11:ダンガ帝国へ
アリオーンは迷っていた。ベム砦を落とす際の北側から現れた魔物の部隊はやはりダンガ帝国とのつながりがあったのだろうかと。だが砦の南側の指揮官はシャナと少し戦っただけで逃走したと聞いている。もし彼らが打ち合わせをしていたならもっと効果的な戦いができたはずだと思うのだが・・・
「ふう・・・」
それに今回現れた膨大な敵、味方の増援のことも気がかりだ。
兄のフォーブスは砦を占領した後のごたごたに紛れてどこかへ言ってしまった。聞いたところによると婚約者のファナ王女にも挨拶していないらしい。砦内で敵のホムンクルスを倒すのに一役買ってくれたライヴァスはさっさと陣に引き上げていった。一人で正面の悪魔部隊の上位悪魔を全て倒したフェンリルは重傷を負った娘の看病に残っている。いずれ彼らに公式な礼をしなくてはならないだろう。
それに敵の地上部隊を一掃したのはあの長老と呼ばれていた老人だそうだ。敵の迎撃に出ていた部隊によると、空から敵の中央に隕石が、そしてその周りを囲むように火の玉が次から次へと降ってきたようだ。
そして急に現れたレイチェルことユリア王女。彼女の処遇も決めておかなければならない。
そして敵のアリスとヨシュア親子。この二人は何者なのだろう。ライヴァスと、ヴォルストは何か知っているようだが・・・・
さらに・・・・
ここでアリオーンはあきらめた。とりあえず今日の会議で決定しなければならないことだけを考えることにした。
やがて時間になるとレイチェルとギルバートが迎えに来る。
「よう、案はまとまったかい」
「考えることが多すぎて、訳がわからん」
「考える時間はたっぷりあったでしょう」
レイチェルの言うとおり考える時間はたっぷりあった。何しろもうすでに砦を落として丸一日が過ぎているのに事態が進展しないのだ。それだけこちらの被害が大きかったということである。
協力してくれているシェイド将軍、さらに魔術士隊のラーカス司祭が重傷を負いすぐには会議にでれなかったことと、他の主なメンバーも無理に前面に出たおかげで至る所に傷を負っていたのが会議を開けなかった原因だった。
で、久しぶりに三人そろって会議室へ歩いてゆく。
会議室には半ば包帯男と化したラーカス司祭と、驚異のやせ我慢でいつもと同じ服装のヴォルスト、魔法の使いすぎでさっきまで顔面蒼白になっていたファナ王女とシャルロット将軍、所々に傷を負ったファーン、ロックスリー、リチャード、そしておそらく今回の戦いで、主だったメンバーの中で一番死にかけたヘルと、保護者として看病していたフェンリル、そして各国家の代表的な人物がいる。
「遅かったな、三人とも。さて、何からはじめようか」
「まずは悪魔のことから聞くべきかな、北バーミアン帝国のほうではダンガ帝国が悪魔と手を結んだ話を聞いておりましたか」
「それは不確定情報の一つとしてありましたよ。まあ、だからといって責めないで下さい。不確定情報は多すぎるから教えていないんですよ。もしお望みなら馬車十頭分以上の書類をお持ちしますが誰がそれを読むんです」
「それを責めるつもりはありませんよ。まあよく考えれば私にも思い当たる節がいくつかありますし、それを見過ごしていたミスもあるでしょう。で、今北バーミアン帝国軍はどの様に展開しているのですか」
アリオーンがその場をなだめ、話をフェンリルに振る。
「私がこちらにたったとき皇帝はしばらく帝都の近くで様子を見ると言っていた。包囲は君達と合流してからするそうだ」
「なるほど、で、次はあのヨシュアという魔術士のことだが」
「あれはおまえ達が邪教と呼んでいる人の生命の神秘の追求を目的としている団体だ。ヨシュアはそこの幹部で二年前は傭兵として我々に味方もしてくれていた。奴とライヴァスの確執はそのときのものだ」
