6:エラード解放
フォルケルは昨日まで冗談を言い合っていた人物の力に戦慄した。彼は死の呪いの強大な魔力が発射される直前に空中に現れ、一瞬でその魔力を消し去ったのだ。
「ヴォルストが帝国4将軍に選ばれたのが今更ながらに実感できる」
「それにしてもあいつはどこに行ったんだ」
彼らの危機を救った本人は敵の魔力を消し去ると同時にその姿を消している。呪いを放った悪魔は全ての力を使い果たし抜け殻となって地上に落下している。
ダンガ帝国の東に位置する森林地帯。アランディーと呼ばれるこの地方にはかつてはいくつかの開拓村が点在していたが、北バーミアン帝国とダンガ帝国の小競り合いが頻繁に起きているためほとんどが廃墟と化している。
そんな中、北バーミアン帝国皇帝レナード自らが率いる先発隊が森林で激戦を繰り広げていた。先発隊はいわば敵情視察のための部隊で数は少ないが本隊に合流すれば部隊長になるような一騎当千の強者をそろえた部隊である。フェンリルやロキもこの戦いには加わっている。彼らには人間同士の争いには加わるつもりはあまりないのだが。
「こうも魔物ばかりだとは」
レナードの剣が一閃する。そして彼の前に立ちふさがっていたリザードマンの首が飛ぶ。レナードはすでに二十匹以上の魔物を倒している。対してダンガ帝国の兵士は十人もいない。
不意に何かが落ちてくる。それは低級の悪魔だった。続いてハーピー等の空を飛ぶ魔物が次々と死体となって降ってくる。空中ではフェンリルとロキが戦っているはずだ。彼らは魔族の血が強いために望めば空を飛ぶための翼を発生させることができる。ロキに至っては翼を常に出しているほうが自然な姿なのだ。魔族と人間のハーフであるレナードにもできないことはないが、さすがに皇帝という立場上普通は自分のとがった耳すら隠している。
正面からゴブリンが五匹一斉に掛かってくる。レナードは一瞬にして三匹を倒す。残った二匹は彼についている側近が討ち取る。
「そろそろ潮時か」
今回の作戦はあくまで偵察ある。敵の戦力の大半が魔物であるとわかっただけでもよしとすべきだ。こんなところで貴重な戦力を失うわけにはいかない。それに彼は上位悪魔を一匹倒しておりそのせいでかなり疲れているのだ。
彼が撤退命令を出そうとしたとき、異常な魔力が突然現れるのを感じた。そしてそれは突然南下するレナードの部隊の正面を横切ったのだ。
「これはいい奇襲だ。正面の森がかなり削り取られている。当然敵に大打撃を与えただろう。お前はこれで奴に勲章を贈らなければならないな。最も奴は本来ここにいないはずだが」
空中からおりてきたフェンリルの現状報告でこれが誰の仕業を彼は正確に悟った。
「全軍に正面にできた荒れ地に集合するように言え」
彼は側近に命じると一人で森を駆け出す。程なく一人の人間がこちらに歩いてくるのが見えた。
「ヴォルスト、何でこんなところにいる」
「ライヴァス、それに師匠にロキさんまで。出迎えご苦労さん」
「エラードのほうはどうなっているんだ」
「多分今頃エラード・パレスは完全に陥落しているよ。ただシャナがしくじって上位悪魔が死の呪いを掛けてきたんだ。それをただ防ぐのも脳がないからこっちに送ってきたというわけだ。おかげで助かったろう。森林の多いこの辺りのいい中継基地になるはずだ」
「確かに助かったことは認めるが・・・・」
「来たそうそうで悪いが帰らなきゃならないから送ってくれ」
「なに」
「もう魔力が無いんだ。そうそうシャナに対する個人的な言づても預かるぜ」
「斬るぞ、さっさと行って来い。ちゃんと南を突破して来いよ」
そういうと同時にレナードは手を前に出す。そしてヴォルストの体は消えていた。
「早速軍をまとめて引き上げましょう。彼らがエラード・パレスを落としたのならこちらもそろそろ動き始めるべきでしょう」
「ここに中継基地を作れれば補給も楽になる。どうやらこの荒れ地は海まで続いているようだしな」
彼らの目の前で森から戦士達が東西にのびる荒れ地に驚きながら次々と現れる。この一撃を恐れて敵はしばらく進軍を見合わせるだろう。
