C I N E M A vol.2
「シャイン」
(赤字部分は映画より引用)
1995年 オーストラリア作品 原題/Shine
監督/スコット・ヒックス
出演/ジェフリー・ラッシュ、ノア・テイラー、アーミン・ミューラー=スタール、リン・レッドグレイヴ他
あらすじ/舞台はオーストラリア。雨の夜、一人の男がワイン・バーの窓ガラスを激しく叩く。彼は伝説の天才ピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴッド。貧しいユダヤ人の一家に生まれたデヴィッドは、父の手ほどきで幼い頃からピアノの才能を開花させる。しかし、周囲のバックアップでアメリカ留学が決まると、父は突然息子の前進を阻む。屈折した父親の愛情にもがきつつ、ついにその反対を押し切ってイギリス留学を果たすが、父親との葛藤から精神を病み、挫折。いつしか世間からも忘れ去られていた。その彼がワイン・バーのピアノに指をかけたときから、流浪の人生はまた息を吹き返し、輝き始めたのだった・・・。実在のピアニストを演じた主演のジェフリー・ラッシュは第69回アカデミー賞の最優秀主演男優賞を獲得。97年春の公開時には、日本でも話題を呼んだ。
それは、呪縛を解く墓参
お墓のシーン/ドラマはまさに最終シーン。10数年ぶりのリサイタルで大喝采を浴び、泣き出すデヴィッドのアップから一気に場面転換。小さな墓石が映し出される。妻となった女性、ギリアンとデヴィッドが、父親ピーター・ヘルフゴッドの墓参りを終え、墓地の中を語らいながら歩いていくところで、エンドロールが流れ始める。才能ゆえに父親の呪縛に打ちのめされ、壮絶な日々を送らざるを得なかった彼が、愛する女性との出会いから自分を取り戻し、再びピアニストとしての人生をやり直したとき、ようやく父の死を客観的に見つめることができた。その象徴としてのシーンだ。木々と芝生に囲まれた静かな墓地。大きな十字架の墓石もあるけれど、父ピーターのお墓は長方体の粗末な石が、地面に対して斜めに立てかけられている。墓石にはユダヤ人を表わすダビデの星。“In Loving Memory of Elias Peter Helfgott”“Born Poland”と記されている。
「何を感じる?」
「何も感じない」
「何も?」
「ショックが大きすぎる。そう言おうか?。僕のせいだったのかも」
「ダメよ、自分を責めないで」
「父さんも責められない。死んだんだから・・・。僕は生きている。そして人生は続いていく。そうだろう、永遠に・・・いや、永遠には続かない。だけど、途中で捨てない生きていく。それが人生だろう?」
「そうよ、土星に導かれるように」
「君はいつも星だ。謎だ、謎だ」
「摂理よ」
「運命の摂理に従うわけか・・・」
そして感想/過去と今が行きつ戻りつしながら、映画はデヴィッドと父親との葛藤を説得力を持って描く。息子にとって父親は超えるべき存在。父親もユダヤ人としての誇りと果たせなかった自分の夢を息子の才能に託す。この父親も、自分の父に押さえつけられて育った人だった。だから、息子を上手く愛することができないまま、息子の自立を拒むことで、父親の威厳を保とうとした。
映画では、デヴィッドの人生が再生された後、息子の成功を知り、自分の過ちを悔いるような再会を果たしてから、ひっそりと亡くなっているようなシチュエーショーンになっている。けれど、彼の妻のギリアンが書いたノンフィクション『すべては愛に』によると、実際は彼がまだ精神の病気に苦しんでいるときから父は心臓を患い、息子の裏切り行為を許すこともなく、亡くなっている。デヴィッドは、父親の死後も、なかなか父の呪縛から解放されず、父親を理解するのに時間がかかったようだ。
たとえば、デヴィッドはこんなふうに言った。
「父さんは家族の全員にとって一番いいことをしようとしたんだ。きっと、本当にぼくたちのことを愛していたんだね」。そして、たくましくなるにつれ、こんなふうに付け加えるようにもなった。「きっと愛情の表現が間違っていたんだ。愛しすぎていたんだ。すごく愛しすぎてたんだ。もしかしたら間違った愛情だったのかもしれない。極端な愛し方だった。本当に残念だよ」
『すべては愛に』より
(ギリアン・ヘルフゴット、アリッサ・タンスカヤ共著 中埜有理訳 角川書店刊)
