ランスは悠然と歩きながら見回す。

 カフェを見、シルフを見た所で少しけげんな顔をし、次に二十一を見て、その手の中の日光を見る。

「・・・それで全部か・・・。・・・意外に少ないな。

 まあそれよりもだ・・・」

 ランスはそう言うと、二十一に向き直る。

「久しぶりだな、二十一・・・と言っても覚えているわきゃあないな、最後に会ったのは猿みてえな面してた赤ん坊の時だったからな。

 五十六は元気にしてっか?」

 まさに親しげという感じで話しかけるランス。

 対して、思わず呆然としてしまう二十一であったが・・・。

「・・・ふ、ふざけるなっ!

 よ、よくそんな口が聞けるな! 俺達を・・・母さんを捨てたくせにっ!!

 ・・・なんで、・・・なんで魔王になんてなったんだ!

 どうして母上を捨てたんだ! ・・・母上は、母上はまだお前のことを・・・」

 感情の爆発を止めることはできなかった。二十一は心の奥底にあった疑問をすべてぶつける。自分に対する呼称が僕から俺に変わっていることにも気付いていない。

 もしかしたら、父親を探し出してこれを聞くことこそが二十一の旅の目的だったのかもしれない。・・・魔王退治など出発の為のただの建て前だったのかも・・・。

「・・・いろいろと難しいことを聞きやがるな。・・・なんで魔王になったのか・・・か。

 ・・・いろいろとあるだろうが一言でいやあ、嫌になったんだよ。

 ・・・人間に。・・・人という存在に」

「・・・ランス・・・」

 サテラが思わずつぶやく。それはサテラも聞きたかったことの答えだった。

「・・・どうして五十六を捨てたのか・・・か。

 ・・・俺様はあいつを捨てたつもりはないぜ。・・・ただ互いに会えなくなってしまっただけだ」

「か、勝手なことを・・・」

 なにかを言いかける二十一を制するように、カフェが前に出る。

「よう、カフェ。元気そうだな」

「ええ、ランス君も久しぶりね。

 昔のよしみでお願いしたいんだけど、もう軍を退いてくれないかしら。・・・ガイの時代のようにお互いに不干渉ということに・・・」

 二十一の手の中にあった日光が人型をとる。

「私からもお願いしたい。

 ・・・いろいろとあったけれど、そうすれば私達が戦う理由はなくなるのだから」

「・・・・・・・・・。

 日光さんも久しぶりだな。あの時以来か・・・いや、人型をとってる日光さんと会うのはもっと前か・・・」

 ランスはそれには答えずに、話をそらした。

「ランス王・・・」

 日光が口を挟もうとしたが、かまわずランスは話を続ける。

「俺様は日光さんも腰に差したかったんだけどな」

 そう言うと、何かを思い付いたようにつぶやく。

「・・・そーいや、二十一が日光さんの所有者ということは・・・。

 ・・・親子で穴兄弟ってことか。・・・日光さんからいうと親子丼ってとこだな」

 そう言うとランスは、がははと笑った。

「・・・下品・・・」

 シルフがしかめっ面でつぶやく。

「はあぁ、・・・魔王様・・・」

 さすがのホーネットもあきれる。

「・・・返答は?」

 そんな中、落ち着いた口調で日光がたずねる。

「答え・・・か」

 すべての視線がランスに集まる。

 そして、ランスが静かに口を開く。

「・・・それができるようなら最初から魔王になんぞなっていない・・・。

 言ったろう、人間が嫌になったんだ。

 ・・・簡単にあっさりと死んじまう弱っちい人間がなっ!!」

 魔剣カオスを引き抜いて叫ぶ。

 

「くやしかったら止めてみやがれぇ!!」

 

 それが戦闘開始の合図となった。

 

 

 ・・・・・・

「・・・、・・・あれ? ・・・わたし・・・」

「気がつきましたかリセットさん」

 ぼんやりとする頭を押さえながら、リセットはまわりを見まわす。

「・・・パパは?」

「あそこで戦っておられます。

 ・・・すごい戦いです」

 

 ホーネットの言うようにそれはものすごい戦いであった。

 技に優る二十一に力に優るランス、互いに一歩も引かない。

 腕も超一流同士なら、持っている剣も超一流。至高の高みにまでのぼりつめた両者が互いにその高さを競い合うかのような激しい打ち合いであった。

 

「・・・いいな・・・」

 

「えっ?」

 リセットのつぶやきにホーネットが思わず問い返す。

「わたし、剣士になりたかったんだ・・・」

「・・・どういうこと・・・」

 いつのまにかやってきたサテラが聞く。

「前にパパが言ってた。・・・剣は心をうつす鏡だって、また剣士は剣を交えることで互いの心がわかるとも・・・。

 だからわたしは剣士になりたかった。そしてあんなふうにパパと会話をしたかったんだ・・・」

「・・・なんか、ランスのセリフらしくないな・・・」

 サテラが思ったことを口にした。

「うん、パパもそう言ってた」

 リセットはそう言うと微笑みを浮かべた。

「・・・パパ達、どんな会話をかわしてるんだろう・・・」

 その言葉を合図にするかのように、三人は話を打ち切ってランス達の戦いに集中した。

 

 

 その激しい打ち合いの中、徐々に二十一が押されて行く。

 リック、日光の二人がかりに対しても、またケイブリスに対しても常に圧倒していた、あの二十一が・・・である。

 ランスの強さはもちろんであったが、それ以外にも原因はあった。

(・・・なんだ。・・・この感じは一体・・・?)

