12:ダンガの邂逅
バーミアン大陸南部の連合軍は、ベム砦を落として部隊の再編成を終えすでにダンガ帝国の首都ダンガを包囲する準備が整っている北バーミアン帝国が待つ地へと兵を進めていった。
ベム砦での戦いは数による一斉攻撃と敵の増援に対する迅速な判断のおかげで怪我人こそ多かったが、死者の数はそれほどでもなかった。
その為ほとんど誰もが勝利を信じて疑わなかったが、上層部の人間はかなりぴりぴりしていた。魔物がいつ襲ってくるかわからないし、彼らのほとんどが皇帝レナードに対してうわさを聞いているだけで面識のあるのは数人しかいないのだ。
何日かの行軍の後正面に構える部隊が見えていた。さらに先行して数十騎の騎馬隊が構えている。皇帝レナードとその親衛隊だ。
連合軍のほうも親衛隊と呼べるものはなかったが、主なメンバーを集めて少数で前進する。そしてレナードとアリオーンが挨拶を交わして握手をする。
メンバーの一通りの紹介が終わるとすぐさま帝国の一部隊が駆け寄ってきてその場所に天幕を築き上げる。
天幕での会談はどこかよそよそしいものだったが、皇帝レナードとアリオーンの陽気な性格のおかげで比較的順調に話は進んでいるようだった。包囲に関しては東側を連合軍が、西側を帝国軍が受け持つことになり、逃げ出す市民のために北側は会えて包囲しないことになる。さらに逃げ出す準備をさせるために一斉攻撃の見合わせが行われることになる。
そしておきまりのごとくいつの間にか持ち込まれた酒やら、食べ物やらでどんちゃん騒ぎが始まってしまった。
「全く持ってこんな事ができる神経がわからん」
皇帝レナードは密かに抜け出し一人毒づきはじめる。
「仕方がないわよ、みんな勝利を疑わないもの」
いつの間にか同じように抜け出したシャルロットが答える。
「勝つさ。これで勝てなかったら無能なんてものじゃない。馬鹿だ。だが問題はいかにして戦うかだ」
「こちらの切り札の一つはもうベム砦で使っちゃったしね・・・・」
「そんなに強いんですか。ゼフィールは」
同じく抜け出してきたのだろうアリオーンがたずねる。
「強い、とてつもなく。確かに私は君の兄であるエドワード王子に一騎打ちで勝った。だがそれは若い私が勝つことで士気を鼓舞する意味があったからだ。シャルロットやシェイドの活躍もこの効果を狙ったものが大きい。一対一で勝てる相手じゃない」
「たとえあなたでも?」
「そうだ」
「おお、こんな所におったか。それよりさっさと引き返したほうがよいぞ、天幕ではお前さん達がいないと馬鹿騒ぎが流血の大惨事にもなりかねんからな」
ふらりとロキがやってきて言う。
「そうですね、長老はもうおやすみですか」
「そうさせてもらうがレナード、お前に少し話がある。二人とも席を外してくれ」
ロキの要求に応じて二人はさっさと天幕に戻る。
「何です」
「シェイドから言づてを頼まれてあってな。何がなんでも勝て。たとえ貴様の力を全て出しきることになろうとも、じゃと」
「わかっていますよ、誰にも邪魔はさせません。フォローはよろしくお願いします」
「老いた体でシャルロットの魔力を止めるのはきついんじゃがの。だがそうしなければ誰も浮かばれまいて。で、シャルロットには本当に伝えなくていいのか」
「あの二人は優しすぎるんですよ。シェイドはいつもあれが表に立っているから感情を抑制できるけど、シャルロットにこのことはかなり辛いはずです。戦闘で無駄に悩みを持っていれば死んでしまう」
「優しいのはどっちもじゃな」
「悲しむのは全てが終わってからでもいいでしょう。それにベム砦で「かれ」が出てきたと聞いています。これ以上彼女が傷つけばシェイドの二の舞だ」
「これを奴が聞いたらお前は殺されておるぞ」
「・・・少し気が立っていたかもしれませんね。私も休んだほうがよさそうだ」
「そうしておけ、シャナとあの王子に任せておけば滅多なことはおこらんだろう」
「フェンリルさんは?」
「今頃愛しの娘に祈りでも捧げているのかもしれんぞ」
「ははは。私は少し天幕に顔を出してきます」
レナードは天幕のほうへ歩いてゆく。ロキはその後ろ姿を見てため息をついた。
「ふーう」
そのころダンガでは孤児院でヴォルストが子供達を寝かしつけたところだった。
「助かるよ、最近からだが弱ってきてねえ」
ヘルと一緒にお茶を飲んでいる初老にさしかかった女性が言う。
「どうって事はありませんよ。それよりまだ老いを感じるのは早いですよ。少なくともあなたには北と南の友好的な姿を見てもらうまで生き続けてもらわないと」
