2:市街戦
次の日、エラードの城は久々にあわただしくなった。城の西にレジスタンスの軍が近づいているとの情報が入り、城下では伝染病が収まった市民が暴動をおこしたのだ。しかも城下の抗議には残った兵士達も参加している。
そこで城では緊急の対策会議が開かれた。
まずは城下の暴動に対しては城下の宿舎以外の兵士の三分の二を出して鎮圧する。そして残り三分の一と城下の宿舎の兵士で敵を迎撃することが決められた。彼らはすでにパルメアの守備部隊の一部が援軍としてきていることを知っていたので城の守備部隊を投入するようなことはなかった。
「随分と敵部隊が少ないな。その分市民達に危険が及ばなければいいのだがな」
レジスタンスの部隊に戻ってきたリチャードがいう。
「まあ騎馬部隊のほとんどをこちらに向けてきただけでしょう。歩兵のほとんどには戦う意志はありませんよ」
隣にはファナ、棒を構えたギルバートが控えている。
「それにしても、シャルロット将軍とシェイド将軍は大丈夫なんだろうな」
「シャルロット将軍の部隊の準備は整っています。シェイド将軍の部隊も見事に街の敵を引きつけておいてくれるはずです。それにラーカスやファーンもいるし、教会だって助けてくれる予定なのでしょう」
「敵が進撃を開始してきたようだ」
エラードを出たのは騎馬隊を中心とされておりそれを歩兵が援護するという形を取っていた。もっとも伝染病を恐れた騎馬兵が歩兵との距離をとっていたので部隊同士の連携は悪そうな布陣だった。
敵の騎馬隊がある程度進撃して止まる。その位置から突撃を開始するつもりなのだ。歩兵もそれに合わせて待機する。
そして騎兵が突撃を開始し、後少しでレジスタンスと刃を交えるというときレジスタンスの前面の部隊が整然と後退する。そして北バーミアン帝国のシャルロット将軍の部隊が巨大な盾を前面に押し出し長い槍を突き出してくる。
レジスタンスが農民の寄せ集めだと思って油断していた敵の騎馬隊はこの攻撃で浮き足立つ。その後をレジスタンスの歩兵が攻撃する。彼らは正規の軍事訓練を受けていなかったが。スピードの落ちた騎兵とならば数が多いことも手伝い互角に戦うことができる。リチャードが率いる少数の騎馬隊が彼らを手伝う。そこに最初の一撃から体制を整えたシャルロット将軍の部隊が盾を捨て身軽になって槍を構えて突進してくる。
「馬鹿な、北帝国の部隊が何故ここにいる。くそ、いったん体勢を立て直すぞ」
騎馬隊の隊長は歩兵のいる位置まで後退しようとする。
そのときすでに歩兵部隊はフォルケルの手によって制圧(正確には説得して言うことを聞かない一部の兵士を縛り上げただけだが)して騎馬隊の後ろにつけている。
「貴様等、裏切ったのか。ええいどけえ」
後ろを向いた騎馬隊が退路を開こうと突撃を開始する。
「貴様、何者だ」
槍を捨て、剣による接近戦になり騎馬隊の隊長はアリオーンにたずねる。
「にげてた王子が帰ってきたんだよ」
アリオーンは相手よりも長い大剣を生かして敵を懐に近づけさせない。
「第三王子かちょうど言い、貴様の首を持っていってくれる」
そう言うと一気に馬を加速させ間合いの中に入ろうとする。
「くっ」
密接状態になれば自分が不利であると判断して彼は馬との距離をとろうとするが間に合わない。
「もらったあ」
騎馬隊長の声がこだまする。
が、その後に聞こえたのは騎馬隊長の剣がアリオーンの兜をかすめた乾いた音だけだった。アリオーンは間一髪で馬から下りた(落ちた?)のだ。
「何!」
次の瞬間には体制を整えたアリオーンの一撃が騎馬隊長の首を飛ばしていた。
それをみていた歩兵部隊は歓声を上げる。一方隊長を失い、前後を敵に挟まれた騎馬隊は次々と降伏を始める。
「お前はもうリーダーの一人なのだぞ。あんまり無茶ことはするな。だが馬から落ちて敵の攻撃をかわすとは・・・プレートメイルを来ている重装騎兵にはできない芸当だな」
アリオーンの一騎打ちの話を聞いたリチャードは甥をたしなめる。
「これくらいはしないと民はついていきませんよ。おじさんだって先頭で戦っていたでしょう」
「私は王位継承権がお前の後にある。別に気にすることはない。それよりさすがにシャルロット将軍の部隊はよくやってくれた。これからはどうするのだ」