 ある違和感が二十一を襲っていた。

(・・・剣を通して感じられるこれは・・・)

 二十一は頭上に振り下ろされる剣をなんとかふせぐ。

(・・・これは、・・・哀しみ?)

 袈裟懸けに下ろされた剣を受け損ね、わずかに肩を切り裂かれて、二十一は後ろに飛びずさる。

(・・・哀しみが、深い哀しみが剣を通して伝わってくる)

 更に踏み込んでくるランスの剣を真っ向から日光で受け止める。二人の間で激しいつばぜり合いが行われる。

(・・・剣が泣いている。・・・魔王・・・いや父上の心が泣いているのか?

 ・・・でも、一体なぜ?)

 そのつばぜり合いの中、ランスが強引に剣をなぎ払い、二十一を吹き飛ばす。

 二十一はたたらを踏みながらもなんとか体勢を立て直す。

 

 ・・・・・・

「・・・おいっ!」

「・・・はっ!」

 心の奥底へともぐっていた二十一の気持ちが引き戻される。

「二十一! てめえ、リックや日光さんに何を習った!

 勝負の最中に余計なことを考えるな! そんな事は初歩中の初歩のはずだ!!」

 ランスの言葉にリックの言葉が思い出される。

 

 ・・・明鏡止水・・・。

 

 一点の曇りない鏡の如く、とどまる水の如く静かなる心。・・・それこそが勝負への心構えのはずだった。

「これは互いの生死を賭けた真剣勝負。全力で・・・」

 ランスが魔剣カオスを構え直す。

 

「来い!!」

 

 それに対し二十一も聖刀日光を構え直して答える。

 

「もちろんだ!!」

 

 

「・・・楽しそう・・・」

 カフェはシルフのつぶやきに一瞬驚いた顔をするが、すぐに微笑みを浮かべて応じる。

「そうね・・・」

「私、剣のこととかはよくわかんないけど・・・、二十一達は楽しそうに見える」

 それに対し、目を閉じてなにかを思い出すかのようにカフェが答える。

「実際、そうなんだと思う。・・・男の子ってそういうもんよ」

「そうなんだ・・・」

 人類の命運とか、そういったものを全部忘れたかのように剣を交える二人を、シルフはただ眩しそうに見つめた。

 

 

 太陽が西へと傾いて行く。

 そしてそれは世界を赤く染めて行く。

「はあはあはあはあ・・・・・・」

 二十一が肩で息をする。

 ・・・当然である。何百、何千合と魂を削るような激しい打ち合いをしたのだから。

「・・・どーした、二十一。もう終わりか?」

 体力的な差がここで出てきてしまった。

「はあはあはあ・・・、くそう」

「・・・だが、本当に強くなったな二十一。

 そしてそれはこの俺様との戦いを通しても言えることだ。戦いの中でどんどん強くなっていきやがるな、・・・その限界の無さ・・・俺様の子供だっていうことの証明のようだぜ」

 どこか嬉しそうにランスが言った。

「はあはあはあはあはあ・・・、それはそっちにも言えることだろう。魔王の力を持つ上に、限界知らずに強くなれるなんて詐欺じゃないか」

 

(無敵じゃないか、本当に勝てるのか?)

 

 思わず二十一の心に不安がよぎる。

「・・・不可能ってわけじゃあないぜ」

「!」

 二十一が心で思っていたことにランスが答えた。

「迷いが剣に出ていたぜ」

「・・・なるほどな。・・・それでどういう意味だ?」

「日光さんに聞いてみな」

 二十一はランスへの注意を払いつつ、日光に視線を送る。

[・・・十数年前に気付いたことですが、ランス王はまだ完全には覚醒していない。おそらくは正式に選ばれたわけではないことからくる血の不適合・・・]

 その日光の指摘にたいして、ランスが答える。

「若干違うが・・・まあその通りだ。俺様はその本質的意味での魔王としては覚醒していない。・・・もっともその力自体は完全に手中に入れているがな」

「・・・・・・?」

 二十一には何を言っているのかわからなかった。そこで日光がランスの後をうけて説明する。

[・・・魔王の本質的意味・・・、・・・それは絶対無敵ということ・・・。

 ・・・その寿命つきるまで、何者にもその命を奪うことはできない・・・]