フォルケルは制圧した城で敵兵の処分などの処理をてきぱきと行っている。シャナは早速味方の部隊からの被害状況、そして部隊の再編成を急いでいる。彼女の部隊はこれからパルメアの制圧に向かうはずだ。そして残ったレジスタンスの部隊はこちらに向けられているパルメアの部隊に対処しなければならない。そんなことを考えながら一人に城の食料の点検を頼む。
「忙しそうだねえ」
そんな中執務室にのんきな声が響く。フォルケルはその人物を見て驚いた。消えたときと同様とうとつに現れたのだ。妙なことに彼の服には多少泥が付いている。
「ヴォルスト、どこ行ってたんだ」
「ちょっとアランディーまで皇帝陛下の状況を確認にな。ギル達は顔を見せたか」
「ああ、随分疲れていたな。あいつ等は集団でファナ王女の看病だ。ヘルとかいう子はシャルロット将軍にくっついている。それに叔父上は城にいる敵の残党を制圧しているから雑務は全部俺に押しつけられてしまった」
「俺に救いを求めても無駄だよ。シェイドは表の仕事には関わらないんだから」
「だがさしあたってパルメアからの部隊をどうにかしないと」
「門を閉じてエラードの旗を掲げてれば勝手に撤退する。最も撤退する場所があればの話だが。話は変わるが俺はちょっとここを留守にさせてもらうよ。いくつかすることがあるんでね」
「だが今回の功労者として紹介しないわけにはいかない。まだおまえ達を快く思ってない連中もいる」
「ああ、わかっている。ただしシェイドの部隊で出席するのは副隊長だ。俺は補給を担当した商人として紹介してもらおう」
それだけをいうと彼はそうそうに執務室を去ってゆく。
その夜は早速作戦会議が開かれた。とりあえず冒頭はアリオーン第三王子が北バーミアン帝国のシャルロット将軍とシェイド将軍の代理のライナス卿、そしていち早く解放されたアラディーのファナ王女に礼を言うところから始まり、出席する人物達の紹介が始まる。この時点でファナ王女は怪我を理由に場を去りギルバートが代理として席に着く。
とりあえず明日にもつくであろうパルメアの部隊に関しては篭城戦の構えを見せて相手の反応をうかがうことが決定する。さらに相手の出方とその対処法についての議論が行われる。そしてある程度の方向性が決まったところで会議が終了する。
フォルケルとシャナ、ヴォルストはすぐさまファナの部屋へと向かう。シャナが戦いの後に診たところだと、耳には異常がないようだがしばらくは安静にしておかせるつもりのようだ。ヴォルストは頬の腫れを引かせる塗り薬をすぐに調達させていたし、シャナの回復魔法の効果も合わせて表面上はすっかり回復している。
「二人のおかげで随分楽になったわ」
ファナはベッドに横たわっている。
「とりあえずはしばらくの間安静にしていることね。こいつの薬は結構よく効くからすぐに違和感もなくなるわよ」
「でもパルメアの部隊が来ているんでしょ。私も行かないと」
「彼らに対しては出方を見ることになったから大丈夫ですよ。それに敵の退路を断つべくすでにシャルロット将軍の部隊がパルメアに向かっています。パルメアの部隊を撃退し次第私達はネルスへ向かいます。そのときに備えてゆっくり休養して下さい」
「ええ、そのときには今日のような醜態は見せないわ」
「その意気です。では我々はこれで失礼しますよ」
「王子、あなたもあんまり無理しちゃダメよ。それとギルバート、王子をちゃんと補佐してさしあげなさい」
ファナは退出する彼らに声を掛ける。
「じゃあ俺はこれでいったん別れさせてもらうよ。いくつか行くところがあるから」
「転移の魔法でさっと行き来するわけには行かないのか?」
「今の俺の魔力じゃ無理だ。力の回復に一ヶ月はかかる。シャナについて来てもらうとここの後を見る奴がいなくなるし。俺の部隊は残して行くから頼みたいことがあったらライナスに言うといい。物資で不足しているものがあればここの代理人に言ってくれ」
「しかし魔法が使えなくてもお前の戦士としての力も重要だ」
「まあ多分帰りは転移の魔法を掛けてもらえると思うからベム砦での戦いの頃には間に合うよ」
「あそこはかつて大失敗をしたからな。お前の知恵に頼らないといけないかもしれない。頼むぞ」
「ああ、シャナこいつらが変な罠にはまらないように注意しておけ」
そういうと彼は廊下を彼らとは別の方向に歩いてゆく。
「ふん、言われなくても立派にやってみせるわよ」
シャナが立ち去るヴォルストの背中に向けて舌を出す。
