リセットの服はボロボロになっており、ぬけるように白い肌と、大きくはないがきれいな胸が見え隠れしていたからだ。

「・・・パパ、・・・本当に来てくれたんだ・・・」

「当たり前だろ、約束したじゃないか」

 目のやり場に困りながらも、優しく答えるランス。

「・・・パパが来てくれてなかったら、・・・今ごろ私・・・。

 ・・・わたし・・・。・・・・・・・・・ぅ、ぅう・・・ひっく、ひっく・・・」

 膝を抱きかかえ丸くなり、うつむいて鳴咽を噛み殺す。そのリセットの姿はあまりに小さく、頼りなげだった。

「約束してただろ、・・・だからそんな事には絶対にならない。

 俺様はかわいい子との約束は絶対に守るぞ!」

 リセットを強く、・・・そして優しく抱きしめて言う。

「・・・でも、私・・・、よごされちゃった・・・」

「そっ! ・・・そんなことないぞ! まだ大丈・・・、・・・・・・いや・・・」

 そこでいったん言葉をくぎると、やさしく頭をなでながら続ける。

「・・・リセットは綺麗だよ、誰にも汚せるもんか」

「・・・・・・ほんとう?」

 リセットが顔を上げる。その目は涙に濡れていた。

「ああ。俺様はかわいい子には嘘は言わない」

 リセットを正面から見つめたまま、ランスはやさしくそう言った。

「・・・パパ。・・・大好きだよ」

 リセットに、やっと笑顔が戻る。

 そしてランスの背中に手をまわし、きゅっ、と抱きしめる。

 ランスの方もリセットを抱きしめて、頭をなでる。その髪はやわらかでサラサラと手触り良く、いい匂いがした。

「ねえ、パパ・・・」

「んー。なんだ、リセット」

「・・・約束・・・、覚えてる?」

「ん? ・・・だからこうして来ているんじゃないか」

 リセットの手に力が入る。

「・・・・・・・・・。・・・そうじゃないよ。

 ・・・もっと小さい頃の約束。・・・大事な、・・・だいじな約束」

「えっ! ・・・ええーと、うん?

 ・・・あっ、あれだろ・・・、えーとな、そっ! ・・・そうそう、あれだよな、・・・う、うん! ・・・確かに覚えているぞ! ・・・忘れてなんかいないぞ!」

 しどろもどろに答えるランス。

 そんな対応に、ランスの胸の中でリセットは優しい微笑みを浮かべて続ける。

「うん。・・・そう、あれだよ。

 ・・・私が大きくなったら、パパのお嫁さんにしてくれるっていうあれだよ」

「いぃっ! ・・・(そ、そう言えばしたような)・・・」

「リセットが美人になったら結婚してくれるって、パパはそう言ったんだよ。

 さっき、パパは言ってくれたよね、・・・きれいだって」

「そ、それはだなあ・・・」

 顔を上げて、ランスの目を見るリセット。

「・・・うそ、だったの・・・?

 リセットの為にわざと言ってくれた嘘なの?」

 今にも泣きそうな顔をしていた。そしてその目は真剣で、どんなごまかしも効きそうになかった。

「そうじゃないよ。・・・でもな、リセット・・・」

「パパはリセットの事・・・きらい?

 私はパパの事大好きだよ。・・・ママにも負けないくらいに」

「・・・リ、リセット・・・」

 思わぬリセットの迫力に、ランスはたじたじになっていた。

「・・・だからね、・・・だから・・・」

 目を潤ませ、真っ赤になりながら言葉を紡ぐ。

「・・・ママみたいに、・・・して欲しい」

「ちょっ! ・・・ちょっと待て、リセット!

 その、・・・見てた、・・・のか・・・」

 顔が熱くなっていくのを感じながら、尋ねるランス。

 リセットは、顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にして、ただコクンとうなずく。

「・・・あ、あー、・・・う、ううー」

 ランスは気恥ずかしさで視線をそらし、なにかを言おうとしながら、なにも言えずにいる。

 そんなランスに、リセットは微笑みを浮かべてつげる。

 

 

「・・・・・・すきだよ、パパ・・・」

 

 

 

 


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