4:故国奪還
「フォルケル、いつまで寝ている。さっさと起きろ」
「ん、叔父うえ。おはようございます」
「もうヴォルスト達は出発した。おまえ達もそろそろ出発の準備をしたほうがしたほうがいい」
「了解」
フォルケルはベッドから出ると身支度を始める。
外に出るとファナもシャナもすでに準備を整えている。黒装束の男達も一緒だ。
「随分遅かったわね」
「すいません。それよりシャルロット将軍の命令無しで帝国軍はちゃんと動けるんですか」
「それは大丈夫よ。それよりヘルを見なかった。さっきから姿が見えないのよ。ひょっとしたらヴォルストについていったのかもしれない。まああいつのことだから何とかするだろうけど・・・」
「まさかロウィーナが行方不明ってことは」
「何か言いました」
「いや、無事ならいいんだ。今日はちゃんと叔父上の言うことを聞いてな」
「はい」
「そう、じゃあ行きましょう。確か郊外の小屋の中にあるって聞いているけど」
「ええ、そうです。そこの地下から城の地下室まで行けます」
一行は歩いて街の郊外へと向かう。

「ここね」
「なかなかちゃんとした建物じゃない。普段はなんに使われていたの」
「狩りですよ、王族が狩りをするときの休憩場所として建てられていたんです」
郊外の森の近くに建てられた小屋に近づきながらシャナは辺りを見回す。やはりここは敵には知られていないようだ。周りに敵の気配は感じられない。
一行が小屋の中にはいるとフォルケルは部屋の隅をまさぐりはじめる。
「ええと・・・・これだ」
フォルケルは床の溝に手を突っ込んで床板をはがす。するとそこには地下への梯子が隠されている。
「この程度の隠し通路なら敵にばれるんじゃないかしら?」
ファナが疑問を率直に言う。
「この隠し通路は我々も見つけた。だが地下には武器や非常食が置いてあるだけの倉庫だと思っていたが・・・」
「そこが盲点なんですよ。この隠し通路の奥の倉庫のそのまた奥に城へ通じる通路があるとは普通は考えないでしょう。たとえ考えてもかなり巧妙に細工がしてあるから見つかるわきゃ無いと思っていたんですが」
「少なくともエラード・パレスを捜索した部隊は見つけられなかった。まあシェイドは変わり者だから見つけることができたんだろう」
「そんなもんですかねえ・・・・っとやっぱ略奪されているか」
はしごを下りきったフォルケル達が手近な燭台に日を付けたとき、見たのはほとんど何もないがらんとした部屋だった。かなりの広さがあり中は石が敷き詰められている。フォルケルは黙って次から次へと燭台に炎をともしていく。
「少なくとも我々はここに置いてある物の移動はしていないよ。物資の中味は確認させてもらったが」
「かまいませんよ。ここはあくまで単なる倉庫ですし、貴重な物もいくつか置いているそうですが、その部屋にはいるには鍵が必要ですから」
フォルケルは話しながら倉庫を奥へと進んでいく。彼は壁に埋め込まれたようになっている獅子を型どった彫刻の前に立ち止まる。ここに来るまでも似たような彫刻がいくつかあったものだ。
フォルケルは無言で懐から短剣を取り出す。先が二股に分かれ、柄には宝石が埋め込まれている。実戦ではあまり使えそうにない作りだ。
「こいつをこうして・・・こうっ・・・と」
フォルケルは言いながら短剣を獅子の口の中の部分に差し込みその柄を回転させる。その後彼は自分の両手を獅子の目に近づけてからぶつぶつと呪文を唱える。
その動作が終わるとフォルケルは短剣をしまって今来た道を戻りはじめる。
「今の所が隠し通路じゃないの」
「今のはいわば通路の鍵ですよ。あんな目立つレリーフの先が通路だったらすぐにばれますよ」
ファナの疑問にフォルケルはこたえる。
「じゃあこの部屋の壁にはめ込まれているレリーフは全てどこかへの鍵になっているのか」
「そうですよ、最もそれを知ったのは落ち延びるときでしたから私はその先に何があるのかはほとんど知りません、ここを除いてね」
フォルケルはなんの変哲もない壁に手をかけ再びぶつぶつと呪文を唱える。
「さあ、私についてきて下さい」
そう言ったフォルケルは目の前の壁に消えてゆく。
「なるほど、こういう仕組みか」
「なるほどってどういうことシャルロット将軍」
「つまりこの壁は幻覚で一定の動作を踏んだときだけ通り抜けられるようになっているのよ。で、普段は普通の壁と同じになっているということ」
「将軍の言うとおりです。通常は大地の魔法によって本当の壁ができています」
そう言いながら一行は次々に壁をすり抜けてゆく。
すでに中の通路には明かりが付けられている。
「この明かりも魔法による物です。この通路を知っているのは王位継承者だけですから。そう言う意味では私は唯一の例外者ですね」
「向こう側も複雑な手続きが必要なのか」
「ええ、でもこの通路を見破る人物がいたのはちょっとショックですね」
「気にするな、あいつの本業は泥棒みたいなモンだ」
「実の兄に向かってそれはひどいでしょう」
「ほんとのことだよ」

