|
割粉の初見 |
本山萩舟が昭和になってまとめた飲食辞典によると「一説には江戸の初期に奈良の東大寺へ来た朝鮮の僧・元珍が小麦粉によるつなぎの手法を伝えた」とあり、これが割り粉の初見であるとする。ただ、出典は記されていないために異論がある。また、「蕎麦の事典」(新島繁著)によると、上記の「一説には江戸の初期」について「一説には寛永年間(1624〜44)」としている。これについても寛永年間とする出典はわからない。 「料理塩梅集」は、寛文8年(1668)に書かれた料理書で、蕎麦切方の中に、「そば粉のひねる夏には、うどん粉をつなぎに使うと良い」と書いている。 「夏はそば ひね申候故 少うどんの粉 そば一升に三分まぜ こねるが能候」とあり、初見であろう。 |
[PC掲載ページ] so-h [Mobileのページ] so-h |