7:再会
「話というのは何なのだ、シェイド」
「出発する前にお前さん達には言っておいたほうがいいことがあるのを思い出してな」
「我々も関係してくるのかの」
「ええ、長老やフェンリルさんにも聞いていただきたい。話というのはゼフィールさんのことです」
「どういうことだ」
「ひょっとしたらゼフィールさんは悪魔に魅入られているのではないかと」
「・・・ルシファー・・・と言うわけかの」
「そうです。だから無理してあなた方に来ていただきました」
「で、でもあの人はそんな、悪魔に魅入られるほど弱くはない」
「だが、そう考えれば今回俺が南部で行動したときの悪魔の出現とゼフィールさんの行動が一致する」
「父さんの急死がこたえたのかもしれないな。ずっと一緒に戦ってきた仲だったから」
「・・・とりあえずはダンガまで行かねばならないのだろう。そこへ行けばおのずと答えが出るはずだ。どうせ奴の暴走は止めねばならん」
「問題はユリアか」
「ひょっとしたら彼女の介入で元に戻るかもしれませんね」
「だがそうしたときあの人が自分の罪に耐えれるかどうか。その処分は、」
「わかっている、俺の役目だ。皇帝としてのな。じゃあお前は暇があれば悪魔の居所を掴んでくれ」
「了解」
「くどいがあいつのことをよろしく頼むぞ」
「師、そう言うのを親ばかって言うんですよ」
「うるさい」
「それが親心というものじゃよ」
「そういえばユリアはどうしているんですか」
「あの娘はなかなか筋がいい。すぐにあれを使いこなせるようになるだろう。成長すればあやつを越えるかもしれん」
「じゃあ、あいつ等のこと、よろしく頼むぜ」
「一ヶ月後には見違えているさ」
「期待しておくよ」
そう言うと彼らは部屋を後にする。
次の日、ヴォルストの率いる船団はエラードへ向けて出航しようとしている。それにはフォルケルやライヴァス達も見送りにいっている。
「ヴォルスト、お前に一つ頼みがある」
「ギルか、お前が頼み事とは珍しいな。決闘ならお断りだぜ」
「ああ、そんなことじゃない。これをなおして欲しいんだ」
そう言うとギルバートは中央の宝石が割れているペンダントをヴォルストに渡す。
「おいおい、私にそんな恐れ多い品をなおせっていうのかい。無理無理、天使を召喚できるようなものはそうそうあるものじゃない。お前本気で惚れているな」
「誰もそんなことは言ってない。これは亡き国王陛下から賜った品だからなおして欲しいんだ。別にイシュタルが召喚できなくたっていい」
「私は天使、って言っただけでだれもイシュタルなんて限定していないが」
「貴様は人の話をまともに聞いているのか」
「聞いているさ、ちゃんとこのペンダントにふさわしいのものを見つけてみせる。もっとも時間はかかるかもしれないが」
「ああ、頼んだぞ」
「任せておけ」
「仕事を間違えるなよ。あたしが行ってもまだ準備ができてなかったら」
「串刺しかい。恐いねえ。実の兄なんだ、もうちょっと優しくしろよ」
「うるさい、人の皮をかぶった狼が言うせりふじゃないだろ」
「はあー、わかったよそのうちな」
そう言うとヴォルストは船に乗り込んでしまう。
一方ヘルは父親のフェンリルから長々と注意事項を言われている。本人は少々うんざりしているようだ。
「フェンリルさんて多少過保護じゃありませんか」
フォルケルがかたわらにいるライヴァスにたずねる。
「はは、彼女が昔家出してからあの人はかわったんだよ。もっともあの人に家族がいるということを知らないものはそうは思わないだろうけど」
「そういえばあなたの母親は?」
「まだ魔族の村で元気に生きているよ。もっとも親父が死んでからは少し元気がなくなったみたいだけど」
「その母親の兄がフェンリルさん」
「そういうこと。まあ俺のお袋も結構過保護なところがあるから血筋かもしれないな」
「そうですね。まあ俺んところは二人ともさっさと死んだから。母さんというものがよくわからないんだけど、そのぶん父さんは俺達一人一人を大切にしてくれたな。少なくとも好きなことを笑ってやらせてくれていた」
「上の二人が優秀だったからじゃないのか」
「まあそれはありますね。その二人を超えるために、特訓といきましょう」
見るとやっとヘルもフェンリルの束縛から逃れて船に乗り込みもう錨を上げはじめている。
「叔父上と妹に醜態を見せないため・・か」
「今の目的は単純にそうですね」
そう言うと彼らは黙って船が出航するのを見送る。