「レジスタンスの本隊とこちら側についた歩兵部隊に捕虜の護送は命じてあります。シャルロット将軍は早速部隊をまとめてエラードへ向かう準備を始めていますし。我々も早く向かいましょう」
そういうと彼らは騎馬隊を率いてエラードへと向かう。その後にシャルロット将軍の槍部隊が続く。
暴動の鎮圧のために軍が出撃すると人々はさっさと逃げてゆく。
今までもこれほど大規模でもなくても何度か市民の暴動が起こるということはあった。エラードの総督エイマールはこれらに対し武力による弾圧を行った。しかも彼は馬鹿ではなく市民の力を過小評価することが無く常に多くの部隊を出撃させ圧倒的戦力で暴動を鎮圧していた。だが彼はあえて市民を取り締まるようなことはしなかったし、またある程度は妥協することもあった。飴と鞭の政策である。
その為軍隊の出動をみて、市民が逃げ出すのをみてもいつものことだと兵士達はあまり真剣には追いかけなかった。
街の中央の広場にはかなりの数の兵が出撃される。兵隊達が近づくのをみると市民はわれ先にと逃げ出す。それを兵隊達は追わずに広場に集合する。そして彼らは簡単な打ち合わせをすると固まっている市民を解散させるためにいくつかに別れて街の巡回を始める。
そのひとつの部隊が路地を曲がろうとしたとき先頭の男が飛び出してきた人物に首を切られる。それをみて残りのものが剣を抜く。
が、次の瞬間には三人が倒れる。正面には十数人の黒い服をまとった男達がいつのまにか出てきている。兵士達がひるんだ隙に男達はあるものは短剣をそしてあるものは剣を抜いて切りかかる。それをみて敵は一目散に逃げ出す。数が同じならば不利と悟ったのだ。
「来たな、行くぞ」
いつもとは違う黒い帽子をかぶったシェイドが後ろに控えている黒装束の男達に言う。彼らはヴォルストが率いる部隊のメンバーだった。他にも彼が率いている部隊はヘルが一緒にいる。
巡回の兵士約二十人来たところで彼らは飛び出し有無を言わさずに切りかかる。
シェイドの投げた二本の短剣が敵の喉に当たる。それに合わせて二人がまずは短剣を投げて敵を牽制する。ひるんだ敵を残りの十人くらいで斬っていく。そして敵が応戦し始めたところでヘルが炎の弾を投げつける。これをみた敵はじりじりと後退していきついには駆け足で逃げ出してしまう。
「うまく言ったな」
シェイドは倒れた敵の生死を確認しながら言う。
「ええ、このまま続けばシャルロット将軍達が来るまでの時間稼ぎにはなるでしょう」
「ヴォルストさん私の魔法みてくれましたか」
「ああ、ちゃんとみていたよ。それと今の私はシェイドだよ。次のところに行くぞ。ヘル、道はちゃんとわかるか」
シェイドは盲目の少女を気遣う。
「ええ、ちゃんと周りの地形のだいたいはわかるから大丈夫です」
彼女は生まれつき目が見えないので、小さい頃からロキから周りの地形を目が見えなくても確認する方法を教わっていた。そのおかげで今では彼女はほとんど普通の目と同じくらいの感覚で周りを確認することができた。ただ一つの難点は平面上の模様を確認することはできないので、魔力が込めてある模様ならとにかく、普通の字の読み書きができないのだ。
「そうか」
シェイド達は次の敵を見つけるべく路地を進んでいく。
ヴォルストの部隊による巡回の兵士の襲撃は休むことなく続き、兵士達は固まって動かざるをえなくなってしまう。それに応じて市民の動乱も規模が大きくなっていく。
また巡回の兵士がの数が多くなるのに合わせて敵の数も多くなり、さらには魔法を使う者達までもが参加してくる。これは危険分子としてエラードを追放された教会関係者やエラードの教会にラーカス司祭がはたきかけて援軍としてきてもらったのだ。
そしてその日の午後には大規模な戦闘の先端が開かれそうになる。さらにエラード郊外で騎馬隊が負け、敵部隊が次々にエラードへと侵入しているために敵はだんだん劣勢になっていく。ついにはそこかしこで起きていた暴動を起こした市民が一つに固まってエラードの城が去る丘をめざして歩いてゆく。そして彼らの周りにはレジスタンスや北バーミアン帝国の部隊が護衛としてつき従い、駆け寄ってくる敵部隊と戦いを始め、市民もそれに参加する。ついには敵部隊は城の中へと引きこもってしまう。そして市民は城の正面を取り囲む。エラード・パレスの裏は険しい小山のようになっておりその頂上には鬱蒼とした森が広がっているのでそこまではとても包囲できないのだ。