「シャナさん、あなたもパルメアへ行ったほうがいいのではないですか」
「あら、厄介払いかしら?」
「そうじゃありません。今私達に対する驚異はパルメアから来ている部隊です。これはあなたの指導が無くても勢いに乗った我々なら何とかなるでしょう。しかしパルメアの街を制圧するのは一筋縄ではいきません。常備軍が残っていますしいつネルスからの援軍が来るのかわかりません。そのことを考えれば指揮官たるあなたはやはり部隊の元にいたほうがいいのでは」
「なかなか立派な理論ね。でもパルメアではまともな抵抗はないわよ。だってあそこの常備軍の大半を占めている傭兵のほとんどにヴォルストの息がかかっているんだから」
「・・じゃあ・・・」
「ええ、パルメアにつけば彼らの一部はヴォルストの私兵と言うことで部隊に加わるでしょうし、残りはそのままパルメアの守備隊として居座るでしょうね」
「あいつは傭兵の斡旋も行っているんですか」
「今は試験的段階だけど、そのうち世界中に傭兵の仕事を紹介する事業を考えていると言っていたわね」
「こちらからも兵士の増員を図らなければならないでしょうね。今までのように小規模の戦いを繰り返すわけではありませんから」
「戦争に必要なものは何か知っている」
「大義、金、食料、兵士」
「王族にしては随分聡明な考えね」
「このうち大義はすでに掲げています。資金は王族にしか開けられない宝物庫から捻出できるでしょう。食料は敵が随分とため込んでくれていますし、エラードからネルスにかけては肥沃な土地が広がっています。あとは・・・」
「兵士はかなりぎりぎりの人数ね。義勇兵を募集しても戦闘ではあまり役には立たないでしょう」
「私もそう思います。ですから義勇兵には後方の輸送を任せるつもりです」
「兵士が足りないならアラディーから呼べばどうです」
「ギル、どうやってカシューラを越えるんだ」
「いやそう言えばロックスリー殿がカシューラに帰っておられたな」
「ええ元部下達を集めるとか」
「なるほど、次の会議で議題にかけて見よう」
シャナは何かを思いついたようだ
「何をです。必要とあれば今すぐにもう一度会議を開きますよ」
「今はダメだ。たとえ承認されてもせめて数日は休ませてもらわないと体が持たない」
「そうですか。まあ今日は随分疲れたでしょうからゆっくり休んで下さい」
「そうさせてもらうわ」
次の日夜が明けたときにはパルメアの先発隊がエラードの近くに現れる。彼らはエラード・パレスに翻っている旗を見て驚く。それはかつてのエラード王国の旗だったのだ。これだけの短期間で城を落とされるとは思っていなかった敵部隊はなすべきことがわからずに辺りをうろつきはじめる。やがて後続の部隊も続々と集まり、その日の夕方には何とか混乱を鎮めることができたようだ。
その日のレジスタンスの行動は、エラードの解放を宣言する文書を矢文で送ることだけだった。
次の日は両者にらみ合ったままで1日が過ぎる。
さらに次の日パルメアの部隊は急に撤退の準備を始める。それは敵の追撃を誘いその出鼻をくじこうという作戦も兼ねていたのだが、レジスタンスは城から一歩も動かなかった。そして相手が追撃に気を付けながら撤退をはじめていった。
その後エラードの会議では敵の追撃の話が持ち上がっていた。しかしシャルロットは全く違う話題を議題にかける。それはアラディーの戦士とロックスリーの部隊を合流させておそらくネルス付近で行われる戦いの援護をさせようと言うものだ。
最初この話は北部の民族を軽蔑する元国王の重臣に笑われる対象だった。何しろカシューラとアラディーの国境には川が流れていて唯一の通路である橋には砦が設置されており両軍ともににらめ合いの状態が続いているのだ。こんな状態ではアラディー軍が国境を越えればダンガ帝国との全面衝突になるだろう。そもそも国境の砦を抜けるかどうかも微妙なところだ、というのが彼らの意見だった。
が、シャルロットは意外な戦法をとる。アラディーの騎馬部隊を川の上流の山岳地帯で渡河させようと言うのだ。そしてあらかじめ待たせているロックスリー達と合流してカシューラ南部の森林地帯に待機し敵がレジスタンスに向かったところで背後を突く形にする。