「酷なこと言ってくれるねえ」
「でも、もう十年以上あなたは二つの勢力の友好のために自分を犠牲にしていたんですからその権利はありますよ」
「私ができたのは孤児を引き取ることだけだよ。それに今はヴォルストの援助がなければそれもままなら無いような有り様だ」
「まあこの悲惨な状況も一ヶ月立てば少しはましになっているでしょう。そうそう、私は明日墓参りに行った後一週間ほど留守にしますよ」
「ああ、お前が色々持ってきたくれたおかげで助かったよ。あの人の最後には立ち会わなくていいのかい」
「まあぎりぎり立ち会えますよ。戦後処理で忙しくなる前にこれだけはすませておきたいですから」
「シャナちゃんと一緒に行けばいいのに」
「あいつと一緒に行くと言葉に困ってね」
「私も一緒に行っていいですか」
「その腕でか、勘弁してくれ」
「ああ、これ、リーマさんがなおしてくれました。二日ほどで感覚も戻るだろうって」
「シ、シスター、よけいなことを」
「あの人には私から行っておくよ。それにヘルちゃんがいなくてもお前の部隊が戦いになれば街の治安を守るのだろう」
「治安を守るのは多分別部隊ですよ。明日から私の代わりの人間が何人か来ますし、戦いの時にはかなりの人数を守りにまわします。戦いになれば力のないものは盗賊の格好の標的ですから」
「そして力のないものは女子供って相場が決まっていますもんね」
「ベム砦で悪魔を十体近く葬った女の言うせりふじゃないな。それにお前はシャルロットを弱いと思うか」
「何事にも例外はありますよ。じゃあ私は明日の出発準備でもして寝ますか」
「ああ、お子さまは寝る時間だ」
ヘルはつんとして部屋を出ていった。
「あの子も随分と変わったわね」
「まあそれなりに、でしょう」
「そういえば研究のほうは進んでいるの」
「ここ数カ月はさっぱり、でも以前に比べればだいぶ力も安定してきましたが感情のせいでだいぶ不安定になりますね。これをシャナレベルの人物が使えばどんなことになるか分かりませんよ、最もあいつは韻のほうは無意識のうちにやってしまう傾向がありますが、あいつがベム砦でつくった竜はすごかったですよ」
「大丈夫よ、すでに完成している部分を覚えるだけでも普通の人間には無理だから」
「そうですね、じゃあ私も休ませていただきましょう」
ヴォルストは空いている部屋へと入ってゆく。
その後にはシスター・リーマのお茶をすする音だけが聞こえていた。
「ヴォルストさん、ひょっとしてもう行っちゃたんですかあ?」
次の日、朝起きたときの朝食にヴォルストは来ていなかった。朝早くから元気な子供の声が聞こえてくる。
「ああ、さっさと起きて町外れの墓地に行っているよ。多分荷物は置いていると思うから後で戻ってくるだろうよ」
「荷物、無くなってました。抜け駆けするつもりだったんだ。許せない」
「ヴォルストは昨日あなたを連れていくとは一言も言ってなかったような気がするねえ」
「・・・・シスター、考えることがヴォルストさんに似てますね」
「あいつが私に似たのよ」
「私さっさと追いかけなきゃ」
ヘルはそういうと部屋の荷物を持って子供達をかき分けながら走っていく。
ヴォルストは花束を持って巨大な石の前に立っていた。その石には50を越える名前が彫ってある。全て12年前、彼が自らの手で殺した子供達の名前だ。その名前の中には他ならぬ彼の三つ下の弟ヴァートの名前もある。
「・・・・・・行くか、ヘル、出てこい」
「はあい」
そういうとヘルは木陰から出てくる。
「抜け駆けするなんてずるいですよ」
「私は昨日お前を連れてゆくなんて言っていないぞ」
「はははははは」
「何がおかしい」
「シスター・リーマも同じ事言ってましたよ」
「まあそう長くはないけどあの人には色々教わったからな」
「それより早く行きましょう。連合軍がダンガを落とす頃には戻って来るんでしょう」
「そうだな」
ヴォルストは荷物をかつぎ上げると墓地を後にする。その後にはヘルも続いた。
一週間後
ダンガを半円状に包囲していた連合軍は、一斉に包囲を詰めはじめた。が、その中に中核となるアリオーンやレナード、さらにはシャルロット、ギルバート、ファナ、レイチェルまでもがいなくなっていた。
両軍は必死になってこれらの人物を捜したが見つからず、指揮はリチャードとフェンリルによって取られていた。ただロキとフェンリル、リチャードは彼らの居場所に見当がついていたので、密かに援護部隊に後を追わせていた。
「なかなかいいところじゃないか」