「さて、お次は城攻めだな」
ヴォルストの家で主だったメンバーが作戦会議を始めている。
「エラード・パレスはそう簡単にはおちん。ファナ王女の前でこう言ってはなんだがアラディーの比ではないのだ」
「あのときは俺達は部隊を四つにわけたんだったな。右翼から俺が、左翼の海からはシャルロットの部隊がそして正面でレナードが戦っているときにゼフィールさんが正面がら突入した」
「今回はそんな芸当ができる部隊は存在しないし、敵の後退が早かったせいで城の兵力も温存されている。それにこの数を相手に向こうから仕掛けてくるとは思えんな」
「ぐずぐずしていると敵の援軍が来るしな。とりあえずシャルロットの部隊はパルメアへ向かわせるべきだろう」
「だが訓練された歩兵がいないのはかなりつらい戦いになるぞ」
「俺の部隊を残しておく。俺の部隊が抜け穴から潜入すれば問題はない」
「抜け穴の存在を敵が知っていたらどうする」
「まあ知っているだろうね、だから俺が行く。その間にシャルロットとアリオーンが少数を率いて本命の抜け穴を使う。そう、王族しか知らない抜け穴をな」
「お、お前気づいていたのか」
「当然だ、あの戦いが終わった後ちょっと調べてみたんだ。お前とロウィーナ王女の脱出経路と城で発見した抜け穴がどうも一致していない気がしてな。案の定かなり巧妙にもう一つ隠してあった。これは俺は誰にも報告していないからばれていないはずだ」
「王子、そんなものが存在していたのですか」
ファーンがアリオーンにたずねる。
「存在しているよ、私が落ち延びるときに父上から教えていただいた。それにしてもあの通路がばれるとはな」
「森に抜けるのはありがちだからないと思ったんですよ。実際片方は裏の森へと通じていましたからね」
「おっとたとえあんたが知っていてもこっから先は国家秘密だしゃべらないでくれよ」
「了解。で、この作戦でいかがです」
「確かにその作戦を使えば城の混乱を発生させることはできるだろうが我々はどうやって侵入するのだ。まさか破城槌を使うなんてことじゃないだろうな」
「さすがにこの城で破城槌はきついな。もっとも火薬ももう使ってしまってないからな・・・ラーカス司祭が城門を魔法でぶち破るって言うのはどうでしょう」
「私一人では無理ですね」
「我々が力をお貸ししましょう」
教会の人物達がラーカス司祭の援護を提案する。
「では一体どれだけの兵をおまえ達に割くのだ」
「・・・私の部隊はそんなに多くはありません。約半分が皇帝の護衛部隊となって働いていますし、かなりの数が世界中に散っていますから。とりあえず私は三十人を率いて裏口へまわりましょう」
「俺はそうだなあ・・・・」
「俺の部隊をお前も三十人ばかり連れていくといい」
「みすみす秘密の通路を帝国の部隊に教えろと言うのか」
「別にシェイドはすでに知っているんだ、気にすることはないだろう」
「私も行こう。帝国からの代表としてな」
「じゃあ私も行くわ。アラディー代表ですもの。それに護衛の部隊を足せばかなりの数になるし」
ファナ、シャナが共に行くことを申し出る。
「あとは・・・・」
「俺はお前の部隊に行かせてもらおう」
ギルバートはヴォルストの部隊に同行しようとする。
「ギル、いいのか王女についていなくて」
「お前の力を間近でみてみたいんだ」
「私も行く」
ヘルもまたヴォルストに同行しようとしている。
「ヘル、あのなあ師に怒られるのは俺なんだ、それは勘弁してくれ」
「今回は危険なところだから止めて起きなさい」
シャナがたしなめる。
「はい」
シャナに言われてヘルは大人しく引き下がる。
「私とロウィーナは正面の部隊を率いよう」
「ええ、あなた方がいれば士気も上がりますしね」
「いつ始める」
「今日は疲労がたまっているだろうから明日でいいんじゃないかな」
「明日の早朝か。なるほど、セオリー通りだな」
「ですが暗すぎると我々が通路を見つけられませんからある程度明るくなってからですがね」
「では今日は市民に休むように行ってくれ。城の包囲はレジスタンスのものが交代でやろう」