この案はアラディーの王女であるファナ、そして他ならぬエラードの第三王子アリオーンが承認したために実行に移されることになる。そしてシャルロットとファナ、ギルバートは転移の魔法でカシューラへと飛び立つ。そこでロックスリーと話を付け、アラディーへ向かうのだ。アラディーではファナとギルバートが残り、アラディーの部隊を率いる手はずになっており、シャルロットは数日のうちに戻ってくる予定だった。
彼らは次の日ついに進撃を開始した。今までとは比べものにならない大部隊だ。レジスタンスの他にエラードに配備されていた兵士達が加わったためだ。義勇兵は予定どうり輸送を担当してもらう手はずになっている。
結果的にパルメアの部隊には手を出さないことになった。パルメアの部隊とはつかず離れずの状態を維持して行くつもりだった。
一週間ほど進撃したある日急に転進してきたパルメア軍が奇襲をかけてきた。が、彼らの転進はヴォルストの部隊の偵察と、パルメアの制圧を知らせる早馬の到着で十分に予測できたことだった。彼らはパルメアの陥落を知り、またシャルロット将軍の部隊がネルスへの道を絶ったこととで。玉砕覚悟の突撃を敢行したのだ。
ただし完全に負けるとわかっている上に奇襲のことまで読まれているのだから敵は次々に降伏をはじめる。さらに敵の指揮官がリチャードによって討ち取られると残った敵兵も降伏をはじめる。彼らは武装解除をさせるとエラード国内から連れてこられたものは故郷へ帰し、士官達は捕虜として後方に捕らえておく。
そしてネルスとパルメアの分かれ道ではシャルロット将軍の部隊が展開していた。彼らと合流すると一路ネルスへと向かってゆく。途中で何度か小さな砦に駐留している敵部隊と出会うが、兵士の練度と士気を上げるための格好の餌食となる。
そして国境の都市ネルスは目前に迫っていた。
「後少しでエラードの領土が取り戻せるんですね。そういえばお兄さまはどうして即位なさらなかったのですか」
ロウィーナがたずねてくる。もともと体の丈夫でない彼女がついてくることに周囲の人間は反対だったのだが、あまりにも頑固だったので後方の部隊にいることで一緒に来ることになったのだ。
「私は即位できる立場ではないよ。確かにエドワード兄さんは死んだけどフォーブス兄さんはまだ生きているんだし」
ロウィーナの言うとおり彼に即位しろという声はあったのだが、彼にそのつもりは全くない。そもそもレジスタンスを率いていることでさえほとんど成りゆきなのだ。彼はこの戦いの間に第二王子フォーブスを探し出し、彼に王座についてもらうつもりだった。
「でも独立を回復したのに指導者が不在というのは考え物だぞ」
「叔父上、その話は完全に独立を果たしてからにしましょう」
「そうだなとりあえずはネルスを解放してからだ」
「帝国軍はネルスに兵をよこしているでしょうか」
「まだだろう。帝国は我々が北帝国と手を結んだことを知らないはずだ。そろそろそのことを勘ぐりはじめているかもしれないがまだ兵を出してはいないだろう」
「敵にそのことを知らせないために私の部隊が退路を断ったんだから。我々の決戦の地はベム砦よ」
「そこまでにいかに被害を最小限にくい止められるかだな」
「シャルロットさん、ネルスで何かいい作戦はありますか」
「市民の被害を顧みないのならいくらでもあるわよ。大規模魔法の使用、川を上流でせき止めて街を押し流す、家を崩してバリケードを築きながら計画的に前進する、あとは・・・」
「市民に犠牲は出したく無いな」
「わかってるわよ、今のはあくまでもとれる戦略の一部よ。最もこれで戦争が終わるのなら使うかもしれないけど」
「で、何かあるんですか」
「あるのか、って言われても多分今頃進行しているはずよ。ネルスの上層部は私達がつく頃には指揮系統で大混乱をきたしているわ」
「???まさか、暗殺ですか」
「少し違うわね。敵の指揮官の周辺を脅かすだけよ。ヴォルストの部隊はそもそもそういう仕事の為にいるんだから」
「あまり感心できるやり方ではないと思うが」
「それで結構、戦争にはきれい事は存在しない、一騎打ちなんてのは馬鹿のやることだってヴォルストなら言うでしょうね。私はそこまで割り切れないにしろあいつの意見には共感を覚えるわ」
「なるほど、蛮族らしい意見ですな」