ヴォルストが淡々と説明する。
「シェイド将軍、私はあの後あそこでこんなものを見つけたんだがあんたなら何か知っていないか」
アリオーンはヴォルストに一つのペンダントを見せる。
「多分アリスと呼ばれていた女の肩を斬ったときに落ちたものだと思うんだが」
「・・・少なくとも邪教のシンボルでは無いな、がどこかで見たことがないわけでもないと思うが・・・シャルロット、どうだ」
幻覚の銀髪を掻き上げながらヴォルストはシャナにペンダントを渡す。
「これは・・・・」
「なにかわかりますか」
「いいえ、確かに見たことがありそうですけど」
シャナの声はいつものようにはっきりしていないようだ。
「そうですか、じゃあ次は・・」
「フェンリル殿と、ヘル嬢は魔族という噂があるのですが本当ですかな」
アリオーンの話の腰を折って、一人の老人が口を挟む。
「どこからそんなたわごとを聞いたのですか」
それに答えたのはヴォルストだ。
「城壁の戦闘に参加していた者の多くが証言しております。ヘル嬢には人にはない翼があると、そしてヘル嬢の父親であるフェンリル殿もまた、魔族ではないでしょうか。どうですロックスリー殿、城壁で戦っていた者としてあなたの判断は」
「はあ、頭の固い奴はこれだから。レイチェル、あれで翼を造ってやれ」
ロックスリーが答える前にヴォルストがレイチェルに言う。
「皆さんよく見ていて下さいね」
レイチェルはにっこり笑うと、その議論をいいはじめた老人を眺め、しばらくすると周りからどよめきが起きる。老人だけが訳が分からない様子だ。
「何が・・起こっているのですかな?」
「あなたの背中に翼が生えているんですよ」
ヴォルストのからかいに背中に手を伸ばした老人は悲鳴を上げて失神する。
「今のは私の使い魔ルナの姿を変形して翼の形にしたもので、実際空を飛ぶこともできます。それについてはファナ王女が知っておられます。このように才能があれば翼を造ることはそう難しいことではありません」
「ゼフィールの娘の言うことなど信用できんな」
レイチェルの解説に反抗した男の話で一気に会場は騒然となる。
「まさかここまで噂が飛び交うのが早いとは・・・・シャルロットこの際仕方がないからあのことを話せばどうだ」
ヴォルストは隣のシャナにささやくと彼女は頷いて喋りはじめる。
「皆さん、確かに彼女はダンガ帝国皇帝ゼフィールの娘ユリアです。ですが彼女がここにいるのは父親を止めるためです。我々が彼女と接触したときの彼女の証言から、ゼフィール皇帝の突然の豹変ぶりは先の悪魔の件と合わせて悪魔に魅入られたのだという結論に達しました。ですから彼女はこれ以上父親が過ちを犯すのを止めるために我々についたのです」
このことにはあちこちで反論が起こる。事態はしばらく鎮静化しそうにない。もしヴォルストが元気だったなら、アラディーのようにキレて事態を治めただろうがさすがに今日はそんな元気はないようだ。
「うるさい」
突然アリオーンが一喝したことで騒がしかった場はしんとなる。
「私は彼女とはレジスタンスの時から一緒にいる。もちろんそのときは彼女の素性は知らなかったが。そのとき私は彼女を信用していたし、今も信用している。現に危機に陥った我々を助けてくれもした。彼女に関しては監視をおいておけばいいだろう。これが私の意見だ。異論のある者は具体的な反対の理由を述べて反論してくれ」
この一言でとりあえず騒ぎは収まる。さすがに連合軍のリーダー格のアリオーンの言葉に逆らいはしないようだ。
「で、次は・・・・・」
アリオーンはできるだけ不機嫌な声で話を続けてゆく。