それからの時間を特訓に費やして次の日・・・
次の日は特訓は休みということになったが、フォルケル達三人はライヴァス、シャナ、フェンリルの三人にマンツーマンで練習を受けている。
フェンリルはヴォルストの剣術がより洗練されており、攻撃を仕掛けたときにはその場におらず、ようやく見切ったと思ってもこちらが手を出す前にこちらがやられているような感じだった。
「リチャード殿とロウィーナ殿がお帰りになられたようです」
昼食をとって休憩しているところへ小姓が恭しく知らせに来る。
「じゃあ、昼からは中止かな」
「そうですね」
「そういえばギルはあの二人にあったことがあるのか」
「リチャード様にはお会いしたことがある」
「そうか、じゃあ感動の再会と行くか」
他人事のように言いながらフォルケルが一番に部屋を出る。久しぶりに出会うのがうれしいのだろう。
「お兄さま」
金髪の少女がフォルケルを見ると走ってくる。
アリオーンの妹のロウィーナだ。だが実際には半分しか血はつながってはいない。ロウィーナはロレンスの第二王妃の娘だった。エドワード、フォーブス、アリオーンの母親はアリオーンが四歳、ロウィーナ二歳の時に死んでいる。そのあと側妾であったロウィーナの母親が正妃の位置に着いたのだ。もっとも彼女もアリオーンが7才の時に死んでいるが。その後ロレンスは后をめとることがなかった。
「ロウィーナ、大きくなったな」
「お兄さまこそたくましくなったわ」
「久しぶりだな。アリオーン」
「叔父上、お元気そうで何よりです」
「ふむ、兄に似てきたかな。レジスタンスに入ったせいか」
「ファナ王女にも言われましたよ」
「それよりここに来た目的は果たせたのかな」
「後は我々の問題ですね、皇帝に強くなったら同盟を認めると言われました」
「そうか、許可が下りるのならば私も手伝おう」
「それについてはすぐにでも許可を出しますよ」
「これはこれはお久しぶりですな、レナード殿」
「ええ、狩りのほうはどうでしたか」
「それなりに楽しませてもらいましたよ」
「おじさんもはしたないわよ、いちいちそんなに敵対しなくてもいいじゃない」
「わかったよ、ロウィーナ」
「陛下それよりあの人がいるなんてことは・・・」
「ヴォルストかい、あいつなら昨日どこかへいっちゃたよ」
「よかったあ」
「薬なら私が預かっているわ、ちゃんとまずくつくっておいたって伝言よ」
「・・・・・・」
「ちゃんと薬を飲まねば病気が再発するおそれがあるからな、わがままを言うのでは無いぞ」
「はあい」
「ほんとに治ったのか。あの頃から思えば見違えるようだな」
「そうだろう、私も信じられなかったよ。まさか帝国にこれほど腕のいい医者と薬師がいるとはな」
「そうそう、フォーブス兄さんのことは聞いてますか」
「ああ、聞いている」
「立ち話もなんですからこれからは座れるところでどうですか」
そう言ってレナードが奥へ行くようにすすめる。
「それにしてもここに来てからは驚くことばかりだった。陛下の前でこう言っては何だが私は北の民族を野蛮人だと思っていたからな」
「父さんが積極的に街を作ることをすすめたからですよ。あまり南部諸国の勢力がない北部沿岸にね。その結晶がこの街です」
「それにこの街の西に建設中の街も随分と建設が進んでいるな」
「残念ですがあなた方の故郷は退廃してきているとのうわさが絶えません」
「それは承知しているよ。それがあなたのせいではないということも」
「・・・彼らとの同盟を結び次第我々はレジスタンスの援護のために行動を開始しますが、あなたとロウィーナ王女も一緒にエラード解放に参加なさってはいかがですか」
「いいのか。曲がりなりにも私たちは捕虜なのだぞ」
「かまいませんよ。そのほうがこちらも犠牲が少なくてすむでしょうから」
「でも叔父上、ロウィーナを連れていくのは」
「大丈夫だ。ロウィーナはここに来て随分と強くなったし体も丈夫になった。それに前線に出さなければそうそう命を狙われるものではない」
「では決まりですね。積もる話もあるでしょうから後はごゆっくり」
「私たちも失礼しましょうか、ギルバート」
「そうですね」
部屋にはフォルケル、、ロウィーナ、リチャードの三人になる。
「それにしても、楽器ばかり弾いていたお前が剣を持つとはな」
「ほんと、私はお兄さまが剣をもつのを見たのは落ち延びるときが初めてだったわ」
「はは、俺だってちゃんと父さんや兄さんに魔法や剣術をならってたんだよ。もっともレジスタンスに入ってからの上達に比べればあのときのはひよこだったな」