「明日決戦にするのなら今日出発しても明日出発しても大差はありませんね。私の部隊の出発を遅らせましょう。城攻めも盾を使うのなら使いなれている私の部隊が先頭を切るほうがよいでしょうし」
そうして会議は終わった。
「浮かない顔をしているな」
「ギルか・・・ちょっとな明日のことを考えていたんだ」
「へえ、お前でも真剣に悩むことがあるんだな」
「からかっているのか」
「らしくないってことだよ」
「少なくとも市民はお前の武勇を期待しているわけじゃないんだから今まで通りやっていけばいいさ」
「お前こそなんでヴォルストの部隊に入ったんだ。まさか途中であいつを闇討ちするつもりじゃないだろうな」
「言ったろう、あいつの実力を確かめたいだけだ。かつて戦ったときは話にならなかったからな。俺がどれだけあいつに近づいたかこの目で見ておきたいのさ」
「あんまり戦いのことばっかりかんがえていると脳味噌が筋肉になるぜ」
「ふん、しかし大陸の聖都も汚されたもんだ。お前の部屋とかもまともには残っていないだろうな」
「期待してないさ。ただ中庭はいじってあって欲しくないな」
「どういうことだ」
「俺はあそこで演奏するのが好きだったんだ」
「お前という奴は・・・・」
「私と初めてあったのもそこですよね」
「ロウィーナ王女、俺は失礼させてもらうよフォル」
「ああ、じゃあ明日な」
ギルバートは気を利かせて席を外す。
「そうだったか」
「忘れたんですか」
「・・・・あそこでは俺は1日に何十人と会っていたからな」
「私が初めておかあさまに連れられてやってきた日ですよ」
「????」
「ほんっとに忘れたんですか」
「・・・・・忘れた」
「じゃあ話しましょうか」
「好きにすればいいさ。どうせ眠れないんだろう。話し相手くらいにはなってやるよ」
「ありがとう」
幼い頃のアリオーンは剣の鍛錬や勉強をさぼっては城の中庭で様々な楽器を奏でていた。父王ロレンスもそれを笑って許していてくれたから時には何時間も休みなしで演奏していたこともある。
彼が六歳のある日、その日は中庭にはほとんど人がいなかった。いつもは非番の兵士や手の空いている者達が聞きに来てくれていたのだがその日は木にとまっている鳥しかいない。もっとも彼はその理由を理解していた。新しい母親が来るからだ。彼を生んだ母親は彼が四歳の時・・つまりはその二年前になくなっている。だから彼には母親という概念が希薄だった。ただ新しい家族が増えるということしかわからない。
彼はいつも通りその日はリュートを奏でていた。比較的小さなそれは十分彼の手でも扱える。
ふと人の気配がする。周りにいた鳥が逃げたのだ。そこには彼よりも小さな女の子が座っている。
「・・・・あなたは誰」
女の子はアリオーンにそうたずねる。
「・・・え・・と、」
「ロウィーナ、勝手に先へ行ってはいけません」
口ごもるアリオーンがこたえるより先に女性の声が中庭にこだまする。
「あ、あなたは、」
ロウィーナとアリオーンが一緒にいるのを見つけた女性は多少うろたえているようだ。
「アリオーンといいます。新しいおかあさまですね。よろしくお願いします」
アリオーンは今度は口ごもらずにさっと言ってのける。彼はちゃんと教育を施されているのだ。ただそれは年上の大人に対してのみで、初対面の同年代の子供に対してはどう対処したものか困ってしまったのだ。
これがアリオーンとロウィーナの出会いだった・・・・
「そんなことがあったような気もするな。でもお前の母上は確か」
「・・その一年後になくなってしまった」
「で、父さんはそれ以来正妃はおろか側妾を迎えることさえなかった。それにしても俺が六歳っていうとお前は四歳だろう。よくそんなこと覚えているなあ」
アリオーンは感心しているが彼もまた四歳の時の強烈な出来事を覚えていた。彼を生んだ母親が死んだときだ。そのときは彼は楽器を弾くことも止めてずっと自分の部屋で泣いていた。大きくなってから重臣に聞いたところによると二人の兄もまた似たような反応を示していたという。が、彼はそれをロウィーナに告げたことはない。一番彼女をかわいがっていた今は無きエドワードも語りはしていないだろう。それは彼女にとっては関係のない話だからだ。
「そろそろ寝ろよ、明日は突撃なんだからな」
「がんばってね」
「了解」
そして突入の時間は近づいていく。