親に過剰な期待をかけられた子どもは、その期待に応えられない自分に罪悪感を抱き、本当の自分にフタをしてしまおうとする。優等生であればあるほど。けれど、そういう精神的抑圧は、必ず別の形で突出する。こういう話は、実際私の回りにも何人かいた。そして、その中の一人は、結局、死に至る病をもって親の呪縛から脱出してしまった。そうでもしないと逃れられなかったのかもしれない。呪縛の連鎖を断ち切るためにも・・・。そう、私は感じている。肉親ゆえに、許しあうのは難しい。
さて、実在のデヴィッド・ヘルフゴッドはこの映画で一躍脚光を浴び、日本にもたびたび来日して、クラシックのピアニストらしからぬ自由な演奏で人気を博している。彼の十八番のラフマニノフのピアノコンチェルト第3番は、映画の中でも非常に重要な曲として登場。私は生ヘルフゴッドはまだ体験していないけれど(演奏会のチケットは即ソールド・アウト!)、確かに父の呪縛からは解放されても、聴衆の彼への期待もプレッシャーにはならないのだろうか、などと老婆心ながらも心配したりしている。バイオリンの川畠成道クンも、いまやヘルフゴット的人気で凄いらしいけれど。
確か随分前の文芸春秋の随筆で、ピアニストの中村紘子氏が、彼やフジコ・ヘミングなどドラマチックな人生がマスコミの寵児としてもてはやされる現象に苦言を呈していたと思う。演奏そのものよりも話題性だけで聴かれちゃあ、たまらないといいたいのだろう。確かに一理はある。とはいえ、そういう彼女も、「日本を代表する美人女流ピアニスト」という看板にかなり助けられていたりして・・・。
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「シャンヌのパリそしてアメリカ」
(赤字部分は映画より引用)
1998年 イギリス作品 原題/A Soldeir’s Daughter Never Cries
監督/ジェイムズ・アイヴォリー
出演/クリス・クリストファーソン、バーバラ・ハーシー、リーリー・ソビエスキー、ジェーン・バーキン、アンソニー・ロス・コスタンツォ他
あらすじ/アメリカ人で作家のビル・ウィリスと妻マルチェラ、一人娘のシャンヌは、子守のカンディタとともにパリ・サンルイ島で優雅な生活を送っていた。そこに現われたのが養子のブノワ。4人になった家族の中で、シャンヌは愛情いっぱいに育つ。そして、元軍人のビルは、ことあるごとに娘にこう諭し、励ます。“A soldeir’s daughter never cries=兵士の娘は泣かない”と。ビルの病をきっかけに、一家は故郷アメリカ東部へ。そこでシャンヌが味わったのは、帰国子女としての違和感だった。やがて訪れる父の死・・・。
家族愛、友情、恋。1960年代のパリと70年代のアメリカを舞台に、少女から思春期のステップを踏んでいく主人公シャンヌのちょっぴりほろ苦い青春物語。『地上より永遠に』『シン・レッド・ライン』などの戦争文学で名を馳せた作家ジェイムズ・ジョーンズの娘、ケイリー・ジョーンズの自伝的ベストセラー小説を映画化している。
いうなれば、通過儀礼
お墓のシーン/アメリカ生活もようやく落ち着き、新しいボーイフレンド、キースとのデートで心ウキウキのシャンヌ。しかし、父の死はひたひたと近づいている。冬が訪れた。大晦日のカウントダウン・パーティ。「パパにとっては最後の大晦日になるかもしれない」と母マルチェラに言われても、キースとの外出を諦めることが出来ず、強行に出かけるシャンヌ。けれど、不安がぬぐえない。いよいよ年が明け、新年になったとき、シャンヌは賑わうパーティー会場から父に電話する。「一緒にいたい。明日も会えるわよね」と訴える娘にただ「新年おめでとう」と答える父。パーティー会場を慌てて出てゆくシャンヌとキース。
次の瞬間、場面は墓地になり、「ウィリス家」と書かれた墓石が映し出される。いわば『シャイン』と同じ手法。お墓を出すことで、父の死を暗示している。カメラは一族が眠る敷地内には等間隔に板状の小さな墓石が地面にポツポツと寝かされていて、その中に「ビル・T・ウィリス 1919-1973」と刻印された墓石があるという演出だ。お墓には花を差した花瓶と小さな星条旗が飾られている。テロ事件とは関係ないけれど、星条旗はまさに、フランスに暮らしたアメリカ人一家の誇りとアイデンティティの象徴なのかもしれない。
墓地には枯葉が舞い落ちていて寒々しい。そこを険しい表情で歩くシャンヌ。歩きながら、手にした紙袋にしおれた花束をねじ込んでいる。たった今、父のお墓参りを済ませ、取り替えた花なのだろう。つまり、そんな風に時折墓地に来ては花を替えている。彼女は父の最期を看取れなかったようだ。パーティを切り上げて帰宅したときには、すでに父は逝ってしまっていたのだろう。自分のわがままから父の死に立ち会えなかった。そんな後悔の念に苛まれていることを、険しい表情が物語る。