ほどなく彼らは上へと登るはしごを登りその上の通路の突き当たりでフォルケルはまたもぶつぶつと呪文を唱えて壁を通り抜ける。その先はなんの変哲もない倉庫のようだった。
「ここは・・・」
「地下にある小部屋ですよ。まあ単なる物置ですね。ただここから先が問題だな。ここは地下牢がすぐとなりにあるんで間違いなく巡回の兵士がいると思いますよ。敵に察知されることなく倒せるかどうか」
「その為にヴォルストの部下がいるのよ」
そう言ってシャルロットは黒装束の男達を見る。彼らも黙って頷いた。
「じゃあお願いしましょうか」

彼らはドアの外の音に注意して見張りが正面に来たとき静かにドアを開け音もなく見張りを倒す。さらに地下牢の入り口に控えている兵も振り返りはしたが声を上げる前に気絶させられる。そして今度は五人ほどで一斉に地下牢に入り込む。
「中の兵士は全員気絶させましたよ」
すぐに黒装束の一人が報告する。
「王子、どうしますか」
この城にいる兵士のほとんどはエラード出身で彼はエラードの王子なのだ。その為シャルロットはアリオーン王子に彼らの処遇をゆだねる。
「地下牢に放り込んでおきましょう」
そう言って彼は最初の巡回の兵を引きずって地下牢へと連れていく。すでに何人かが階段の上の廊下を偵察しているようだ。
作業が終了すると彼らは割り当てを決める。結果的に六人一組、計七組で行動してフォルケル達はおそらくこの地方を統括している猛将エイマールがいるであろうところへと突っ込むことになる。

「エイマールってそんなに強いのか」
階段をめざしながらフォルケルはシャナに尋ねる。
「そのはずよ。でもあの人の能力は私もよく知らないの」
「でもこちらにはゼフィールに並ぶ帝国四天王が二人もいるんだから何とかなるだろう」
「それはちがう。かってに帝国四天王と呼ばれていたけれど通常の戦闘力じゃ私と皇帝陛下がほぼ互角でシェイドが魔法が使え無い分下、で、ゼフィールは剣でも魔法でも3人の上をいっていたわよ。私達がちやほやされていたのは若かったから」
「ふーん、でもみんなで畳み掛ければ何とかなりますよ」
「あんまりかっこよくはないけどね」
彼らは面前に現れた兵士と斬り結ぶ、が、フォルケルの姿を認めると戦いを止めて通してくれる。どうしても止めない兵士にはできるだけ殺さないように戦った。シャナは槍で柄の部分を先にすれば死ぬ心配がほとんどないのでもっぱら彼女が先頭に立って戦う。その後にファナとフォルケル、そして黒装束の男二人とシャナの護衛が一人ついてくる。

「ここは・・・・」
程なく彼らは中庭に到達する。
「変わって無いな」
「感傷に浸るのは後にしてもらいたいですね、王子」
「ええ、それより外の部隊が前進を開始したようですね。被害が少ないといいんですが」
外では突撃部隊の鬨の声が聞こえている。
「まあ私の部隊の盾がうまく矢を受けてくれることを祈ろう。そして潜入している部隊が内側からうまく手引きすることを」
すでに何度かヴォルストについていた部隊とも合っているし、兵士の中には協力を約束してくれいている者もいる。陥落は時間の問題だろう。
「行きましょう」
フォルケルは未練を振り切るように先に立って中庭を後にする。