「! ・・・そんな・・・」

 二十一は思わず言葉を失う。

[魔王ランスは強い。おそらくその力はジル、ガイを超えているでしょう。

 ・・・しかし、彼らと違って倒すことは不可能じゃありません]

「そう、・・・不可能・・・じゃあない」

 ランスがニヤリと笑って答えた。その表情には完全に覚醒できていないことを悲しんでいる様子は感じられなかった。

 

「・・・サテラ・・・」

 ホーネットが自分の隣で同じくかたずを飲んで戦いを見守っていたサテラに声をかけた。

「・・・なに? ホーネット」

「私が今までに本当に怖いと思った存在は、魔王ランスが初めてだった。

 ・・・でも、私が怖れたのは魔王としての力じゃなかったみたい、そうそれはあの方自身の力に対してだったのよ・・・」

「・・・・・・」

 無言のサテラにかまわず、ホーネットは話を続ける。

「・・・魔王はこの地上で絶対最強の存在・・・。しかし、それこそが魔王の限界をも意味していたのよ・・・」

 ホーネットのひたいから汗が流れ落ちた。

 

「・・・さっきの日光さんの説明に、ひとつ訂正をさせてもらおう・・・」

 ランスが指を立てて言った。

 

「・・・魔王はその完全無欠さゆえに、大きな代償を支払っていた・・・」

 ホーネットの話も続く。

 

「・・・俺様が完全に覚醒していない理由は血が適合しなかったからじゃあない・・・」

 

「・・・その代償とは向上心。つまり、・・・より強くなろうということ・・・」

 

「・・・俺様自身が覚醒することを押さえているからだ・・・」

 

「・・・なぜなら、その必要なく地上では絶対無敵なのだから・・・」

 

「・・・だって、絶対に殺されないなんてつまらないと思わねえか・・・」

 

「・・・あの方は最大の恩恵を放棄することにより、支払うべき代償を取り戻した・・・」

 ホーネットは言っていて気付いていた。それは人間としての強さだということに。

 

「・・・死ぬかもわかんねえから、生きることがおもしれえんじゃねえか・・・」

 そのためだけに、ランスは自らの肉体の強度を魔人並に落としているのだ。

 しかし、ランスは気付いているのだろうか? ・・・それが人間の理論であるということを。

 

「・・・サテラ・・・、・・・これがどういう意味かわかる? ・・・」

 

「・・・俺様が無敵なのは魔王だからじゃあない・・・」

 

「・・・あの方は、・・・魔王以上の存在になるかもしれない・・・ということよ」

 ホーネットが息を飲んで言った。

 

「・・・俺様は俺様だから無敵なんだ」

 ランスは胸をはって言い切った。

 

 

 それに対して・・・。

 

「はあはあ・・・、とりあえず僕にまだ勝機があるということはわかったよ」

「限りなくゼロに近いがな・・・」

 しかし、二十一はそれには答えない。

「・・・はあふうはあふう・・・はあふう・・・はあぁ・・・ふううぅ・・・」

 二十一は呼吸を整えると日光を鞘におさめる。

「ぬっ!」

 目を閉じ腰をおとして気を高める二十一に対し、同じくランスも剣を構え直して気を高めて行く。

 

 その一瞬に両者は感じ取っていた、・・・次が最後であると・・・。

 

 互いの気が極限にまで高まる。

「はああああああああ・・・・・・」

 二十一が納刀したまま一気にランスへとつめよる。

 

「はやいっ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 確かにその速さはある意味、限界を超えたすさまじい速さであったが・・・。

 

「死ぬ気かっ!!」

 

 ランスに対してのそれはあまりに無謀とも言えた。

 

「はあっ!!!」

「ちいいいっ!!!」

 

 ランスが剣を振り下ろすのをほんの一瞬ためらった。

 

 

 ・・・そしてその一瞬が全てであった。

 

 

 聖刀日光はすさまじい速さで抜刀され、ランスの体を切り裂く。

 そしてそのまま・・・。

「バイラウェイ・・・」

 すさまじい連撃が、剣を構えたまま固まるランスに繰り出される。

 最後に切り上げた剣に、二十一はまさに気力を振り絞って全ての気をこめる・・・。

「・・・ラーーンスアターーーック!!!!」

 

 その一撃はランスの脳天に、完全に直撃した。

 

「・・・う・・・うそ、・・・・・・パ・・・パパ・・・」

 リセットが口に手を当てて目を見開く。

「ランス!!!」

「魔王様!!!」

 サテラ、ホーネットが悲鳴にも似た叫び声をあげる。

 

「パ、パパーーーー!!!!」

 

 そしてリセットの絶叫が響き渡る。

 

 

 

 


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