墓地から家に戻ると、弟が庭に木の苗を植えている。弟ブノワは養子にきてまもなく父の名を取って、ビリーと呼ばれていた。フランス人を両親にもつ彼は、自分を捨てた親を憎み、養父母に限りない愛情を感じて、アメリカ人になりきろうとしている。フランスに育ったアメリカ人のシャンヌと、アメリカ人になりたがっているフランス人のビリー。この関係も、映画の中では重要なファクターになっている。ビリーは家の庭の手入れと義母、義姉を守ることを父の遺言のようにとらえ、忠実に守ろうと必死だ。アメリカ人の父のような強い男になりたいと思いつつ、どこかで自分の弱さを引きずっている。
「何の木?」
「ツゲ」
「パパの最期の言葉は?」
「家族のことをよろしく頼むって」
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母マルチェラはいまだに夫の死を受け入れられない。泣き暮らすばかりの母。一家の空気は重苦し い。
夜、ひとつのベッドにもぐりこむシャンヌとビリー。
「学校で何かあるとまず考えるの。パパに話そうって。いまだにそう思うわ。あなたもそう?」
「ああ」
そして感想/ビル役のクリストファーソンが気骨のある素敵な父親を好演。シャンヌを演じたソビエスキーの瑞々しい美しさは、ちょっと格別である。『眺めのいい部屋』のジェームズ・アイヴォリー監督ならではの胸キュンストーリーで、日本では興行的にそれほど話題にならなかったけれど、私は思わず劇場に2回も足を運んだ。パリ時代のシェンヌの男友達、フランシス役のコスタンツォが、これまた見っけモンである。
子守のカンディタの恋もなかなか興味深い。当時、裕福なアメリカの文化人にとってパリは憧れの都だった。ヨーロッパのブルジョア的生活は、歴史の浅いアメリカ人にとっても魅力的だったのだ。それでいて、スノッブな本家ブルジョアのフランス人に対する印象が決してよくないことが、セリフの随所に感じられる。そしてそういう家に雇われる家政婦兼子守はヨーロッパでも貧しい土地の出身(カンディタはポルトガル出身の設定)であり、運転手はアフリカ系黒人。その二人を結びつけようとするけれど、結局うまくいかない。そんな差別的シチュエーションをきちんと描いているところも、この映画にリアリティを与えている所以だろう。
何よりも、この映画には、『シャイン』とは好対照のよき親子関係が描かれている。フランシスと母親(ジェーン・バーキンがいい味出している)の一風代わった関係も素敵だ。それでも、オペラを愛し、自由に生きているはずのフランシスが自分の父親を知らないことに傷ついていたりする。シャンヌへの恋を告白するフランシスもたまらなくチャーミング! こういう要所要所にも、この映画の魅力が散りばめられていると思う。レンタルビデオも出ているので、一度ぜひご覧あれ。
さて、映画のラストシーンはなかなか爽やかだ。愛すべき父の死によって心の支えをなくした家族、母、娘、養子の弟という際どい関係を、温かい視線で見送っている。遅かれ早かれ、子どもはいつか親の死を乗り越えなくてはいけない。シャンヌの体験を通して、観客もその悲しみを共有するけれど、それは決して絶望的な悲しみではない。いってみれば、通過儀礼。そこに救いを感じる。原作にはないけれど、映画ではビリーが庭に植えていたツゲ(柘植)という木。辞書によればくしや将棋の駒に使われる緻密な材質の小高木で、早春に淡い黄色の花を咲かせるという。脚本にも加わったジェームズ・アイヴォリーは、このツゲに再生への希望を託したのだろうか。
ところが、原作を読むと映画のラストとはえらく違って、相当ビターなので驚いた。母は酒びたりになり、新しい恋人を作って、娘や義理の息子との仲も険悪になっている。ビリーはニューヨークの裁判所で市民権を得るが、その手続の法廷にも母の姿はなかった。そして、ビリーはシャンヌに生母の残した日記を自分の代わりに読んでくれと頼む。家族はバラバラになりながら、奇しくも血のつながらない姉弟の愛は続いていくのだ。小説は英訳されたことになっている日記の全文で終わっていた。実は、この映画のオープニングはビリーが誕生する直前の、若き生母の姿から始まっている。だから、シャンヌの母親の描き方はやや違うけれど、ある種の空気感は原作も映画もよく似ているといえる。
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