C I N E M A vol.1

1. ポネット 01.04.20
2. リトル・ダンサー   01.04.20
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「ポネット」(赤字部分は映画パンフ・採録シナリオより引用)

1996年 フランス作品  原題/Ponette

監督/ジャック・ドワイヨン

出演/ヴィクトワール・ティヴィゾル、マリー・トランティニャン、グザヴィエ・ボーヴォワ他

あらすじ/4歳の娘・ポネットとママは交通事故に遭い、運転していたママは亡くなった。でも、ポネットにはママが「死んだ」ことがどうしても理解できない。誰に何といわれようとも一生懸命ママを待ち続けるポネット。そしてある日とうとう、ママのお墓に向かった・・・。主演のヴィクトワール・ティヴィゾルは1996年のヴェネチア国際映画祭で、史上最年少の主演女優賞を受賞した。

お墓のシーン/ポネットは山道をひた走り、ママの眠る墓地にやってくる。山の斜面につくられた小さくて古い墓地の一角に、まだ新しく土が盛られたママのお墓。墓石も小さく、とりあえず立てられているようだ。あまりにも殺風景な様子に、ポネットはよそのお墓に植えられた黄色い花を3輪ほど取って、ママのお墓に添えてあげる。そのうち、土を掘り返しながら、泣き始めるポネット。その背後から現れたのは、昔の姿をしたママだった。

そして感想/このHPを立ち上げようと思った理由のひとつに、『ポネット』のこのシーンを紹介したい!というのがあった。だから、記念すべき第1作品めには、『ポネット』でなければならなかった。

欧米では一般的に土葬が主流だ。土を掘り返せばママの眠る真新しい棺が出てくるかもしれない。ポネットはそう思ったのだろうか。小さい手で、一生懸命土を掘る姿には、誰もが胸を詰まらせるだろう。この後、ポネットはしばし下界に姿を現したママと山道を歩きながら、実に哲学的な言葉を交し合う。絶対お涙頂戴にはならない。このあたりはまさにフランス映画の真骨頂だ。
驚くことに、ママは自分が死んだことを決して嘆いたりしないのだ。このあたりに「全ては神さまのご計画」というキリスト教の精神を感じる。そしてこう言うのだ。

「いのちがあるうちに何でもして。お前に約束してほしいから戻ってきたの。・・・もし、死ぬとしたって、元気よく死ぬの。はつらつと・・・でもお前にはまだ未来があるわ。まず、どんな事でも楽しむのよ。それから死ぬの」

それにしても、自分がママの立場なら、ここまで毅然と娘に語ってやれるだろうか。精一杯生きて、はつらつと死ねだろうか・・・。

ママは寒いと訴えるポネットに赤いセーターを着せてやる。赤はまさに生命力の象徴。寒々しい山の景色が、さあっと明るくなる。もっとも、ややくすんだボルドーレッドではあるけれど。
そのセーターを着たポネットは迎えにきたパパの車で再び山を下っていく。

「ママがね『楽しむことを学びなさい』って・・・」

そうパパに話すポネットの笑顔のなんと穏やかなことか・・・。そして映画は、苔むしたような古い柳の枝をゆっくりと写していく。その枝に新しい芽の兆しを感じさせるような、印象深いシーンを最後に静かにエンドロールへと移って行く。

つまりは喪失と再生の物語。

幼い子どもが、親と死別するという辛い体験を、こんなにまで優しい眼差しで描いてくれた映画に、私は感謝したい。最後の最後にママを登場させたのは、いかにもファンタジーだけれど、観客は皆、そのラストにたどり着くまでにはポネットも充分苦しんだことを知っている。誰だって「許してあげよう」と思うに違いない。愛する人を失った時は、せめて夢でもいいからもう一度会いたいと願う人は多いと思う。


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「リトル・ダンサー」 

2000年 イギリス作品  原題/BILLY ELLIOT

監督/スティーヴン・ダルトリー 

出演/ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ、ゲアリー・ルイス、ジェイミー・トラヴェン、他

あらすじ/1984年、11歳の少年ビリーは、イギリス北部の炭鉱町で痴呆気味の祖母、炭鉱労働者の父・兄と暮らしていた。母は少し前に病死。父と兄は炭鉱のストライキに忙しく、ビリーは兄の大切なロックのレコードをかけ踊ることに夢中になりながらも、ふらりと家を出て行ってしまう祖母の面倒も見なくてはいけない。ある日、父にすすめられて通うボクシング教室の片隅で女の子たちが受けているバレイのレッスンに心惹かれる。いつしか、バレエ教師のウィルキンソン先生とともに秘密のバレエレッスンが始まり・・・。苦しい生活の中で母をなくした少年が、バレエに夢をかけようと懸命に生きる青春ストーリー。2000年のカンヌ映画祭監督週間のクロージングに上映され、大ヒットした。仕事に悩みながらも、息子を思う父親の姿は、涙なくしては観られない。

お墓のシーンは・・・/だだっ広い原っぱの一角にある墓地。見えるのは遠くの工場と煙突のけむりだけ・・・。どの墓石も小さくて、殺風景で、お金がかかっていないのは一目瞭然だ。まさに庶民の墓地。その中に、亡くなった母のお墓がある。ビリーは母の小さな墓石に花を手向ける。祖母は、突っ立ったままただ遠くを見つめて・・・。なんということのないシーンだけれど、母を亡くした子どもの淋しさと、繁栄に取り残され、深刻な社会状況にある炭鉱町の悲哀が描かれていた。

そして感想/イギリスはいわずと知れた階級社会だ。英国ロイヤルバレエ団の入団オーデションを受けるために乗った長距離バスの中でビリーは父に聞く。「ロンドンってどんなところ?」。しかし、父は答えられない。彼は生涯一度も首都ロンドンに行ったことのない、しがない炭鉱労働者なのだ。考えてみれば、東京に一度も行ったことのない日本人だって多いだろう。けれど、ビリー一家のような地方の労働者階級にとっては、ロンドンは、もっと遠い異国のような存在なのかもしれない。とはいえ、観客たちはすっかりビリーたちに感情移入しているので、ロンドンの名門バレエ団に携わる誇り高き先生たちの鼻持ちならない雰囲気や言動が、かえって滑稽に見える。
欧米の墓地は、公園のように美しく整備されているという印象があるけれど、お墓にも確かに階級が存在するのだろう。そういえばパリ郊外のサン・ドニ教会にある共同墓地も、庶民的なコンクリートのアパルトマンに囲まれ、雑然として、およそ趣きがなかった。
要するに、大切なのは心。この映画は父と息子の愛情がクローズアップされているけれど、思春期に母を亡くした少年の、母への思慕も重要なファクターだ。ビリーは母からの最後の手紙をいつも胸に忍ばせている。息子を思い、一瞬、母親が幻として現れるシーンもあった。彼の心の中にはいつも母がいる。それでも、ビリーは会いにいくのだ。寂しい原っぱの中にある、母のお墓へ。実際、お墓参りのシーンは2度あった(と記憶している)。私にはそれが印象的だった。


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