「なかなか真に迫っていたじゃないか」
会議が終わった後でヴォルストがからかう。
「お前がやってくれれば楽だったんだがな。おかげで人気が落ちることになっただろう」
「王子、ごめんなさいね」
レイチェルが謝る。
「レイチェルが気にすることじゃあないさ」
「じゃあ誰が気にするんだ」
すかさずギルバートの突っ込みが入る。
「それくらいにしておくのね。さっさと部隊をまとめて出発に準備が必要でしょう」
シャナがその場をいさめる。
「そうそう、レイチェルの監視はロウィーナにしてもらうよ」
「それは止めた方がいいな、相当の反感を買う」
ヴォルストがもっともな意見を出す。
「私生活ではだ。まあ少し不便になるかもしれないが我慢してくれ。あいつも帝国で過ごしたことがあるから少しは話が合うはずだ」
「ロウィーナって・・・・フォルの妹?」
レイチェルはアリオーンの妹とは面識がないのだ。
「そうだ。そうそう、シャナ俺はもっぺん軍を抜けさせてもらうから後はよろしく」
「今度はどこへ行くんだ」
「シスター・リーマの所とお墓参りにね。このことは事前に言っていたはずだ。ここで力を使ったらダンガ戦は休ませてもらうって」
ヴォルストは当然だと言わんばかりだ。
「それはそうだが・・・・勝手にしろ」
そう言うとシャナはさっさと自分の部隊の編成にゆく。
「シャナさん荒れていないか」
「自分が帰ってきたら婚約者が帰っていたんでがっかりしたんだよ」
「婚約者・・・・シャナさんと、ライヴァスさんが」
「そう聞いているね。もう一つ、あそこじゃ私もシャナも黙っていたがお前が見せいてくれたあのペンダント、実は私達の村で見たことがあるんだ、子供の頃にな」
「何で黙っていたんだ」
「あそこにいる奴等に知られたくないことがあったからさ。まあそれを預かっているお前には話しておこうと思うんだが、そのペンダントの持ち主は、私の母親だったんだよ」
「へ、でもお前の母親は・・・」
「そう、12年前に死んでいる。あの後シャナと一緒にあのときの記憶を確かめあったんだが、一つ思い出したんだ。あのとき私達の母さんは妊娠していたんだ。正確にはもう生まれそうだった。私もシャナも見ていないが襲撃がある直前に母さんは子供を産んでたんじゃないかと思うんだ、で、それを生まれたばかりの子供に託した」
「その子供を拾ったのがあのヨシュアだってわけか」
「それが可能性の一つだな。実際あのペンダントは一つしかないはずだし。だからあいつがそのペンダントを取り戻しに来たら渡してやってくれないか」
「わかったよ」
「ありがとう。さてと、次に合うのは生きていればダンガが落ちた後だろう。せいぜいがんばれよ」
「もういくのか」
「さっさと行かないとダンガにはいるのに苦労するからな」
「ヴォルスト、そのことなんだが」
突然話に割ってきたのはフェンリルだ。
「何ですかいきなり。無茶な頼みは止めて下さいよ、師匠」
「こいつを一緒に連れていってくれ」
そう言ってフェンリルは傍らのヘルを指さす。
「はあ、私がこれから行くのは最前線ですよ」
「最前線になる前の、だろう。この体で戦闘はさせたくない。それにまだ我々のことを疑っている者もいるだろう。私ならとにかくこいつはそんな刺客に対応できる状態じゃないからな」
「よろしくお願いします」
「師匠、一人娘を男との二人旅に行かせて安心なんですか」
ヴォルストはあくまでも反対するようだ。
「お前にそんな甲斐性が無いことくらいわかっている。こいつはシスター・リーマとも面識があるから、しばらく孤児院に匿ってやってくれ」
「はあ、自分の荷物は自分で持てよ」
「何でも入る袋を持ってるから平気です」
ヘルが元気に、まあ片手を折って全身火傷で包帯だらけになって元気と言えればだが、言う。まるで遠足に行く幼稚園児のようだ。
「わかりました、少なくともダンガまではヘルを保護しますよ。でもその後は私は山に登るから保証できませんよ」
「孤児院に押し込んでおいてくれればいい」
ヴォルストはため息をつきながら歩いてゆく。ヘルはフェンリルから各種注意を受けているようだ。
「じゃあ来てくれ、ロウィーナを紹介しよう」
そう言ってフォルケルとギルバートとレイチェルも去ってゆく。