「敵の立て直しが早いな」
やってくる兵士を殴りながらギルバートはつぶやく。これですでに四人の兵士を倒している。まだ侵入してそう時間がたっていないのにだ。
「いたぞー」
通路の奥に敵が現れる。射手が来るとやっかいなのでギルバート敵に向かって走りよっていく。その横にはヴォルストの部下が二人続く。で、ヴォルストはまだ寝ていた。その前ではヘルが戦況を見?守っている。
ギルバートが兵士を倒すと声を聞きつけた兵が五人やってくる。
「これじゃあきりがねえ」
そう言いながらギルバートは五対三の乱戦に突っ込んでいく。

外の侵入はおおむね順調だった。城内が騒がしくなるのと同時にラーカスを中心にしたクラヌ教の神官十数名が協力して城門を吹き飛ばしたのだ。それを見た見張り達は慌てて伝令を飛ばし弓をつがえるが先に侵入した黒装束の部隊が背後から奇襲していく。
城門を最初に突破したのはリチャード王子率いる騎馬隊である。王子は前庭を一気に突破して城の入り口の兵を倒し素早く入り口の制圧をはじめる。その後を追って市民の群がレジスタンスと北バーミアン帝国の槍部隊に守られるようにして中庭を行進する。無事な射手が慌てて市民に向けて矢を射かけるがほとんどが北バーミアン帝国の盾で防がれ運悪く当たった者がいても人々の行進は止まらない。そもそも射手がほとんど倒されたり城壁にいる敵との戦闘に忙しいために中庭に侵入してくる大量の市民の相手がまともにできないのだ。
この光景を見てレジスタンス側についたエラード出身の兵は多く彼らはじわじわと敵を城の奥へと追いつめていく。

