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大和屋大阪砂場そば
 
大坂の砂場の系統が江戸に進出した時期やいきさつはわかっていないが江戸時代の中期以降になって江戸の町に散見されるようになる。寛延4年(1751)の「蕎麦全書」巻之下の「江戸中蕎麦切屋名寄附名目」の中で江戸の薬研堀に「大和屋 大阪砂場そば」が登場しているし、安永8年(1779)刊・「大抵御覧」のなかに、三又の中洲(現在の日本橋中洲)に「砂場そば」の名が出ている。この他にも、天明年間(1781〜1789)刊の「江戸見物道知辺」のなかに「浅草黒舟町砂場蕎麦」の名前は登場している。
 
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