六人は先にダンガの街に入り込んでいた。もっとも敵の抵抗はほとんどなかったが。そして彼らの考えは皇帝のゼフィールさえ倒せば、士気の著しく下がっているダンガ帝国軍はおとなしく降伏するだろうと言うものだった。
確かにこれは一番犠牲を少なくする方法だろうが、それでも一国の指導者が取るべき行動ではない。
最初アリオーンはギルバートとレイチェルだけを連れて行くつもりだったのだがものの見事にファナ、シャルロット、おまけにレナードまでもが待ち伏せしていてあろう事か彼らと同行することになったのだ。
とりあえず彼らはシスター・リーマの孤児院で作戦を立てるつもりだった。
「今日は随分と大勢で来たのねえ」
「おじゃましますよ。ところでヴォルストはまだ帰ってないんですか?」
「ええ、郊外の墓参りに行ったきりもう一週間にもなるわ。多分ヘルちゃんも同行しているだろうから寄り道せずに帰ってくると思うけれど、早くても明日かしらねえ」
「レナードさん、あいつはどこにいっているんですか?」
フォルケルがたずねる
「ここではライヴァスと呼んで欲しいな。あいつは多分山に言っているんだよ」
「やま?」
「そう、シャナとヴォルストが生まれた山だ、馬に乗っていれば道を心得たものならここから4、5日でつける」
「シャナさんは一緒に行かなくていいんですか」
「・・・・・」
「彼女はお兄さんと一緒に行くって決めているから」
返事をしないシャナに変わってファナが答える。
「私は・・・」
「ああ席を外すといい」
「私も一緒に行きます」
ファナとシャナは部屋から出ていった。
「兄・・・他にもいるんですか」
「君達はしらなかったか。今のヴォルストは肉体は彼女の兄のものだが精神が違うんだ」
「二重人格ですか」
「簡単に言えばそうだが実際はもう少し複雑だ。君達もヴォルストの髪の毛がああなったいきさつは聞いているだろう」
「ええ」
「そのときヴォルストはシスター・リーマのおかげで一命を取り留めた。だが幼い彼の精神は自分が五十人もの、しかも友人を殺すことに耐えることができなかったんだ」
「当然ですね」
「実際は君達が思っているもの以上のものだろう。それはさておき、精神が崩壊した彼の体に数日後別の精神が入りこんだんだ」
「入り込んだ?」
「白い狼だ」
「あの北の部族が信仰している」
「クラヌ教に天使だっているんだ。北の多くの民が信仰している白い狼がいても不思議じゃない。で、彼はそのまま十二年間その人格で過ごしてきたと言うわけだ」
「・・・・・・・・」
「もっとも一応本人の精神は回復しているがどうも前に出てこないらしい。私の知る限りでは本人が出てきたのは片手で数えられる回数だけだ」
「これで合点が行きましたよ。シャナさんが妙にヴォルストにそっけない態度をとったわけが」
「まあいくつか端折った部分はあるけどね」
「端折った部分こそが大事じゃないのかしら、特にこれからの南の国を支える人々にとっては」
「私にはそれだけのことを言う資格がありませんよ。ならシスターが自分で言って下さい」
「何ですかそれは」
「今はまだいい、今はな。戦いが終わったら教えてやるよ。それよりシスター、ヴォルストの部下のリーダーを呼んで下さい。これからの打ち合わせをしないと」
「それならば我々が引き受けています」
そう言ってドアが開くと様々な紋章の鎧を着た人物達がいる。
「さすがフェンリルさんと叔父上、もう追手を差し向けてきたってか」
「違うだろう」
「その通りです、陛下。我々はあなた方の援護を頼まれました。ヴォルスト殿が入手したダンガ城の侵入経路も教わっています。ですが一つ条件があります。潜入するのは連合軍が完全にダンガ城を包囲してからです」
「それはフェンリル殿からの命令か」
「はい」
「仕方が無いな、じゃあ今日は休ませてもらうとするか」
そう言うとさっさとライヴァスは自室へと引き上げてゆく。それにギルバートが続く。
「それにしても久しぶりだねえ、ユリアちゃんも」
「ええ、そうですね。すみませんでした、父が起こした暴走のせいでこの国の人に迷惑を掛けてしまった」
「どうって事はないよ・・・・エラードの王子がいるところで言うのも何だけど実際戦争をやっていたってかつてダンガ王国がしていた税に比べれば軽い方だからね」
「ですがエラードではかつて無いほどの重税を強いられていました」
「この帝国の税はどこも一緒だよ。つまりかつてのダンガはそれだけの税金を搾り取って北の民からの攻撃に備えていたんだ。もっともここを襲ったのは大抵が魔物の群ばかりだけどね」