「そういえばお前はフォルケルとか名乗っていたらしいな」
「私の好きな物語に出てくる吟遊詩人の名前ですよ。元の名は有名すぎてレジスタンスじゃ扱えませんから」
「ファーンやラーカスも手伝ってくれていたのだろう」
「ほとんどあいつらがレジスタンスを動かしていましたからね。そうそうヴォルストにも随分助けられましたよ」
「あいつは噂に名高いシェイド将軍だからな。帝国の奇抜な作戦の半分は奴のアイデアらしい」
「それにしても・・・よくも死なずに生きていられたもんだ」
「私が死んでいればよかったんですか」
「そうは言ってないだろう。だが実際エラードの医者だって大したことはできなかったんだろ」
「それはレナードがエラードでのロウィーナの症状を記した書類を全部持ってこさせて、シャルロットが彼女の身体や症状を調べ、シェイドが徹底的にそのデータを分析していたからだ。実際彼らはものの一ヶ月で薬を作ってしまった。もっともその薬を飲ませるのに一苦労したがな」
「まずいからか」
「それだけじゃ苦労しないわ。私も皇帝達には最初は反発していたのよ。お父さまやお兄さまのこともあったし・・・」
「で、ついには病弱な体で城を出てしまったんだ。あのときは大変だった。私は後で知らされたんだがそのときには、捜索に加わっていたシャナ、ヴォルスト、ライヴァスの三人とも体中傷だらけだったよ。最後にはヴォルストが脅しをかけて半ば強引に飲ませたんだ」
「あいつらしいな。ヴァ・アラディーでもあいつはここに来ることに反対していた奴等に対して大声で怒鳴りましたよ。それで会議は決まったようなもんです」
「お前は兄のようになりたいか。私のそしてお前の兄のように」
「昔はそんなことは思いませんでしたが今はそう思います。けど・・・」
「気づいているか。今のままでは追いつくことはできない」
「行功の術、ですね」
「そうだ。お前が知っている行功の術は初歩のものだ。本来の行功の術は一瞬の間だけ発動させることによってより多くの力が引き出せるのだ。私はここでお前にそれを教えてやる。だが私はその全てを教えることができない。行功の術の全てを知っているのはエラードの国王だけだからだ。だから仮に私が知っていたとしても教えるわけにはいかん。もしもその極意を知りたければ自分で探せ」
「はい」
「さあ、では訓練を開始しようか、お前の仲間達もそれを待っているだろう。ロウィーナも参加するかね?」
「もちろん。自分の身は自分で守らなきゃ」
「たくましくなったもんだ」
三人は部屋を出て行く。
そして今日も広間では訓練が続けられる。
そして、ファルクの東の沖にある島の小さな村では・・・
「でやああ」
一人の少女が魔法を使って木を焼き尽くしている。
「ほう、この結界の中でもこれだけの威力が出せるようになるなんて、随分成長が早いねえ」
「長老やおばさんのおかげです。自分でも信じられません、こんなに強力な魔法が使えるようになるなんて」
「ははは、あの人の娘だもの、それくらいは使えて当然よ。それにしてもごめんね、ライヴァスが長老を連れ出したりしなければ長老から直接教えてもらえるのに」
「長老さんには十分お世話になりましたよ、後は自分の問題です」
「そうかい。じゃあ結界を強力にしておくけれど、あんまり無茶はするんじゃないよ」
「はい、有り難うございます」
長い耳を持った魔族の女性がレイチェルの周りに複雑な模様を書いていく。
「夕食には戻るんだよ」
「はい」
レイチェルもまた魔族の村でライヴァスの母親の指導の元で修行を行っていた。
一方とある航海中の船の一室では・・
「ヴォルストさん、何しているんですか」
「ん、このペンダントの鑑定だ」
「それより甲板に来て下さいよ。私が強くなったところを見せますから」
「忙しいんだ、訓練なら船長か誰かにつきあってもらえ」
「そんな風に怠けてばっかり、そんなんじゃあの二人に差をつけられてしまいますよ」
「心配するな、もうとっくに差はついている」
「だったらそれを埋めるために」
「わかったよ。これが終わったらつきあってやるからしばらく待っていろ」
「絶対ですよ」
「ああ」
ヘルはそれを聞いて甲板へと上がっていく。
「もっともいつ終わるとは言ってないが」
意地悪そうにつぶやきながら、ヴォルストはギルバートのペンダントをのぞき込んでいる。
彼らは別々に、だが同じ目標に向かって動き出そうとしていた。