このアリオーンの側近、正確には彼らが聖都エラードを解放した後にどこからともなくやってきたロレンス王の家臣だった人物、の皮肉に真っ先に反応したのはフォルケルだった。
「それいじょう皮肉を言うのならエラードに帰れ。私はこの目で彼らの都市を見てきたが少なくとも今のエラードよりは栄えていたぞ。それにそれ以上調子にのると南のことを快く思わない北の誰かが暗殺者をしむけるかもしれないからな」
側近はぎくりとしてシャナのほうを見る。
「ご心配無く、私はたかが蛮族呼ばわりされたくらいで相手の首を切ったりはしませんから。最もここに派遣されているもう一人は随分短気ですし、かなりの数の暗殺者を部下にしているようですから気を付けたほうがいいですよ」
この二人の言葉に側近は首を縮める。リチャードが笑い声を上げる。
「そう心配するな、シェイド将軍は今所用でいないし、いくら彼でもいきなり刺客を送ったりはせんよ。だが自分の言葉が国の危機を招くことも知っておくことだ」
笑いながらリチャードは側近をたしなめた。
ネルスの攻防戦は一瞬で終わった。。指揮系統が乱れているところへレジスタンスが大部隊で突撃、敵を分断したのだ。もともと交易の盛んなネルスは道が発達し、街路が複雑になったりしているため巡回の兵を分断するのは簡単なことだったし、後は各個撃破の対象となるだけだった。
ネルスの南半分を制圧した後、川を渡ろうと言うとき。街から帝国兵が引いていくのが見えた。
「戦力を温存し決戦に備えるつもりだな。叔父上、シャルロット将軍、追撃を出したほうがいいと思いますか」
「止めておこう。これから追撃をかけられない距離じゃないけど兵の疲労が心配だ。そうなれば士気に関わる」
「それにここから先はエラードの領土ではない。一応相手の出方を見るのが礼儀だろう」
「そうですね。これでとりあえずエラードは解放したことになるけど・・・とりあえずそのことを公式に宣言しましょう。そして帝国の出方をうかがう」
「そうだな。だがどうする。政務を執行するにはエラードのほうが都合がいいが、ここまで率いた兵を退かせいるのも考え物だ」
「政務のことは二年前さっさと逃げ出した腰抜け共に任せましょう。安全な後方にいるのなら奴等も逃げないだろうし、私に取り入ろうとして必死で仕事をするだろうから」
「奴等にそういう使い道もあるな」
かつてエラードは比較的王への忠誠心が厚い家臣がそろっていたが、囚人の塔の看守のようにあからさまに敵に尻尾を振る人物達も少なくはなかった。
またどんな国にも派閥というものは存在している。かつてのエラードでも様々な有力者が派閥をつくり、自らの利権を守り増大させるために王族の庇護を得ようといろいろと画策していたものだ。ただ放蕩王子のアリオーンや、病弱で成人するまで生きるのは無理ではないかといわれたロウィーナの肩入れをする派閥はほとんどなかったのだ。ところが二年前の戦争で多くの王族が死に、独立を成し遂げてみれば、戻ってきた王族の中で王位継承権が高い人物は誰も肩入れしなかった二人なのだ。
さらに二人の後見人としてロレンス王の弟リチャードがいるが彼は兄の補佐として親衛隊を率いてはいたが兄への配慮からか政治にはいっさい口を挟まなかった。軍に関して多少の権限を持っていたが堅物の彼に近づこうとするものはおそらくアリオーンやロウィーナ以上に少なかったろう。
だから再建されたエラードにどこからとも無く帰ってきたかつての高官達は、新しい権力者に取り入ろうと必死で策謀をめぐらすだろう。とりあえず体面を繕い、エラードの復興を成功させてアリオーンの信頼を得ようとがんばるだろう。
「でも気を付けたほうがいいわよ、うっかりするとヴォルストにエラードの経済を牛耳られるわよ」
「そのほうが復興が早く進むでしょう。それにあいつに何を言っても無駄ですよ、多分。でしょう?」
「そうね、それよりこれからのことを考えないと、いつまでも民兵をここにおいておくわけには行かないし、ファナとの連絡も必要でしょう」
「そうですね、まだやることはいっぱいあるんだ」
ここに来てやっとバーミアン大陸におけるクラヌ教の聖国エラードの領土を奪還することに成功した。
だが本当の戦いはこれからだということも彼らは知っていた。