「でやああ」
フォルケルが敵の重装歩兵を鎧ごと叩き斬る。横ではすでにシャルロットが二人、ファナが一人の重装歩兵を倒して彼の戦いを見物している。
(この二人はほんとにすごいよなあ)
フォルケルは思わず感心してしまう。フォルケルのように大型の剣や斧などで戦うならとにかく彼女たちのような小剣や女性用に軽くつくられた槍では全身鎧に身を包んだ重装歩兵相手に戦うこと自体無謀なのだ。それなのに相手を倒すばかりか普通の倒し方をするフォルケルより早く倒したのだ。しかもシャルロットに至っては一番早く二人を倒したのである。
「終わったようね。で、次はどこへ行けばいいの」
「父上の執務室はそこを右に曲がったところにある階段の上だけど・・・そこにエイマールがいるとも限らないし」
「とりあえず心当たりをしらみつぶしに探せばいいのよ」
ファナは実に簡潔に結論を言ってのける。
「そこだー、階段からまわりこめー」
敵の兵士の叫び声が足音と共に聞こえてくる。
「さっさと行きましょうか」
そう言って六人はフォルケルの案内に従って駆けていく。
ちょうど階段まで来たとき向こう側から二十人くらいの兵がこちらへやってくるのが見えてくる。
「敵さんも指揮系統がはっきりしてきたようだな」
「ちょっと手間取ってしまいますね」
六人がぶつぶつ言いながら構えようとしたとき彼らが今来た方向からも足音が近づいてくる。
「後ろもか!」
そう言いながらフォルケルは振り返ったがそこには黒装束の男とファナの護衛部隊合わせて十数人が駆けてくる音だった。
「ここは任せて下さい」
そう言いながら黒装束達は一斉に短剣を投げはじめその間にファナの護衛達が敵に切りかかる。
「頼みます」
「がんばってね」
そう言ってファナとフォルケルは階段を上りはじめる。シャルロットはしばらく戦いの様子でも見ていたのか遅れてやってくる。
「何やってたんですか」
フォルケルが追いついてきたシャルロットにたずねる。
「ちょっと人数差があったからその比率を逆にしていたのよ」
「ちょっと待って、比率を逆ってあなたそんなに大規模な魔法は使わなかったでしょう?」
「ピンポイント攻撃って言うのをやればいいのよ。最もこれは陛下も魔法を使えるようにしたヴォルストもできないことだけど」
「へー、今度教えてもらえますか」
「人には向き不向きがある。お前が向いていたらそのうち自分で覚えるだろう」
「そんなもんですか。っとそこが父上の執務室だった場所です」
フォルケルが示した部屋は鎧兜に身を固めた兵士が二人扉の前を守っている。シャルロットが敵の槍をかわして少し短くなっている槍を兜の目の部分に突き刺す。わずかに遅れてヴォルストの部下の黒装束がダガーで首を突き刺している。
そしてフォルケルは慎重にドアを開ける。
「ようこそフォルケル王子、いや、お帰りのほうが正しいのかな。そしてアラディーのファナ王女。おお、これはお久しぶりですな、シャルロット将軍」
中にいる男は武装した姿でゆったりと椅子に腰をかけながらほとんど慇懃無礼な態度で一行を出迎える。
「貴様がエイマールか。よくもこの二年間でここまで俺の故郷を荒れさせてくれたな」
「ふむ、シェイド将軍の姿が見えないようだな。そこにいる黒装束の男達は彼の部下だと思うのだが・・・残念だ、最近彼と人の支配の仕方について話し合いたいと思っていたのだが」
「人の話を聞いているのか」
「気に障ったのであれば国の統治の仕方と言い換えよう。だが王子、私は自分にできる限りの努力をしてこの地を治めてきたつもりだ。しかし育ちの違いというやつでな我々は国を治めるのには向いていないようだ」
「レナード皇帝やシャルロット将軍はそれなりにやっておられた」
「シェイド将軍がカバーをしているからね。だが我々はどうしてもクラヌ教に寛大にはなれん。つまりこの地は我がダンガ帝国が成立しなくても北部の人間に負けた時点でこうなる運命だったのだ」
「それがお前の言い訳か」
「私は真実を言っただけだし今更命ごいをしようともおもわんよ。事実私は君の故郷を治めることに失敗した。私にはシェイド将軍のような影で動く人物がいなかったからな」
「いなかったんじゃない。あなたがそう言う人物を引き込めなかっただけだ」
「これは手厳しい意見だ。ですが噂ではあなたとシェイド将軍は恋仲だとか。人はそう言った人物を見捨てることができないんですよ」
「え、エイマール将軍それは一体どこから聞いてきた」
シャルロットが肩を震わせながらたずねる。
「あなたとシェイドの仲ですか?私にも多少は密偵と呼べる人物がいますから」
「はあ、シャルロットとシェイドさんは恋人ではなくて兄妹です」
「兄妹、そうでしたか。ならなおさら離れられませんよ。私も自分の人望のなさを認めないわけではありませんが。そうそうファナ王女あなたのお父上を討ったのは私です。どうせ最後だからこの場を借りて謝罪しておきますよ」
「最後?」