「・・・・・私達はこの戦いを短期間でここまで来たのでそれほど資金面で困った事態は起きませんでした。それにヴォルストの援助もありましたから。ですが敗退を続けながらも税制を変えることなく戦い続けたゼフィールはどうなんでしょう」
「彼は子供の頃から戦いを続けてきた。それに王族のように贅沢をすることもない。それだけで十分お金は捻出できるよ」
「そうですか。では彼はそんなに悪い王ではなかったのですか」
「少なくとも私は・・・・彼はわざとそうやっているんじゃないかと思うね」
「おとうさんが・・・わざと」
「何故です」
「それが分かれば戦争なんて起こらなかっただろうね。あんた達も休む準備をした方がいい。今残っているのは精鋭部隊ばかりだ。少人数で突撃するのは骨が折れるはずだよ」
「そうですね。レイチェルはどうする」
「私も休むわ」
二人は連れだって部屋から出てゆく。
次の日、首都の周りを包囲していた連合軍はダンガの守備隊を一気に破り城門へのなだれ込んでいった。
その少し前、ライヴァス率いる数十名に膨らんだ突撃隊が城の抜け道などからいくつかの部隊に別れて侵入していた。
「ゼフィールがいるところまでの道のりは分かっているんですか」
暗い通路で松明を持って先頭をゆくレナードにフォルケルがたずねる。
「ああ、昨日ヴォルストの部下が見取り図を渡してくれた。何なら見てみるか」
レナードはそう言って懐から羊皮紙を取り出してフォルケルに投げる。
「へえ、あいついつの間にこんなものを手に入れたんだ」
「そいつはあいつが帰ってから本人に聞く事ね」
横から紙をのぞいているシャナが答える。
「ヴォルストさんは武器商人として城に出入りしていましたからそのときに手に入れたのでしょう」
レイチェルが答える。
「それにしてもよく監視をくぐって盗んだものだ」
「そろそろ出口が見えてきた。武器の準備をした方がいい」
松明を壁に立てかけて、荷物をチェックしながらレナードが言う。
レナードに続きそれぞれが自分の荷物をチェックし、武器を構える。
「じゃあ最後の戦いへいざ出発と行きますか」
フォルケルの声に会わせてレナードがドアを蹴り開ける。音に気づいた二人の兵士は素早く侵入したシャナとファナが一気に気絶させる。
「おみごと」
フォルケルが軽口を叩きながらギルバートともに通路の先を調べに行く。レナードとレイチェルは反対側を調べている。さらにレナードの親衛隊の兵士が数人後に続く。
「こっちだ」
レナードの指示に従い全員が一気に城の奥に向かって行く。外の喧騒がだいぶ大きくなっている。おそらく城内にすでに味方が侵入しているだろう。
途中何度か敵に出くわすが、ほとんど戦いにはならずに相手は投降する。だがこちらの数が少ないことを知り、戦闘を仕掛けてくるものもいる。そんな相手は主にレナードと彼の親衛隊がてきぱきと骨抜きにしていく。そのあざやかさはフォルケル達の出番がほとんどないほどだった。
「さて、ここまで来たはいいが、ここからいくつか選択がある」
城のかなり奥まで来たときにレナードが言う。
「ゼフィールが一体どこにいるかだが、玉座の間、寝室、執務室の三つにしぼられてくると思う。だいたいここからの距離は似たようなものだがどう思う?」
「・・・ここは単純に部隊を三等分にすればどうです」
「死にたいのならかまわないわよ」
ギルバートの提案をシャナが一蹴する。
「この期に及んで寝室はないでしょう。ですから執務室か玉座の間で迎え討つ気じゃないでしょうか」
「部隊を二等分すれば時間稼ぎくらいはできるか」
「かなり危険よ」
シャナはレナードの考えを否定する。
「だがゆっくりしていては彼の大規模魔法で兵達に多大な損害が出る。表から近い玉座の間に戦力を集中させよう。そうすればたとえ追いつめられても表の部隊には長老達がいる」
「じゃあ執務室にあの人がいた場合は?」
「時間を稼いで増援を待って、それが無理なら尻尾巻いて逃げればいいさ」
レナードは軽く言う。
「じゃあ部隊をわけないと」
「ああ、それならシャルロット将軍、あなたがレジスタンスの面々を引き連れて玉座の間へ向かってくれ。私は親衛隊と共に執務室へ行く」
「大丈夫ですか、陛下」
「引き際くらい心得ているさ」
(もっとも引けるような戦いじゃないけどな)
レナードはさっさと親衛隊を率いて奥を目指しはじめる。
「私達も行きましょう」
「ええ」
ファナの言葉にこたえるとシャナは先頭に立って手前の階段を上りはじめた。