数時間後、負傷者の確認と部隊の再編成が一息ついたシャナはフェンリルに呼び出されていた。
「フェンリルさん、あなたがシェイドの部隊を指揮することになったそうですね」
「ああ、それより呼び出したのは他でもないそのシェイド、いやヴォルストのことだ」
「何です」
「君達がアークデーモンと戦っているとき、奴は砦で空中戦を演じていた」
「知っていますよ」
「じゃあその戦いの最後に「かれ」が出てきたことは」
「うそ・・・・・」
「ヴォルストが言っていたよ。彼はほとんど治っている、とね」
「じゃあ何で出てきてくれないんです」
「まだ出てくる自信がないんだろう。かつて六歳でクラヌ教の神官戦士二十人を殺したのだからな。ひょっとしたらその過去を清算することも含めて奴は君達の故郷へ行ったんじゃないかな」
「もう話を聞いたんですか、私達の妹のこと」
「なんて名付けるつもりだったんだ、君の両親は」
「男ならユリアン、女ならエディス、エディス=トレア=ラシュター」
「なるほど、まあここまで関わった以上再び合うこともできるさ。首を長くしてまとう。これが終われば真実を探す時間もできるしな」
「そうですね」

「じゃあレイチェル、気をつけろよ。お前のことを快く思っていない連中がかなりいるはずだから」
「ありがとう、でも心配は無用よ。このルナが危険を知らせてくれるわ」
レイチェルは傍らの猫をなでる。
「なあ、その猫、前はいなかったよな」
「これは使い魔って言って私の魔力の媒介になってくれているのよ。魔法があんまり得意じゃなかった私が急に強くなるにはこれしか思いつかなかったから、ヴォルストさんに頼み込んで造ってもらったのよ」
「へえ、便利じゃないか、攻撃にも使っていただろう」
「それには適性が必要よ。言っておくけれどシャナさんやライヴァスさんだって大した使い魔は持てないんだから」
「大したって・・・どの程度だよ」
「魔法を使える程度よ。私が知っているのは長老さんにヴォルストさん、・・・それにゼフィール皇帝も持っているわ」
「私、ヴォルストさんの使い魔なら知っています。かわいい鷹で遠話とかの一部の能力をくみ混んだってきいてます」
「ロウィーナは知っているのか」
「ヴォルストさんは魔法が使えないからみんなに連絡するときは鷹を使うって言ってましたよ」
「ヴォルストのは攻撃魔法は使えないよな」
「私が知っている限りで攻撃魔法を使えるのは私のルナと父さんのルクスだけだわ」
「そいつは厄介だな・・・人間の言葉はしゃべれないのか」
「私のは無理だったけれど、ヴォルストさんの鷹と父さんの黒猫はできたはずよ」
「ふーん。まあ多少不便かもしれないが我慢してくれ。ロウィーナ、レイチェルをよろしく頼むぞ」
そう言うとアリオーンはさっさと部屋から出ていく。
「かわいいですね、私も造ってもらいたいくらいです」
「ヴォルストさんに頼んでみれば、必要を感じれば造ってくれるわよ」
「私は戦力外だから無理ですね」
「そうかしら」
「兄もぼやいてましたよ、リーダー格になったばかりに戦闘ではのけ者にされているって」
「それが指導者ってものよ・・・・・それよりあなたにお世話になるなら一つ言わなければならないことが」
「ごめんなさいっていうのは無しですよ」
「・・・・・」
「私は父さんは好きだったけど・・・実際殺したのはあなたじゃないし、私達だってこれからあなたの父さんを倒そうとしているのよ・・・おあいこよ」
「ありがとう、随分大人っぽい考え方をするのね」
「北バーミアン帝国の人たちは私達によくしてくれたけれど、心の下ではどれだけ憎く思っているかって言うのを教えてもらったから」

ベム砦の北側では二頭の馬が荷を満載させている。
「本当に馬車はいらないのか」
「かさばるだけですし、今馬車なんかで乗り込んだら略奪の対象になるでしょう。それより、私の部隊に頼んだものをしっかり運ばせておいて下さい」
「ああ、その点は心配無用だ。しっかりやっておくよ。で、調子のほうはどうなんだ」
「魔法はあいつがやってくれたおかげでまだ戻る兆候が見られませんね。傷のほうは皮膚の神経が全部マヒしていた頃に比べればましです。馬には乗れますし、そんじょそこらの盗賊にだって負けませんよ」
「ヘルはどうだ」
「私は腕が痛いのと、体中がひりひりするのとまずい薬を我慢すればどうということはありません」
「じゃあ二人とも気をつけてな」
二頭の馬は連合軍より一足先に北へ向けて出発する。フェンリルはそれを見送りながらも彼らを狙うものの気配がないことを確かめてから砦の中へとはいる。

「ギルバート、ヴォルストさんはどこ」
「あいつならヘルさんと一緒にダンガへ向かいましたよ。あいつになんか用ですか」
「ギルバートは私の武器を受注したのは誰だか知っている?」
「姫の双剣は確かヴァ・アラディーで武器商を営んでいるヴァル商会と言うところに発注したそうですよ」
「その商会、ヴォルストさんが経営していたって知っていた?」
「それは知りませんでしたが・・・」
「で、シャナ曰くこの剣実はどんどん強くなるらしいのよ。具体的にはどういう事か聞こうと思っていたんだけど・・・」
「強くなる剣ですか、私もそれは初耳ですね」
「ええ、でもシャナは試作品でヴォルストさんは扱えなかったんですって。そうそう、アラディーの騎馬戦士達はどう」
「さっさと前へ行きたくて仕方がないようですね。やはり我が民族は団体行動の基本がなっていませんね」
「それはしかたないわ。とりあえずダンガの包囲はあなたが指揮を執って頂戴」
「はい」

「長老殿、体は大丈夫ですか」
「あの程度の魔法で弱音は言えんよ。お主のほうはどうじゃ。ダンガ戦はお前さんにとって一番の山場となる。それにヴォルストの援助は受けられん」
「わかっています、どの様に動けば兵を悪戯に失わずにすむか、考えさせられます」
「もうすでに大勢は決している。しばらく休めばどうじゃ。あの二人がいなくても他にも多くの頼れる仲間がいるだろう」
「そうですね、ではお言葉に甘えて少し休ませてもらいます」
レナードはそう言うと天幕を去ってゆく。

最後の戦いに向けてそれぞれが動き出していた。

 

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