「そう、どちらが勝っても最後でしょう。この世で会うのは。最も私はここで勝っても死があるのみでしょうが。そろそろはじめませんか。私はもう死を覚悟していますがここで死ぬつもりはありません。そうですね・・・二十人くらいは道連れにしたいものです」
そう言うとエイマールは机の上の兜をかぶり壁に立てかけてあるハルバードを取ろうとする。
そのとき先程のエイマールの言葉に刺激されたファナが双剣を構えて突っ込んでいく。まだ武器を取っていないエイマールは双剣を見事に左腕だけで止め、逆上して懐に飛び込みすぎたファナの頭を右腕で殴る。鉄製の腕甲の一撃を頭に受けてはたとえ同じ鉄製の兜をかぶっていてもかなりの衝撃を受けるはずだ。それにファナやシャルロットがしているのはあまり視界が遮られないように、そして兜の重さで動きがぶれないようにと軽量を心がけてつくられている物なのでファナはあえなく机の上に突き飛ばされぐったりとしてしまう。
無防備になったファナをかばおうとしてシャルロットはファナとエイマールの間に立とうとする。すかさず黒装束とフォルケルの三人が続く。ファナの護衛はかなり動転しながらもファナを安全地帯へ退避させようとする。
五人がファナを守ろうと動いている間にエイマールはハルバードを取り、外のバルコニーへと飛び出そうとしている。正面の庭はほとんど市民で埋め尽くされている。もう十分としないうちにかなりの人数がここまでやってくるだろう。
エイマールを追ってフォルケルはバルコニーへ向かう。シャルロットはファナの具合を見始め、黒装束の男はフォルケルに続く。
フォルケルはバスタードソードを両手に構え、左手に固定されている小型の盾の角度を調節してバルコニーの入り口で向き直ったエイマールめがけて渾身の突きを繰り出す。すでに上乗せしている魔力によって刀身が薄く輝いている。敵のハルバードのほうがリーチが長いのは承知の上だ。だがハルバードを盾でかわすことができれば勝機もある。
突然フォルケルの前が真っ赤になる。うろたえたときフォルケルは自分の失策に気がついた。慌てて盾を突き出そうとする。そして火炎の中からハルバードの突きが繰り出される。ハルバードを左に流した後消えかけた炎の中にいる人物めがけて再び突きを繰り出す。が、フォルケルの剣は水平に弧を描く。横にやり過ごしたハルバードのピックの部分がフォルケルの盾を引っかけたのだ。前につんのめったフォルケルに再び、今度は最悪の状況でハルバードの一撃がフォルケルを襲う。
フォルケルの首を狙ったそれはとっさにフォルケルを体当たりで突き飛ばした黒装束の一人によってねらいをはずしてしまう。最もそのかわりに黒装束の肩を肩当てごと貫いていたが。
「大丈夫ですか」
自分のせいで怪我をした黒装束の身を案じるがフォルケルは彼の次の行動を見て再びエイマールに向き直る。
フォルケルはすでにもう片方の黒装束が切りつけている逆の右から相手に向かう。エイマールは軽装の黒装束を一撃で捕らえられなかった。自分が重いこともあるかもしれないが大きな理由はハルバードが使えないことだ。彼の武器は先程貫いた黒装束の男によってしっかり固定されていて大きく動かすことができない。こちらに向かってくるフォルケルを見たとき彼は自分に数度目の突きを入れる黒装束に先程フォルケルの足を止めた炎を発生させる。おそらくフォルケルよりも多くの修羅場をくぐっているであろう彼は、冷静に魔力をのせた一太刀で炎を振り払う。その隙にエイマールは左脇に抱えていたハルバードの柄を一気に持ち上げる。寡黙な黒装束の口から流石に悲鳴が上がる。
フォルケルはこれで少なくとも手傷を負わすことができると信じていた。エイマールが左腕に持ち上げることに成功したときも左腕を切り落とせると思いこんでいた。先程の突きよりさらに強い魔力がのせられた剣が振り下ろされる。
         カン
乾いた音が辺りに響きわたる。フォルケルの、行功の術を使ってないとはいえ、渾身の一撃は見事エイマールの篭手に受けとめられてしまう。部屋の中だったので大きく振り上げられなかったせいもあるかもしれない。フォルケルは一瞬できを取り直し敵に向かう。
とっさに振り上げたために部屋の天井をえぐったハルバードを構えなおしてエイマールは黒装束を牽制しながらバルコニーの奥へと下がる。
フォルケルと黒装束の片割れがそれを追う。すでにファナと黒装束が一人。数の上では相当有利なのに一瞬では決着が付かずわずかの間に二人が怪我をし、その治療のために戦力を二分することになってしまった。
フォルケルはエイマールと対峙しているのが自分の他には一人だけだと言うことに気づき、帝国の人間の強さを改めて思い知った。確かに彼らには騎士道や正々堂々などと言う言葉をあまり使わないだろう。だが彼らはそう言う世界で生きてきているのだ。純粋に生きるための行動は予想外の力を引き出す。だが奴は「死」を意識していなかったか。
フォルケルは様々な思いに捕らわれながらエイマールとの間合いを調節していった。

 

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